ライバル再来!?(2)
あの九条が言い返さないって一体何事? この美人なお姉さんとどういう関係? やっぱりいないとか言っておきながら元カノがいたパターンなのかなこれ。
へえ、あたしと全然タイプ違うじゃん。背が高くてモデルみたいにスラッとしてて、なによりおっぱい大きいしお尻もほどよく大きい。え、絶対に九条のタイプじゃん。
あたしは冷ややかな目をして九条を睨みつけると、ばつが悪そうな顔をしている。
「悪い七瀬、外で霧島待ってるから送ってもらえ。ちゃんと帰れよ、寄り道せず」
「……うん、わかった」
「怒んなよ、な?」
あたしの荷物を差し出してきた九条から荒々しく受け取り、「自惚れんなクズ!」と暴言を吐いて走って逃げた。外に出ると霧島さんが少し先にいて、あたしに気づいたのか呑気に手を振っている。
「霧島さん!」
「七瀬様、随分とお元気でっ」
「はやく車!」
「え? いや、柊弥様はっ」
「おらん! はよせい!」
「はあ、どうぞこちらです」
路肩に停めてあった車に乗り込み霧島さんを急かしまくるあたし。呆れた様子で車を発進させた霧島さんに苛立ちながらも、これは完全なる八つ当たりだと即座に反省する。
「すみません霧島さん」
「いえ。七瀬様だけということは柊弥様と喧嘩でもされましたか?」
喧嘩……ではない。あれをどう説明すればいいのかな。ライバル再来の巻です、とでも言えばいいのだろうか。
「喧嘩ではないんですけど、まあ……とられました」
「とられた、とは?」
「九条をとられた、てきな?」
「なんですと!?」
急ブレーキを踏んだ霧島さんは後ろの車にクラクションを鳴らされてハッと我に返った。
「すみません七瀬様! お怪我はございませんか!?」
「あ、ああ、はい」
「一度車を停めます」
「ああ、はい、どうぞ」
路肩に車を停めた車内はとても静かで、霧島さんが妙にそわそわしているのが視界に入って絶妙に気になる。
「んーっと、なんですか霧島さん」
「……あの柊弥様が、七瀬様一筋にもほどがあるあの柊弥様が……七瀬様命で自身と七瀬様が世界の中心だとお考えのあの柊弥様が、七瀬様のことが好きで好きでどうしようもく拗らせているあの柊弥様が、七瀬様のほぼストーカーでもあるあの柊弥様が、七瀬様に激重感情っ」
「あの! ちょっと恥ずかしいんでやめてもらえませんかそれ」
「申し訳ありません、少々取り乱しました」
正直あたしもなにがなんだか状態だし、あの九条があたしじゃなくあの人を優先した現実が今になってもろに直撃する、撃沈。
「霧島さん」
「はい」
「九条って本当に元カノとかいないんですか?」
「私が把握している限りはいないかと……特定の~を作るタイプではありませんでしたし」
「そう、ですか」
「本当ですよ?」
「はい、わかってますよ」
霧島さんでも把握してないってことは、元カノ説は薄いかなぁ。それにあの九条が嘘をつくとも思えないしね。霧島さんもこう言ってるしきっと元カノはいない、となると……誰だあれは。
「ちなみにとられた……とは?」
「ああ、なんか意味深な言い方しちゃってすみません。九条の知り合いっぽい女の人とたまたま会いまして、「柊弥貸して~」「九条に聞いてください」「悪い七瀬、先帰ってろ」みたいな流れに」
「あの柊弥様が七瀬様を差し置いて……となると相当ですね」
「ええまあ知らんけど」
モヤモヤする。あの九条があたしじゃなくてあの人を選んだっていう事実が受け入れがたい。
九条がクズだったことも、めちゃくちゃモテるってことも、全部知ってて付き合ったし、それに関して今さらどうのこうのって九条を責め立てるつもりもない。
けど、せめて優先順位は九条の彼女であるあたしが一番で在りたいって、そう思うのはわがままなのかな。醜い嫉妬なのかな……らしくなくて気持ち悪いわ、こういうの。
「嫉妬してます?」
「別に、なんか……まあ、ちょっと」
「ははっ、本当に可愛らしいお方で」
「おちょくってます?」
「いいえ、本心ですよ。ま、柊弥様の前では口が裂けても言えませんが」
過去に嫉妬したって意味がないことも、あいつが現在進行形で爆モテなのに対して不満を持つことも、なににもならないってわかってる。
そもそもモテることに関してはあまり気にしてないっていうか、まあ浮気しなきゃなんだっていいやって感じだし、もうモテるのなんて仕方がないじゃん?
だから九条がモテることに嫉妬みたいな感情はそこまでないんだけど、咲良ちゃんの時みたく、九条の特別感が漂う女っていうのがあたしの地雷なのかもしれない。
「……え、きもっ」
「すみません、おっさん風情が」
「あ、いやいや霧島さんじゃなくて! 自分がキモいなって」
「?」
あたしも大概重症だわ、ほんっと。九条のこと激重感情拗らせ野郎なんて罵れないくらいあたしも拗らせてるかも。
「すみません、家まで送ってもらっていいですか? 大人しく帰ります、じゃないと九条がうるさいんで」
「……七瀬様」
「はい」
「柊弥様を尾行いたしましょうか」
「……はい?」
「喜びますよ、柊弥様も」
いや、やめて。『なんだよお前、ストーカーかぁ? 随分と可愛いことしてんじゃん。なに、そんな俺のことが好きなわけ?』とかなんとか言ってニヤニヤしてる九条が目に浮かぶ。
「結構です」
そもそも疑う余地もないほど愛されているのになにを無駄に考えているんだが……なんかもうアホらしくなってきた。
「いいのですか? 放っておいて」
「この際あたしが一番ならもうなんだっていいです」
「それ、禁句ですよ七瀬様。柊弥様の前では口が裂けようが内蔵を抉られようが決して言わぬように。そんなこと言ったら怒り狂って何をしでかすか分かりませんよ」
想像ができてしまう怖さよ。
『お前しか興味ねえって何べん言えば分かんだ? あ? あたしが一番ならなんだっていい? ふざけんな、舐めてんじゃねぇよ馬鹿女が』などなど。
で、おそらくあたしは襲われる。
「……あぁ七瀬様申し訳ありません、少々野暮用が……ここからお一人で帰れますか?」
「え? ああ、はい。あたしは全然帰れますけど」
どうしたんだろう、霧島さん。ていうか九条に怒られない? そんなことして。
「霧島さん怒られませんか? 怒られないなら別にいいんですけど」
「ええ、まあ、ええ、問題ありません」
なに、その煮え切らない返事は……。
「まぁ霧島さんが大丈夫なら。じゃあ、あたしはここで」
「はい、お気をつけて」