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愛し足りない(2) 九条視点

 個室に入り、カップルシートに座って当然のごとく映画を堪能しようとする七瀬の後ろに座り込んでさわさわペタペタ触っていると、女が放つとは到底思えないノールックアッパーが飛んできて躱す俺。


「もうやめてっ、くすぐったい!」


 恥ずかしいのか顔を真っ赤にして上目遣い……というか睨みつけてくる七瀬。無駄に可愛いすぎるって自覚あんのかね? まあ、そんなもんねぇわなこいつには。無自覚ほどタチ悪いもんねぇよなぁ、ほんっと。


「ねえ! 聞いてる!?」


 気性の荒さと男勝りなのは一旦置いておいて、圧倒的なビジュしてんだよなぁ。なんつーか日に日に綺麗になってってるっつーか、まぁ元が良いのもあんだろうけど……気に入らねぇんだよなぁ、下心丸出しで七瀬を見るクソ野郎共の視線もこいつの瞳に他の野郎が映るのも。


「──条、ねぇ九条ってば!」


 ムッとして俺から離れようとジタバタする七瀬を容赦なく羽交い締めすると、あーだこーだと騒ぎ立ててうるせぇのなんの。


「映画! せっかくだし観ようよ!」

「観りゃいいじゃん」

「集中できないの!」

「ふーん、なんで?」

「なんでって、わかってて聞いてるでしょそれ……いじわる」


 おまっ、そんっな可愛いツラしながら「いじわる」とか反則じゃね!? なんなのこいつ、危機感欠如しまくってんだろ。男と2人きりで密室にいんのに煽るとかアホじゃねぇの? 


「いじわるなのお前じゃね?」


 生殺しじゃん、こんなの。俺が手ぇ出さないって安心しきってんのやめてくんね? まぁ信用されてんのは嬉しいが俺も男なんでね、普通の。そりゃヤりてぇだろ、好きな女と。


「いじわるなのは九条でしょ」


 死ぬ、俺の理性が死ぬ。


「ムラムラしすぎて死ねる」

「は?」


 一気に軽蔑の眼差しへと変わった七瀬の瞳。それすらも愛おしいと思う俺はどうかしてんだろうな。まあ俺をこんな男にしたのは紛れもなくこいつだし、激重感情拗らせ野郎みたくなってる元凶はお前だぞ、七瀬。


「なぁ七瀬」

「なによ」

「お前のこと……」


『お前のこと愛し足りねぇんだけど』そう言おうとした時だった。突如始まる知らねえ俳優達のラブシーンに一瞬でピキンッと凍りついた七瀬。ガッチガチに緊張してんのがもろ分かり。


 はぁー、こういう反応されるとクるんだよなぁ下半身に。まぁそれと同時に『こんな調子じゃまだヤれねぇか~』とか『大切にしてやんねぇとな~』とか色んな感情が入り交じる。


 いつまで待てしてりゃいいんだよ……なーんて自分で待つって決めたくせにだっせぇよな。


「あらまぁ、お子ちゃま七瀬ちゃんには刺激が強すぎまちゅね~。ほらほらぁ、おめめ瞑って~? お耳塞ぎまちゅよ~」


 そう言いながら七瀬の耳を塞ごうとしたら控えめに俺の手を払った七瀬に一瞬戸惑いを隠せなかった。


「んだよ、反抗期かぁ?」

「べっ別にこのくらい平気」


 こういう強がりっつーか意地っ張りっつーか、無性に可愛いんだよなぁ。


「ふーん? 平気ねえ」

「全然余裕だし」

「へえ」

「な、なによ」


 振り向き様に俺を見上げた七瀬は……あきらかにキョドってて吹き出しそうになった。ああ、なんでこうも愛おしいかねこの女は。


「なぁ、ドえろいチューされるかあんなことやこんなことされるかどっちがいい?」

「……え、いや、なんでその2択? お断っ」

「お前に拒否権なんてねえ」

「横暴すぎ!」

「今ゴム持ってねぇし最後までシねぇよ?」

「そういう問題じゃねぇよ?」

「気持ちいいってことだけ教えてやる」

「こんなところでいいわけないでしょうが!」


 変に真面目だねえ……って、“こんなところ”じゃなければいいって解釈でおK? なわけないわな。

 

「はいはい、冗談だっての~」


 なーんて収穫なしに引き下がる俺でもねぇけど? うなじを甘噛みするとビクつく七瀬。そのまま吸い上げるとしばらく消えねぇキスマの出来上がり。


「ちょ、見えるところはやめてって言ってるのに……!」

「髪下ろしときゃいいじゃん」

「もう! って、なにしれっとあたしのシャツのボタン外してんの!?」

「お前が言ったんだろ、見えるところにはつけんなって~」


 少しはだけた胸元を必死こいて隠そうとする七瀬の両手を掴んで谷間にキスを落として吸い上げて舐めると、控えめな可愛い声を出す七瀬に理性が飛びかけた。


「やだっ」


 ああ、このままメチャクチャに犯してぇとか思いながら顔を上げると、茹でたこ七瀬と目が合った。なんつー可愛い顔してんだよお前、他の男に絶対見せんじゃねぇぞ。


「怖いか?」


 俺がそう問うとオドオドし始めた七瀬が首を横に振った。


「怖くない……ここじゃやだってだけ……」


 真っ赤な顔しながら潤んだ瞳で見つめてくんな、死ぬわ尊すぎて。つーか「ここじゃやだ」ってここじゃなけりゃいいのかよ、連れ去るぞ。


「なにお前、誘ってんの?」

「ちっ違う! だからその、こういうことは映画館とかでしちゃダメでしょ。そういうための場所じゃないんだし」


 真面目か、お前は。


「お堅いね~、貧乏人は」

「貧乏とか関係ないし!」

「個室のカップルなんざヤりたい放題してんだろ」

「あたしは嫌なの!」

「場所関係なくお前どこでも嫌がんじゃん」


 あ、やべ。言い方ミスったなこれ。案の定しょぼくれ七瀬ちゃんの出来上がり。つーかしょぼくれてるだけならまだマシっつーかフォローのしようがある。だが如何せんこっからブチギレ七瀬ちゃんに変貌を遂げるんだよなぁ、これが。


「お堅くて悪かったわね」

「いや、別に本気で言ってねっ」

「他の女と比べてホイホイ股開かなくて悪かったわね、拗らせ処女で申し訳ございません!」

「ったく、そんなこと言ってねえだろ……つーか比べてもねえっ」

「あたしだって九条と! あたしだって九条と……どいて」

「あ?」

「もうっ、どいて!!」


 俺を突っぱねて立ち上がった七瀬は出入り口に向かい、柄にもなく焦ってそれを引き止める俺。


「落ち着けって、俺が悪かった」

「違う!」

「あ?」

「お手洗い!」

「あ、ああ……じゃあ俺も行っ」

「ついて来るな! このストーカーえろえろ魔人が!」


 そう叫んで出ていった七瀬に呆然と立ち尽くす俺。


「いや、ストーカーえろえろ魔人ってなんだよ」


 つーか何してんだ俺。七瀬なりに俺を受け入れてくれてることも、もっと受け入れようとしてくれてるってこともちゃんと分かってたろ。


「まずったよなぁ」


 最近キスもあんま抵抗しなかったっつーか、積極的だったっつーか……まあ、死ぬほど七瀬が可愛かったわけで、完全に俺が調子こいたパターンな。


「はぁー」


 でもシてぇじゃん、色々。ぶっちゃけ本番なんざ二の次でいい。気持ちいいってことを教えてやりてえっつーか、俺はただひたすらに七瀬をでろんでろんに愛でたいだけ。


「……いや、マジでこんなキャラだったか? 俺。キモすぎんだろ」

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