風邪⑵
「ありがとう、九条」
「どうも」
薬と共に水をゴクゴク飲んで、熱で火照った体にじんわりと浸透していくのを感じた。マジで生き返る。
「つーかさぁ」
ジーッと真剣な目をしてあたしの瞳を覗き込むように見てくる九条に色んな意味でドキドキして胸が苦しい。
「な、なに?」
「うーーん、いやぁ、やっぱ馬鹿でも風邪は引くんだなーって。ド根性だけが取り柄の貧乏人でもウイルスには勝てねぇか。ははっ! ウケるよねぇ」
小馬鹿にするように笑ってる九条を殴りたくて蹴りたくて仕方ない。でも今は、そんな元気も力も残念ながら無い。
「はっ、随分と女遊びしてたクズでもウイルスには勝てないんだものー。ド根性だけが取り柄の貧乏人でも風邪のひとつやふたつ引きますわー」
「はあ? 別にお前と付き合う前だし、とやかく言われる筋合いねえっつーの。つか、そんな話いちいち引っ張り出してくんなダルい。……ああ、そういうことかぁ。なに、嫉妬してんの~? くくっ、お可愛いこと~」
・・・はぁーあ。
うざい、本当にうざい、心底うざい。
なんなの? この男は。煽りレベルMAXですか? 鬱陶しい。なんでこんな男を好きになったのか分からない。血迷ったとしか言いようがない。
でも、どうしようもなく好き──。
「お願い、この気持ちが消え失せる前にマジでうざいから出てってくれる?」
「あ? なぁに言ってんのー? ったく、いいかげん素直になれよ~。お前って意外と彼氏の過去にも嫉妬しちゃう系女子だろ」
ナニをイッテンダ、コイツは。
「はあ」
「そんなジト目しちゃって、俺のことが大好きなくせに~」
あのね? あたし病人なの。無駄にイライラさせるのやめてくれないかな? さすがあたしを苛つかせる天才ね、本っ当に。
だいたい嫉妬だのなんだのしてるのはあなたのほうでは? あたしがスマホをいじろうもんなら『誰?』『なにしてんの?』『男?』だの何だのうるさいくせに。そもそもあたしのスマホに男の連絡先なんてほぼ入ってないってこと、九条も把握済みなのにね。
「ハイハイ、そだねー。嫉妬しちゃーう、ダイスキー」
ま、九条のスマホには女の連絡先ばっかだろうけどー。別に悪さしないなら連絡先があろうがなかろうがどっちでもいいんだけどさ、あまり気分がいいもんではないよね。だって一度は体の関係を持った女も中にはいるでしょ? なんかちょっとモヤる。
あたしは、後にも先にも九条しかいないのに。
「……なんであんたは可愛い子ちゃん達の連絡先とってあんのよ」
「んあ? なんつった~?」
ポロッと口に出してしまった心の声にハッとする。
喧嘩になるのは避けたいな、ダルいし。
「いやぁ、九条は知り合いが多いな~って話」
「はあ? なに言ってんの? お前」
キョトンとした顔であたしを見てる九条。なんかそれが白々しくて若干イラッとするけど、九条の交友関係にネチネチと口出しするつもりもない。さすがにそんな束縛女ではないよ?
「あの、もう寝たいんで出てってくださる? おやすみなさい」
布団の中に潜ろうとするとバッと掛け布団を捲られた。
「なぁに勝手に話終わらせようとしてんのー?」
「……えっと、あたし病人なんですけど? 眠らせて?」
「言っとくけど、ねぇよ」
「ハイ? ナニガ?」
「あ? だぁから女の連絡先なんて大してねぇけど? ほとんど消したし」
・・・ん? え? ふぁ? あのクズが!?
「マジか」
「大マジ」
「遊び人で有名なあの九条が?」
「はぁー。お前さぁ、それ彼氏に向かって言うセリフじゃなくねー? つーか、俺のスマホチェックとかしねぇの?」
「はあ? そんなのするわけないでしょ? ……って、あんたまさか……あたしのスマホチェックしてんじゃないでしょうね!?」
「あ? ああ……まあ、ああ……まあ?」
ねえ、なによその曖昧な感じわ。ちゃっかり見てるでしょ、あたしのスマホ!
「信じらんない、神経疑うわ」
「お前がコソコソして怪しい時だけだっつーの。つーかなんだよお前、俺に見られちゃまずいもんでもあるわけー?」
「はあ? 別にないけど、プライバシーってもんがあんでしょうが」
「プライバシーだの何だの、付き合ってんだからいらなくね~?」
・・・悪びれる様子もなし、反省するどころか『俺が正義』と言わんばかりの態度に呆れて物も言えない。
「はぁ、今までもそうだったわけ?」
「あ? 俺が特定の女作らねえってのはお前も知ってんだろ」
「ま、それはそうね」
「ったく。つーか熱あんだろ? さっさと寝ろよ」
は? いや、寝たいのにさっきから寝かせてくれなかったのは貴様では? マジで ふ ざ け ん な 。
「あの、だったら早く出てってくださる?」
「あ? 無理」
「はぁ、もうなに」
「別に用もねえし、いてやるって言ってんだよ」
「あのさぁ、風邪移るよ?」
「大丈夫だって、俺無敵だし」
どの口が言ってんのよパート2。
「風邪引いてあたしに看病されてたのはどこの誰でしょうか?」
「あ? お前さ、調子こいてると啼かせるよ?」
「ハイ、オヤスミナサイ」
歩く18禁の相手をする勇気も気力も元気もないあたしは、掛け布団を顔まで被せて無になろうとすると、ギシッとベッドが軋んで掛け布団を捲られると、真剣な表情をしてる九条と目が合った。
「な、なに、どうしたの?」
「黙ってろ」
「え? ちょ、んっ……!?」
口を塞がれて、咄嗟にギュッと唇を閉ざすと少し強引に唇を割って舌を入れてきた九条。抵抗しようにも力入んないし、頭がボーッとするしで結局、甘く濃厚で蕩けそうなキスに酔った。
「はぁっ……もう、馬鹿じゃないの?」
「風邪って移すと治るって言うじゃん? ま、俺は移らんけど~」
「こんなの移っても自業自得だし、看病なんて絶対してあげないからね」
「お前さぁ、学習能力皆無なわけ~? マジで啼かせるけどいい? 俺、病人相手でも手加減してやんないけど」
「オヤスミナサイ」
── 2日後
あたしの風邪が絶対に移るだろうなって思ってたけど、元気ピンピンな九条に若干イラッとする。
「つーか明日だったよな、サーバントの集会」
「ああ、うん」
「お前出んの?」
「そりゃ出るに決まってんでしょ」
「ふーん」
少しムッとしてる九条は本当に分かりやすい。ほんっと独占欲の塊みたいな人だけど、極端に行動を制限して縛りつけようとしないのは、九条なりにあたしを尊重してくれてるってこと。
「ありがとう」
「あ? んだよ」
「あ り が と ね」
「べっつに~」
横暴な俺様野郎だけど、ありのままの九条が好きだなんて、きっとどうかしてるわ。
「好き……ダヨ」
思わず『好き』とか口走って内心焦るあたし。隣を歩いてる九条をチラッと見上げてみると、ヘラヘラとぼけた顔をしてた。
「はあ? 今なんつった~?」
街中だしガヤガヤはしてるけど普通に聞こえましたよね?
「聞こえてんでしょ」
「ワンモア~」
絶対言ってやんない、だって聞こえてたでしょ? そのニヤけヅラは──。




