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風邪⑴



 天馬で風邪が流行して少し落ち着いてきた頃、まんまと体調を崩してしまったあたし。


「なにお前、自己管理もまともにできないわけー? つーか馬鹿でも風邪引くんだねぇ、びっくり~」


『うざ』この一言に尽きる。


 だいたいこうなったのは、あなたのせいでもあるってことをお忘れですか? 


 2月も下旬なのにドカ雪が降ったせいで、震える寒さのなか学園内の雪かきをさせられ、冷えきったあたしの体に追い討ちをかけるように散々こき使ったのはあなたでは? 挙げ句の果てに無駄すぎる電話に永遠と付き合わせてたのは誰? あたしを寝かせないという暴挙に出たのはあなたでは? 寝不足がたたったんだわ、完全に。


 こうなったのは、紛れもなくあんたのせいよ。


「超絶優しいナイスガイが見舞いに馳せ参じてやったぞ~。しかも色々と買ってきてやったし~? はぁーあ、マジでいい彼氏すぎね? 俺って」


 なんでこうも鬱陶しいのかしら、この男は。


「はぁー。別に買ってきてくれとも見舞いに来てくれとも頼んでないんですけどね。ていうか移ったら困るでしょ、あんたの看病はもうこりごり」

「俺、無敵なんで~」


 どの口が言ってんのよ。


「つーかさ、それで言ったらもう時すでに遅しじゃね?」

「はあ? なんでよ」

「あ? だってベロチューしてんじゃん」

「……ハイハイ、ありがとうございます、ありがとうございました。買ってきた物はその辺に置いて、気をつけてお帰りくださいね……って、しれっと部屋に入ってこないでくださる?」

「部屋に入る云々の前に俺がここまで来れてる現状にまずツッコめよ。入ってくださいと言わんばかりに玄関の鍵開いてたぞ、しっかり閉めとけよ。なんでこうも無用心かね、貧乏人ってやつは」


 盗まれる物がない、失って困る物もない、何もない。言わせないで、虚しくなるから。


 でもまあ、九条に口酸っぱく言われるから最近はちゃんと鍵閉めてたんだけどなぁ。今日はダルすぎてそれを怠ってしまった。


 ていうか、あなた学校は? 別にサーバント(あたし)がいなくても問題ないんだし、ちゃんと行きなさいよ。


「あの、学校は?」

「あ? 七瀬が行かねえなら俺も行かん」

「はあ? なによそれ」

「つまんねぇもん」

「行きなさいよ。そんなんでも一応学園のトップなんだから」

「一言余計だっつーの。まあ、別に蓮も凛もいるし問題ないっしょ~」


 たしか今日、1軍のマスターとそのサーバント達の会合だったよね。九条もあたしも不参加って……蓮様に申し訳ないなぁ。今日休めば明日には治ってるだろうし、直接お詫びしよう。


 ああ、あとサーバントの慰労会? も金曜日にあるし、万全にしとかなくっちゃ。


 前田先輩と同じ空気を吸えるのも残り僅かだというのに、あるまじき失態だなこれは(キモい思考で草)。


「はぁーあ、なんかもう熱上がりそう」

「はあ? んだよ、俺に不満でもあるわけ? こんっな完璧なナイスガイな俺に。ウイルス持ちの貧乏人に遠路はるばる会いに来てやったってのによ」


 遠路はるばるて。大袈裟すぎんのよ、あんたは。


 まあだけど、感謝はしなきゃだよね。わざわざお見舞いに来てくれたのは事実だし。で、移したくないのも真実なのよ。


「ごめん九条、わざわざありがとう。でももう天馬に戻っていいよ? こんな風邪大したことないし、あたしは全然平気だから。いつも通り胡散臭い笑みを振り撒いて、九条ファン達にファンサでもしてあげて」


 みんな何も言わないで、自分がいっちばんよく分かってるから。死ぬほど可愛げのない女だっていう自覚はちゃんとある、むしろその自覚しかない。


 可愛げの無さすぎるあたしに呆れて、そろそろ九条もうんざりして帰るんじゃない? ま、帰ってくれたほうがありがたいけど……って、違う違う。本当は九条が来てくれて嬉しいのに、それを素直に喜べないし素直に言えない。


 こういう弱ってる時って大抵の女子は、彼氏に頼って甘えるんだろうけど、なんて言うか甘え方が分かんない……みたいな? てかそういうキャラじゃないし、恥ずかしいんだよね。


「お前さぁ、呆れるほど不器用だよね~。そんなしんどそうな顔しといて、『全然平気だから~』は通用しないっしょ。クソ生意気で素直じゃなくて、ひたすら俺を苛つかせる天才だけど、その不器用さもここまで来るとそれが可愛くて仕方ねぇんだよな~。ほんっと5歳児のガキんちょ相手してるみてぇだわ」


 それ、死んでも貴様だけには言われたくない。


 日頃、九条(5歳児)の相手をしているのはこのあたしですが?


 ていうか、さっきから思ってたけど……いくらなんでも両手に大量の荷物を持ちすぎなのでは?


『世話の焼ける彼女様なこって~』とか言いながら持ってきた袋をガサゴソと漁って、大量の薬やらジュースやらゼリーやらお菓子やら、一流シェフが作ったであろうお粥やら何やらかんやら。


「いやいや、これはいくらなんでも多すぎでしょ」

「あ? どうせ貧乏人だから病院も行かず薬も買わず、自力で治すとか意味不明な根性論でケチんだろ? お前。だから金持ちのこの俺様が哀れな貧乏人のために、不自由することねえ量を買ってきてやったんだよ。感謝してほしいね、頭を垂れながら~」


 曇りなきドヤ顔の九条に言い返す気も失せる。それにしてもシンプルにお金の無駄遣いじゃ……まあ、この超絶お金持ちのお坊っちゃまがそんなこといちいち気にするわけがないか、ド庶民のあたしとは違って。


「感謝感激雨あられ。赤金のパッケージ、その風邪薬が一番効く」

「ほーん? ほれ、飲めよ」

「ありがとう」

「ん」


 ダルい体を起こしながら、九条が差し出してきた薬と水を受け取った。ペットボトルのキャップを開けるのすらしんどい。てかまるで力が入らない。  


「ああ、悪い」


 それを察してくれた九条がキャップを開けてくれて、こういう時に『悪い』って言ってくれる九条にちょっとキュンとする。


『こんなペットボトルのキャップすら開けらんねえのかよ』じゃなくて、『開けるのもしんどいよな。気づかなくて悪い』みたいな感じで、こういう時は優しいのよね。


 ま、普段から何だかんだで優しいんだけどね? あたしには特に。

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