真価⑶
冷えきったあたしの身体に、枯れ葉を揺らしながら肌を刺すような冷たい風が容赦なく襲ってくる。
あたしは他のサーバントと比べると劣ってるのは紛れもない事実で、脳足りんってしょっちゅう九条に馬鹿にされるのも仕方ないし、ごもっともとしか言いようがない。だけど……自分の命、九条の命が懸かってることに関して努力を怠ったことなんて、一度だってないよ。しっかりやってきたって自信を持って言える。
なのにあたしは、あんな試されるようなことをされなきゃいけないほど不出来なの?
努力なんて全部無駄だった? やっぱりあたしなんかじゃダメだった? 九条と肩を並べて歩きたい、そう思ってやってきた努力は無意味なものだったの?
「まあ、そうカッカすんなって~」
あの時、頭は冷静だった。ちゃんと状況を把握して判断して、適切に対処できたはず。だけど、心は違った。九条を失うかもしれないっていう恐怖に蝕まれて、支配されていくのを感じた。
あんなこと、してほしくなったよ。
「俺がなんっの考えもなしにあんなことすると思うわけー?」
「するでしょ、あんたなら。クズだし」
「はぁ。お前を試すような真似、この俺がするとでも?」
してんじゃん、現にしたからこんなことになってんでしょ。どの口が言ってんのよ、ふざけないで。あたしがどんな思いで……あたしがどんな気持ちだったか──。
「あんたのお遊びにはもううんざり。弄ぶのも大概して、疲れんのよ。あんたの相手するの」
こんなことを言いたいわけじゃない。悪ふざけがすぎるけど無事で本当によかったって、どうして素直に言えないかな……でもさ、こんなの無事でよかったなんて素直に喜べないでしょ。
「なにお前、泣いてる?」
そう言いながら近寄ってきた九条がひょこっと顔を覗き込んできた。
「泣き虫毛虫~」
そう茶化してくる九条に殺意が芽生える……というか、殺意しか芽生えてこない。ほんっとうざい、マジでぶん殴っていいかなこいつ。
「まあ、泣かせるつもりはなかったんだけどね~」
「は? 泣いてないし。目にゴミが入ったんだし」
「ふーん? あらそ」
「謝んなさいよ、クソ俺様御曹司が」
「うわぁ、口悪ぅ」
「誰のせいだと思ってんの? ハゲろ爆ぜろ」
「はいはい、悪かったって。泣くなよ、いじめたくなんだろ?」
「うっさいわ」
九条に腕を引き寄せられて抱きしめられる。それをすんなり受け入れるあたしもどうかしてんだと思うけど、今はただ九条に包まれたいってそう思ってしまう。
「寿命縮んだ」
「女のほうが寿命長ぇし、ちょっとくらいよくね~?」
「よくない。次あんなことしたらコロス」
「ハハッ、そりゃおっかなーい」
「殴るよマジで。てかあんた、一体何がしたかったわけ?」
「あ? ああ……」
あたしの頭をポンポンと撫でると、ゆっくりあたしから離れて気だるそうにその辺の段差に座った九条がチラッとこっちを見て、視線をまた前に戻した。
「お前、自分が強ぇってそう思ってんだろ」
「……は? なにそれ。あたしが弱いっ」
「違ぇ、そういうことじゃない。たしかにお前は強い、物理的にも精神的にもな。だけど、そういうことじゃねえ」
・・・いや、どういうこと?
「何が言いたいの?」
頬杖をついて、ただ前を見据えてる九条は一体何を思って何を考えてるんだろう。
「お前みたいな奴、落ちる時は一瞬で壊れんのも一瞬なんだよ。お前は良くも悪くも他人の話に聞く耳を持たねえ。自分自身が何を言われようが『勝手に言ってろ』って流すだろ。だけどな、自分が気づかねぇうちにそういうのが蓄積して心を蝕んでったりしてるもんだろ。ま、俺には理解できんけど大概の奴はそういうもんだ。七瀬、お前みたいなタイプが一番やべぇんだよ」
・・・ほんっと変に優しい人だな、この人は。だからと言って、この話とさっきの出来事が結びつかない。あれは何だったのか、九条の意図が読めない。九条の考えを汲み取ってやれないあたしは、まだまだってことなのかな。
たしかにあの九条が何の考えも無しにあんなことするはずがないもんね。まあ、しかねないのも否めないけど。
「俺のサーバントであることに、まだビービー言ってる奴もいんだろ。まあ、お前の活躍を認めざるを得ない状況でもあるが、異例で特例っつーもんには僻み妬みも付き物で、それが無くなることはねえ」
「大丈夫よ、そんなの」
「……ま、お前はそういう奴だわな。俺はさ、サーバントとしてお前に求めることなんざ、何一つねぇのよ。だけど周りは違うだろ。現に上杉達の後釜、あいつらもお前を手放しで認めてはいない。お前は常にサーバントとしての真価が問われる」
サーバントとしての真価が問われる……か。
徐々に繋がっていく。
九条の言いたいこと、さっきの出来事が。
「サーバントがマスターを見捨てて逃げた……まあ、よくある話ではあるわな。それが良いとも悪いとも言わん。俺は別にそんなことお前に求めちゃいねえ。あの状況でお前が逃げたとして、俺はむしろ賢明な判断だっつって褒めるだろうな」
あたしは他のサーバントとは違って常に問われる。逆境や試練の中で、本当に価値あるサーバントなのかを。
「ま、お前なら立ち向かってくるとは分かってた。俺はあの状況を利用したんだよ。ああいう場面に直面した時、良い意味でも悪い意味でも本質が明らかになる。お前がサーバントとして本領を発揮すんのは、他を助ける時だ。ほんっとヒーロー気質も考えもんだけどな~」
実力が試される、力量が問われる。
九条は少しでもあたしへの野次を減らすために、敢えてあの状況に持っていったってこと……?
馬っっ鹿じゃないの!? 危険すぎるでしょ、アホ!
「はぁー。なに考えてんのよ、あんたは」
「俺があんなへなちょこにやられるわけねぇだろ。つーか、たまたま雑魚が侵入してきたってだけで、俺がわざわざ用意したわけじゃねぇし」
「あらそう……」
「まっ、お前はそのまんまでいいってこった」
立ち上がってパッパッとスラックスについた砂埃を払う九条。
「お前にはサーバントそのものとして欠くことができない、最も大事な根っこの部分……性質、要素がある。十分だろ、それだけで」
小宮先輩と前田さんに異例で特例のあたしという存在を認めさせようとしたってこと……だよね? いや、馬鹿なの? アホか。もっと他にやり方ってものがあんでしょうがバカタレ。
「あんた、しれっと許されようとしてない?」
「はあ? 許す、許さねえの問題じゃなくなーい? お前に許される必要もなければ、許されねえ意味も分からん。俺がやることに意味が無かったことなんざ一度だってねぇだろ。黙って信じときゃいいんだよ、脳足りんは」
はぁあん!?
こっちがどんだけ肝冷やしたと思ってんのよ。あんたを失うかもって…………こんっのクソ俺様御曹司が。
「ふざけんな! いっぺんくたばりやがれ! このクソ野郎が!」
「あ? おい七瀬、お前マスターに向かってっ」
「そんなの知らんわ!!」
こうしてあたし達の大喧嘩が勃発したのであった。
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