真価⑴
── 2月某日
「はぁ」
何度目のため息だろう、ため息と涙しか出てこない。
「お前さぁ、俺の隣で辛気くせぇのやめてくんなーい? 一生の別れでもねえんだし、アホくさ」
あんたには分からないでしょうね。あたしの中であの人の存在がどれだけ大きいのか、どれだけ救われているのかを。あたしがここまで来れたのは、あの人の支えがあったからと言っても過言ではない。あの人は偉大なの、神なの、仏なの。
「あたしも一緒にい"ーき"ーた"ーい"」
「うっせぇな、声でけぇわ。ったく、泣く意味が分からん。同じ敷地にはいんだろ、会いたきゃ会いに行けよ勝手に」
「あたしも前田先輩と一緒に大学い"き"た"い"」
「お前じゃ到底無理、ポンコツすぎて話にならん」
「頑張って勉強す"る"ぅ"、いい子にす"る"か"ら"ぁ"」
「アホかうぜえ、もう黙れお前」
前田先輩の卒業が刻一刻と迫ってきて、情緒不安定になるあたしに塩対応な九条。こういう時って普通の彼氏だったら、『そうだよね、寂しいよね』って慰めてくれるもんだよね? あたしの彼氏は『アホかうぜえ、もう黙れお前』+容赦なくあたしの後頭部を引っ叩いてきたんですけど?
「人の心ないんか」
「あ? 別に前田なんていなくても、俺さえいりゃいいだろ」
ナニをイッテル、キサマは。
「逆よ逆」
「あ?」
「てか、そういうことじゃないし」
「お前クソだな」
「はあ?」
この後、『お前はあーだ、お前はこーだ』って長い長い説教が始まって、めんどくなったあたしは『はあ、へえ』と適当に流してたら容赦なく引っ叩かれて喧嘩が勃発。
「だいたいお前は前田依存症なんだっつーの。上杉が可哀想だわー、お前のせいでイチャこらできなくて~」
「あたしだってその辺考えてるっていうか、節度を弁えてるっていうか、邪魔にならない程度にしてるし! それに前田先輩が『卒業間近なので少しでも七瀬さんに~』って言ってくれてるもんねー!」
「はっ、ポンコツな後輩を持った前田に同情するわ~」
そんなこと九条に言われなくたって、自分が一番よく分かってる。だけど前田先輩は絶対そんなこと言わないもん、いつだって褒めてくれるし(ちょいちょいディスられるけど)。
「つーか別にサーバントとしてそこまでお前に求めてないんだけどね。マスターであるこの俺は」
あたしは他とは違う、劣ってて当然だってそう思ってる。元々サーバントとして教養を受けてきたわけじゃないんだし。でも、それじゃダメなのよ。九条のサーバントとしても、前田先輩の後輩としても。
九条は変に優しいっていうか、あたしに甘い節があるから『別にいい、そこまで求めてねえ』とか言うけど、せめてお給料に見合った働きは最低限でもしないと、これから新たに加わるサーバントに示しがつかなくなる。
「なら聞くけど、九条はサーバントであるあたしに何を求めてるわけ?」
立ち止まって、数歩先を歩く九条の背中に向かってそう問いかけた。すると、ピタリと歩みを止めてゆっくり振り向いた九条と目が合って視線が絡み合う。
こうやって目と目が合うと、周りの音がスッと消えて2人だけの空間になるこの謎の現象は一体何なんだろう。
「聞く?」
「え?」
「俺がお前に何を求めてるのか、マジで聞く? 知りたい?」
そりゃまあ、聞きたいでしょ。九条のサーバントである以上、マスターである九条に少しでも寄り添いたいっていうか、できる限りのことはしたい。
「うん、知りたい」
「俺が求めてんのは至ってシンプルなこと」
「?」
「SEX」
「……は?」
「セックス」
うん、真面目に質疑応答しようとしたあたしが馬鹿でした。無言で九条の綺麗なご尊顔が鷲掴みして、そのまま廊下へ沈めた。
「「「「「ぎゃあぁぁーー!!!!」」」」」
九条ファン達の悲鳴が校舎内に響き渡って、我先に九条を救わんとする女達の群れでごった返し、その地響きで天馬学園だけ震度3ほどの揺れを観測。
「ねぇねぇ舞ちゃん、どうしたの?」
「わぁ、相変わらず九条君の人気はすごいね」
「おはよーう、胡桃ちゃん純君。あ、てかさ今週の金曜だったよね? サーバントの集会だっけ。あれってマスター同伴なの?」
「マスター同伴ではないよ。サーバントだけの集会っていうか、まぁそんな堅苦しい感じの会でもないらしいんだけど。“1年間お疲れ様会”みたいなパーティーだと思ってればいいんじゃないかな?」
「へぇ」
「如何なる理由があってもマスターの同伴は認められないって会なんだよ~? 聞いた話だと、その会の最中だけマスターへの日頃の鬱憤を吐き出すことが許される……とか聞いたことある~。すごいけどちょっと怖いよねぇ。純君も鬱憤溜まってる?」
「えっ!? いやいや、僕は無いよ!?」
「本当かなぁ~?」
「ないない、無いって!」
あるとするなら胡桃ちゃんが可愛すぎるってことくらいでしょ。
そんなこんなであたし達は九条を放置して歩き始め、その陰湿くさそうなパーティーについて話していると、西園寺兄妹……と見慣れない顔の2人。
「さっきから騒がしいのは一体何なの? 舞が地均しでもしてるのかしらと思ってたけど」
「どうせ柊弥が舞ちゃんを怒らせるようなことを言ったんだろう。如何せん失言が多いからね」
「舞ちゃん、私達はここで……」
「あ、うん。またね、胡桃ちゃん純君」
胡桃ちゃんと純君は蓮様と凛様に会釈して去っていった……で、そこのおふたりさんはダレ? なんか睨まれてるような気がするんですけど。とくに眼鏡をかけたガタイのいい男のほう、めちゃくちゃ睨んでない? なんで?
「ああ、この2人は前田さんと上杉さんの後任だよ」
「え?」
「この冴えない男が上杉の従弟。で、こっちの筋肉の塊が前田の弟よ」
・・・What? いやいやいや、マジか! 似てねえ、びっくりするくらい似てねえ! ぶっちゃけ上杉先輩の従弟はまぁ納得だけど、前田先輩の弟って……似ても似つかぬ。
「……あ、えっと……」
前田先輩の弟、既にあたしのこと嫌ってない? 初めましてですよね? ドユコトー。
「この2人は1年間イギリスへ行ってたんだよ」
「は、はあ、そうなんですか」
チラッと前田先輩の弟に視線を向けると、目を細めてあたしをジッと見てくる。
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