チョコレートからのカップラーメン⑴
── てなわけで。
かくかくしかじかでホテルに来てるあたし達。急な豪雨でたまたま近くにあった九条財閥が所有するホテルに一時避難することになった。どしゃ降りの雨に打たれたせいか体の芯から冷えきってガクガクブルブル震えが止まらない。だってまだ2月だよ? 冬じゃん、寒いじゃん。
「先にシャワー浴びてこい」
「いや、九条の後でいい」
「あ? 震えてんだろ、やせ我慢すんな貧乏人が」
九条は平気そうにしてるけど、あたしなんかより九条に体調崩されるほうが厄介すぎる。霧島さんが発狂しそうだし、あたしをこき使いそうだし、何かと面倒だし。
「あんたに風邪引かれたら困るの。あたしは九条と違って頑丈な体の造りになってるから平気」
「つべこべ言ってないでさっさと入れよ」
その言葉、そのままそっくりお返しするわ。つべこべ言ってないでさっさと入ってくんないかな。寒いのよ、本当に。
「それはこちらのセリフです。早くお入りください、九条様」
「ちっ。ああ、めんっどくせぇな」
「ちょっ!?」
九条の肩に担がれて、あれよこれとよと浴室まで連行されて……いや、なんでこうなった? 制服のままシャワーを浴びるあたし達。あったかいよ、あったかいけどさ、なんでこうなった? 向かい合って、ただただ無言で見つめ合う。
「あの、どういうこと?」
「2人で入りゃいいだろ別に」
な ん で ?
そして、当然の如くあたしに拒否権なんてものは微塵もなく、お互い絶っっ対に見ないことを誓って一緒に入ることに──。
ありえない、ありえない。まだキス以上のこともしたことがないカップルが全裸で一緒にお風呂入ってるとかありえない。お互い背を向けて、微かに触れ合ってる素肌。触れ合ってる部分が妙にアツく感じるのはあたしだけ?
「ねえ、ちょっと」
「あ?」
「もう少し小さくなれないわけ?」
「無理~」
あたしは限界まで縮こまってるのに、九条はおそらくドテーンと寛いでるでしょこれ。背中と背中が今にもピタリとくっつきそうなんですけど!?
「あの、くっつきそうなんですけど!」
「別に背中くらいよくね~? 減るもんでもねぇんだし」
・・・九条はいつだってそう。いつだって余裕そうで、こんな些細なこと何っとも思ってないんでしょうね、あんたは!
あぁそう、意識してるこっちが馬鹿らしくなってきたわ! ええ、そうですよね、別に背中くらいよくね~? 減るもんでもねぇんですし!
やけくそになったあたしはピタッと背中をくっつけて、九条の肩にコツンと頭を置いた。この際、背もたれと思お。これはゴツゴツした背もたれ。
「お前、俺のことなんだと思ってんの?」
「背もたれ」
「ハッ、だろうな。今日このまんま泊まってくぞ、帰るのめんどくせぇし。親に連絡しとけ」
「はいはい」
金曜日はこのパターンが多い。お互い用事がなければどっちかの家にお泊まりコース。ま、お泊まりだからってどうってことはない……と言えたら苦労しないよね。
未だに緊張するのってやっぱおかしいのかな? なかなか慣れないんだよねぇ。九条と一緒に寝るのってドキドキして心臓に悪いのよ、かなり。見てくれだけは死ぬほどいいじゃん? ほんっと国宝級イケメンなのは手放しで認める。
・・・え? そんなドキドキするなら別で寝ればって? 別で寝ることをあの九条が許すと思う? 許すわけないじゃん。まあ、何だかんだ九条と一緒に寝るのは結構好きだったりするのよ。緊張もするけど、それ以上に安心するし落ち着くから。
それに、大切にされてるなーって実感するから、心がじんわり満たされてくあの感じが幸せなのよね。あたしの中で大好きがぽわんぽわんと溢れ出すあの感じも好き。あ、語彙力なくてごめん、今更だとは思うけど。言語化って難しいよねえ。
なんかもう、とにかく九条のことが好きすぎてヤバいかもって感じなの。
「ねえ、九条」
「ん~?」
あたし達ってなんだかんだ似た者同士だから、言葉で好きって伝えたりするのが苦手っていうか、恥ずかしいから言えなかったりするけど、それでも九条はちゃんと行動で示してくれてる。あたしはちゃんとそれができてるのかって言われたら、きっとできてない。本当に素直じゃないし可愛げがない。
だから、たまにはちゃんと伝えたい。
「す……あ、ありがとう」
「あ? なにが~?」
「色々と」
「なんだそれ。お前いっつもかっつも俺に礼言ってね? ありがとうマンかよ」
「は? なにそれ、うっざ」
「ったく、冗談だっての~。なんでもかんでもありがとうって言えんの普通にスゴいんじゃね? 俺には無理だね~」
「でしょうね~」
って、違う違う。今は『ありがとう』を伝えたいんじゃなくて『好き』って伝えたいんだけどぉー。
逃げるな、七瀬舞! ちゃんと言いなさい、好きだって。好きな人にはちゃんと好きって伝えなきゃダメ!
「あ、あの!」
「んだよ、さっきから」
「す……すみません、ごめんなさい」
「ハッ、でたでた。ごめんなさいマン。礼言いまくるわ謝りまくるわ、毎日毎日忙しいやつだねえ。お疲れさ~ん」
「うっっざ」
「で? どうした」
あたしが何か伝えようとしてること、九条はきっと察してくれてるんだと思う。こういう時の声が本当に穏やかで優しいから胸がキュンとなるんだよね。程よく低くて鼻にかかった甘く透き通るようなこの声もめちゃくちゃ好き。
「九条」
「ん?」
「あの、えっと……好き」
「うん、知ってる」
「九条は?」
「好きじゃなきゃ一緒にいねえ」
「うん、知ってる」
あたし達はフッと鼻で笑って、特に何を話すわけでもなく背中を預け合った──。
今日はバレンタインデーだったにも関わらず“何も用意していない”という、彼女としてあるまじき大失態を犯してしまったあたし。ちょっとでも挽回しなくちゃって思って、九条がいなくなったちょっとした隙に血眼になってスマホで検索した。
あたしもあたしで雑すぎるから【男 喜ぶ バレンタイン サプライズ】で検索して、パッと目に入ったものを実行することに。
ガサガサとコンビニの袋を漁って余り物のチョコレートを取り出し、脱衣室へ向かった。バスローブとか色々揃ってて、その中にお目当てのものはあったんだけどぉ……いやぁ、なんていうかこれ、絶対に間違ってるような気がする。
「……いや、これ……本当に大丈夫なの……?」