疑惑⑷
「ハッ、やっぱお前には敵わねぇわ、ほんっと。上等上等~、だいたい七瀬以外知らねぇし知るつもりもねぇわ」
こんな優しい顔をするのも、愛おしものを見つめるような穏やかな瞳も、きっとあたしだけしか知らない。これからもずっとそう、あたしだけのもの。
「あたしも大概ヤバいかも」
「あ? ムラムラして? 俺もヤバいんだよね~、さっきから。くっそビンビンに勃っ……んぐぉっ!?」
あたしはありったけのいちごを鷲掴みして、余計なことを口走りかけた九条の口の中へブチ込んだ。
「いちごで逝け」
謎の捨て台詞と共にあたしは九条から離れた。
「なあ、七瀬」
「なによ」
「見ててくんね?」
「は? なにを?」
「してくれとは言わん」
いや、何を言ってるの? この人は。
「はあ……?」
「俺がシコんの見てて」
キサマハ、ナニヲ、イッテイル?
「は?」
死んだ魚の目をしてドン引くあたし。これに関してはもうマジで引く。ていうか、引くとかのレベル超越してるけど。そんな無駄なところまでレベルアップとかしないで、無駄に向上心高めなのヤメテ。
「ばぁぁか、冗談だっての~」
ヘラヘラしながらスマホをいじり始めた変態(九条)。ほんっと九条が言うと冗談に聞こえないから怖いよね。さすが変態、さすが存在自体が18禁。
・・・それから適当にベッドで寛いでる九条、あたしはサーバントの業務記録をタブレットに打ち込んでいた。
すると──
「んあっ、もうだめっ♡いやんっ」
「イけよ、おら」
「はぁん♡もうイっちゃう!」
・・・コロシテモイイカナ?
貴様、大人しくスマホ見てると思ったらナニ観てんのよ。いや、別に観るなとは言わん。好きなだけ観れ、思う存分に。でもさ、常識的に考えて? あたしがいる場で観んじゃねーよ。逝けよ、おら。あんたが逝けよ、おら。
「逝かせてやろうか? お望みどーり」
殺人鬼の形相というより、もう殺人鬼になってるあたしが九条に襲いかかろうとしてる。
「ちょちょちょ、待てって! イヤホンの接続が切れたんだって!」
「はあ? 知らねーよ、言い訳なんざ聞きたかねぇんだよ」
「おいおい、柄悪女再来してんぞ。つーか、確認してただけだっつーの」
「は?」
「どうやらお前じゃないと勃たないらしい」
・・・は? マジで“は”?
「いやぁ、ワンチャン七瀬以外でも勃つんじゃね? って思ったんだけどやっぱ無理だったわ。うんともすんとも勃たん」
「へえー」
もう『へえー』としか言いようがない。
「別にそういう意味じゃねぇぞ? お前以外とヤりてぇとか、そんなこと思ってるわけじゃない」
当たり前でしょ、じゃなかったらあの世に逝かせますが?
「じゃなかったら心置きなく逝かせてるわ、あんたのこと」
「物騒な女」
「はぁ、あのさ。別に観るのは勝手だし、お好きにどーぞとしか思わないし、本当に何とも思ってないけど、一緒にいる時に観るのはさすがにデリカシー無さすぎじゃない? それはマジでやめて。今後は気をつけてよね、まったく」
ソファーに戻ってタブレットに目をやると、わざとらしくあたしの視界に入ってくる九条に思わず舌打ちしそうになったのを何とか抑えた。
「なに」
「七瀬をオカズにすんのは確定として、やっぱこうなんかしら欲しいだろ」
ナニをイッテンダ? コイツは。
「は?」
「ちょっと喘いでくんね?」
どうやら死にたがりなようだわ、このお坊っちゃま。
「死にたいの?」
「んじゃせめて『九条、いっぱい出して?』って言ってみ? ほれほれ~! えっちな声で~!」
『言ってみ?』じゃないのよ。『ほら、言える言える! 頑張れ!』みたいなテンション感やめてくれないかな!?
「もぉ、なんなの!? いつにも増しておかしくない!?」
すると急にムッとして、ベッドの縁に腰かけながら無駄に長い脚を組む九条。なんだろう、この何か言いたげな顔は。
「なに、どうしたの?」
「今日バレンタインらしいよー」
今日は2月14日(金曜日)、紛れもなくバレンタインデー。
「そだねー」
いや、わざわざ言われなくても分かってるし。あんた朝からチョコだのなんだの腐るほど貰ってるじゃん。2トントラックがパンパンになっちゃうんじゃないの? 天馬のみならず全国から九条宛の荷物が届いてるし。
絶対こうなるだろうなって思ってたから、あたしはなんっも用意してないよ? だっていらないでしょ、腐るほどあるんだし。食品ロスほど勿体ないものはないし、あたしも食べるの手伝わなきゃ。
そんなことを考えてたら『はぁぁー』とわざとらしいため息を吐きながら、無駄に長い腕を頭の後ろで組んであたしを咎めるような目で見てくる九条。
だいたい九条はバレンタインとか嫌いでしょ? イベント事とか苦手だの鬱陶しいだの嫌いだの散々言ってたし。だからあたしは、イベント事が嫌いな九条に無理強いはしないって決めてるの。
「なによ」
「お前さぁ、もうちょい女子力上げらんねぇの?」
「ハイ?」
「バレンタインなんて女がやりたがる大イベじゃん。なんでお前がそうも無頓着なのか俺には分からん、理解できん」
うーん。はて、何を言ってるのだろうかこの人は。だってあたし、もうあげたい人にはあげちゃってるし。あたしの中でもうバレンタインデーは終わってるも同然。
今日から九条が貰ったチョコだのなんだのを腐られせる前に食べきんなきゃ! ってかなり気合いを入れてるところなんだけど? 九条目当てで渡してくれた人達には申し訳ないけど、食品ロスは貧乏人のあたしにとっては許しがたきなの、だからどうか許して。
「あげたい人(お世話になってる人)にはあげたし、あたしのバレンタインはもう終わりましたけど」
「は?」
九条の口からガチトーンの『は?』が飛んできて、さすがのあたしもビビり散らかしております。
「いや、だからお世話になってる人にはっ」
「誰にやったんだよ」
今、目を合わせたら間違えなく目力だけで殺される。冷や汗をダラダラ垂らしながら、完全に怒っているであろう九条に嘘偽りなく誰に渡したかを伝える覚悟をした。
「えっと、お母さんお父さん律に慶に煌でしょ? それから梨花と美玖と拓人っ」
「あ? もういっぺん言ってみろ」
「たっ、た……たくっ」
「お前さ、なんっでこうも俺を苛つかせるかね」




