疑惑⑶
「お前、俺が浮気する男だと本気で思ってるわけ?」
・・・思ってない、本気でそんなこと思ってない。
「いや……違う、本気でそんなこと思ってはない」
「ったく、んなもんするわけねぇだろ。だいたいこの俺にそんな暇ねぇのお前が一番よく知ってんだろうが。こんの馬鹿女が」
「ご、ごめんなさい」
すると、あたしの鼻をグニッと摘まんでグリグリし始めた九条。痛すぎて半泣き状態の哀れな絵面完成。ほんっと情けなさすぎて、ちょっとでも九条を疑った自分に嫌気が差す。
「俺、お前をそんな不安にさせてるか」
あたしの瞳から目を逸らさず、真剣な瞳と改まった声でそう言った九条を見て罪悪感に押し潰されそうになった。
「不安にさせてるりつもりねえんだけど?」
うん、伝わってる。あたしを大切にしてくれてることも、なによりも優先してくれてることも、好きだってことも……全部伝わってるよ。
でも、あたしが全てにおいて見合ってないの。釣り合ってない、劣ってる。
『九条財閥の御曹司である九条の彼女がこんなあたしでいいのかな?』なんて言えない。だってこの言葉は九条を傷つけちゃう。
あたしだって別に九条財閥の御曹司を好きになったわけじゃない。九条柊弥を好きになったの。けどやっぱり考えなきゃいけないことだってある。この先もずっと長く九条と一緒にいたいなら尚更。そこは切っても切れない問題でもある。
「ごめん。本気で疑ったわけじゃないけど、こんなの気分悪いよね……本当にごめんなさい」
「はあ? んな本気で謝んなよ、調子狂うっての~。まあでも、お前が辛ぇなら全部捨ててもいい」
「え?」
「九条の名も何もかも全部捨ててもいいっつってんの。俺はお前さえいりゃそれでいい、他のもんなざ要らん。九条財閥なんておまけみたいなもんだろ」
いや、まずは捨てたデリカシーを拾いに行ってもらって、クズさを捨ててもらってもいいかな? なんて思ったりもするけど、この言葉がすごく嬉しかったりもする。九条らしくて、この男には敵わないなってつくづく思う。
あたしは九条柊弥自身のことが好きなだけで、九条財閥はおまけみたいなものだって思ってるし、九条が全てを失ったとしても離れる気なんて更々ない。何者でもなくなった九条でも、九条が九条柊弥でいてくれるのなら何だっていい。
九条くらいあたしが全力で守るし養ってやるわ。
「なぁに1人で吹っ切れた顔しちゃってんの~? つーか、失礼なこと一瞬考えてたろお前。はい、お仕置き決定~」
「え、いやっ、うぎゃっ!?」
軽々とあたしを肩に担ぎ、雑そうに見えるのにしっかりあたしのスカートを押さえて、“スカートの中は絶対に誰にも見させないぞマン”になってる九条。そんな九条にちょっとキュンしちゃうあたしも大概どうかしてる。
そもそもオーバーパンツ履いてるからパンツが見えるわけでもないのに、ほんっと独占欲の塊みたいな人で分かりやすい。そんな九条も好き……だなんて、本人には言ってやらないけど。
で、連れて来られたのはもちろん溜まり場ことVIPルーム。そのまま九条の部屋に直行して、あたしを肩に担いだまま冷蔵庫からいちごを取り出してささっと洗い、なぜかベッドの上に座った九条の上にちょこんと座らされるあたし。しかも向き合った状態で。
なんでこんな体勢……? 退こうとしても馬鹿力ゴリラ(九条)が腰に手を回してるからビクともしない。
「ちょっと、この体勢嫌だ……!」
「あ? ああ……くくっ、七瀬のえっちぃ~」
「マジであんたっ!?」
大きないちごを容赦なくあたしの口の中へ突っ込んできた九条。
「寄越せ」
「ん?」
「それ、寄越せ」
明らかにあたしの口の中に入ったいちごを寄越せと申してる九条。要は口移ししろってことでしょ? むり、無理無理! そんなの死んでも嫌だ! 恥ずかしすぎる、そんなことするキャラでもない!
「んん(いや)」
「さっさとしろ」
「んん(やだ)」
こうなったら高速咀嚼してさっさと飲み込んでやる!
「ちなみにそれ寄越さねぇと死ぬほどドえろいチューするけどいいか? 泣こうが喚こうが何も考えられなくなるくらいの甘ぇキスするけど? んで勢い余ってあーんなことやこーんなことヤっちゃうかもね~。で、どうすんの? 七瀬。お前、覚悟できてる?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてあたしを見つめてくる九条。そんなこと言って、できないくせに。九条は優しいから待ってくれてる、無理やりになんて絶対してこない。いつだってあたしのペースに合わせてくれるし、正直彼氏としてもハイレベルすぎるのよね。
まあ、たまには言うこと聞いてあげてもいっか。なんて折れるあたしも大概だな。
九条に顔を近づけると、そっと後頭部に回された手に引き寄せられて唇が重なった。あたしは九条の口の中にいちごを入れて離れようとした……けど、離れられるわけもなく。
「んっ!?」
フッと鼻で笑った九条はあたしの口に中に舌を入れてきて、いちごの甘さなのか九条とのキスがただただ甘いのか、もう分かんないくらいの濃厚なキスをされる。
いっつも横暴なくせにキスはとても丁寧で、あたしを丁重に扱ってくる九条にまたドキドキさせられる。こういう時、あたしばっか余裕がなくて悔しい。
ズルいよ、九条はいつだって余裕そうでムカつく。
別にあたしだってやればできるし! とか謎の対抗心で俗にいうドえろいキスを仕返してやった。
「ハッ、なにお前。やることなすこと可愛すぎんだろ」
「なによ、余裕そうでほんっと腹立つ」
「余裕……ねえ。つーか知ってた? お前のキス、まんま俺のやり方だって」
「そっ、そんなの知らない!」
そりゃ九条としかこんなキスしたことないんだから、必然的に九条のやり方になっちゃうでしょ。それはそれでなんかすんごく癪だけど。
「くくっ。いいね~、そういうの。俺しか知らないって感じがしてたまんねぇわ。ま、お前は一生俺しか知らずに死んでくんだけどね~?」
それは逆もまた然りでしょ?
「ふんっ、道連れにしてやる。あんただってこれからはあたしだけしか知らずに死んでいくんだから」
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