疑惑⑵
未だにこんなことでドキドキしちゃってるとか絶対九条にバレたくなくて、無の境地を極めるあたし。つくづく可愛くない女だなって思うけど、これがあたしだから仕方ないっていうか、九条はこんなあたしでもいいって言ってくれてるから、あまり変わるつもりもないっていうか。
九条も九条でこんな女のどこがいいんだか、さっぱり分かんないよね。あたしが男だったらあたしみたいな女マジで嫌だわ、可愛げ無さすぎて。
「なぁなぁ、好き?」
「ハイハイ、スキスキダイスキー」
「お前感情捨てたんか」
「感情捨てないとあんたの隣にはいられない」
「ハッ、可愛くねえ」
「んっ!?」
不意に近づいてきた九条に反応しきれずガリッと下唇を噛まれたあたし。
「いった! ちょ、なにすんのよ! ここ廊下ね!?」
「なに当たり前のこと言ってんのー?」
「あんたにTPOってものはないわけ!?」
「ねえな、んなもん」
『俺を誰だと思ってんの? あの九条財閥の御曹司にんなもんあるわけねぇだろ。俺が正義、俺がルールなんだよ』と言わんばかりのドヤ顔。もうここまでくると逆に清々しくて反抗する気も失せる。ここ天馬学園では九条柊弥が絶対君主。
「で?」
「あ? 『で?』ってなんだよ」
「もぉ、なんなの。なんかあった?」
九条は性格以外パーフェクト人間。ほんっと『何者なの? あんた』ってドン引きするくらいできないことがない。唯一できないことがあるとするなら“あたしを怒らせない”ってことくらいじゃないかな。性格以外はリアルに非の打ちどころがない。
なんでもできちゃうからこそ、なんでも1人で解決しようとしてるんじゃないかって時々心配になる。まあ、現に1人で解決できちゃう人でもあるんだけど。
こんな完璧な“しごでき男”でも一応人の子なわけで、1人で抱え込んでたらキャパオーバーしちゃうこともあるんじゃないかなって、あたしが不安に駆られてる。
だいたい何のためにあたしがいると思ってんのよ。あんたのサーバントでもあり、あんたの彼女でもあるあたしに頼らないでどうすんの? そんな気を遣い合う仲でもなくない?
それともなに、あたしには言えないことなわけ? 今更『やっぱお前とはやってけねぇわ。貧乏くせぇし、クソ馬鹿だし、生意気だし、口悪ぃし、大した乳してねぇし、ヤらしてくんねぇし、挙げたらキリねぇわ。もういらね、お前みたいな女。じゃーな』とか言わないよね……? え、マジ勘弁してくんない? それだけは。
ここでひとつの疑惑が浮上。
実は他の女できましたパターンとか……? はないよね? いやいや、ねえ? さすがの九条もそこまでクズでは……クズでは……ないと言い切れないのが怖すぎる。
おかしい、おかしいとは思ってた。最近妙にソワソワして落ち着きがなかったし、本当に変だった。今日なんて上の空状態で考え事してると思いきやベタベタしてきたり、かと思えばビービー嫌味言ってきたりして、『情緒不安定か!』ってツッコミたくなるレベルだったもん。
人の心を溝に捨てた男でも、浮気したことに対してちょっとした罪悪感的なものがある感じ? あたしとの別れに躊躇したり、情みたいなものが湧いてる? なによそれ、最悪なんだけど。マジで浮気とか言わないよね? でも最近の挙動不審気味だった九条の理由が浮気だったら納得かも。
ははっ、ははは……コロス。
「あの世へ逝く覚悟はおありでしょうか? 九条様」
殺人鬼の形相で九条を睨み付けると『なんだこいつ』って顔をしながら首を傾げてる。それにまた腹が立つのは言うまでもない。
あたしの人生さんっざん引っ掻き回したくせに今更ポイ捨て? そんなの卑怯じゃん。九条がいない生活になんてもう戻れないよ、あたし。そうさせたのはあんたでしょ、最後まで責任取んなさいよ。なんで今更捨てんのよ、九条はあたしがいなくても平気なの?
「はぁ、なんなの? お前」
こういう時に限って九条の表情も声も穏やかで優しい。すぐあたしの異変に気づいちゃう辺りも本当に卑怯だよ。
好きって感情ってさ、どこかできっと止まっちゃうんだろうなって思ってたけど、全然止まんなくて。日に日に好きって気持ちが膨らんでいく。
やだな、離れたくない。
でも、素直になれない。
だってそんなキャラでもないし。可愛らしく『好き』とか『離れたくない』とか言えない。九条だってそんなあたしを求めてるわけじゃないし、甘えられても困るだけでしょ。
「別に」
「あ? んだよ、なにが不安なわけ?」
「別に」
「ったく。なんだよお前、可愛っ」
『ったく。なんだよお前、可愛くねえ』って言いたいんでしょ? そんなこと言われなくても自分が一番よくわかってる。
「そうね、どーせ可愛くないわよ! 知ってるわ、そんなこと!」
こんなのただの八つ当たりじゃん。
あたしは肩に乗ってる九条の手を払って逃げ出そうとした……けど、それをあの九条が許すはずもない。秒で捕まった。
「お前情緒不安定すぎんだろ。なに、生理前?」
「あんたデリカシー皆無すぎんでしょ。なに、人外? もう離して、別になんでもないって言ってんでしょ」
「ハッ、そんな顔してよく言うわ~」
『よしよーし』と言わんばかりにあたしの頭をワシャワシャ撫でる九条。あの、犬か? あたしは。
「元々こういう顔してますが、なにか?」
「はいはい、ツンツンすんな。ほら、言えよ」
あたしを抱き寄せて、その大きな手であたしの頬を優しく掴んでムニムニ揉んで遊んでくる九条。
「びぇちゅににゃんでもにゃい(別になんでもない)」
頬をムニムニされてまともに喋れないは許してほしい。
「“びぇちゅににゃんでもにゃい”やつがそんなしけたツラしてんなよ。言え、おら、さっさと」
真似すんな、絶妙に上手いのが鬱陶しいし。ていうか、喋らすつもりある? ムニムニしすぎでしょ、ほっぺた無くなっちゃいそうなんですけど?
「……うびゃきしちぇるの? (浮気してるの?)」
「あ?」
いや、なんで1発で聞き取れるのよコワッ。
あたしの頬をポイッと捨てて腕を組み、鬼の形相であたしを見下ろしてる九条はおそらく激オコ。