【一旦完結】Shall we dance?⑧
あれ……? 視界がボヤけるし九条の声が歪んで上手く聞き取れない。自分がフラフラしてるのが分かるし全身の力が抜けて、もう立っていられない。あたしが前に倒れそうになったのを多分九条が支えてくれた。
ごめん、九条。そして、ありがとう──。
── 夢を見た。なんの夢だったかは覚えていないけど、とても幸せだったのは覚えてる。心が満たされて、ほっこりした気持ちで目が覚めた。ゆっくり目蓋を開けると自分の部屋のベッドの上にいた。
「お、目ぇ覚めた?」
チラッと横を見てみると、ベッドに腰かけてあたしを覗き込むように見ている九条。
「ごめん、意識飛んじゃったみたい」
「いや、なんの『ごめん』だよ。そりゃ意識もブッ飛ぶだろ~。お前今日働きすぎな」
起き上がろうとすると、九条がさりげなくあたしの背中に手を当てて押し上げてくれた。
「あたし結構寝ちゃってた?」
「いや? 2時間くらいじゃね? もうちょいで日付変わるくらい」
「そっか。お母さん達大丈夫だった?」
「あー、父親のほうが狂ったように泣いてて母親にブッ叩かれてたわ」
「そっか、ごめん。責められたりしなかった?」
「いいや? ……誰も責めてくんなかったわ。なんで誰も俺を責めないんだろうな」
そう言った九条の横顔がとても悲しそうだった。感じなくてもいい責任を感じて、自分を責め立ててるんだろうな。九条は変なとこで優しいから──。
誰も責めてくれない、それが九条にとってとても苦しいのかもしれない。責められたほうがまだ幾分マシなのかもね。でもさ、違うんだよ? 九条。あんたは責められるようなこと何一つしてないじゃん。だから、そんな顔しないで。
「勝手に責任感じられるとか迷惑なんだけど」
「は?」
あたし達は向き合って、目を逸らさず見つめ合った。
「この先、あたしに何かある度にそうやって自分を責め立てるの? 九条のせいじゃないのに、そうやって自分が悪いって自分の中で言い聞かせてずっと苦しむの? そんなのおかしいよ、間違ってる」
「俺が、お前を隣にいさせなきゃあんなことになってねぇだろがよ!!」
「だから、あたしはそれを覚悟してるって言ってるじゃん!!」
「俺のせいでお前に何かあったらどうすんだよ! 取り返しのつかないことになったらどうすんだ!! 俺がお前を……お前を手離すことができなかったせいでな!!」
九条が“九条柊弥”であろうとすればするほど、苦しいんだと思う。そして、あたしを大切に思えば思うほど辛いんだと思う。だったらあたしは──。
「どうなるか分からない未来に怯えて、あんたがあたしと一緒にいてそんなにも苦しくて自分を責めるんだったら……あたしはもう九条とは一緒にいられない」
「……は?」
九条の瞳がグラグラ揺れてる。こんなにも動揺する九条は珍しい。あたしの視界は涙で霞んできた──。
「あたしと一緒にいて、あたしに何かあったとして、九条がそれを俺のせいだって責め続けるのなら、あたしは九条と一緒にいたくない。あたしは……っ、あんたにそんな辛い思いをさせてまで一緒にいたくないの!! 傷ついて責め立てて、そんな九条を見るのはあたしだって辛いよ!!」
「……七瀬」
「守ってよ、あんたがあたしを守ればいいだけの話でしょ!? 今日みたいに! で、あたしはあんたを守る。ただそれだけのことじゃないの? 起きるか起きないか分かんないようなことウジウジ考えないでよ、らしくない! だいたいあんたが負ける姿なんて想像もつかないわ! あたしはあんたが勝つイメージしか湧いてこない! あんた人間離れしてんだから大丈夫よ、死ぬ気であたしを守んなさい! あたしも死ぬ気であんたくらい余裕で守ってやるわ!!」
息を切らしてゼーハーゼーハーしてるあたしを見て、クスクス笑い始めた九条。
「あんたねぇ、笑ってる場合じゃっ」
「いやぁ、マジで無理だわ。降参降参~、完っ全にお手上げ!! もうお前に勝てる気がしねえわ、ほんっと」
そう言いながら少しだけ震えてる手をあたしの頬に添えた九条。その手はあたたかくて優しい。
「七瀬」
「うん」
「悪いけどもう、お前を手離すことも逃がすこともできねえ。必ず俺がお前を守る……だから、俺の隣にいてくれ。この先も、ずっと」
「ふんっ、仕方ないから隣にいてあげる」
「ああそうかよ、そりゃどーも」
── そしてふと、ある違和感に気づいた。その違和感を見てみると……ゆ、指輪?
「な、なにこれ」
あたしの右手の薬指にはめられていたのは、シンプルでとても綺麗な指輪だった。
「クリスマスプレゼントっつーか、日頃馬車馬のように働くお前に何かあげてやってもいいかな~? とか思ったりして。で、ついでに俺のヤツも買った。ま、""ついでに""だけどな」
「なによそれ。素直にペアリングって言えば? 気持ち悪い」
「うっせぇー。ったく、こういうのしたことねぇからこっちだって気持ちワリーんだよ」
ちゃっかり九条の右手の薬指にも指輪がはめられてて、あたしが寝ている間にこっそり付けたんだろうなって思うと変すぎて笑えるし、なんか可愛い。
「本当に変な人」
「いや、それお前に言われたくねぇし」
「ふんっ。ペアリング用意してたってことは元々あたしに告るつもりだったんでしょ~? へえー、そんなにあたしのこと好きだったんだー。ウケる~」
なーんてちょっと煽るつもりだった。そう、いつもみたいに──。
「悪いかよ」
「へ?」
九条が真剣な面持ちであたしを見て、心の奥底を覗き込むような瞳であたしの瞳を捉えて離さない──。
「お前のことがどうしようもなく好きで、どうしようもないくらい愛おしい。好きが加速して止まんねえんだわ。責任取れよ、馬鹿女が。後にも先にも、俺にこんなことを言わせられる女はお前くらいしかいねぇよ。だから、俺だけの女になれ。異論は認めん」
── 九条に嘘は通用しない。それに、心のどこかでこうなるんじゃないかって、少なからず思ってた。きっとあたしは、この人のことを好きになってしまうって。
「あたしも九条のことが好き。もうどう抗ったって、この気持ちを無かったことにすることはできない。どうしようもなく九条を求めちゃうの」
「なんだそれ、一丁前に可愛いこと言ってんなよ。もうどう足掻こうが喚こうが逃がしてやんないよ?」
「どうせ“俺様御曹司は逃がさない”……でしょ?」
「ご名答。……なあ、七瀬」
「ん?」
「キスしてい?」
「……いちいち聞かないでよ」
「だって許可制じゃん」
「もう、馬鹿」
あたしと九条は笑い合って、唇を重ねた。
何度も、何度も、角度を変えながら、互いの気持ちを伝えるように優しく丁寧に、心も体も満たされて甘く絆されていくような、甘い甘い口づけを交わす──。
九条とのキスは、どんな甘味よりも甘い。蕩けそうなキスにただただ乱れて、酔いしれる。
「んっ……ちょっと九条っ、待ってっ……もう限界だから!」
「あ? 無理、止まんねぇし全然足んねぇわ」
喰らい尽くす勢いで唇を奪ってくる九条。今まで我慢していた想いを発露するかのように──。ちょっと余裕の無さそうな九条にドキドキが止まらない。
「もうっ、待って九条……っ! んんっ、ちょっ、やめてってば!」
「あ? 却下」
「あーもうっ! しばらくキス禁止ーー!」
俺様御曹司にまんまと落とされたあたしは、この先も逃げられそうにありません。ま、もう逃げるつもりもないけどね?
俺様御曹司は逃がさない。
この更新分にて本編は一旦完結となります。お付き合いいただきありがとうございました!
ちょっとしたおまけが1話あるので、最後までお付き合いいただけますと幸いです。