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交渉③

「お前……もしかして、処女?」


 ── は?


「ま、その感じだとほぼ確で処女だわな」


 バシンッ!! 車内に響いた強烈な音、そして痛む手のひら。


「とっ、柊弥様!?」


 キィイッ!! と急ブレーキをかけて車を路肩に停車させた運転手さん。あたしはシートベルトを外して、ドアを開けて外へ出た。


「いっぺんくたばりやがれ、このクソ野郎」


 声を張り上げることも、小声で言うわけでもなく、ただ冷めた顔と声で九条にそう言い放ち、車のドアをバンッと閉めてその場を去った。無の感情でスタスタ歩き続けるあたし。そして、徐々に冷静になっていく頭の中。


 ・・・ヤバい、よね? やりすぎた? やりすぎたかな!? 皆さん、もしかしたらあたし……東京湾に沈められたり、海外へ売り飛ばされたりするかもしれません、ジ・エンド。


 九条のことだから追いかけて来るかな? と思いきや、追いかけて来ることはなかった。それはそれで怖いわ。げっそりしながらホームセンターでロウソクを買って、途方に暮れながら帰宅した。


「おかえり、舞」

「ただいま」


 電気が止められているというのに、とっても笑顔でお出迎えをしてくれるお母さん。


「ロウソクパーティー久々ね~」

「……あはは、そうだね~」

「おかえり、舞。遅かったね」

「あー、うん。ごめんごてん」


 ルンルンでロウソクを配置してるお母さんと、それを手伝う律。母、弟よ……あたしはとんでもない男を敵に回したかもしれん、ごめんなぁ。


「おお、舞~。おっそいぞ~? 父さん舞のことが心配で心配で何も手につかっ」

「お願いだから黙って、お父さんは」


 あたしがそう言うとシュンッとして、部屋の端でいじけるお父さん。それを適当に慰めるお母さんと呆れてる律。


「舞ちゃん」

「ん? なに?」

「また壁に穴開いたから補修しとけよ~」

「ちょっと慶、それが人に物を頼む態度なの?」

「あー、はいはい。やっといてくださーい!!」

「はぁもぉ、分かった」


 だいたいあたしは壁補修職人でも何でもないの。自分でやんなさいよ、まったく。可愛げのない……そうは思うけど、慶ってあたしのこと『舞ちゃん』って呼ぶから、そこだけは可愛かったりする。


「舞おねえちゃん、おかえり~」

「ただいまぁ、煌」


 あたしの癒しが満面の笑みを浮かべてる、きゃわいいー!!


 てわけで、そんなこんな今日の我が家はいつも通り通常運転でした。


 ── それから九条に会うこともなく、数ヶ月経過


 あのビンタ事件以降、九条が学校へ来ることもなければ、家に押しかけて来ることもなかった。とても平和である、平和すぎるくらいだ。ま、九条のことだから、都合のいいちょっとした暇潰しになる女が欲しかっただけだろう。きっとあたしは、“この女はもう要らない”判定を受けたんだろうなー。めちゃくちゃ嬉しいわー。もう一生会いたくもないし、関わりたくもない。


 時期に九条の存在も忘れれるでしょ。“交渉”? “約束”? そんなもの、無かったことにすればいいよね。うん。忘れよーっと!


「舞ちゃん、九条君とはどうなったの?」

「いいなぁ、玉の輿~」


 美玖と梨花は定期的に九条との関係性を聞いてくる。だから、忘れたくても忘れられないし、本当に迷惑してる。マジで勘弁してくんない? 忘れたいのよ、あたしは!


「はぁ、あのね? もう一切関わってないって何回言えば分かってくれるの? あいつがどこで何をしているか、誰と一緒にいるか~とかそんなもの知らないし、興味もないの」

「えぇ~、そんなぁ」

「もったいな~」


 どうやら“九条柊弥”という人物は、かなりの有名人らしい。今、SNSで若者を中心に人気が爆発してて、雑誌やらメディアにも活躍の場を広めているとかいないとか?


 スマホなんて持ってないし、テレビもろくに見ない、雑誌を買うお金のすら無いあたしが九条を把握していないのは、なんら不思議ではない。


 で、ただ者ではないと思っていた九条は、リアルにただ者ではなかった。国内のみならず、海外でも名を馳せている“九条財閥(九条グループ)”とやらの御曹司らしい。軽薄というか、あんなちゃらんぽらんそうな男が御曹司ねえ、変なの。


 ていうか、そんなとんでもない男と交渉……『俺の言うことを何でも聞く』なんて怖すぎるでしょ。何をさせられるか分かったもんじゃない。


「舞ちゃん、また来てるよ~?」

「そりゃあ“御曹司様”との関係が気になるんでしょ~」

「……はぁぁ」


 あの日、九条が学校に来たせいであることないこと噂が広まりに広まって、あたしは校内でちょっとした有名人になってしまった。九条ファンがほぼ毎日、あたしを偵察に来る。本当にいい迷惑だわ。


「舞、大丈夫か? 何もされてねえ?」


 後ろからそう話しかけて来たのは拓人だった。


「何もされたりはしてないけど、まあ……ぶっちゃけダルいよね」

「俺が追い払って来ようか?」

「いや、いい……逆撫でしたくない」


 卒業間近だし、面倒事は避けたい。


「そっか。何かあったら俺に言えよ」

「あーうん。ありがとう」


 あたしの頭をポンポンッと撫でて、友達のもとへ戻って行った拓人。それを見ていた九条ファンが廊下でザワザワし始めた。


「なによ、あれ」

「九条君がいながら他の男?」

「柊弥君とあんな女、どう考えても釣り合わないよね」

「ビッチじゃん」

「特別可愛くもないのにー」


 小声で言ってるつもりなんだろうけど、丸聞こえですよ? あなた達。


「はいは~い、モブ共は解散かいさ~ん」

「言っとくけど、わたしの舞ちゃんは美人さんなんだから。貴女達なんて足元にも及ばないよ? 鏡でも自分の顔でも見てみたら?」

「ハハッ!! ちょ、美玖あんた辛辣~」

「梨花ちゃんが甘いんだよ。こういうのはハッキリ言ってあげなくちゃ。……まず、外面より内面どうにかしたほうがいいと思うよ?」


 わお、ブラック美玖の到来。有無を言わせぬ美玖の瞳、漆黒の闇に呑まれそうになるその瞳に震え上がる九条ファン達はそそくさ退散した。


「わぁん。怖かったよぉ」


 いや、どの口が言ってるんだ? あなたが一番怖かったよ? なーんて、口が裂けても言わないけどね。


 にしても、この調子だと卒業するまで九条のことを忘れることも、無かったことにすることもできなさそうだわ。はぁ、しんどっ、憂鬱だなぁマジで。


 大きなため息を吐いて、教室の窓越しに広がる眩しいほどの青空を、目を細めながら眺めるあたしであった──。

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