Shall we dance?⑦
「やっぱ行かん」
「……は?」
「舞踏会なんざ行かん」
「はあ? ちょ、なによ急に」
「あんな野郎共がうじゃうじゃ蔓延ってる所になぁんでお前をわざわざ連れてかなきゃなんねえんだよ。意味分かんねぇだろ、普通に」
「いや、あんたのほうが意味分かんない。ほら、さっさと行くよ? 時間ないし」
「ちっ。ああ、そうかよ。行きゃあいいんだろ? ったく、俺から片時も離れんな。分かったか? 分かったら返事~」
「ハイハイ」
「そうじゃねえだろ」
「御意」
少し離れてあたしの首元に顔を埋めてきた九条。すると、チクッ! とした嫌な痛みが走る。こいつ、まさかっ!?
あたしは九条を突き飛ばして鏡を確認した。案の定、がっっつりキスマークが付いている。もはやアザ。
「最っっ低!! あんた何考えてんの!?」
あたしは置いてあったファンデーションをベシベシ塗って、なんとかキスマークを隠そうとした。
「なんで隠すかなー」
「はあ? 隠すに決まってんでしょ!? 馬鹿なの!? さては馬鹿だな!!」
「ったく。俺のモンって印を消そうとするとか何様だよ、お前」
「あんたが何様よ!!」
「“俺様御曹司”ってところかな~。いや、“ハイパーイケメン俺様御曹司”……か」
「どーーちでもいいわぁぁっ!」
ああ、ヤバい。消えないなぁ、これ。多少薄くはなったけど……消えない!!
「あんたどんな勢いで吸い付いたのよ、これ!!」
「俺の吸引力ナメんなよ~?」
「ふざけんな……っ!?」
背後にフワッと香る九条の香水の匂い。お腹に九条の手が回ってきて、もう片方の手はあたしの肩をギュッと握った。そして、九条が少し屈んだ……と思ったら背中にチクッと痛みが走る。
「……んっ!? ちょ、馬鹿!!」
「くくっ、がっつり印付けてやったわ~」
ヘラヘラしながら満足そうにあたしを見てる九条。
「もぉぉーー!! 何してんのよ!!」
「ほら、さっさと行くぞ~」
「ちょ、消してよ! こんなんじゃ行けない!」
「ハイハイ、我儘言わないよ~」
「我儘じゃないわ! もういい! 行かない!」
「拗ねんなよ~」
「拗ねてない! 絶対に行かない! さようなら!」
あたしが部屋から出ていこうとすると、それを阻止する九条。
「どこ行くんだよ」
「どこだっていいでしょ!?」
「この俺がお前を逃がすとでも?」
「……に、逃げる……逃げるし!!」
「はっ。逃がすわけねえだろ」
「ひゃあっ……!?」
軽々と持ち上げてあたしをお姫様抱っこする九条。相変わらずの馬鹿力ゴリラで何よりですわ。
「一生逃がしてやんないし、俺から逃げようなんて浅はかな考えなんざ、もう二度とできねぇようにたぁっぷり可愛がってやるからな? この俺様が。覚悟しとけよ、七瀬」
── 俺様御曹司は逃がさない。そういうことですか!?
げんなりしてるあたしの隣には満足そうにしてる九条。ルンルンで機嫌の良さそうな九条を死んだ魚の目で睨み付けながら、あっという間に会場へ着いてしまった。
結局、背中のキスマーク消してくんなかったし、首のキスマークも若干残ってるし……はあ、もういいや。どうとでもなれ。
あたしと九条が会場に入ると、ガヤガヤしていた会場内がシンッ静まり返って、全視線が一斉にこっちへ向けられる。
「え、なにこれ。こわっ」
「心配すんな、俺の隣にいろ。その大したことない胸張って堂々してりゃいい。お前はこの俺が選んだ“唯一無二の馬鹿女”だろ?」
「……あんた、一言も二言も余計なのよ。ふざけんな」
「冗談だっての~」
「冗談はその“性格”だけにしてくださる?」
「ヘイヘイ」
そしてあたしの腰に手を当てて歩き始めた九条。あたしも歩みを合わせる。周りの女子の視線はもちろん九条へ──。全員が頬を赤く染めてうっとり状態。隣を歩いてるあたしなんて一切合切眼中になさそう……というより、あたしはあの人達の視界に入ってないんだと思う。
ま、見てくれ""だけ""は本当にいいからね、九条は。マジで国宝級レベルでいい。そりゃメロメロになっちゃうのも分かるよ? でも、死ぬほどクズで俺様だけどね?
まーずこんな奴のどこがいいんだか意味分かんないわ、そう思っていたはずのに──。とうとうあたしもおかしくなっちゃったのかな? きっとどうかしている、こんな奴のどこがって……そう思うのにさ。
あたしはこいつが……九条のことが……っ!? 不意に九条の顔が近づいて来てチュッと唇が重なった……え? いや、今……何が起きた? すると、爆発音のような悲鳴が会場に轟く。
「……あんた、覚悟はできてるんでしょうね」
「悪い悪い、唇がうっかり滑っちゃったの~」
「そう? なら、あたしもうっかり手が滑ってあんたを殺っちゃうかもしれないけど……許してね? うっかり手が滑っちゃっただけだろうから。ね?」
「おっそろしいねえ。おっかない女~」
「だいたいあんたさ、キスするのは当たり前……みたいな思考どうにかなんないの? あたし達そんな関係じゃないんですけど。ていうか、キスマークもそう。おかしいでしょ、馬鹿なの? もうあんたにはっ」
「ハイハイ、分かってる分かってる~。説教とかやめてくんねー? 俺、説教とか嫌いなんだよね~。つーか、俺に説教すんのお前だけな?」
「あらそう、よかったわね。説教してくれる“貴重な人材”がいて。あたしがいなかったら人類史上稀に見る“ドクズ”になってたんじゃない? あんた。あたしに感謝っ」
「ヘイヘイ、そりゃどーーも。なんっでも言うことを聞いてやるよ。特別に、1回くらいなら~」
こいつの“なんっでも言うことを聞いてやるよ”ほど怖いものはない。後でなにを請求されるかも分かったもんじゃないからね。タダほど恐ろしいものはない、それと一緒。
「なら、二度とキスしてくんな? 以上です」
「却下~。割に合わん」
「なら、二度とキスマークつけてくんな? 以上です」
「却下~。くだらん」
こいつ、あたしの言うこと聞く気なんて更々ないでしょ。
「もういいです」
「なぁんでお前って物ねだったりしねえの? 『あれ買って~』とか『これ買って~』とかあんだろ、普通は」
「ない」
「ふーん」
── そして、あたしのダンスが上達したって言うよりは、九条のエスコートが上手すぎて、めちゃくちゃ踊りやすかった。
「Shall we dance?」
無駄に色っぽい顔と声をしてあたしへ手を差し伸べてくる九条。
「はぁぁ、もう……無駄に色気出すのやめてくれない?」
「惚れんなよ?」
「自惚れんなよ?」
こうして無事に舞踏会は幕を閉じた──。
「はいはーい、ご苦労さん。お前にしては上出来 ──」