Shall we dance?⑤
「……っ、頭痛い……って、なにこれ」
目が覚めると、あたしは何もない倉庫のような場所で椅子に座らされ、手首も足首も椅子に拘束されていた。
あたしは瞬時に理解する── “誘拐”、この二文字が浮かんだ。
ガン! ガン! と手も足も動かしてみたけど取れそうにない。口が塞がれてないってことは、声を出されても問題がない場所ってことね。おそらく周りに民家も無ければ、人通りもないような場所なんだと思う。
・・・ちょっとこの考察、名探偵っぽいよね。ははっ! いや、ふざけてる暇は一切ない。
今、何時? どうしよう、今日舞踏会なんですけど!? 25万が懸かってるんですけど!? いやいや、もはやお金どころの騒ぎではない。“命”に関わることが起きてる今、この現状をどうにかしなくちゃいけない。
冷静になればなるほど、恐怖心に支配されていく。情けなく震えだす体。このまま誰にも会えず、死んでいくなんて嫌だ。みんなの笑っている顔が次々と浮かんでくる。最後に浮かんできたのは……九条の憎たらしい顔だった。
「……っ、九条」
嫌、こんなの嫌だ。“ありがとう”も言えず、九条と会えなくなるなんて……そんなの絶対に嫌。せめてありがとうくらい言いたい。
『ありがとう』そんな言葉じゃ全然足りないくらい、あたしは九条にたくさん助けられてきた。あたしには何もない、九条にあげられるような、そんな大層な物は何一つ持っていない。だからあたしはたくさんの“ありがとう”を言葉にして、伝えていくしかないの。
なのに、それなのに、それが伝えられないなんて、九条に会えないなんて……そんなの絶対に嫌!!
無駄にいい匂いするし、無駄に頭良いし、無駄にスタイル良いし、無駄にかっこいいし、クズだし、うざいし、鬱陶しいし、ストレスだし、変態だし、下ネタ大好きマンだし、気持ち悪いし、キス魔だし、距離感バグだし、境界線バグだし──挙げたらキリがないくらい色々あるけど、でも……それでも……っ!! 逃げなきゃ、ここから。
あたしは必死に手首と足首を縛っている縄をほどこうと、ひたすら動かして擦り付けた。摩擦で皮膚が抉れていくのが分かる。めちゃくちゃ痛いしツラい。でも……それ以上に九条やみんなに会えなくなるほうが辛いし、胸が痛い。
この際、手首や足首が千切れたっていい……あたしはそう覚悟してギチギチと縄を動かし続けた。
「……っ、取れてよ……早くっ!!」
擦り付けすぎて、もう痛いとかそういう感覚すら徐々に無くなってきた。血でヌルヌルしているのが伝わってくる。すると、外がガヤガヤと騒がしくなり始めた──。
「九条にバレた!! 逃げるぞ!!」
「もうここがバレたのか!?」
「女は傷づけるなよ!!」
そして、ドタバタと黒ずくめの男達が入ってきてあたしをここから連れ出そうとしてる。
「悪いな、嬢ちゃん」
「悪いと思ってるなら、さっさとこれ外してくれない?」
「君を傷つけるつもりはないから……って、血が出てるぞ!!」
「おいっ! 早く手当てしろ!!」
「待て! いくら女とは言え、あの天馬で九条のサーバントをやっている女だ! 迂闊に拘束を解くな!! 鎮静剤を持ってこい!!」
いやいや、ヤバいって。鎮静剤なんか打たれたら確実に動けなくなる。こいつらの言動や行動を見る限り、あたしに危害を加えるつもりはないっぽい。ということは、あたしを殺すつもりはない……ということ。というより、あたしに死なれたら困る……とか?
「どうやらあたしに死なれたら困るみたいね」
「俺達は金が欲しいだけなんだ」
「へぇー。なんでもいいけど、さっさとこの拘束解かないと……舌噛み千切って死ぬよ? あたし」
次の瞬間、ブスッと首に何かが刺さった感覚がする。その方向をチラッと見てみると、斜め後ろから銃のような物をあたしに向けている男が立っていた。
・・・しまった!!
「即効性だ。もう力が入らねぇだろ」
「あんたら、九条に殺されても知らないからね」
力が徐々に抜けて、全く動けないわけではないけど、力が上手いこと入らなくて何も使い物にならない。
「拘束を解いて今すぐ手当てをしろ! 急げ!!」
「手当てが終わり次第、車で移動する!」
「ごめん。痛かったよね」
そう言いながら丁寧に手当てをしてくれている男は、声から察するにまだ若い。
「あたし貧乏だけど、こんな道の外れたことしようなんて思ったことがないわ」
「……ごめん。でも、どうしても金が必要なんだ」
「人生を棒に振ったとしても?」
「うん」
「あっそ」
── 車に揺られて、どれだけ時間が経っただろう。時間感覚が狂いすぎてて、もう何日も経ったような気さえしてくる。ほんの少しずつだけど、体の感覚が戻ってきたな。手錠はかけられてるけど、足は何もされていない。運転席と助手席に1人ずつか……いざとなったら脚で応戦かな。
「あの、今何時ですか。というより今日って何日?」
「25日の15時っ」
「馬鹿か!! いちいち教えなくていい!!」
今なら舞踏会に間に合う。舞踏会の開始時刻は18時……あと3時間ないくらいか。どうしよう、どうする? ここからどう逃げる? ダメだ。あたし1人で逃げ切れる成功ビジョンが全く浮かんでこない。
── 九条。
「おいゴルァァーー!! テメェら誰のモンに手ぇ出したか分かってんだろうなぁぁ!? もれなく全員ブッッ殺ぉぉす!!」
どっからともなく聞こえてきた、あたしが今一番会いたかった人の声。チラッと横を見てみると、ワゴン車のドアを開けて身を乗り出している九条の姿があった──。
すると……え? これまたどっからともなくバズーカーを取り出して、こっちの車目掛けてバコンッッ!! と何かを撃ち込んできた。
ガシャンッ!! グチャッ!! とよく分かんない大きな音がして、九条の乗ってるワゴン車がいきなりグンッ!! と離れた……と思ったら、あたしが乗ってる後部座席のドアがバコーーン!! と吹き飛ぶ。
いや、もうこれ洋画の世界観じゃない? ここ日本だよね? そして再び接近してくるワゴン車。
「テメェら全員ツラ割れてんぞ。クソ舐めた真似しやがって……殺す、全員殺す、ブッ殺す!!」
「く……九条っ!!」
「七瀬!!!! 霧島! もっと車近づけろ!!」