Shall we dance?③
自分はそれなりに上手く何事もこなせるタイプだと思ってた。でも、天馬ではそれが全然通用しなくて、通用するはずもなくて。
あいつにはしてもらってばっかで、あたしは何一つ返せていない。そんなあたしのせいで九条の評価まで下がって、評判も落ちる……なんて、本来あってはならないこと。
あいつは“九条財閥”を背負う人。九条財閥の将来を担っていく……あたしはそんな偉大な人の足枷でしかないと悟った。いや、悟るには遅すぎたくらい。
── あたしは初めて自分の存在を心から“恥ずかしい”と思ってしまった。
「それ、柊弥の前で言ったらどうかしら」
この声は……うつ向いてた顔を上げると、あたしの視線の先には凛様と上杉先輩がいた。
「柊弥がいない所でしかネチネチ言えないだなんて……ほんっっと無様よね、あなた達。そこの貧乏人より、あなた達のほうがよっぽど貧相よ? 心が。舞、貴女も貴女よ。何を項垂れているの? らしくないわね。胸を張っていつもみたいに堂々としていなさい。貴女はあの柊弥が自ら選んだサーバントなんだから」
凛様のその言葉でハッとする。
あたしがあたしを否定してしまったら、あたしを選んでくれた九条を否定してまうことになる。それは、そこにいる連中と変わらない。あたしが、あたし自身を恥じてしまったら、あたしを選んだ九条に泥を塗るとの変わらない。
あたしは、あたしを選んでよかったと九条に思ってもらえればそれでいい。“やっぱお前で間違ってなかったな”……そう思ってもらえれば──。
今のあたしは“九条”を中心に廻ってる。あたしはただ、あたしを選んだ九条を信じればいい。例えどんなに不恰好でも、あの人はそんなあたしでさえ笑って受け止めてくれる。
「私の“大切な後輩”に何かご用でしょうか。用がないのならお帰りください。邪魔ですので」
ペットボトルを持ったバーサーカー……いや、前田先輩が連中を一刀両断しながらやって来た。
「凛様……前田先輩……ありがとうございます。あたし、腹括りました。誰よりも美しく綺麗に舞ってやります。無理だったら方向転換して、ソーラン節でも何でも踊って会場をドカンッと沸かせてやりますよ。ハッハッハッ~」
「ま、それもそれで良いんじゃないかしら? 柊弥そういうの好きそうだし」
「凛様、そんな不吉なことを言うのはお止めください。あの方は本当にやりかねません。その様なことがないよう前田……七瀬さんの教育をしっかりと」
「誰に言ってるのかしら。七瀬さんは呑み込みも早いの、誰かさんとは違って」
「なに?」
・・・上杉先輩と前田先輩の間にバチバチと火花が飛び散っている。
「あ、あのぉ……喧嘩はよくない~と言いますか、言い争いは何も生まない~と言いますかぁ……」
なーんて、あたしの声が届くはずもなくバトルが始まってしまった──。
「言わせてもらうが、君も呑み込みが早いと言えるレベルではないと思うが?」
「あらそう。なら、私以下の貴方は相当物覚えが悪い……と言うことでよろしいかしら?」
「君は随分と自己評価を上げているようだな」
「ま、そうね。隣に自分以下の人間がいると……必然的にそうなっちゃうものでしょ?」
この2人の言い合い、なんか頭脳戦みたいな感じがして怖い。凛様とあたしはため息を吐いて、近くにあるベンチにちょこんと腰かけていた。
「あたし、上杉先輩と前田先輩が喧嘩するところ初めて見ました。怖いです」
「堅物同士の喧嘩って嫌よね。感情というより頭でやり合う……みたいな感じで」
「まさに“それな”です」
「ま、放っておけばいいわ。私が特別に教えてあげるから準備しなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
「言っておくけど、あたしはスパルタよ」
そう言うと、どこからともなく黒鞭を取り出した凛様。
「いっっ!!」
「ぎゃあっ!!」
「うぎゃっーー!!」
── お察しの通り、ベチベチ叩かれまくった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……生きてます? あたし」
「ええ、なんとか辛うじて」
あたしの手当てをしてくれる前田先輩。いつの間にやら喧嘩が終わってみたい。
「まっ、上達したんじゃないかしら。私って指導者に向いてるわね」
いや、向いてない。絶っ対にやめたほうがいい。死人が出る、間違えなく。
「私、これからルナに会いに行くの。もう貴女の相手してる暇はないわ」
「そうですか。ありがとうございました」
上機嫌で去っていく凛様についていく上杉先輩。ルナっていうのはあの子猫のこと。凛様に事の説明をしたら会いたそうにしてて、拓人に許可を取って会いに行ったら──。それから凛様はルナにぞっこん。結構頻繁に会いに行ってるみたい。
拓人が『俺、あの人に『貴方に会いに来てるわけじゃないの。私はルナに用があるだけ、貴方は要らないわ』って言われたんだけど』って笑いながら言ってきた時は、さすがに全力で謝ったっけな。
「七瀬~」
ポケットに手を突っ込みながら、気だるそうに歩いてくる九条。
「あら、九条様直々にお迎えですか。素敵ですね」
「どうせあたしの無様な姿を拝みに来ただけだと思いますけど」
「あの御方はそんなことで自ら出向くなんて、そんなことをするタイプではありませんよ」
「そうですか?」
あたしの目の前に来て、ニヤニヤし始めた九条。
「うっわ~、ボロボロじゃん。ウケる~」
あたしは迷わず前田先輩を見た。
「ほら、言いましたよね。この人はこういう人です」
「ふふっ。素直じゃないだけですよ」
「あ? なんの話してんの~?」
「いえ、特に。では、私はこれで」
「お、サンキューな」
「ありがとうございました」
── 霧島さんが待つ場所へ向かう道中。
「で? ちった~形になったわけ?」
「まあ、多分」
「ふ~ん」
「呑み込み早いって前田先輩に褒められた」
「お世辞だろ。鵜呑みにすんな~」
お世辞……か。たしかにそうかもね。もっと、練習しなきゃ。
「……ま、そうかもね」
「あ? なんだよ」
九条があたしの顔を覗き込んできた。
「近い」
「どうした」
九条はすぐあたしの異変に気づく。それが助かる時と、助からない時がある。
「勘の鋭いガキは嫌いだよ」
「お前マジでうぜぇな」
「お互い様」
やっぱ、もうちょっと練習したほうがいいかな。
「あっ、ごめん!! あたし先生に呼び出し食らってたんだった!!」
「あ? 呼び出しぃ~?」
「そうそう! なんかアレがアレらしくて、アレしろ! ってうるさくて~」
「いや、さっっぱり分からん」
「帰りも送ってくれるって言ってた!」
「あ? 誰だ、そいつ」
あ、ヤバい。めっちゃ不機嫌になってるー!!
「ねえ、九条……九条が絶対に喜ぶものあげるから、先に帰ってて? ね?」
「はあ? なに言ってっ……!?」
あたしは人差し指をそっと九条の唇に押し当てた。
「我慢できたら……ご褒美あげる。だから、先に帰ってて? ちゃんと連絡するから……ね?」
すると、コクコク頷いた九条。そして、大人しく帰っていった……ちょろいな。いや、意外にちょろいなオイ。大丈夫か? 九条の御曹司がそんなんで。ま、いっか。
・・・で、練習をしていたら辺りは真っ暗になっていた。
「すみませーん。もう閉めますよー?」
「あ、分かりました!!」
自分なりに頑張ったし、練習しきった。悔いはないかな? これで失敗したとしても……って、失敗を前提に考えるな! なんて考えながら天馬の敷地を出てすぐだった──。
「七瀬舞」
「へ?」
振り向き様にドスッと鈍い衝撃と痛みが走る。
── ここであたしの意識は途絶えた。
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