Shall we dance?②
── おいおいおい!! 上杉せんぱーい、それ言っちゃイケナイやーつ!!
「い、いやぁ……上杉先輩も舞踏会が終わったら前田先輩と楽しくクリスマスパーティーを計画しっ」
「それはないですね。予約していたレストランもケーキとホテルも何もかも!! あの人がいつの間にか勝手にキャンセルしていたので。私に一言の相談なく。呆れて言葉も出ませんでした。あんな奴とはしばらく業務以外で言葉も交わしたくありません。以上です」
・・・口ではそう言ってるけど、一瞬……とても寂しそうな表情を浮かべた前田先輩。許さんぞ……上杉恭次郎。あたしの前田先輩にこんな顔をさせるなど、許すまじ!!
「前田先輩、すみません。お手洗いへ行って来てもよろしいでしょうか!!」
「ええ、どうぞ?」
「いってきます!!」
「は、はい」
あたしは教室を出て……廊下を猛ダッシュした。血眼になりながら“ある人物”を探す──。
いた、いたいたいたいたいたぁぁぁーー!! 九条と歩いている“とある人物”を視界に捉えた。
「おんのれぇぇー!! 上杉恭次郎ぉぉー!! 許さん、絶っっ対に許さぁぁん!! あたしの前田先輩に何してくれとんじゃぁぁワレェーー!!」
爆走しながら叫び散らかすあたしを見て、上杉先輩は鋭い眼光であたしを睨み付けてくる。
「はしたないですよ、七瀬さん」
「うっっさいわぁーー!!」
上杉先輩に飛び付いて噛み付こうとした時、ガシッと顔面を鷲掴みされて制止させられた。誰に顔面を鷲掴みされたって? そんなの、言わずがな。
「悪いな、上杉。こいつ多分キャパオーバーで人外になってるっぽいわ。先行ってて~」
「はあ……では」
呆れた目をして、あたしを見下ろし去っていく上杉先輩。
「ゴルァァ!! 待ていっ!! 上杉ぃぃーー!!」
「うっせえ……で? なんなんだよ、お前。腹減ってんのか?」
「違うわ!!」
「俺の目の前で他の男に噛み付こうなんざ、どういう神経してんだよお前。訳が分からん公開プレイとかやめてくんねー? しかも他の男と。お前の性癖と神経、両方疑うわ」
「すぐ下ネタに持っていこうとするのやめてくれない? 不愉快極まりない。なんか日に日に酷さが増してるけど。なに、欲求不満なわけ? いい加減にして」
「……ああ、禁欲してんだよねー」
「知らねーよ。じゃ、あたしは戻ります」
九条に背を向けて数歩進んだ時、腕を掴まれて後ろへ引っ張られた。コツン……とあたしの背中に当たったのは、引っ張った張本人の胸元だった。
顔を上げると九条がジーッとあたしを見下ろしている。
「なに」
「ご褒美欲しいんだけど」
「……ハイ?」
「ちょーだい」
「いや、なんの」
「禁欲の」
── それ、あたしには一切関係のないことですよね? なに言っちゃってるの? この人。
あたしのお腹に手を回して、片方の手はあたしの頬を掴んでいる。相変わらずの距離感バグ、境界線バグ。
「やめてくれませんか、こういうの。普通しませんよ、こういうの」
「俺、“普通”って嫌いなんだよね~」
「ハハハ……でしょうね」
「なぁ、してい?」
「なにを」
「キス」
「ダメに決まってんでしょ。いちいち聞かないで、そんな馬鹿げたこと」
「だって許可制じゃん。聞くしかないっしょ」
ムスッとして拗ねている九条。あんたが拗ねる意味が分からん。
「あの、前田先輩待たせてるんですけど」
「んじゃ、してもいい?」
「ダメです」
「じゃあ離さん」
「もう……いい加減にしてくれる!?」
「無理。どうしてもしたい、お前と」
おふざけなしで不意を突いてくるような色っぽい表情の九条に、不覚にも胸が高鳴ってしまう。ドキドキして胸が苦しい──。こいつに落ちない女はこの世にいない、そう本気で思えるほど魔性すぎるわ、この男は。
『キスしたいと思えるのはお前だけ』
この言葉が頭の中をグルグルして、どう考えてもクズすぎる言葉なのに、あたしは九条の“特別”なんだという錯覚に陥りそうになる。
あなたのその唇はあたしだけのもの……?
すると、あたしの頬を掴んでいた九条の大きな手が、あたしの口をそっと塞いだ。ゆっくりあたしに近づいてくる九条のご尊顔。そして、その手の甲にチュッとキスを落とす。
「おら、さっさと行って来い」
「……あ、はい」
ポンッとあたしの背中を押して、ヒラヒラ手を振りながら去って行く九条。
・・・ヒィィィィーー!! なに、なんなの今の!? 焦ったぁぁ……死ぬほどドキドキしてるよ、あたしの心臓。“あいつの存在は心臓に悪い”……これ、教訓だわ。
── それから怒涛のダンスレッスンの日々。そもそもヒールなんて履くことなかったし、本当に踊りにくい。
「七瀬さん。足、大丈夫ですか?」
「あーーまぁ、なんとか」
「ちょっと休憩しましょう。飲み物買ってきますね」
「すみません。ありがとうございます」
「いえ。ゆっくり休んでください」
明日かぁ……間に合わないでしょこれ。それなりの形にはなってるけど、こんなんじゃ──。
「不恰好なダンスですこと」
「あらあら……恥ずかしい。見てられないわ」
「本当に可哀想な人ね」
「あれで舞踏会に出席なんて……さすがと言うべきかしら。根性が据わってますわね」
「九条様も何を考えていらっしゃるのやら」
「見る目がない……としか言いようが」
「だいたいあの人もあの人でおかしいよな」
「どうしかしてんだよ、あの人も」
「あんな見た目だけしか取り柄のない女を隣に置くなんて、九条の名が廃るわね」
あたしのことは何を言われたっていいし構わない。仕方ないって思えるし、割り切れる。でも、九条のことまで悪く言われるのは気に入らない。無性に腹が立つし癪に障る。
── でも、その“原因”を作っているのは紛れもなくこの“あたし”だ。
悔しい。言い返せないのも、自分の不甲斐なさも、九条の為に何の役にも立てていない自分が……悔しい。
自分の存在を“恥ずかしい”なんて本気で思ったことはなかった。家が貧乏でそれを酷く言われたこともあった。それで貧乏って恥ずかしいとか、嫌だなって思うことはたくさんあったけど……それでも、あたし自身の存在を本気で恥じたことなんて一度もない。