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俺様御曹司は逃がさない  作者: 橘ふみの


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平和とは?③

 ── そして地獄のお化け屋敷。


 あたしは手をクロスして、両二の腕をガシッと掴んだ。学生が作ったとは思えないほどのハイクオリティなお化け屋敷。胡桃ちゃんは可愛く叫び散らかし、純君と共に先へ進んでいく。


「んんんんーーー!!!!」


 あたしは声を出さないよう唸っていた。二の腕が引きちぎれるんじゃないかって思うほど握り潰してる。ああ、もう嫌だぁぁー。めちゃくちゃ怖いよー。無理ー。誰か助けてー。


「七瀬さん、俺の服掴んで」

「え?」

「いいから目、瞑ってなよ」

「はは。い、嫌だなぁ。それじゃまるであたしが怖がってるみたいじゃーん」

「……あ、その必要はなかったみたい。七瀬さん、見て。後ろにいるよ」

「ギャァァァァーー!!!!」


 あたしは『後ろにいるよ』の言葉に過剰に反応して叫ぶと、ベシッ! と頭を叩かれた。


「お前の声量どうなってんだよ」

「そ、そのうざったい声は……九条!?」


 すると、もう1発叩かれた。


「君、悪いね。俺のが世話になったみたいで」

「いえ、それじゃ」

「え、あ、山田君! ありがとう!!」


 頭をペコッと下げて、お化けみたいに消えてった山田君──。


「なぁにが山田君だ。男とこんな暗がりに来てんじゃねえよ、馬鹿かお前」

「山田君は胡桃ちゃん達の友達なの!」

「けっ。知るか、んなもん」

「で、よかったのー? ハーレム抜け出してー」

「あんなんずっと相手してられっかよ」

「ていうか、なんであたしがここにいるって分かったわけ?」

「チラッと見えたんだよ。お前のビビり散らかしてる無様な後ろ姿がな」

「はあ? 別にビビってないし」

「……」


 あれ? なんで急に無言?


「ねぇ、ちょっと……聞いてる?」


 足を止めて隣を見た……けど、さっきまであたしの隣を歩いていたはずの九条の姿が見当たらない。え、待って。あたし、取り残された……? え、待って、マジで待って。分かれ道なんてあったっけ!? ていうか、普通置いていく!?


 ・・・ひとり、今ひとりだよね!? あたし!!


 嫌……怖い……本当に怖い……無理──。


「……っ、九条!!」

「あ? なに?」

「ギィャアァァァァーーーー!!!!」

「……っ、鼓膜破れるっつーの!!」


 またまたあたしの真後ろに立っていた九条。


「なんっで急にいなくなるのよ!!」

「あ? 靴紐直してただけなんだけど」

「え?」

「俺、普通にしゃがんでただけだし」

「は?」

「なぁーんかお前が焦ってキョロキョロしてんなーとは思ってたけど」


 ── ダメだ、うざすぎる。


「もういいっ!! 1人で行く!!」  

「あ? やめとけって~、ビビりなんだから~」

「ビビりじゃない!!」 

「七瀬……後ろ!!」

「ひぃっ!?」

「ほら、ビビってんじゃん」

「ちっ!!」 

「シンプルな舌打ちはやめろ。ほら……ん、手」

「なに」

「手ぇ、繋いでやってもいいけど」


 あたしに手を差し出してきた九条。


 ・・・あたしは仕方なくその手を取った。""仕方なく""ね?


「あんたが怖いんでしょ~? 仕方ないから握っててあげる」

「ほんっと可愛くねぇよな」

「うっさい」


 ── それからお化け屋敷の恐怖より九条の鬱陶しさのほうが遥かに上回って、あっという間に出口付近へ辿り着いた。


「ま、大したことなかったわね」

「どの口が言ってんだよ」

「は? あんたが怖そうにしてたから、それに合わせてあげてただけ」

「虚言かぁ? 嫌だねぇ~」


 ていうか、“手”離してくれないかな。もう外に出ちゃうんだけど。手を離そうと思ってもギュッと握り返されて取れないし。なにこれ、一種の嫌がらせですか?


「ちょっと九条……いくらなんでも、もう怖くないでしょ? 手離してくれない? そろそろ出口だって」

「ま、いいんじゃね? 俺達こういう関係ですよってことで」

「どういう関係よ。ま、もう何でもいいから離して」

「嫌だね~」

「あの、いい加減にしてくれます?」

「じゃあ……お前からしろよ」

「はあ? 何を?」

「キス」


 ── ・・・ハイ?


「いや、あの。仰っている意味がよく分かりません」

「大衆の場で手を繋ぎ続けるか、今ここで俺にキスするか……どっちか選べ」

「はあ? 選択肢が両極端すぎて話になんないわ」

「あっそ。なら、このまんま手ぇ繋いでればぁ?」


 え、いや、マジで繋ぎっぱで行くつもり? ムリ、ムリムリ!! でも、キスなんてもっと無理!! どうする? どうしよう……!!


 時間的なので言うと圧倒的に手繋ぎのほうがキツい。キスは一瞬で終わる……でも、その一瞬がとてつもなく嫌だ。でも、手を繋ぎっぱなのもマジで嫌だ。


「ほらほら~、さっさと決めないと出ちまうぞ~」


 ヤバいヤバいヤバいヤバいーー!! ああ、もぉぉーー!!


 辺りを見渡して人がいないことを確認した。もういい、腹を括った。どうとでもなれっ!!


「……おまっ!?」


 あたしは九条の胸ぐらを掴んで、グイッと自身のほうへ引き寄せた。そして、ほんの少し……軽く九条の唇に触れた。


「はい。これでいいでしょ」


 あたしは一瞬で済む“キス”を選択した。大衆の場でずっと手を繋ぐという“拷問”に耐えられる自信が1ミリも無かったから。


「……マジで可愛くねえ」

「別に可愛くなくて結構です」

「まあ、お前らしくて興奮するっちゃするな」

「シバくよ?」


 この選択が正しかったのかは分からない。ま、普通に考えたら間違っているんだと思う。でも、あたしは既に数回ほど九条に唇を奪われている。もう1回も数回も変わらない……と割り切るしかないのよ。減るもんではないしね、うん。いや、減ってるんだけどね? 物理的な意味ではなく、精神的な意味で。


 よし、なかったことにしよ。それが一番いい。ちょっとした事故で唇が触れちゃったと思えばいい。あんなのキスのうちに入らない。触れるか、触れないかレベルだったしね。うんうん。


 ── こうして文化祭も無事? に終わり、“平和”という名の“地獄”な日々を送っていた。

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