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行き違い⑥

「ちゃんちゃらおかしいわ。この俺が特定の女なんて作るわけがねえだろ、馬鹿が。ナメんな」

「いや、あんたさ、クズを露呈してるだけだよ? それ」

「端っから隠す気も更々ねぇよ」

「少しは隠せ、破廉恥魔王」


 ── なんか、いつも通りのやり取りに戻ってる。いつもはこういうやり取りがイライラして、うざくて、鬱陶しくて、本当にストレスでしかなったけど……今はこれが“心地いい”そう思ってしまう。


「で? 相手は誰だ」


 地を這うような低い声、そして光を宿していない瞳。聞かずとも九条が何を考えているのか分かってしまう自分が嫌になる。


 ── “絶対に殺るマン”……そうなっているに違いない。


「言えない」

「あ? 言えよ」

「言えない」

「そいつのこと庇おうってか?」


 庇うとか、庇わないとかそういう話じゃない。


「なんかしっくり来ない」

「あ?」

「なんか違うような気がしてならないの。あたしの“勘”っていうか」

「お前の“勘”なんてクソほど宛にならん。却下」

「なんでよ!」

「まぁいい、お前も連れてく」


 ── そして連れて来られたのは……全男子生徒が集まっている体育館。ステージの端には上杉先輩と前田先輩が既にスタンバイしていた。


「大丈夫? 七瀬さん」

「あの、すみません」

「七瀬さんが謝ることではないですよ。九条様の隣で堂々としていてください」


 前田先輩に優しく背中を押してもらって、九条と共にステージの真ん中へ移動した。


「ここにオメェらを呼び出した理由なんざ、言わずもがなだろうけど……心当たりのある奴は今すぐ名乗り出ろよ~。今なら話を聞いてやらんこともない……ま、話の内容によっちゃあ……身の保証はできねぇけど」


 シーンとして、少しザワザワし始めた館内。あたしは宗次郎を目で探した。すると、九条のスマホが鳴ってそれをチラッと確認してる九条は電話に出た。


 〖あ? 今忙しいんだけど……ああ、で? ……ちっ。それで? ……なるほどな、分かった。処分は後で考える、じゃーな〗


 その電話が終わったタイミングで、集められた生徒達が一気にザワザワ……というか、あたし達の後ろを指差しながら大騒ぎに発展。


「なっ!? なんで宗次郎とっ……!?」

「恭次郎!! いいから早く消してなさい!!」


 上杉先輩と前田先輩の凄く焦ってる声が聞こえて、あたしと九条は同時に後ろへ振り向いた。


「……っ、どうして……」


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……と心拍数が跳ね上がって息苦しい。喉の奥に何かがつっかえたみたいな、キュッとして呼吸の仕方が分からなくなる。


 後ろの大きなスクリーンに写し出されていたのは、あの時の写真だった──。紛れもなく宗次郎とあたしが写ってる。どう見ても事後のような写真。


「くっ、九条様っ!! なんと、なんとお詫びしたらいいか……っ!! 誠に、誠に申し訳ございません! 私の監督不行届です! 私諸とも如何なる処分もお受けします!!」


 上杉先輩は九条の前で土下座をして、何度も何度も謝っている。あの上杉先輩が、こんな大勢の前で……。


「上杉、頭を上げろ」

「いえ。私にはもう九条様に合わせる顔などありません」

「頭上げろっつーのが聞こえねぇのか? お願いしてんじゃねえよ、命令してんだ。俺を見ろ、上杉」


 顔を上げた上杉先輩は、慕っている人を裏切ってしまったという懺悔の念で悲痛に歪む表情だった。


「俺んとこに宗次郎を連れて来い。全部あいつがやったことだ、お前には関係ない。俺はお前に裏切られたとも思ってねぇし、失望もしてねえよ。お前はお前だろ、上杉。これに関しては宗次郎に落し前をつけさせる。さっさと連れて来い」

「……っ!! 承知いたしました」


 上杉先輩は素早く立ち上がり走り去った。


「前田~」

「はい」

「悪いけど、念の為こいつらにも事情聴取しといてくんねー?」

「承知いたしました。人員を増やしても宜しいでしょうか?」

「構わん。好きやってくれ」

「では」


 手足が氷のように冷たくて、声が出せなくて、“あれは違う”……そう伝えたいのに、伝えられなくて。でも、あんな写真見せられたら誰も信じてくれない。信じてくれるはすがない。あたしが何を言ったって、もう意味がない。


「戻るぞ~」


 九条にそう言われたけど、もう九条の隣にいることすら許さない気がして……あたしは首を横に振った


「んだよ。“お姫様抱っこしてくんなきゃ嫌”的なやつ~? 我儘だね~、サーバントの分際で」

「ひゃいっ……!?」


 あたしを掬い上げるように軽々とお姫様抱っこをする九条に、なぜか館内は拍手喝采でカオスすぎた。


「あの……」

「ん?」

「怒ってる……よね」

「なにが」

「色々と」

「まぁね」

「ごめっ」

「なんですぐ言わなかった」


 あたしを抱えながら真っ直ぐ前向いて、怒るわけでも、優しいわけでもない、責め立てるようなこともしない……そんなような声。


「だって……言い訳でしかないけど、九条と登下校別々だったし、それに関しての説明もなければ連絡だって取り合うことも減ってたし。それに、あの写真見たら分かるでしょ? 状況証拠が揃ってて、もしかしら本当に……って思っちゃって。そんなの、言えるわけがないでしょ」

「あー、だから【処女 初体験 どこも痛くない】的なこと検索してたわけー?」

「うん。だってどこも痛くなかったし、違和感とかも全く無かったから……」


 ── ん? ん? んん? いや、なんであんたがそれを知ってるのよ。


「……あんた、人のスマホ勝手に見た?」

「なあ、七瀬。無条件で俺を信じろ」

「あんたほど信じられない奴いないわ」

「ひっでぇな~」

「で、見たの?」

「見た。つーか、見ようとした。だってお前、最近マジで怪しかったんだって。だから、ちょいと覗いてやろうかな? って思ったんだけど、スマホ開いたらその検索画面のまんまだったから、人のスマホは見るもんじゃねーなって思ってやめたんですぅ~」


 いや、その態度はおかしくない? なんであんたが不貞腐れてんのよ。


「ロックかけよ」

「あ? 何でだよ」

「あんたが見るからに決まってるでしょ?」

「俺には見せれねえもんでもあるわけ?」

「そういう問題じゃない」

「なら、どういう問題だよ」

「じゃあ逆に聞くけど、あんたはあたしにスマホ見せれるわけ?」


 どうせ……『見せられるわけねえだろ!! なんっでお前なんかに見せなきゃいけねぇんだよ』とかガミガミ言うんだろうなぁ。


「どうぞ? 思う存分見てくださーい」


 ポイッとあたしのお腹の上に置かれた九条のスマホ。 


「え、いや……普通は見せないでしょ」

「俺は見られて困るようなことしてないんでね」


 ・・・そっか、それもそうか。


「そんだけオープンクズなら、今更見られて困るようなことも無いよね~」

「自分の欲には素直に、下半身には従えってね~」

「それ、今後できるであろう好きな人の前とか彼女の前では、死んでも言わないほうがいいよ」

「ええー? なんでー?」

「ウンともスンとも笑えないしマジでドン引き案件。その容姿でギリカバーできるかできないかの瀬戸際ね」

「ふーん。ま、いいじゃん? 童貞より経験豊富な男のほうがよくなぁい?」

「それ人それぞれじゃない?」

「お前は?」

「え?」

「お前はどっちがいーの?」


 いや、そんなこと言われても……ていうか、そんな期待を込めた瞳でこっちを見るな。


「どっちでも」

「どっち?」

「だから!! どっちでもいい!!」

「なら、経験豊富なほうがいいってことで~」

「もう好きにして、面倒くさい」


 九条のことだからもっと怒って、責め立てて、見捨てられるかと思った。『お前みたいな女、もういらん』そう言われるかもって……。もしくは『一生ナメた真似できないよう監禁してやる』って、地下牢か何かに閉じ込められる……か。いや、これも大いにありえそうで、全然笑えない。


 ・・・なんで、どうしてこんなにも大切そうにあたしを抱き抱えているんだろう。

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