行き違い⑤
「いや、出す意味が分かんなっ」
「あ? お前今なんで咄嗟にスマホを隠した」
「いや、か、隠したっていうか……反射的な感じで」
「さっさと寄越せ」
大きな手を出して、“さっさと寄越せ”と言わんばかりに指をクイクイしてる九条。
「あんたのサーバントとだからって、プライバシーの侵害にもほどがあんでしょうが」
「何べんも同じこと言わせんな」
「だからっ」
「お前、俺に黙って何かコソコソしてんだろ」
「……は? なにそれ」
・・・最近コソコソしてたのはあんたでしょ。理由も述べず、急にこの有り様じゃん。あんたにとやかく言われる筋合いないっつーの。
こいつと言い合いしてると宗次郎と関係を持ったか、持ってないか……なんてどっちでもいいんじゃないかって思い始めた。だいたい、必死になる理由も必要もないもん。好きな人がいるわけでも、彼氏がいるわけでもない。宗次郎の言う通りかも、別に悪いことしたってわけじゃないのかもしれない。
そう思うのに、どうしても九条には知られたくないって……心が訴えかけてくる。なんなの? この気持ちは。
「今、素直に全てを話すっつーなら大概のことは目を瞑ってやるよ」
「は? なによそれ。答える義理はない」
「お前、いい加減にしっ」
「いい加減にしろはこっちのセリフよ!! コソコソしてたのはあんたのほうじゃん!」
「あ? なに言ってんだよ」
「しらばっくれんな! 最近おかしかったのはあんたでしょ。ま、おかしい理由も何もかも、もう全部分かってるからいちいち説明とか要らないし、聞きたくもないけど」
「は? お前、マジでなに言ってんの? 意味分かんねぇわ」
なにその態度。この女面倒くさいわ~的な感じ? だったら絡んで来ないでよ。彼女がいるんでしょ? 必要以上にあたしへ絡んでこないで、必要以上にあたしを詮索しないで。
── もう、ほっといてよ。
「あんたって意外と分かりやすい男なんだね」
あからさまだもん、彼女ができたからって。そういうタイプだったんだ、この人は。もうこの言い合いが不毛すぎて、あたしはこの場を去ろうと九条に背を向けて歩き始めた。
すると、いきなり首襟をガシッと掴まれて瞬時にヤバいと思ったあたしは慌てて首を隠した。でも、よくよく考えれば真後ろにいる九条にこのキスマークが見えるはずがない。
「お前……なんだこれ」
低く、震えるような声の九条。
「こ、これは……」
振り向くと“冷酷”、この言葉が一番しっくりくるような表情をしてる九条がいた。
「なんだって聞いてんだよ」
「こ、子猫に引っ掻かれて」
「あ? どう見てもキスマークだろ」
「ち、違っ」
「ガッツリついてんだよ、うなじに」
え、うなじにも付けられてたの……っ!?
「そ、そんなっ……」
「ちっ。あぁそうか、そういうことかよ」
あたしの首襟から荒々しく手を離して、一瞬見えたこめかみには青筋がバキバキに這っていた。九条はスマホを取り出して、誰かに電話をかけながら足早に去っていく。
「く、九条……ねえ、待って」
〖上杉。全生徒集めろ、男だけでいい。あ? 今すぐに決まってんだろ。さっさとしろ、ちんたらすんな〗
これからヤバいことが起こるかもしれないって、電話の内容でそう思った。
「ま、待って……待って……ねえ、九条!!」
あたしの声が届いているのか、いないのかさえ分からない。何も反応せず、ただ先を進んでいく九条。あたしは走って九条を追いかけた。
「待って、九条……待ってよ、待ってってば!!」
九条の腕を掴んだけど、振り払われてしまった。こうなった九条を普通に止める……なんてそんなのは無理。そんなんじゃ絶対に止まってくれない。
「お願い、待って……柊弥!!」
ギュッと後ろから力強く九条を抱きしめた。すると、ピタリと動きが止まる。
「……んだよ。なんでこんな時に下の名前呼ぶわけ?」
「いや、ごめん……。こんなことするの迷惑だって分かってる。でも、こうでもしないと止まってくれないと思って。お願いだから落ち着いてよ。九条がなんでそんなに怒ってるのか、あたしには分かんない」
「お前、それマジで言ってんの?」
「分かんないに決まってるじゃん」
「お前は誰のモンだよ」
「誰のものでもないよ」
「お前は俺だけのモンだろうが!!」
「だって、あんたはもう他の誰かのものになってるじゃん!!」
あたしは声を張り上げて、九条の大きくて広い背中にそう叫んだ。すると九条のお腹に回してる手を掴まれて、ゆっくり引き離された……と思ったら、こっちを向いてあたしの頬を優しく掴んで上を向かせてきた。そして、必然的に九条と視線が絡み合う。
「お前……なに泣いてんだよ」
「……っ、泣いてない」
「泣いてんじゃん」
だって、どうしたらいいのか分かんないんだもん。宗次郎の件も、九条の彼女の件も、今のこの現状も。どうすれば全て、全部……丸く収まるわけ? もう無理だよ、何も戻ってこないじゃん。
「ごめん……なさい……っ」
深呼吸をしてあたしの頭をポンポンッと撫でた九条の手が優しくて、余計に泣けてくる。
「悪い、泣かせるつもりはなかった」
泣くなんて卑怯だって思ってる。泣いて解決するわけでもないって、そんなことも分かってる。でも、色んなことが重なりすぎてキャパオーバーしちゃって、あたしには全てを背負い切れなかった。
「ごめん……っ、ごめっ」
「七瀬、後ろめたいことしてねえっつーなら謝ったりすんな」
後ろめたいことはしてない、そう言い切れないから苦しいの。
「違うの……っ、自信がなくて、確信が持てなくて。だから、言い切れなくて……どうしようって……っ」
「まあ、いい。どちらにしろ全部あぶり出す。誰のモンに手ぇ出しやがったか思い知らせてやるよ。んで、おそらくだけど俺達、かなーり行き違いが起きまくってる。お前、ほぼ確でなんか勘違いしてるわ」
「行き違い……?」
「じゃね?」
いや、『じゃね?』って言われましても……。
「さ、さぁ……? どうなんだろ」
「さっきからお前、あたかも俺に“特定の女ができた”みたいなニュアンスで話進めてね?」
いや、ニュアンスじゃなくて、そう言っているんですよ。
「できたんでしょ? “彼女”」
「はあ~? んなわけねぇじゃん」
「……は?」
「お前さぁ、俺が特定の女なんて作ると本気で思ってるわけ~?」
「いや、彼女くらい作ってもおかしくはないでしょ」
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