行き違い④
── とても安心する匂いに包み込まれてて心地いい。ゆっくり目蓋を上げて、布団からひょっこり顔を出した。久しぶりにぐっすり寝れたような気がする。
「んーー。今何時?」
ベッドから降りて、フラフラしながらスマホを手に取った。
「11時かぁー」
・・・九条いないし、どこ行ったかな? 探さないと。部屋から出ると誰もいない。ま、時間的にそうだろうけど。
「多分授業になんて出てないだろうしな、あいつ」
適当に校舎内を歩いていると、あたしの視界に九条の姿が映った。
「もぉ、ようやくいたわ。おーい、九……条……」
九条の隣には街中で見かけた凛としてて綺麗なあの時の女子が立っていた。あたしはこの光景を見て察するしかない。ああ、そっか。九条の隣はもう他の誰かのものになってて、あたしが立ってていい場所じゃないんだって。譲る、譲らない、とかそんなことじゃない。だって、元々あたしの場所でもないんだもん。
笑い合ってる2人を見て、“邪魔者はあたしか”と悟った。最初からそうだったじゃん。九条はあたしのものじゃない。あたしは九条のものじゃない。ただのマスターで、ただのサーバントってだけ。
あたし達は“特別”なんかじゃない。あたしは九条のサーバントとして、九条の幸せを願い祈る立場。
「お似合いすぎて言葉が出ないわ」
── どうして、こんなにも胸が苦しいんだろう。
優しくされて、助けられて、守られて、キスされて……きっとあたしは何か勘違いをしていたのかもしれない。全ては九条の気まぐれ。
「── 馬鹿馬鹿しい」
VIPルームへ戻る途中、待ち伏せするように宗次郎が立っていた。
「まだキスマーク消えてない?」
ニコッと微笑んでありえない発言をする宗次郎に心底うんざりして苛立った。
「ねえ、あたし達って本当にっ」
「あのさー、あの状況を見て何もなかったはさすがに脳内お花畑すぎるでしょ」
「だってっ……ちょっ!?」
「ん? 『だって』……なに?」
あの日以降、宗次郎の距離感がかなりバグってる。というより、毎日キスマークを確認しようとして、あたしの首元に触れてくるようになった。
「いい加減にして」
「まだ残ってるね~」
「はっきり言うけど、あたし信じてないから。だって、痛くもなければ何ともなかったし、それに……今、宗次郎に触れられても何も感じない」
なにより、あたしへ触れようとする宗次郎に少しばかりの“戸惑い”みたいなものを感じる。あたしに触れていいのか、触れてはいけないのか……迷っているような感じ。
そんな人があたしを抱けるの……? それに、あの九条のサーバントだよ? 本気で抱こうなんて……常人なら思わないはず。
あたしはただ、“何もなかった”という言葉を宗次郎から言ってほしいだけ。
「別にさ、お互いフリーなんだからよくない?」
「あたしは嫌なの、そういうのが」
「あの人に処女を捧げるつもりだったのにって?」
「は?」
「そんな怒んないでよ」
「ふざけないで」
イライラする。どいつもこいつも……本当になんなの?
「なに苛立ってるの? もしかして、あの人の"彼女"のこと? いやぁ、さすがの舞でもアレには勝てないでしょ。あの人も酷いよね~。散々舞のこと振り回した挙げ句、ポイ捨てだもんな」
そんなこと分かってる。最近、登下校も別だし、連絡も格段に減ったし、あたしが避けてたのもあるけど圧倒的に絡んでくる回数も減った。あいつがクズだってことも重々承知してる。だから、飽きたらポイ捨てされるってことも最初から理解してたし、覚悟はしてた。
あたしはまだ九条に返さなきゃいけないお金もあるし、サーバントとして稼がなきゃいけない理由もある。だから、飽きられようが、ポイ捨てされようが、“解雇”されるまでは意地でも続けなきゃなんないの。
── 全てを割り切るしかない。
「別になんだっていいよ。サーバントとしてお金が稼げるのなら」
「ははっ。守銭奴だねー」
「なんとでも言えば?」
「なぁ、舞。俺達なにかと合う気がしない?」
「しない」
すると、あたしの頬に手を添えて親指で唇を優しくなぞってくる宗次郎。
「体の相性は抜群だったけどね」
「……っ!!」
「宗次郎君」
少し離れた所から咲良ちゃんの声が聞こえて、あたしは慌てて宗次郎の胸元をドンッと押して離れた。
「これはこれは叶様」
「宗次郎君。私の許可なく単独行動するのはやめてくれないかな。フリータイムは貴方の自由だけど、それ以外は原則私の側にいるのが貴方の役目でしょ?」
いつものフワフワしてる雰囲気の咲良ちゃんとは打って変わって、何かを正すような怒り方っていうか、オーラが圧倒的に違う。
「すみません、あたしにも非があります。宗次郎君を引き止めて話し込んでしまいました」
「舞ちゃんはいいの、私は宗次郎君に言ってる。私の許可なくフリータイム以外の自由行動は控えて」
「誠に申し訳ございませんでした。以後、気をつけます」
「ごめんね? 舞ちゃん。行くよ、宗次郎君」
「じゃ、七瀬さん……また後で」
咲良ちゃんがタイミングよく来てくれて助かった。
それにしても宗次郎が一体何をしたいのか、さっぱり分からない。九条を怒らせたいだけ……? いや、命知らず過ぎでしょ。そんな馬鹿ではないはず。九条を怒らせてもメリットなんて何一つないし。
というか今のあたしにちょっかい出しても、もう九条が怒ったりすることもないんじゃない? となると、純粋にあたしのことが好きで……とかはないな、ナイナイ。宗次郎からそんな雰囲気一切感じないもん。
「はぁぁ、もう……」
まぁでも、とりあえずキスマークだけは早く何とかしたい。これは誰にツッコまれても面倒でしかないから。だいぶ子猫の引っ掻き傷でカモフラージュは出来てるんだけど、分かる人には分かっちゃうよな……ってレベルなんだよね。
「早く消えてくんないかな……」
あたしは歩きながら、検索ワード【キスマーク 消す 早く】と打ってサーチボタンを押そうとした。
「おい」
「ひっ!?」
真後ろから聞こえた声に肩をビクッと震わせ、慌ててスマホを隠した。振り向くとそこにいたのはもちろん九条。
「びっくりしたぁ、驚かすのやめてよっ」
「スマホ出せ」
「え?」
「出せっつってんだろ」
いや、なんでいきなりブチギレモードなの?