過ち③
「……っ、頭いったい」
あたしいつの間に寝てた? 記憶が曖昧だな。眠い目を擦りながら何気なく隣を見てみた……ん?
「は?」
いや、いやいや……待って。なんであたしの隣で宗次郎が寝てるの!? そしてあたしはある違和感に気づいてしまう。
「なにも、着てない……」
隣で寝てる宗次郎もおそらく何も着ていない。
「ど、どういうこと……? 記憶が……ない」
ダメだ、記憶が全くない。何も思い出せない。ただ頭が鈍く痛いだけ。体は痛くない、お腹も痛くない、どこも痛くはない。処女なのに初体験がどこも痛くないってことあるのかな。いや、どこかしら痛いはずでしょ。どこも痛くないなんておかしい。
ということは、なにもなかったってことだよね……? 未遂で終わった的な……ね。下腹部に手を当てて擦りながら、ただの同期なあたし達が過ちを犯したはずはないと、そう自分に言い聞かせていた。ありえない、絶対にありえない。ないない、だってあたし達はそんな関係じゃないもん。そんな雰囲気になるはずもないし。
バッとベッドから起き上がって周りを見渡すと──。
「え……う、嘘……でしょ」
使用済みっぽいコンドームが床に落ちていた。……いや、いやいやナイでしょ。ナイナイ、ありえない。だって……どこも痛くないんだもん。痛くないから、本当にどこも痛くないもん。これはきっと何かの間違え、あのコンドームはあたしと使ったやつじゃない。
あたしは慌ててベッドから降りて着替えた。
「舞」
着替え終えたタイミングで名前を呼ばれた、もちろん宗次郎に。なんでこのタイミングで起きるのよ。
「あ、いやっ、あ、あのっ、これは違う……よね? ははっ……ね、違うよね?」
宗次郎に背を向けて、振り向くことができない。お願い、否定して。全部違うって否定して、お願いだから。
「違うって何が?」
「何がって……この状況に決まってるじゃん。違うよね? 何も……何もあるわけがないよね? だってあたし達はっ」
「今どき友達でもヤる時はヤるでしょ。同意の上なら尚更ね~。舞、覚えてないの?」
「そんな……あ、あたし達って……」
「ま、見ての通りじゃない?」
・・・見ての通り……? 状況証拠は揃いに揃ってる。ということは、そういうことなの……? あたし、宗次郎と……シちゃったってこと?
「ご、ごめん。あたし……帰るっ!!」
部屋を飛び出してがむしゃらに走った。人混みを掻き分けるように走って、過ちを無かったことにしたくて、ただがむしゃらに──。
「嫌っ、触んないで!! 離しなさいよ!!」
その聞き慣れた声にハッと我に返った。走ってたスピードを徐々に緩めて、辺りを見渡しながらピタリと足を止める。
「そんな汚い手で私に触れないでくださる!? 嫌!」
・・・声は微かに聞こえてくるのに、なかなかその姿を人混みの中から見つけ出すことができない。こんなんじゃダメだ、目視なんて埒が明かない。あたしは大きく息を吸った。
「りーーんっ!!!!」
人混みの中で、そこいらの応援団にも引けを取らないほどの大声を出すあたし。周りの動きが一瞬ピタリと止まって、ほんの少しだけ静かになった。
「舞っ!!!!」
あたしの声も凛様の声もちゃんと届いた。こっちか──。あたしは名前を呼ばれたほうへ急いだ。
「っ! あれか!」
あたしの視界に入ったのは、ちょっとした路地裏で凛様が車に連れ込まれそうになっているところだった──。
あたしは全力で走って、凛様を車へ押し込もうとしている奴にその勢いのまま飛び蹴りを食らわせた。男が倒れ込んだ隙に素早く凛様をあたしの後ろへ下げて、車から降りてきた奴には鞄をブン回して殴り飛ばす。
「……っ、テメェ……」
「この御方に触れることは許しません。あの、もう少し下がっててもらえますか。やりづらいんで」
「あ、うん」
すんなり下がってくれた凛様。普段なら文句の1つや2つ言ってもおかしくなさそうだけど。
「これが噂のサーバントか」
「所詮は女だろ」
2対1か……ま、さっきの動きから察するにこの2人は特段強くはない。あたし1人でも十分やれる。凛様には指1本触れさせやしない──。
「君達は何をしているのかな?」
これからって時に現れたのは、ただならぬプレッシャーを放ちながら笑みを浮かべて、こちらへ歩いて来てる蓮様だった。
「チッ!! ずらかるぞ!!」
「クソがっ!!」
あたしは逃げようとする男の腕を咄嗟に掴み、そのまま胸ぐらを掴んでもう1人の男目掛けて思いっきり背負い投げをした。ドサドサッと見事に倒れ込む男2人。
「やるね、舞ちゃん」
「体術強化訓練やっといてよかったです」
「そうだね」
ニコニコしながら男達に近づいてトドメを刺した蓮様。男達は完全に伸びきって意識が飛んでる模様。
「お怪我はないですか? 凛様」
「え、ええ……問題ないわ」
「そうですか。ならよかったです」
「凛! 待っててくれと言っただろ!」
「だってっ」
「だってじゃない!!」
きっと蓮様は凛様を心配して怒っているんだと思う。大切な兄妹……妹だからね。
「今回はあたしで何とか対処できましたし、凛様も何かしらあっての行動だと思うので、まずは話を聞いてからでもいいんじゃないですか?」
「……猫がいたの」
「「……猫?」」
「子猫が足を怪我してるみたいで、引きずって歩いてたから……追いかけてて……」
「凛、生き物はなるようにしかならない。それで命が尽きようとも、それがその子猫の寿命だった……それだけのことだ。第一、助けてどうする。家では飼えないだろ? 手を差し伸べるのが優しさとは限らない。中途半端のことをするほうが酷な場合だってある」
西園寺家に仕えている人達がズラッと現れて、伸びきった男達とその車を回収していった。
「そんなこと、分かってるわよ」
凛様はきっと根が優しいんだと思う。どうにかしてあげたいって気持ちが先行したんだろうな。
「舞ちゃん、すまないね。送っていくよ」
「……ああ、いえ。大丈夫です! あの、すぐそこに友達待たせてるんで!」
「そうか。それならお友達も送っていくよ」
「いえいえ、大丈夫です! お心遣いありがとうございます」
「なら、あまり遅くならないようにするんだよ? また明日ね」
「はい。お疲れ様でした」
「……少しは役に立つのね。今日はお礼を言ってあげなくもないわ」
凛様、相変わらずだなー。ま、こういうところが可愛いって思う男もたくさんいるんだろうけど。実際可愛いし。