償い④
「え、なにがー? 謝罪してほしいことが山ほどありすぎて、何に対しての謝罪なのか分かんないわー。どうしましょーう、困った困ったー」
「お前、マジでうざいわ」
「それはお互い様でしょ?」
隣にいる九条をチラッと見上げると、ばつが悪そうな顔をしていた。
「もぉ、なによ」
「……あん時、あんなことをするつもりも、お前を怖がらせるつもりもなかった。悪かったな」
ただ前を真っ直ぐ向いて、ポケットに手を突っ込みながら歩いてる九条。
ま、あの九条が反省してる……ってことでいいんだよね? こいつが反省することなんて滅多にないだろうし、一応あたしのことを考えてたってことだろうし、許してやらんこともない。それにあのキスは忘れたい、うん。
「もういいよ」
「……なんか欲しいもんとかねぇのかよ」
「はあ? なにそれ。償いのつもりー?」
「お前にだったら“償い”とやらをしてやってもいい」
償い……ねえ。
「いちご、いちごを謹呈しなさい」
「は? いちごぉ? そんなんでいいのかよ」
「うん。いちごって高いから自分で買おうってなかなか思えないし、いちごが食べたい」
「ハッ、そうかよ」
「それで許してあげる」
あたしがたまたまあの場にいて、あのキスの相手がたまたまあたしになっただけ。あのキスに意味も、理由も何もない。気にするだけ無駄。そう、無駄!!
「そりゃどーも。やっすい女でつまんねぇな」
あたしはノールックで九条の後頭部を殴った。それから言い合いが勃発して、ガミガミガヤガヤしながら歩くあたし達。
「はぁ~あ。これだからクズは困っちゃうね~。そろそろ落ち着いたら? 霧島さん泣いちゃうよー。『そんな子に育てた覚えはありません!』って」
・・・ま、霧島さんも怪しいっちゃ怪しいけどね。あの巨乳お姉さん彼女って感じでもなかったし。セフレ感強かったっていうか……にしてもあの時の霧島さん、大人の色気ムンムンすぎてヤバかったなぁ。
そんなことを考えながら歩いていると、隣に九条がいないことに気がづいた。
「え? あれ……って、ちょっと……何してんのー?」
後ろへ振り向くと、ヒュッと緩やかな風が吹いて、ただ突っ立っている九条の綺麗な髪がゆらゆらと揺れた。少しうつ向いていた顔をゆっくりと上げて、あたしを真っ直ぐ見据えてくる。その瞳から目を逸らすことができない……というか、逸らすことが許されない。
── 九条の瞳が、あたしを捉えて逃がさない。
「── ない」
「え?」
「誰でもいいわけじゃない」
「はあ? なに言ってっ」
「二度は言わない」
「は?」
「キスをしたいと思えるのは、後にも先にも七瀬……お前だけだ」
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……と高鳴る胸。
── ん? いや、ちょっと待て。
『キスをしたいと思えるのは』……ってさ、“は”って、キス以外はお前以外でも全っ然ヤれるけどね~って意味じゃない? ねえ、それってどうなの? ただの純度100%のクズでしかなくない?
・・・おい、胸の高鳴りを返せ。少しでもあんたに胸キュンしてしまった、あたしのなけなしな乙女心を今すぐに返せ。
「クズを露呈しただけじゃん」
「あ?」
「ハイハイ、もう何だっていいですー。キスはあたしだけ、それ以外は他で事足りてますってやつですかー? クズすぎてクスりとも笑えませんわ」
「はぁぁ……なんっでそう解釈するかねえ。別にそういうことじゃねぇだろ」
いや、なんであんたが呆れてるの? 違くない? それは絶対に違くない!?
「現にそういうことでしょうが!!」
「……いや?」
「なんっの“間”だよ!!」
「まっ、別に何だっていいんだろ? 朝っぱらからそうカッカすんなって~」
ヘラヘラしながら肩を組んできた九条。
「触んな! 重い! クズめ!」
「おいおいー。マスターに向かってなんつー口の利き方してんだよ」
「うっさい! こういう時に都合よく“マスター”であることを振りかざしてくんな!」
「おいコラ、逃げようとすんじゃねぇよ」
「離してよ! 馬鹿力ゴリラ!」
ジタバタ暴れれば暴れるほど、九条に羽交い締めされていくあたし。
「俺から逃げられるとでも?」
「ちっ!!」
「はいはい。言い返せないからって舌打ちだけっつーのはやめような~」
・・・あーーもうっ!! 本っ当に!! こいつはーー!!
── 後日
「おら、やるよそれ」
「……な、なによこれ」
「あ? どっからどう見ても“いちご”だろ。お前、目ぇまで馬鹿になったんかよ。救いようがねえな、ほんっと」
「いや、これ……1粒いくらすんのよ……」
「あ? ああ、詳しくは知らねぇけど数万じゃね?」
「あ、ああ……そう……ですか……」
九条が“償い”として用意したいちごが規格外すぎて、めちゃくちゃドン引きしたのは言うまでもない──。