償い③
「あたしは死なない、絶対に! あいつを独りになんてしない、あいつを残して死ぬつもりは毛頭ない! だいたいあいつの為に死ぬつもりもなければ、死にたくもないわ! そんなの癪に障るっつーの! 『あいつの為に死んでくれ』って頼まれても意地でも死んでやらん! だから、だから……大丈夫。あいつもあたしも絶対大丈夫。あたしがあいつを守るし、あいつがあたしを守ってくれる。あたし達はっ……んんっ!?」
「おい、マジで黙れって。誰に口利いてんのか分かってんの? いい加減にしろ」
霧島さんに口を押さえられた挙げ句、マジでブチギレされたあたしはスーッと冷静になっていく。クラッとしてブッ倒れそうになるほど血の気が引いた。
ど、どうしよう。サーバントをクビになるどころか国外追放……いや、殺させるわこれ。うん……ははは、シヌ。
「おい、霧島。お前こそ誰のモンにそんなナメた口利いてんだ? いい加減にしとけよ、さっさと離れろ。俺のモンに触れてんじゃねえ」
── この声は、姿を確認するまでもない。
「おい、霧島。聞こえねぇのか? 離れろっつってんだよ。朝っぱらから無駄にデケぇ声出させんなっつーの」
「柊弥様……申し訳ございません」
「もういい、お前は下がってろ」
「承知いたしました」
フワッと香る九条の匂い。この匂いに心底安心するあたしも相当イカれてるわ、キモすぎ。
そして、当たり前かのようにあたしの隣に並んで立ち止まった九条。九条があたしの隣にいる……それだけでこんなにも心強いなんてね、ほんっと嫌になるわ。
「よぉ、野蛮人。随分とド派手に暴れやがったな」
「“やる時は徹底的にやれ”とマスターに教わったので」
「フッ。んまっ、上出来っしょ」
「ありがとうございます」
「おいオッサン。何べんも言ってっけど、俺こいつを手離すつもり更々ないんだわ。もうこれ以上言う言葉はねえ、じゃーな」
しれっとあたしの腰に手を回して、クイッと自身へ引き寄せた九条の手を容赦なくブッ叩いた。
「痛ってぇな! 何すんだよ! お前!!」
「なにをしれっと解決~的な雰囲気出してんのよ! だいたいあん時のこと許してないからっ! ていうか、あれから連絡して来ないわ、会いにも来ないわ、なんなの!? 意味分かんないんだけど!? 本っ当に何様なわけ? あんた。俺様も大概にしとけっつーの!」
「あぁん!? お前が俺のツラ見たくねえってヒステリック起こしたんだろうがよ!! こっちは気ぃ遣ってやったんだっつーの!」
「はぁあ!? だぁぁれがヒステリック起こしたって!? ヒステリックじゃねぇわ! 当然の反応よ!」
「はあ? んだよ、そんなにも俺に会いたかったわけー? 声が聞きたかったわけー?」
「だぁぁーー! うっっざ! あんたと喋ってると本っ当にストレスだわ! マジでハゲる!」
「そりゃお前みたいな低能が口で俺に勝てるはずがねぇもんなぁ? さぞかしストレスだろうよ。あぁ可哀想に~」
「あぁもうっ! 許さん、絶対に許さん! 歯ぁ食い縛りやがれクズ野郎が!!」
九条の胸ぐらを掴んで握り拳をかざした時、ふと我に返った。 あ、やべ。こりゃ死亡フラグ立ってんな。
あたしは今できる最大限の笑みを浮かべて、何事も無かったことにしようと思う。口角を上げまくって、目が開かないほど頬肉も上げた。これぞ、“満面の笑み”!!!!
「君」
「はひっ!!」
不意に話しかけられて思いっきり噛んだわ。
「すまなかった」
「あ、はい……って……え??」
「俺は勝手に君達のことを自分の事と重ねていた。俺の二の舞にならないように……と。それがせめてもの償いになるのなら、そう自分に言い聞かせて少しでも楽になろうとした。本心でないとはいえ、君には酷いことを言ってしまったね。本当に申し訳ない」
あたしに頭を下げようとした九条のお父さん。あたしはそれを阻止するべく咄嗟に叫んだ。
「ああーー!!!! あ、あの、頭は下げないでください。あたしは何を言われてもいいんです。でも、あたしの家族や友人を酷く言うのは許さない……ただそれだけのことです。それに、どう考えても全面的にあたしに非があるのは明白です。サーバントの件も、今暴れまわったのも……不徳の致すところであります。誠に申し訳ございませんでした」
顔と太腿が引っ付くくらい頭を深く下げた……というか、深いを通り越して折り畳んだ。
「頭を上げなさい。前代未聞ではあるが、君の行動力には驚かされたよ。君はとても素敵なサーバントだ、これからも息子のことをよろしく頼む。柊弥、この子は大切にしてあげなさい」
「あ? 何を今さら。俺のサーバントっつ~時点でこいつは勝ち組だし、幸せに決まってんだろ?」
「これだからお前って奴は……」
「随分と頭の中がお花畑ですこと」
「あ? なに、お前」
「いててっ!!」
握り拳で頭をグリグリされながらフェイドアウトしていくあたし。外へ出るなりポーイッと捨てられて、あたしをそのまま放置して歩き始めた九条。そんなあたしのもとへやって来たのは霧島さんだった。
「先ほどは失礼いたしました」
「あ、いえ。あたしの為だったってこと、ちゃんと分かってますから」
霧島さんが差し出してくれている手を取ろうとした時、ベチンッとその手を払って、腕をガシッと掴むとそのままあたしを引っ張り上げられたのは九条。
「ったく、手間かけさせんな」
「ハイハイ、そりゃすんませんでしたー」
離れまで無言で歩くあたし達、いつの間にやら霧島さんはいなくなっていた。
「七瀬」
「なに」
「悪かった」
九条が謝って来るなんて珍しい。しかも、ふざけた様子もないし……。