表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

わたくしの精一杯の努力です

作者: 猫宮蒼

 なんちゃって日記風。日付がふわっとしているのは仕様です。

 なるべくふわっとさせてるけど後半虫がいっぱい出てくる描写があります。



 夏 某日 天気 晴れ


 高位貴族の令息たちにばかり言い寄っている尻軽令嬢に声をかけられる。


 曰く、アンタ悪役令嬢なんだからちゃんとやんなさいよ! との事。


 何を言っているのかわたくしにはさっぱりだったけれど、それだけを言うと阿婆擦れ令嬢は満足したらしくふんと鼻を一つ鳴らし立ち去っていった。

 愛人が産んだものの母親が死んだ結果男爵家にしぶしぶといった形で引き取られたからか、彼女は貴族としての礼儀がまるでなっていない。


 わたくしの家は伯爵家とはいえ、あまりにも失礼だなと思ったのでこの件はそっと男爵家に抗議の手紙を送る事に決めた。

 別に、家から追い出せとまでは言わないけれど引き取った以上はせめてきちんと最低限の礼儀くらいは叩き込んでから学院に入れてほしかった、というのはわたくしの我儘でしょうか?


 それはそうと、あの娼婦崩れが言っていた悪役令嬢、とはいったい何の事だろう?

 よくわからなかったので後で調べる事にする。



 夏 某日 天気 曇り


 あの失礼な令嬢と呼ぶのも烏滸がましい存在に言われた悪役令嬢について調べてみたところ、どうやらあの人は現実と物語の区別がつかないのではないか、という結論に至った。


 確かに、今までの生活から一転して貴族の仲間入りを果たした、と考えればちょっとだけ物語のような感じはするかもしれない。

 けれど物語と違うのは、あの人は決して聡明でもないし学ぼうという意欲もあまり見受けられない。

 物語のヒロインであるならば、最初のうちは確かに慣れない生活で苦労をするかもしれないけれど、それでもコツコツと学んで馴染もうと努力はしている。けれどあの女にはそんな事すらできないようだ。

 見かける時は大抵誰か――勿論高位貴族の令息に限る――に付き纏っているので、きっと母親同様に愛人を目指しているのかもしれない。

 それにしては態度を弁えられていないようだけれど。


 それはともかくとして、何故わたくしがあの女に悪役令嬢と定められたのだろうか。

 自分の人生をドラマチックに彩りたい、というのであれば、そういった事に賛同してくれる協力者に頼むべきことであって、その存在をどうでもいいと思っているような相手に居丈高に言うべきことではない。


 もしかして、わたくしの婚約者にまで尻尾を振っている事と関係があるのだろうか。

 相手にされていないのに?



 夏 某日 天気 にわか雨


 突然の雨に降られて学院から帰るのが少しばかり遅くなってしまった。

 またもやあの自称ヒロインにこの前言った事ちゃんとわかってるの!? と詰め寄られたが、つまりわたくしが悪役として貴方に嫌がらせなりすればいいという事でしょう? と言えばまたもや得意げな顔をしてわかればいいのよ、なんて言っていた。


 男爵家への抗議の手紙はわたくし以外の令嬢からも送られているようで、とても丁寧な謝罪の手紙が届けられたけれど、あの女の態度に改善はない。

 場合によっては男爵家そのものを潰す方向性で考えるべきでしょう。


 とはいえ、家を潰すのは果たして嫌がらせになるのかしら?

 自称ヒロインの行いに対する制裁と考えれば、それは嫌がらせではなく当然の結果だと思われる。


 本人が嫌がらせを望んでいるのだから、やったとしてお互い合意の上での事、なのだけれど。


 でも嫌がらせとは果たして何をどうするべきなのかしら?

 政敵の足を引っ張るかのような嫌がらせをするにしても、あの家にそれをやったところで果たして効果があるかどうか……


 もう少し、考えてみようと思います。



 夏 某日 天気 快晴


 友人からの相談を受ける。

 あの自称ヒロイン、どうやら他にも悪役令嬢認定した方がいらっしゃる模様。

 つまり、皆で力を合わせて潰せ、という事なのかしら?

 自殺願望がおありなのね。おかしな人。

 自分一人のみならず下手をすれば家ごと潰されるかもしれないのだから、そうなるともしかして、あの家の人を自力でどうにもできないから自棄になっているのかしら?


 もしそうなら、あの女の思い通りに事を進めるのは何となく気に食わないので、男爵家について詳しく調べてみる事にしましょう。


 他に悪役令嬢を指名された友人たちには、放っておきなさいとだけ伝えておきました。

 誰だって頭のおかしい相手と関わりたくはありませんからね。わたくしがそう言えば、友人たちはホッとした様子でした。

 えぇ、時間は少しかかるかもしれないけれど。

 わたくしがどうにかしてみせますわ。



 夏 某日 天気 晴れ


 友人たちがあの自称ヒロインに関わらないようにとした結果、わたくしが先導して彼女を意図的に孤立させているという噂が流れ始めました。

 けれどその出どころは自称ヒロインからなので、孤立させているというか勝手に孤立しているというか……なので、ほとんどの人は信じていません。

 言い寄られている殿方も、半信半疑の模様。

 なおわたくしの婚約者に至っては一切信じていなかったようです。


 日頃の行いって大事ですね。


 わたくしなりにあの人にする嫌がらせの方法を思いついたので、これから準備に取り掛かろうと思います。

 とはいえ、それなりに時間がかかるでしょうけれど。



 秋 某日 天気 雨


 またもや自称ヒロインに早くイベントを起こしなさいよ、とせっつかれる。

 イベント、とは……?

 正直一度でも彼女の言い分を理解できた試しがないので彼女と関わる時はいつだって困惑しきりなのよね。

 大体、皆から無視をされている、という噂を自分で流したくせに効果がなかったのだから、諦めた方がよいのでは? とわたくしとしては思うのですが。

 あの人はもっと現実を見据えて地に足をつけた生活をするべきだと思う。



 秋 某日 天気 晴れ


 わたくし一人だけではとてもじゃないけれど実行できそうになかったので、使用人数名に助力を求めた。

 嫌がらせ、と言われてもどういったものが良いのかわからなかったので、わたくし自分がされたら間違いなくイヤだなぁ、と思うことをやろうと思うのだけれど、ただひたすらに準備に時間がかかるのが難点よね。

 でも、この季節を逃したら次のチャンスはまた来年になってしまうので仕方がないと思い直す。


 学院が休みの日は使用人たちとピクニックがてら森へ出かける事が増えた。

 目的の物はまだ手に入らない。



 秋 某日 天気 晴れ


 ようやく目的の物を一つ見つけた。

 けれどこれだけではとてもじゃないけれど足りない。

 もっと集めなくては。



 秋 某日 天気 曇り


 使用人たちの努力の結果もあって、そこそこ数が集まってきた。

 正直これを保管するとなると気は進まないのだけれど、それでも。

 あの自称ヒロインの望みを叶えてあげようと思うので。


 あんな女の言う事を素直に聞いてあげるわたくしって実はとんでもなく優しいのではないかしら。

 あら、優しい悪役なんて本当に務まるのかしら? でもまぁ、わたくしはわたくしなりにやるだけの事。


 とはいえ、実行までにはまだ少し時間がかかりそうだけれど。


 ところで自称ヒロインさんが毎度のようにわたくしに悪役令嬢としてちゃんとやってよ! と言いがかりをつけてくるせいか、最近ではわたくしが彼女に嫌がらせを受けていると周囲は思っているらしい。


 あら、それではわたくしがヒロインの立場になってしまいそうね。

 自称ヒロインさんはヒロインとしての立ち回り方がとても下手くそだなと思うわ。


 家に帰ってもお父様から叱られる日々のせいで、きっとストレスが溜まっているんでしょうけれど……

 でも、自業自得よねぇ……



 秋 某日 天気 晴れ


 思えば集めたこれらの品を、自宅に保管するというのは不毛な気がしてきたの。

 ここに集めるのなら、実行する場所もここになってしまいかねない。

 けれど、流石にそれはちょっと……


 悩んだ末に、お父様に適当な家をおねだりしてみた。


 広くなくてもいい。どうせ住まないから。

 ただ、地下室だけは外せないと強く希望したわ。


 お父様はこいつ正気か……みたいな顔をしていたけれど、お母様はにこにこ微笑んでいた。

 そうよね、相手の望みを叶えてあげるだけなのだから、むしろこれは人助けだと思うの。



 秋 某日 天気 曇り


 昨日はとても綺麗な満月だった。

 それはさておき、お父様がわたくしの求める条件に当てはまる家を早速手に入れてくれた。

 流石お父様。仕事が早い。

 家の名義は適当な偽名を使ったらしい。

 流石お父様。そういうところ抜け目ない。


 これが仕事のできる男ってやつなのね、とわたくしが感心していれば、お母様がお父様は仕事以外の事もきっちりこなすしとても頼りになる人なのよ、と珍しく褒め称えていた。

 突然のお母様のデレに戸惑い、最終的にそれでも自分が褒められた事に笑みを隠し切れないお父様は、なんだかいつもと違ってちょっとだけ可愛いな、と思ったわ。


 集めていた品を、早速そちらの家の地下室に保管するように使用人に頼んだ。



 冬 某日 天気 曇り


 なんだか最近すっかりあの自称ヒロイン、周囲から避けられるようになっていて、言い寄っていた令息たちからも若干距離を置かれているのだけれど。


 この状態でわたくしが仮に悪役令嬢として行動したとして、果たして本当に可哀そうなヒロインちゃん……僕が守ってあげるからね、みたいな感じの殿方は現れるものなのかしら?

 むしろ、そうなって当然みたいな空気になったりしないかしら?


 けれども実行しないという選択肢はない。

 だって今までコツコツと頑張ってきたのに、それが無駄になるなんてもったいないじゃない。


 最近は自称ヒロインと目が合うととても恨みがましい眼差しを向けられるのだけれど、わたくしまだ何もしていないわよ。

 そういう目を向けるのはせめて嫌がらせを受けた後になさいな。


 間違いなくそういった詰めの甘い部分が周囲から嫌われる原因を作っているのよね……

 ぼろを出すのが早すぎる。



 冬 某日 天気 雪


 流石に冷え込む。

 けれども、地下室の改装もばっちり終わった。

 これなら、中から決して開けられない。

 この密室に自称ヒロインさんをぶち込む日が楽しみね。



 冬 某日 天気 大雪


 ここにきて肝心なことに気付く。


 折角集めた品を使っての嫌がらせをする予定だけれど、タイミングが合わなければ失敗に終わる。

 どうしましょう、流石にこれらが一斉に、というのは無理があるかもしれないわ。

 悩んでいると手を貸してくれた使用人の一人が、だったら魔石道具を使えばいいじゃないですか、と言ってくれた。


 そうか。魔石道具。あったわね。普段のわたくしが使う事はなかったから、すっかり忘れていたわ。


 魔石道具なら、確かにタイミングを合わせるのに使えそうなものがあるかもしれない。



 冬 某日 天気 晴れ


 思うのだけれど、嫌がらせのためだけに魔石道具まで使うとか、本格的になってきてないかしら。

 日常生活の助けになる魔石道具だけれど、庶民の手には中々届かないお値段なのよね。貴族の家にはそれなりにあるから、わたくしが自分で使うわけでなくとも見慣れ過ぎて高価な品だという意識がすっぽ抜けてしまいがちだけれど。


 でも、ほんの少しだけワクワクしている自分がいるの。

 あの人が言わなかったら、きっとこんな悪戯だってやろうと思わなかったもの。

 そう考えると……こんな機会をくれた彼女には少しだけ感謝してみるべきなのかしら?



 冬 某日 天気 吹雪


 今日はとても寒いわ。

 我が家で使っている魔石道具を一時的に借りようかとも思ったのだけれど、その後で果たして使い物になるかわからなかったからお父様におねだりして新しく買ってもらったわ。

 新しいのを屋敷に、今まで使っていたお古をあちらの家に置けばいいかしら。だって、場合によっては廃棄しないといけないかもしれないもの。


 使用人の一人が設置はお任せ下さいと言ってくれたので、任せる事にしたわ。

 わたくしでは、使い方をよくわかっていない道具を設置するにしてもきちんとできないかもしれないもの。



 冬 某日 天気 快晴


 自称ヒロインさんがまだなの!? と圧をかけてくるのだけれど、もう少しですわ。

 早くしないと間に合わない、なんて言っていたけれどもうすぐですわ。

 ひとまず春になったら、とこたえておきました。


 遅い! と言われたけれど、準備が整っていないのですもの。仕方ありませんわ。


 そういえば、男爵家の事を調べてみたのだけれど、あの人家での立場もとても微妙なものみたいね。

 無理もないわ。だって、しぶしぶ引き取られたという時点であの人の立場は最初から低いのに、そこに来て学院での態度も悪くていくつもの家から苦情がきているくらいでしょう?

 わたくしが声をかけて今のところ制裁だとかはしないように留めてあるけれど……あの人も次に何かやらかしたら今度こそ強制的に学院を退学させられて修道院か、はたまた縁を切るためにどこかに奴隷として売られたりするのかも……なぁんて。


 自称ヒロインは家を潰したいわけでもなく、でも逆にその家族からは潰れてほしいみたいな感じなのよね……愛人を作るにしても色々と細かい事も取り決めておかないと、最終的に家に迷惑がかかるという事を男爵家はご存じなかったみたい。ま、没落寸前の家という時点でお察しよね。



 春 某日 天気 晴れ


 厳しい冬の寒さもようやく終わりを迎えたわ。

 そうしていよいよわたくしたちも最終学年。泣いても笑っても今年が終われば卒業する事になるわ。

 卒業したら結婚式があるから、今年はそういう意味でも大忙し。

 といっても、卒業式はまだ先の話なので焦る必要はないかしら。でも、こういう時の時間の流れってあっという間だから油断はできないわ。


 ひとまず、いい加減自称ヒロインの望みを叶えてあげる事にしましょう。

 学院で声をかければやっとなの!? この愚図! と罵られてしまったけれど。


 正直わたくしが何かしなくてももうこの人の評判、落ちるところまで落ちてる気がするのですが……


 虐められているんですぅ……って感じで悲劇のヒロインぶるにしても、学院のほとんどから嫌われてたら無理じゃないかしら?

 どうして我慢してここに来るまでの間にもっと周囲と交流を深めなかったのかしら。

 たとえばわたくしが好意を持つ相手が虐められている、と聞けば何か助けになれるか考えるけれど、どうでもいい相手が虐められていると言われても別に何かしようとは思わないのよね……


 あの人に寄り添ってくれる人がまだ一人でもいるといいのだけれど。



 春 某日 天気 雨


 いよいよ決行日。

 わたくしはあの自称ヒロインにそっと手紙を渡しました。

 用意してあった家までの地図。描かれているのはそれだけ。


 でも、そこに来ればいいとわかったみたいで彼女は学院の授業が終わった後、一人でやって来たわ。


 雨が降っていたから傘をさして。


 雨の日は、用事の無い人はわざわざ外に出ない事もあるから人通りも少なくて、しかも授業が終わった後ともなれば少し薄暗さすらあったわ。

 学院を出た後のあの人の足取りを掴もうとしたとして、目撃証言も少ないでしょうし、ましてや誰かに連れ去られたわけでもなく彼女自身の足で動いているのだから、不審な様子は特にないんじゃないかしら。

 念のため尾行していた使用人の証言から、特に問題なさそうだとの事。


 だから、彼女がわたくしが用意した家の中に入ったところをもし見られたとしても、帰宅したのだと思われる程度でしょう。

 彼女を直接知る人がいたのならそうではないと判明するでしょうけれど、そもそも目撃者もいないようでしたし。


 家に入った時点で待機していた使用人によって彼女にはちょっとだけ眠ってもらう事にしてあったのだけれど、上手くいったみたい。


 続きは戻ってきてからね。



 春 某日 天気 晴れ


 続きを書こうと思っていたのに、うっかりして忘れてしまったわ。

 それでえぇと、そう、あの人を家に招待した後の続きだわ。


 困ったことにあの人、壊れてしまったの。


 生きてはいるの。生きてはいるのよ? でも、心が……


 確かにわたくしも自分がやられたらいやだなぁ、って思うものをやったのだから、いやだったのね、とはわかるのだけれど。

 でも、あの人が望んだ事なのに。


 わたくし悪役令嬢としてやり遂げたのに、あの人ったらもう壊れてしまったの。

 ヒロインを自称するくらいなのだから、この後どうするつもりだったのか、見届けたかったのだけれど。


 壊れてしまったのなら、仕方ないわね。


 あの家は郊外にあったから、全部終わった後は窓を開けておけばどうにかなるでしょう。

 もっと中心部にあったら大変な事になっていたかも。そこを見越してあの家を用意してくれたお父様はやっぱりすごいわ。



 春 某日 天気 曇り


 あの人の退学が決まった。

 けれど、あの人が学院にやってくる事はあの日以来なかった。


 あの人にわけのわからない事を言われて絡まれていたわたくしのお友達は皆ホッとしていた。

 もう関わらなくて済む、って。

 そうね、学院の生徒でいられるのは今年が最後だもの。あと少しの学院生活を余計な事で煩わされるのは困るものね。原因がなくなって安心よね。


 あの日、わたくしが何をしたか。

 折角なので一応記しておきましょう。


 あの人に悪役令嬢を望まれたから。

 わたくし、これでも一生懸命考えたのです。

 だって、わざわざお茶会に誘って嫌がらせするとか、とても面倒だったのですもの。身分が違うしマナーだってあの人まだきちんとできてなかったみたいだし、そんな人をあえて誘うなんてそんなのこちらが嫌がらせをされているようなものだったから。


 他の人を極力巻き込まず、あの人が被害者になれるような事、と考えて。


 わたくしは使用人たちの協力を仰いでまず秋ごろ、森で探しものをしました。

 最初は一つ二つ程度でしたが、そこそこの数が集まったのでそれらを瓶に保存しておきました。


 お父様に用意してもらった家の地上部分では万が一のこともあったから、念のため地下にその瓶を保存しておいて、わたくしは彼女をその地下室に運んでもらったのです。


 地下室は、秋ごろにコツコツと集めた物と、魔石道具が配置されているだけのシンプルなものでした。

 あまり物を置きすぎても、後始末が大変だから。


 瓶のふたは開けておいたわ。


 用意した物は卵鞘。カマキリの卵よ。

 あれ一つで大体百匹から三百匹が孵化するんですって。

 でも、一つじゃ足りないかと思って沢山集めたの。大変だったわ。わたくしだけならきっと集めきれなかった。手伝ってくれた皆にはあとで改めて感謝の言葉を送らないとね。


 魔石道具は周囲の温度を温かくするもの。


 孵化させるにしても、時間差で一つ二つしか孵りませんでした、では話にならなかったから。

 頃合いを見計らって、温度が上がれば思っていた通り一斉に孵化したようね。

 といっても、わたくしはその様子を直接見たわけではないのだけれど。


 部屋の外からあの人の悲鳴を聞くだけだったわ。地下だから、大きな音を出しても外に音が漏れないのは事前に確認済み。ドアの外からわたくし、悪役令嬢として精一杯頑張ってみたのですけれど、ご満足いただけまして? って聞いてみたのにあの人ったら、失礼な事になぁんにもこたえてくれなかったの。

 ちょっと室内を埋め尽くす勢いでカマキリの幼虫が孵ってしまったものだから、もしかして口の中に入っちゃったりしたのかしら?


 最初の元気いっぱいな悲鳴以外は助けを求める声で、でも、その声は外には届かないからヒロインを助けるヒーローみたいな人がくるわけもなくて。


 最終的に静かになってしまったから、一先ずカギをかけてあった地下室の扉を開けたのだけれど。


 その途端室内からは大量のカマキリの幼虫が出てきたのよ。

 あれは、びっくりしたわ。一緒に手伝ってくれた使用人たちがわたくしを庇ってともあれ地上に戻って窓を開けたりしてカマキリが外に出られるようにしておいたのよね。

 その後で彼女を回収しようとしたのだけれど……


 ちょっと動ける状態じゃなかったみたいだから、夜半に彼女の家の前においてきてもらったけれど……

 思えばあれ以来よね、彼女の事を見なくなったの。

 生きてはいたけど、もしかしたらお家の方でこれ幸いと処分されたりしていないかしら?



 春 某日 天気 晴れ


 あれから更に数日が経過して、使用人の一人にあの家の様子を確認してもらってきたのだけれど。

 どうやらカマキリの赤ちゃんたちは無事にほとんどが外に出ていったみたい。

 外に出た後どうなったかはわからないけれど、町中で大量のカマキリが、なんて事は言われていないから無事に森やそのあたりの自然に帰ったのだと思いたいわ。

 わたくしの我儘のせいで生まれる場所を強制的に変更させられてしまったのだもの。

 どうか無事にすくすく育ってほしいものね。



 夏 某日 天気 快晴


 彼女がいなくなってそこそこ経つけど、もう誰も彼女の事なんて気にしていないみたい。

 それどころか、付き纏われていた令息の皆さまもようやく悪夢から解放されたとばかりに穏やかな笑みを浮かべているのをよく見かけます。


 わたくしの婚約者も、アレをどうにかできずすまなかった、なんて。

 貴方が謝る事ではないのにね。

 確かに最初、ちょっとだけ物珍しさから構っていたようだけど、それだってとても節度を守っていたわ。

 あくまでも平民から貴族になって不慣れだろうと思ったからこそ、持てるものであるが故に、せめて一日でも早く貴族として馴染めるように、とほんの少しの親切心を出しただけ。

 それを勝手に自分は好かれていると思い込んで周囲に言い寄り始めただけ。

 その後はきちんと線引きもしていましたし、結局のところ己の立ち位置を見極められず弁える事ができなかった彼女の落ち度でしょうに。


 一応裏で彼女が他の令嬢たちに余計なことをしないようにと目を光らせてくれていたみたいだけど……それでもやらかしていたのだから、彼女のあの行動力は一体どこから湧き出ていたのかしら?


 ま、もういない人の事なんていつまでも考えていても仕方ないわね。


 次の課題の準備に入らなくては。




 ――以下、平穏な日々が綴られている。

 男爵家は最初没落寸前ではなかったけれど、自称ヒロインがやらかしたせいであちこちの家にお詫びをしていくうちに、どんどん家が傾いて父親はそれはもう引き取った娘を毎日のように叱りつけていたけれど、そんな程度でめげるヒロインではなかった模様。

 ヒロイン的には攻略対象の誰かとくっつけば人生一発逆転できる算段だったので、父の言葉とか表向きちょっと申し訳なさそうに聞いてたけど一切反省はしていなかった結果、やらかしにやらかしを重ねいよいよ没落寸前に。まぁ自分の家よりも上の身分の貴族の苦情をごめんねの手紙だけで済むはずがない。


 一応生きた状態でヒロインはお家に帰されたけど、その後はどうなったか不明。

 生死は読んだ相手にまるなげするいつものスタイル。


 次回短編予告

 なんか転生者がいっぱい死ぬ話(身も蓋もない)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 頭が悪いと、気に入らない子へ 他の男に襲わせる 動画に撮って流す 早く死ねと煽る 溺死寸前まで水に漬ける 汚物を食わせる なんて事を平気でやるのがイマドキのイジメ。 でも頭が悪くない子…
[一言] 数の数え方的にカマキリかな~?カマキリかな~?と思ったらやっぱりカマキリだったw 可愛いけど部屋一杯にいたらやっぱり気持ち悪いのかな。
[一言] お嬢様、優しいねぇ。 もっとえげつない手段も取れただろうに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ