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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リトル・マーダーは人魚姫になりたい。

作者: 極楽ちどり



怖かったの。


本当に怖かった。


だってまさか、ナイフを持って襲ってくるなんて思わなくて。


それで咄嗟に手を付きだしたの。そしたら、その、持っていたフォークが、首に・・・首に・・・それで・・・――――。





私の言葉を疑う人間はいなかった。


まさか私が、時間を遡り、私のすべてを奪ったクソ女を殺しただなんて、誰も思わない。あらやだ。クソ女だなんて・・・つい口調が崩れてしまったわ。

お口には気を付けるとして、神様とかいうおじいさんが私を「哀れ」だと言って、そうして時間を巻き戻してくれたのだもの。やる事と言えばこれしかなかった。

「幸せに生きなさい」と言われたのだもの。幸せになる為にはあの女の排除こそ至上命題で間違いないわ。



ガーデンパーティーで対立派閥のご令嬢の首をフォークで突いて殺した私は、無罪放免となった。本来というべきか、過去の歴史では、私は彼女の持ったナイフに右目を抉られて隻眼となっていたが、今の私は無傷だ。視界が広いというのはとてもありがたいことね。

正直今回罰せられるなんて欠片ほども思っていなかった。だってクソ女もあの時、ナイフを持ったまま転んだとか言う大嘘をついて事なきを得たのだもの。だから絶対に大丈夫だと思っていたのだ。



クソ女―――また間違えた。まあでも、アレはクソ女でいい気がして来たわ――――を、苦しめてやろうと考えなくはなかった。


私がそうであったように、えん罪で家を潰し、娼館へ売り飛ばし、汚辱に塗れ、薬漬けにして虫が這いまわるあの感触を味合わせて、何なら本当に蛆に集られながら死ぬ体験をさせてやりたいという欲求はもちろんあった。


でも。


でもだ。


それより何より、殺さなければならないと強く思った。


これは復讐ではない。ただの自衛行為だ。


鼠を見たら殺すように。


襲ってきた野生動物を殺すように。


身を守るため、早々に始末したという、それだけだ。





そんなものだから、私の復讐心は欠片も満たされていない。胸部の内側にべったりと張り付いて剥がれない、黒く、嫌な光を放つ感情を吐き出したいというのに。

だって、きっとこれを吐き出しきれば、私は元の、清らかであった女に戻れるはずなのだ。いや、これからそういう、何も知らない無垢な、幸せな女性になれるはずなのだ。


あんな、男の欲望の捌け口として使い潰され、淫らで情けなくて、汚辱に塗れた私などいない。何度も死にたいと思ったのにそれも許されなかった私は、きっと救われ、洗われ、浄化されるのだ。




ふふっふふふっ!


愛を・・・愛を思い出したい。


家が潰れるとなったら辛そうな顔をしながらも、私と母を最底辺の娼館へ売り飛ばした父も、昔は可愛い可愛いと愛してくれた。


えん罪を着せられた瞬間「助けられなくて済まない」と言って去り翌月には別の娘と新しい縁を結んだ婚約者も、昔は隻眼になってしまった私を「せっかくなら可愛い眼帯をしないか?」と大層愛してくれた。


アヘンでおかしくなり、数多の男に弄ばれながら「私じゃなくて娘を犯しなさいよ!!片目でも若い方がいいでしょ!」と叫んだ母だって、家にいた頃は穏やかで麗しくて優しくて、いつだって私を甘やかしてくれた。


嗚呼ねえだから。


だから、今度は私が――――・・・。



あれ・・・?

私が・・・どうしたいのかしら・・・?




真夜中。


ひとりきりの寝室。


大きすぎる豪奢な天蓋対のベッドの上。窓から差す月明かりを頼りに、お気に入りの本を撫でる。装丁の美しい、大好きな人魚姫の絵本だ。最後のページを開いて気に入りの挿絵を指先でなぞる。


彼女が泡になる美しいシーンだ。



私の死は美しくなどなかった。汚泥と吐しゃ物に塗れた汚いものだった。私自身ももう綺麗ではなかった。それは内側も外側も精神も全部全部全部全部・・・。


人魚姫はいい。

だって姉に愛され、王子様を愛し、綺麗に泡と消えていく。史上最高のバッドエンド。なんて美しい終わり方かしら。




そう言えば、クソ女の死に際は美しかったわ。


頸動脈を狙って突き刺した鋭いフォークは狙い違わずズブリと喉に突き刺さった。

私は迷わずフォークを引き抜いたのだけれど、そうしたら芝生の上に崩れ落ちたクソ女は呆然と私を見上げていた。幼いながらに美しい顔を驚愕に歪め、はくはくと、口を開閉するばかりだった。


引き抜いた瞬間、血が、あの紅い、命を宿した液体が、僅かに噴き出て、それからドクドクと、彼女の脈拍に合わせて零れていった。薄桃色の可愛らしいドレスと白く穢れを知らない肌をその命に染め上げていく様の、鮮烈さときたら!あんなに美しいものを私は初めて見た。



絵本と同じくらいあの血潮をいつまでも見ていたい。そうだ。きっとみんな、美しい死に方をしたいに違いない。みんなが愛を忘れてしまう前に、美しい死で飾ってあげなければ・・・。


「きひっ・・・・ひひっ」


口が歪む。口角が上がる。


どうしてやろう。

どうしてやろう。

みんなを愛してあげたいの。こんなにも愛していると伝えたい。


いいの。

きっといつかどこかで私は死刑になるでしょう。


でもいいの。

泡になるのは無理だけど、鮮血に塗れて死ねたら本望だわ。


あれ・・・おかしいわね。復讐心が納まらないって話をしていたはずなんだけれど・・・愛する話に変わってしまったわ。でもいいわよね。だって復讐するより愛してあげる方がよほど美しいもの。




そうね、夜中なら父や母を愛すのは案外難しくない気がするわ。今の私は6歳だし、小さいから起きてるときは愛してあげられないものね。

二人を刺し愛して、それから自分にも傷を作ったら、きっと永く、たくさんの人を愛してあげられる。


そうしよう。


そうしましょう。


皆が綺麗にいられるように、みんなみんな愛してあげる。


愛してあげる。


絶対に、愛してあげる。




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