8 再会と寂しい涙(3)
いつもより少し遅くなりました!
すみません!今日もよろしくお願いします!
「魔女殿」
次に声をかけたのは、この国の国王陛下だった。つまりレオのお父上だろう。レオより少し色素の薄い銀の髪にレオと同じ美しい金の瞳。威厳ある眼差しでフローラを捉えていた。
「レオナルドの命を救ってくださったと聞いた。その礼をしたい。レオナルドはこう言ったが、どうかゆっくりしてほしい」
その瞳は、『レオの呪いを解くまで居てくれ』と訴えているような気がした。他の臣下も僅かだが控えているので、明言しないようだ。機密事項なんだろうが、レオの体調がすぐれないことは、誰が見ても一目瞭然だった。
フローラは国王陛下の言葉に小さく「かしこまりました」と答えた。
*
フローラは客間に通された。「しばらく滞在を許されたので、その間にレオの呪いを解いてほしい」と言い残し、バルドは立ち去った。
一人になって思い出すのは、先程のレオのこと。
『森へ帰られよ』
冷たい目。冷たい声。
あの日々の、あの夜の、甘くて情熱的な彼はいなかった。呪われているとはいえ、呪いを解いてもきっと、その態度は変わらないだろう。
だってフローラは、媚薬を盛ったのだ。
だから嫌われた。もう笑いかけてもらえないことも、キスも、何も出来ないと分かっていた。
──でも。
(こうして目の当たりにすると、辛いなぁ)
でも会えた。ずっとずっと会いたかった。それだけで、満足しなくちゃ。
そうして一人、客間で泣いていると、よく知る黒い影が突然現れた。
『よっ!』
「く、クロ様!?」
『フローラのことだから泣きべそかいてるだろうと思って。ほら、今日の分のオランの実』
「…………っ! クロ様っ!」
『おいやめろっ! 人間くさくなる!』
レオに会って興奮しているせいか、悪阻も少し落ち着いていたので、オランの実を少しずつ食べた。
『フローラ、早いとこ退散した方がいいぜ。ここには何か悪い気を感じるぞ』
クロ様も呪いを感じ取ったようだ。泣いてスッキリした上、オランの実でサッパリしたせいか、フローラはもう前を向いていた。
レオの呪いは簡単に解けるものでも自然消滅してくれるものでもなさそうだった。だとしたら、このまま放っておくなんて出来ない。もう二度と笑いかけてもらえないとしても、レオの命を救いたい。
それに、もしかしたら。
「お金をもらえるチャンス……?」
『はぁ!?』
「私の専門は占術でも治癒魔法でもなく、解呪魔法ですよ? ここで役に立てば、報酬が貰えるかも! そしたらこの子を安心して育てられる……!」
フローラの突然のひらめきに、クロ様は呆れ顔だ。
『フローラ、お前……。妊婦が解呪魔法使うのは危険だぞ? ヘタすりゃ、こっちに呪いが飛んでくる』
「跳ね返してやるわ」
『俺は知らんからな!』
クロ様はまたどこかへ消えたが、フローラは、今後の育児にかかる経費を脳内で計算し始めたのだった。
「もう取り掛かっていただけるんですか?」
翌朝、早速バルドに『解呪したい』と言い出したところ、驚かれてしまった。
昨日のレオの態度といい、体調不良でフラフラだったフローラの様子といい、断られるかもしれないと思っていたようだ。
「すぐに取り掛かった方が良いと思います」
「それは、命に関わる、ということでしょうか?」
バルドの問いに、フローラは頷く。バルドは、ショックだったようで青ざめていく。
「レオナルド殿下には強い呪術が施されています」
「……どんなものでしょうか?」
「心を病む呪いです。呪いが進行して、完全に心を蝕めば、不眠になり活力が失われ、廃人のようになるでしょう。儚くなる可能性もあります」
「っ!!」
遠目で診ただけなので正確ではないか、強いものであることは確かだった。バルドの顔が強張る。バルドによると、最近特に夢見が悪いようで、毎夜うなされ、眠れていない様子なのだそうだ。あまり時間がないかもしれない。
「それで、一度だけ、殿下の寝所に行きたいんです」
「……襲う気ですか?」
「ち、違います!」
バルドに疑われて、フローラは慌てて否定した。
(実は先日、もう襲いました!)
とは言えず、フローラは解呪方法の説明をする。フローラの得意分野が活かされる機会など今までになく、少し自信は無いが方法はこれしかないはずだ。
「私は一応、解呪魔法を専門としています。解呪には手を握る必要があるんです。でも、起きている間は私に触れられたらご不快でしょうから、寝ている間にと思ったのです」
「いや、そんなことは……」
「分かっています。殿下に嫌われているのは。でも解呪専門の魔女として、放っておけないんです」
バルドは難しい顔で、一旦検討させてください、と言って立ち去っていった。
フローラが解呪魔法を身につけたのは、幼い頃のこと。祖母に習った。
他にも浮遊魔法に結界魔法、占術なども習ったが、攻撃魔法は一切教えてくれなかった。
解呪魔法は得意になったが、祖母のように呪術も得意なわけではなく、祖母が亡くなってからは練習する機会が全くなかった。
だから、一人で解呪魔法を使うのは、実はこれが初めてだ。
解呪は難しいとされる魔法の一つで、間違えれば自分自身に呪いが降ってくる。
妊婦である今、お腹の子どもだけは守らなくてはならない。
(やれる……やるしか、ない。おばあちゃん、見てて!)