3 媚薬と運命の相手(2)
本日もよろしくお願いします!
とりあえず危険な状態は脱したことを確認して、人間が着ていた服を洗うことにした。祖母や母の古着しかないので、彼の着替えが無いのだ。
血液が落とせる薬草を混ぜた水に、そのほとんどを漬け込む。何度か繰り返し、綺麗になった後、服は室内に干すことにした。外に干すのは危険だと判断したのだ。追手に見つかりフローラまで襲われたら困る。服が乾いたら剣で斬られた部分を丁寧に縫い直すことにした。
(治療費に療養中の食費、こういう雑費も計上して請求しよう!)
一人暮らしといえど、それなりに生活費はかかる。薬草を煎じて少しの魔法をかけ、たまに街に行って薬を売ることで生計を立てている。しかし怪しい魔女から買う人間は少数で、フローラはほぼ自給自足生活だ。もう一人養う余裕はあまりない。
人間はそれから一日中ベッドで眠っていた。薬がよく効いているのだろう。拾った時は発熱していたようだが、解毒剤が効いたのか少しずつ熱も下がってきた。
もう日が暮れそうになった頃、汗を拭いていると、人間の瞼が揺れた。
「……ん」
黄金色に輝く瞳と目が合い、その高貴さに驚く。包帯でぐるぐる巻きにしているはずなのに、輝く太陽のような色の瞳が開いただけで、フローラは釘付けになった。
柔らかな銀色の髪に黄金色の瞳。その整った顔立ちにはどこか威厳もあり、見えない何かに圧倒される。
もしかすると彼はとんでもなく高貴な身分の人間なのではないかと、フローラは不安になり始めた。
「あ、あの、お目覚めでしょうか……」
「っ!」
やはり誰かに追われていたのか、高貴な人間は覚醒した途端、慌てて起き上がろうとする。
「あぁ! 今動くと傷口が開きます! ここは森の中。人間は滅多に訪れません! あ、安心しておやすみください!」
フローラが一気にそう言うと、今度は黄金の瞳がキョロキョロとこの家を見渡した。森の中までやってきたことを思い出したのか、納得したようで脱力していく。
そうして金色の視線はフローラに戻ってきた。目が合うだけで、心臓がドキッと音を立てる。
「……ここは?」
発せられた声が、予想よりも低く、心地よい響きで驚いた。
「わ、私の家です。家の前の湖に倒れていたので、薬を塗ってベッドに……」
母が亡くなって以来、人と会話するのも久々だ。慣れないことに思わず声が震える。答えると、金色の瞳は警戒心を露わにした。
「ご家族は?」
「母と暮らしていましたが、先日亡くなって。今は、私一人で暮らしています」
「一人で?」
「はい」
「森の中に?」
「はい」
「……年若い女性がこんな森の奥に?」
傷を負いベッドで寝ているだけのはずなのに、高圧的なオーラに変な汗が出た。
森に一人暮らしの女が住んでいるのは、人間の世界では珍しいことのようだ。何故だか分からないが、この金色の瞳の前で、嘘をつくことなど出来なかった。
「……魔女、なので」
「……魔女……」
フローラが『魔女』だと微塵も予想していなかったのか、人間は驚いた顔をした。
この世界の魔女はもう少ない。絶滅したと言われたこともあったが、こうして人里離れた森や山の中でひっそりと暮らしている。
ここが魔女の家と知って嫌な顔をするだろうか、と不安になったが、そんなことはなかった。
「……そうか。ありがとう、助かった」
掠れた声でそう言った高貴な人間は、納得したのかフローラに微笑むとまた眠ってしまった。
どうやら安心してくれたようだ。よかった。だが、母以外の誰かに微笑まれたことのないフローラは、今の微笑みでかなり動揺してしまった。
人間は魔女を毛嫌いしている。
それが、フローラの常識だった。街に出た時も魔女とバレると理由なく吐かれる暴言に耐えてきたからだ。
『どうしてこの街に来たのかしら』
『まさか近くの森にでも住んでいるのか』
『ヤダ! 私たち呪われるんじゃないの!?』
魔女にも耳がある。だが、彼らは遠くから恐怖や不安、蔑みや敵意を容赦なくぶつけてくるのだ。祖母は気にしなくていいといつもおおらかに笑っていた。母はそれでも人間の父を愛していると語っていた。
この金色の瞳を持つ人間は、嫌な顔をしなかった。
胸が高鳴る。心臓が鳴る音が耳に届くなんて初めてのことで、もう寿命がきてしまったのだろうかと、フローラは心配になった。
何だか落ち着かないので、人間が寝ている間に薬を調合することにした。とりあえず傷口に効く薬は塗り、解毒剤も飲ませた。先程の様子だと、きちんと薬が効いているようだったが、念の為もう少し解毒剤の種類を増やし、痛み止めなども調合しておこうと決めて調合の準備をする。
彼には頭部に殴られたような痕があり、肩から腕、太腿には剣で斬られた深い傷がある。
高貴な身分なのだろうが、命を狙われるとすれば、犯罪者だったりするのだろうか?
だが、あの美しい黄金の瞳を思い起こし、そんな人には見えなかったな、とフローラは思った。
(とにかく今は死なないように治療して、さっさと出て行ってもらわなくちゃ)
人間がこの家にいる限り、クロ様には会えないだろう。幸い、魔女の薬は魔力を込めていることもあり、怪我も治癒しやすい。
あの程度なら数日で完治する。フローラは人間を早く追い出すことだけを考え、彼の治療に徹した。
翌朝。黄金の瞳が閉じられている間に、傷の手当てを施していたところ、彼が目を覚ました。
「ん……」
朝陽を浴びた瞳はさらに輝きを増し、太陽そのものかのようにまぶしい。フローラの心臓がまたしても大きな音を立てる。
包帯を巻いている腕に視線が降りてきた。
「魔女の薬です。き、きっと、早く治ります」
「……そうか。ありがとう」
そう呟いた彼は消え入りそうな声だったが、うっすらと微笑んだその顔にフローラは釘付けになってしまったのだった。
それ以来、フローラは彼が寝ている時に彼の世話を済ましてしまうよう努力した。
あの金の瞳に見つめられると、心臓がバクバクと鳴るからだ。
次の日には頭の打撲痕がほぼ消えた為、腕と足の包帯を巻き直す。薬がよく効いているようで、彼はよく眠って回復していった。
だが、食事は別だ。
起きている時にしか与えられず、毒で弱った身体をあまり動かせない為、こちらが小鳥の餌やりのように一口ずつ運ばねばならなかった。
フローラは、この時間が最も苦手だ。
今もドギマギしながら、柔らかく煮た野菜を、一口ずつ口に運んでいる。その間もじっと見つめる二つの瞳に身が縮まっていく。
「君の髪は美しいな」
「貴方のその銀の髪の方が素敵です……」
「そうかな。私の色のない髪よりも、君の可愛らしいピンクブラウンの髪の方が好きだ」
髪のことを「好きだ」と言われただけなのに、顔がボンっと赤くなったと思う。
母以外に「可愛い」と言われたことなど当然ない。
「大きな紅の瞳も美しい」
「そ、そんなっ」
「照れる姿も愛らしいな」
免疫のない褒め言葉達に、口をパクパクしながら赤面するしかなく、フローラは翻弄されてばかりだ。
「私を助けてくれて礼を言う。いつになるか分からないが、生き残ることが出来たら、君に礼の品を贈ろう」
「あ、ありがとうございます」
少しの会話でさえも緊張する。スープを飲むその口元さえ美しい彼は、神々しい。そして黄金の瞳には、なんとも形容し難い威厳があり、目が合うたびに圧倒される。だが、その瞳が細められ、感謝を述べられると、胸がキュウっと軋むのだ。
(やっぱり私、病気なのかもしれない。それとも、慣れない浮遊魔法を使ったせいで、身体に負担がかかったのかしら)
フローラはベッドで寝ているだけのはずの来客に翻弄されてばかりだ。
彼は何者なんだろうか。だが、その答えは怖くて聞けない。聞いてはいけない気がして、彼の名前さえ尋ねられないままだ。彼からは名乗られないので、魔女には名乗れない程の高貴な身分なのかもしれなかった。
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