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しおさいが聞こえる歩道橋で

作者: 清水漱平

塾をサボってゲーセンに入ると、いかにもな空気だった。ひとりまじると浮きそうだけど、「すみません塾サボってしまいました、隠れたいんで、ついここに入りました。お金ないけど見てるだけじゃだけですか迷惑ですか」と理由を告げたら「おう、ならこっちきなよ?」と仲間に入れてくれた。ような気がした。

「こっちきなよ」と言ってくれたのが、高校生。彼はバイクが好きでゲームが好きで、無口なおれでも相手をしてくれた。

彼を好きな中学生がいる。ひとめ見てすぐピンときた。彼女がチラチラおれを見る。ある日、おれに言った、

「あいつが弟みたいにあんたをかわいがるのは、たぶん理由があるんだ。聞きたい?」

しおさいが聞こえる

しおさいが聞こえる

しおさいが聞こえるよ


しおさいだ

しおさいさ

しおさいが聞こえ

しお


って通り過ぎちゃったら妙に静寂感ハンパないし

むちゃくちゃさっきまで強気の本気で全力モードだったじゃん?

なのに泣きたい泣きたくなってる涙なんて枯れちゃってるのに

だのに泣きたい鳴きたいだけだよ涙なんて出てきやせんのに

な!


午前一時の五十七分そんな頃あい

でした

先輩に呼び出されて真夜中こっそり抜け出してきたのが歩道橋

ですが

『あのさ こんなこと 訊くの 失礼かもだけど』

って

失礼極まりない質問に言葉を返せず照れるでもなく

気づけば頬をつたう涙


どんな彼女がお好みですか

とりとめもなく責められて

彼氏にするならどんなひと

とりとめのないさぐりあい

先輩に呼び出されて真夜中こっそり抜け出してきたのさ駅前

深夜すぎまで営業している本屋さんで参考書

いつもの塾の帰りと同じくらいの時刻にランデブー


まちがいだらけの模範解答

ひょっとしたらトラップなのかも?

まちがいさがしはゲームになるよ

ひょっとすれば一番乗りさ


そんなに早く終わらせたいの?

そんなに早く結論急いで

どんなに遅い発表待ちでも

どんなに可能性が低かろうとも


ゼロじゃない


あのバイク知ってるよ

だって先輩すごく好きだった

うん覚えているし忘れてない

あのバイクそうなんでしょ?


つかのまの安らぎ

ときどき闇雲

向こうから光

あっというまに足元

けれどサーッてゆっくりに見える

とてつもなく速いのに


「しおさい」と ひとは呼ぶ

「しおさい」と 指をさす

「しおさい」と 耳ふさぐ

「しおさい」と ふるえてた

あの音と光だけが現れたとき

ひさしぶり

ひさしぶり

ひさしぶりって思った

とたんに思い出した笑顔の記憶

なのに先輩いきなし泣きじゃくって

結局なんにも会話できない



しおさいが聞こえる

しおさいが聞こえる

しおさいが聞こえるよ


しおさいだ

しおさいさ

しおさいが聞こえ

しお


ひとり立ちつくしたまま

後ろ姿を見送れば

なんて頼りのない背中だ

まるで乙女だ

顔が見えずに

手ぶり足取り

なびく髪


「もう無理 こんなの 待つのいや」

やつあたり

ぼくが彼に言えるのは

「安全運転で!」

ってだけだよ

止めるのなんて無理難題

ましてやあなたのことを意識してなんて


たぶんどこかでまた逢える

たぶん誰かが似すぎている

初めてなのに久しぶりで

懐かしいのに思い出せない

おそらく歩道橋から見ていた深夜に星のしずく

手をのばした

手をのばした

手をのばしたまま

なにもつかめずに

握った

握った

握りつぶした

ささやかな夢

高校生と中学生の恋愛模様。見ているおれは小学生。あと半年足らずで受験本番だというのに、塾をサボってゲーセンいりびたる。

「あいつの弟すごい優秀で、あいつ家族の中でも浮いてて、劣等感のかたまりみたいなこと時々くちにするけど全然そんなことなくて、まあ要するにさ~」

おれにはわかる、『私は彼のことが好き』と言っている。そう言っている。話の中身は違くても、結局おなじ彼女の話すべて『私は彼が好き』ってなっている。

解決したい問題って訳じゃないみたいだけど、問題は問題なんだってことらしい。

おれは聞くしかできなくて、時々むしょうにイラだったかもだけど、あの静寂と闇を切り裂くエンジン音は気持ちよかったのを覚えている。

見ているだけ。

眺めるだけ。

そんな孤独感が、そのときのおれには『大人だな』って感じた。

サボる不真面目なおれのことを「いやいや、おまえすごいよ、まじえらいよ!」って言ってくれて、ぜんぜんなんにも根拠がなくて、ぜんぜん根拠なんてなかったんだけど、おれが喜ぶには十分だった。

うん。おれは喜んだし、すごく嬉しかった。

おれはサボった塾に戻らずに、別の塾に通うことになってしまったけど、受験そのものはやめなかった。

ふとしたとき、胸に思い描く。

よみがえる。

屈託の無い笑顔っていうのかな。

「おまええらいよ。サボるってことは、がんばってるやつだけができることじゃん。

 おれなんて塾いかないし行けっていわれても無理だしで、サボりようがないもんな。

 サボってるおまえは、そんだけ頑張ってるってことじゃんか。

 どんだけがんばってるんだよ、おまえすごいよえらいよ。なあ?」

「うん。えらい、えらいと思う、だから引け目に感じることなんてなにもないんだって。

 やめてもいいし戻ってもいいし。自分で決めていいんじゃん?」

「だよな!」

無口なおれは『ありがとう』すら言えなくてさ。

な。

 

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