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芹の花の自動人形(オートマトン)


 一人でいるのは寂しかった


 ただ、死にたくはなかった。


 寒いのは嫌いだった。


 何で自分が「こんな目に」と叫びたかった。


 だって、おかしいだろう。


 例え人間の中に罪を犯した人がいても殲滅なんてされないのに、なんで私たちだけ…………


 歩いて、歩いて、歩いて、歩いた。


 時には同胞の亡骸からエネルギータンクを抜き出して補給した。


 ただ、ただ、死にたくないという一心で意地汚く生き続けた。


 でも、それもそろそろ終わりだろう。


 最近はめっきり同胞の亡骸は手に入らない。


 これ以上探索するのは見つかるリスクを増やすだけ


 ここで終わりにしよう。


 誰にも見つからず、誰にも害されず、ひっそりと終わりを迎えよう。


………ああ、今日も寒いな。

☆☆☆


生徒がノートをとる音と教師がホワイトボードに文字を書く音が響く教室。

しかし、教師がホワイトボードに文字を置く音だけピタリと止み、コトリとペンを置く音が教壇から聞こえた。

その音に反応し、教師の方に顔を向けると、教師は教科書を持ち辺りを見回していた。

そして、生徒が文字を書く音が止むと口を開く。


「教科書45ページを開け。そうだな……、田中一行目から呼んでくれるか?」


その言葉に田中と呼ばれた生徒は教科書を開き、その場で日本史の教科書を読み始める。


「西暦2080年

オートマティック社は自動人形(オートマトン)と呼ばれる完全自立型の機械の量産化に成功した。

この技術は日本を初めとした少子高齢化が深刻な国にとっては貴重な労働力を得ることが出来るという点で非常に重宝され、以後十年間は空前の大ブームと化し、第二世代三次元プロジェクターと共に2000年代最後の大発明と呼ばれるようになる。

しかし、西暦2090年初頭には自動人形(オートマトン)が人間に危害を加える事件が多発したことにより生産停止を余儀なくされた。

その後、自動人形(オートマトン)が徒党を組み始めたことで被害は激化、国は警察と自衛隊による対策本部を設置し、対応に当たった。

これにより、2095年頃には国内での自動人形(オートマトン)による事件は減少していった。

また、この事件を機に国は自動人形(オートマトン)製造禁止法及び稼働の如何を問わず警察に通報することを義務付けた。」


そこまで読み終わると田中と呼ばれた生徒は教師の方に顔を向ける。


それに対し教師もこくりと頷くと口を開く


「ありがとな。さて、さっき田中が呼んでくれたことが2000年代に起こった自動人形(オートマトン)反乱事件だ。50年以上前のことだし、お前たちからすればあんまピンと来ないかもしれないけどな。かくいう俺もあんまピンと来ねぇし。ま、それだけ自動人形(オートマトン)が既に稼働停止して国に処分されてるってことだ。

…………ただ、オートマトンは一見普通の人と区別がつかないから、専用の道具を使わない場合は右腕に書かれた型式番号で判断するしかないそうだぞ?

も・し・か・し・た・ら…………、おっとこれ以上は言えないな」

教師は冗談交じりに生徒全員に視線を向けながらそう言うと、生徒の一人がそれに乗っかる

「そう言う先生はどうなんすか?まだ秋なのにカーディガンまで来てますけど」

「おっと、それ以上俺の右腕について詮索しない方がいい。後悔するぜ?」


その一連のやり取りに何人かの生徒がクスリと笑い、それにつられて更に何人かの生徒がクスリと笑う。

結果として、教室内の空気が多少弛緩された。


そこで、クラスメイトの一人が手を挙げる。


「お、どうした雛村」

「先生、質問なんですけど、自動人形(オートマトン)の発売前に事故の可能性などは分からなかったんですか?」

「良い質問だな。確かに発売前から危険性を訴える団体はあったらしい。ただ、自動人形(オートマトン)は人に危害を加えるという思考が出来ないように設定されていたうえ仮に手を出した場合は強制的に停止するように作られていた。

何だったら購入者には停止スイッチまで渡す徹底ぶりでな。そのくらいオートマティック社自体も絶対に事故は起こさないように細心の注意を払ってたんだ。

他にも、購入者の命令でも危害を加えるものは除外されるようにしていたっていうのも有名だな」


その言葉に先ほど教師の冗談に乗っかった生徒が再度口を挟む。


「あ、俺その話知ってますよ。自動人形(オートマトン)関係者の中に自動人形(オートマトン)と恋仲になった奴がいてそいつがハッカーに依頼してシステムを改竄して貰ったってやつですよね?」


教師は微妙な顔をしながら曖昧に頷く


「あ~、一応そういう都市伝説があるって話しな。あくまで都市伝説だから鵜呑みにはするなよ?

ただ、システムがハッキングされてたのは事実らしいけどな。

……と、脱線したな。じゃあ次48ページ、明菊呼んでくれ。」

「はい!」


教師に指名された明菊(めいぎく)秋樹(あき)は教科書の48ページを読み上げた。

その後も授業は順調に進んでいき、丁度ノートの範囲を説明し終えた辺りでキーンコーンカーンコーンという授業終了の鐘の音が鳴った。


「お、ぴったりだな。じゃあ今日はここまで、お疲れ」


教師はそれだけ告げると片手を上げながら教室から出て行った。


☆☆☆


放課後になり、鞄を肩にかけると明菊秋樹は教室を出て、下駄箱のある方角とは反対に向かって歩き出した。

ただ、その足取りに迷いはなく、どんどんと歩を進めていく。

そして、一つの教室の前で足を止めると迷いなくドアを開ける。


「おはようございます」


何時もの癖で秋樹が挨拶をすると教室の中にいた人影がこちらを見て挨拶を返してくる


「おお、秋樹、相変わらずお前は早いなあ。他の部員にも見習ってほしいもんだ。全く」


教室の中にいた人影、もとい元部長である太刀風春斗がため息を吐きながら呟く。


「ふ~ん、悪かったわね。遅くて」


秋樹は突然後ろから声がしたことにビクッと体を震わせ、反射的に振り向く


「って美冬先輩、驚かさないでください」


そこには元副部長であった白扇美冬が立っていた。


「あら、ごめんなさい。」


白扇美冬はそれだけ言うと秋樹の横を通り抜け、太刀風春斗に拳を叩きこみに行く。


(ほんと仲良さそうだな、あの二人)


秋樹は暫くの間二人のやり取りを眺めていると後から続々と部員が部室の中に入ってくる

その中の一人、現副部長 才情夏男が首を傾げる


「あれ?太刀風先輩に白扇先輩、お久しぶりっす‼今日は何しに来られたんですか?」


夏男が首を傾げ、二人の先輩に向けて問いかける。

すると、美冬は春斗の方を向く。

春斗は夏男と美冬の視線を受け、自信満々な様子で胸を張る


「そんなものは決まっている‼学園祭も終わり次は地区大会だ‼今年こそは地区大会突破を目指すぞ」

「え?いや、太刀風先輩は今年で卒業ですよね?」

「ああ、ただ、俺がいなくなった後の部が心配でな………。」


春斗の言葉にその場にいた一同は静まり返る。

はっきり言って秋樹が所属する季周高校演劇部はレベルの高い高校ではない。

それでも、去年までは春斗と美冬の高い演技力と周りをまとめようと苦心してくれていたからまだ良かった。

ただ、今回に関しては


「まあ、確かに、今のキャストの人たちは裏方である俺たちを多少軽視しているっていうか…………」


夏男が言葉を選びながらも彼らの態度を言いづらそうに話す

それに対し、夏男の隣に座っていた少女が苛立たし気に意見する


「あれが、多少ですか?あいつら、台本出来たら呼んでって言って帰っていきましたよ。」


その様子に危ういものを感じた秋樹はキャストの生徒たちを庇う様に発現する


「まあ、彼らは彼らで自分たちで練習してるって話だし、もしかしたら、俺達裏方の邪魔にならないように気を使って別の場所で練習してるってことも………」


秋樹のその言葉を夏男の隣にいた少女は鼻で嗤う


「どうだか、そもそも部長ならもっとしっかりしていて欲しいんですけどね?

だからこそ、部員がつけあがるのでは?」


少女の言葉に心当たりしかない秋樹は気まずそうに少女から目を逸らす。

その様子を見た少女は今度は心底つまらなそうに鼻を鳴らす。


「ま、僕が部長の時は部員に強制的にやらせようとしたせいで退部届けが一杯届いたこともあったし、一概に何が正しいとは言えないんじゃないかな?勿論今のままじゃ駄目だけどね」


一連の流れを見ていた春斗がそう言うと今までの険悪なムードが嘘のように、とまではいかないまでも多分にマシになる。

そして、自然な態度で秋樹に主導権を渡す


「じゃあ、秋樹、取り敢えずは司会、頼めるかな?」

「え、ええ、それじゃあ、次の地区大会でどのような劇にしたいか話し合おうと思います。意見のある人はいますか?」


「二人の愛の力で呪いとかを跳ね除けハッピーエンドを迎えるファンタジーな恋愛ものとかどうですか?」

「オートマトンが支配する地下帝国に潜入し、中にいる子供たちを救出するアクションものとか良くないですか?」

「まあ、個人的には身分違いの恋愛ものかな?」

「じゃあ、あえてのコメディー路線で」

「……オートマトンが作った巨大な対人類殲滅兵器に対抗するためにこっちも巨大なロボットを作って対抗する大怪獣バトル」

「大怪獣バトルとかってなると第三世代の三次元プロジェクターが欲しくなるよな~。ま、高望みしても仕方ないんだけど」

「あるよ?」

「なにがです?」

「何の話です?」

「何の話かな?」

「なんだろ?」

「……何?」

「三次元プロジェクター。第三世代の」

「「「「「「へ?」」」」」」

「ほら」

「「「「「「え、ええええええええええええ」」」」」」


全員が悲鳴にも聞こえるほどの驚愕の声を挙げている。

それもその筈で本来ならそう簡単に手に入らない第三世代の三次元プロジェクターを元部長である春斗がもっていたのだ。


このことに驚いたのは何も先ほど意見を出してくれていた部員たちだけではなく、ホワイトボードに意見をまとめていた秋樹とノートに意見をまとめていた夏男も同様であった。


「いや~、何か学園祭の時の劇に校長が来てくれていたみたいでさ、前にあった時に君たちには期待してるってプレゼントしてくれたんだよね」


のほほんとしながらも事情を説明する春斗。その説明に背筋を伸ばし冷たい汗を流す部員たち。そんな部員たちに美冬は更に追い打ちをかける


「まあ、そう言うことですので今後とも頑張ってくださいね?」


それからは、三次元プロジェクターのことで持ち切りとなった。


今回の「プロジェクターは数分しか使えない欠陥品じゃないんだよね。」という内容や「第二世代じゃないってことはちゃんと動きとかも作れるのかな」という内容など多岐に渡り、いつの間に顧問の七野の先生が部室に入ってきており、その七野先生が帰れというまで話は続いた。


☆☆☆


明菊秋樹は久しぶりに部員たちが楽しそうに活動している姿を見られて密かに満足感を得ていた。

もちろん自分が何もしていないというのは承知の上だが、それでもみんなが笑顔を浮かべていたのは何はともあれ嬉しいものなのだ。


秋樹は駐輪場から自転車を出すとちらりと他の部員たちがいる学生寮に目を向ける。

高さ15階はある立派な建物だ。

実際部屋にはトイレと風呂、コンロなどが置いているという話を聞いたことがある。


本来、県立でありここまで立派な建物を建てられる費用はうちの学校にはないが、2090年に起きた自動人形(オートマトン)反乱事件により、日本の要となっている都心から重要度が低く狙われづらい県外に人が流れたことで、県外におけるアパートやビジネスホテルの価値が高騰し、結果としてビジネスホテルやアパートが乱立するようになった。


うちの学校は事件終息後、人が都心に戻ったところで下落していくアパートを安く買いとり、修繕したものとなっている。


ただ、うちの学生寮のように再利用される建物は稀であり、基本的にはそのまま捨て置かれ、廃墟と化してしまうものが多い。

そして、そう言った建物が心霊スポットとして話題になり、廃墟における事故が増えるということが多く見られた。


そのため、秋樹は廃墟に誰かが入ろうとしている際は極力止めるようにしていた。

勿論、何度言っても聞き入れない人がいるのは知っているため小さな子供でもなければ一度注意して聞き入れなければそれ以上は言わないようにはしていたが……。


そして、その日もそう言う輩が現れた。


場所は秋樹が自転車をこぎ、家に帰る途中のことであった。

黒い髪の人影、長い髪と袖まであるワンピースを着ていたことから女性だろう。

秋樹は自転車を止めるとため息を吐きながら、廃墟に向かう。


そして、廃墟の前で大きく息を吸い、話しかける


「お~い、廃墟は危ないので早く出た方がいいですよ~、修繕とかしてないので崩れてくるかもしれないです‼」


先ほどまで入り口にいたのできっとここからでも聞こえるだろうと考え、入り口の前で声を張りながら危険性を伝える。


その声に反応したわけではないだろうが、ゴンっという音と共に少女と言っても差し支えないような女性が階段から落ちてきた。


…………しかも頭から。


流石にこれは放っておけないと感じた秋樹は急いで少女に駆け寄る。

本来であれば危険の伴う廃墟に足を踏み入れたくはないがこの時ばかりはそんなことをいってはいられなかった。


しかし、予想に反して、少女にたいしたことないのか頭を抑えながらもむくりと起き上がる。


「……えっと、大丈夫ですか?」


秋樹は恐る恐る少女に質問する。

それに対し、少女は、そこで初めて秋樹に気づいたのか、目を丸くしながら秋樹の方を見る。


「え、ええ、大丈夫。大丈夫です。この通り!」


少女は握りこぶしを作り元気であるとアピールする。


「……そうですか、それは良かったです。ただ、病院には言っておいた方がいいですよね。

送りましょうか?」


流石にあの音で心配するなと言う方が無理であり、秋樹は余計なお世話かもしれないと思いながらも提案をする。


「だ、大丈夫です!ほんとに、病院には自分で行くので‼それではさよなら」


少女はそれだけ伝えると秋樹の前から走り去ってしまう。

その足取りは、先ほど思いっきり頭を打った人とは思えないほどしっかりしたものであり、もしかしたら本当に余計なお世話だったのかもしれないと秋樹は考えた。


☆☆☆


廃墟で思いっきり頭から落ちてきた少女と出会って数日が過ぎた。

秋樹はあれから少女のことを考えていた。


そう……


「頭から落ちたのは流石に不味くないか?」と。

彼女があの後ちゃんと病院に行けたのか。

というか、ちゃんと病院に行ったのかが非常に気になった。



元部長である春斗にはそんな部員の小さな心の揺らぎが分かったのか秋樹を心配し、声をかける。


「どうした秋樹、なんか悩みでもあるのか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが………。先輩、仮に思いっきり頭を打った人が走り去っていったとして、やっぱり心配ですかね?」


春斗は首を傾げながらも秋樹の質問に答えてくれる。


「まあ、心配ではあるだろうな。どうした、秋樹、知り合いに頭を思いっきり打った奴がいたのか?」

「いえ、そういう訳でないというか…………知り合いではないんですが」

その言葉に春斗は合点が言ったのか頷く。

「成程、思いっきり頭を打った人がそのまま走り去っていったが知り合いではなかったからその後の安否を確認できていないってことか…………いや、随分不思議な体験してるな、秋樹は」


その自覚はあるのか秋樹曖昧に笑いながらも心の中で同意する。


「ま、秋樹が本気で気になるんだったら、前出会った場所に行ったらどうだ?」

「な、成程、じゃあ部活が終わったら、行ってこようと思います。わざわざ相談に乗ってくれてありがとうございます!」


秋樹がそう言って春斗にお礼を言うと、春斗は仕方がない奴だという表情を作りながら秋樹に提案する。


「今日くらい部活抜けても良いぞ。心配なんだろ、そういつのこと。これからは俺も裏方として作業に加われるからな。お前の空いた穴を完全に埋めれられなくても多少の足しにはなるだろ?」

「い、いや、流石にそれは申し訳ないですよ………。」

秋樹は恐縮したように眉を寄せる。それに対し、春斗は秋樹の鞄を持つとそれを秋樹に押し付ける。

「そんな心持でミスを連発される方が困る。部費も備品も無限じゃない。勿論労力も、時間もな」


春斗はウィンクしながら更に「後のことは俺が上手く言っておく」と付け加えると

秋樹を部室から追い出した。


そんな部長に秋樹は心の中で感謝をしながら、駐輪場に行き、自転車を漕ぎ出す。


ただ、流石にそんな都合よく会えるとは思っていなかった。

それでも部長が秋樹の背中を教えてくれたのは、きっと秋樹が集中できていないというだけでなく、後悔して欲しくないのだろう、後悔という言葉を嫌い、引退後も部室に入り浸るあの人らしい対応だと思い秋樹はクスリと笑う。


秋樹がそんな風に春斗の行動を分析しているといつの間にか例の廃墟の前につく。


本来なら廃墟などの物理的に危険な建物に入ることは避けているのだが、今日ばかりは嫌々ながらも廃墟の中に足を踏み入れる。


秋樹が入った建物は他の廃墟の例に漏れず、元々はアパートかビジネスホテルだったのだろう。大きさ、高さ、共に季周高校の学生寮とほぼ同等、もしかしたら季周高校の学生寮より大きいかもしれないというほどだった。


その中を恐る恐る歩いていく。


すると秋樹の耳が音を拾う。

耳を澄ませ、音の聞こえる方に歩を進めると音がはっきりと聞こえた。

誰かの歌声だ。


「~~~~♪」


そして、更に歌声のする方に歩を進める。

ただ、それは少女を探すためではなく、光源に向かって飛んでいく蛾のように秋樹はこの一時、本来の目的を忘れて歌声に魅かれて歩いていた。


仮にこの時の秋樹の姿を見ている人がいたのならギリシャ神話に登場するセイレーンに魅了された船乗りのようであったと答えたかもしれない。


しかし、その歌声は途中で途切れてしまう


「ッ誰ですか!」


何故なら声の主が秋樹の気配に気づき、声をかけてきたからだ。

そして歌声がやみ、声の主による呼びかけで冷静さを取り戻し、本来の目的を思い出す。


「あ、っとすまない。ここは前に頭を強く打った子とであった場所で…………その子が心配で…………」


そう言うと声の主は困惑したような間の抜けた声を出す。

「はあ?」


ただ、困惑した声を漏らしながらも声の主は姿を現す。

そして、その姿に秋樹は目を大きく見開く。


何故なら声の主の姿は黒髪ロングに袖まであるワンピースを着た少女だったからだ。


「え、あれ?君って………そうだ、頭打ってたけど大丈夫だった?」

秋樹の心配する声に怪訝な顔を浮かべる少女だったが、じっと秋樹を見ると目を見開き、面倒な奴にあったとばかりの声を上げる

「げっ」

「え?いや、え?」


その声が予想外だったため秋樹は目を白黒させる。


「えっと…………あの後大丈夫だった?病院にはちゃんと行った?」


秋樹が確認のためにそう聞くと彼女は取り繕う様に話し出す。


「え、ええ、行きましたよ。はい、ちゃんと行きました。先生も大丈夫とのことです」


少し胡散臭さはありながらも秋樹は今の彼女を見る限りは本当に大丈夫なのだろうと思いそれ以上追求はしないことにした。


……ただ、これ以外、特に話すこともなく沈黙が続く。


本来なら安否を確認した時点で立ち去ればいいのだが、予想外の反応と予想外の出会い、気まずい空気感でこの時の秋樹にはそうする余裕がなくなっていた


そして、そう言えばとわざとらしく声を上げる。


「その、さ。歌すっごく上手かった‼ あんな上手い歌、生で聞ける日が来るとは思ってなかった。」


秋樹のその言葉に少女は呆けた顔をする。その顔はまるで予想外の言葉をかけられた時のようであった。


「え」


その様子に秋樹も困惑し、言葉を取り繕う。


「あ、えっと、急にこんなこと言われても困るだけだよね。あ、あはははは」

「い、いえ、ただ、そんなことを言われる日が来ると思っていなかったもので」


少女は俯きながらそう答える。

秋樹は少女の言葉に首を傾げる。彼女の実力なら褒められ慣れていると思うのだが、何か訳ありなのだろうか、と。


ただ、きっとそれは自分が軽々しく、踏み入っていい問題でもないのだろう。

だからこそ、少し余裕が出来、頭が回ってきた秋樹は彼女に別れを告げる


「何ともないならよかったよ。じゃあ、俺はそろそろ行くね?」


秋樹は少女に背中を向け、歩き出す。

その背中を見ていた少女は胸の前で手を重ねてぎゅっと握ると声を震わせながらも精一杯勇気を振り絞る


「あ、あの、もし良ければ…………ま、また歌を聞きに来てくれますか?」


少女の意外な言葉に背中を向け歩き出していた秋樹は目を見開く。

ただそれも一瞬のことで、すぐに笑みを作ると振り返る。


「ああ、絶対また聞きに来る。来させてくれ‼」


そう言うと秋樹は今度こそ別れた。


その後、時計を確認すると部活が終わるまでまだ時間があったため、学校に引き返し、作業の続きを行った。

春斗は帰ってきたことに驚いていたが、秋樹の話を聞くと笑顔で出迎えてくれた。


☆☆☆


それからは部活が休みの日は少女に会いに行くことが多くなった。


☆☆☆


ある時は少女の歌を聞いた。

「本当に上手いよ‼どこで習ったの?」

「え、えっと、まあ実家の方で少々……」


照れたように俯きながら、両手を合わせる。


「他にも何か聞かせてよ」


秋樹がそう言うと少女は胸を張りながら、ポンっと自分の胸を叩く


「任せてください、では次は蛍の光を歌わせていただきます」


秋樹は彼女の鈴のような音色に神経を集中させるため目を閉じた。


☆☆☆


ある時は他愛もない話をした


「へぇ、秋樹さんは演劇部何ですね。」


目をキラキラ光らせながら秋樹に詰め寄る。

少女のその姿に秋樹は気恥ずかしさから目を逸らしながらも話す


「まあ、とは言っても僕は裏方だから、劇にはでないよ?」

「演劇は総合芸術って言いますよね。だったら裏方だって大切な仕事じゃないですか。


私は秋樹さんたちが作る劇を見てみたいですよ?」


自信なさげに話す秋樹に首を傾げながらも笑顔を浮かべ少女はそう告げた。


「……そっか、ありがとう」


少女の純粋な視線に秋樹は胸が暖かくなるのを感じた。


☆☆☆


「その、そろそろ、名前だけでも教えて貰うことって…………」


秋樹がそういうも少女は首を横に振る


「ごめんなさい、それは…………」


少女は自分の話や自分の名前については話したがらなかった。


「…そっか、何度もごめんね。」


秋樹が謝るも少女はむしろ申し訳なさそうに体を縮こまらせる。

その様子に秋樹も少女には少女の事情があるんだろうと深くは踏み込まなかった。


…………きっといつか話してくれる。そう信じていたから。


それがあんな形で破られるとは夢にも思っていなかった。


☆☆☆


早朝、携帯がピロリンとなる音で目が覚める。

携帯を起動してみると夏男から連絡が来ていた。


『今日って暇?』


秋樹は廃墟にいる少女と来週も来るからと約束をしていたため、断りの返信を送る。


『ごめん、もう予定入ってる m(__)m 』


秋樹が返信を送ると夏男から直ぐに返信が返ってきた。


『了解、最近忙しそうだな~。大丈夫か?』


秋樹を心配する夏男のメッセージにクスリと笑う。

最近は付き合いが悪い所があるのにそれでも優しく接してくれる。そのことが秋樹には嬉しかった。


『ありがとな。全然大丈夫』


秋樹はそれだけ送ると、朝の支度をするために起き上がった。


☆☆☆


朝の支度を終えた秋樹は少女に会いに外に出た。


初めて少女に出会った時とは違い外には雪が降り積もっており、息を吐けば白くなる。

自転車は使えないため、滑り止めのついた長靴を履き、ザクザクという雪を踏みしめる音をたてながら少女のいる廃墟に向かう。


少しでも早く少女に会いたいという思いはありつつも走ると滑る可能性があるため、滑られないように慎重に歩く。


ザクザク、ザクザク。


雪を踏みしめ、廃墟に向かいながら秋樹は少女のことについて考える。


雪が降りしきる季節になってもずっと白いワンピースしか着ない少女。

何度か「それだけで大丈夫なのか」と聞いたこともあったのだが、少女はいつも胸を張って「大丈夫」と答える。


それでも心配していた秋樹は部費の足しにとコツコツ溜めていた自分のバイト代の一部を使い、少女にダッフルコートとマフラーをプレゼントした。


しかし、季節によって服装を変えないというのはワンピースが非常に高性能なのか、それとも何か家庭の事情があるのか…………。


ただ、身なりに関しては何時も清潔感を保っているし、何日もご飯を食べていないというわけでも無いように見える。

色々考えてみても少女については何一つ分からない。


それと少女がこの廃墟以外で会おうとしないのも謎だ。前に一度廃墟は危ないから別の場所で会おうと提案したが、決して首を縦にはふらなかった。

更にこの廃墟の安全は確認済みだから問題ないという始末。

秋樹がむきになって「なら会わない」というと泣きそうな顔になる。

…………本当に分からない。


そんな風に考え込みながら歩いていると何時もの廃墟につく。


流石に廃墟に通う様になりかなりの時間が経ったので、ある程度廃墟にいく事に対する忌避感というのは薄まっているが、それとは別に今まで注意する側だった人間が廃墟に通っているということに対する後ろめたさというものは感じていた。


ただ、少女と会う時はそう言う後ろ向きな感情は一端わきに置くことにしていた。


秋樹は気持ちを切り替えるために自らの頬を両手で一度叩く


そして、少なからず気持ちが切り替わった所で少女を探す。

とは言っても少女の歌声は建物に入った時点で聞こえてきていたので、歌声のする方に歩いて行くだけだが………。


少女の歌声のする方に歩いているとあちらも秋樹に気づいたのか歌声が途絶え、その代わりに誰かがこちらに歩み寄る足音が聞えてきた。


そして、柱の影から顔を出したのは案の定彼女だった。


「おはよう。」

「おはようございます‼」


秋樹が挨拶をすると少女も元気な声であいさつを返してくれる。

彼女はいつもと同じ柄のワンピースと秋樹があげたマフラーを巻き、手にはダッフルコートが掛けられている。


初めてダッフルコートを手に掛けているのを見たときは、もしかしたら余計なお世話だったのではと考えていたのがどうやら彼女は階段などに座る際にコートを膝にかけることがあるとうことを知ってからはそのことについて特に触れることは無くなった。


そのため、そのことに関しては特に疑問はなかった。

しかし、


「今日は特に元気だね。何かあった?」


秋樹が首を傾げながらそう聞くと少女は首を縦にぶんぶんと降りながら答えてくれる


「はい、実はここの最上階から見た景色が絶景だったんです。きっと秋樹さんも気に入ります‼」


若干要領を得ない答えだったが、そのくらい彼女が興奮していることを察した秋樹は笑顔を浮かべる。


「そっか、是非見てみたいな。案内してくれる?」


秋樹の言葉を受け、少女は秋樹の腕を引いて歩き出す。


徐々に上の階に上っていく二人であったが、その時アクシデントが起こる。


「っ‼」


秋樹が雪で凍った階段に足を滑らせてしまったのだ。


「秋樹さん‼」


そしてそれを少女が庇った。

少女に庇われた秋樹は大した怪我を追わずに済んだが、少女はゴンと思いっきり頭を打った。

秋樹は少女に駆け寄る。


「大丈夫⁉、ど、どうしよう。取り敢えず救急車…………」


秋樹は携帯を出し、救急車に連絡を入れようとするがその手を少女ががっしりと握り、止める。


「大丈夫ですよ。このくらい。それよりも秋樹さんは大丈夫ですか?」


少女はむくりと起き上がりそう言う。

確かに少女が痛がっている様子は見えない。ただ、それで「じゃあ、大丈夫か」となるほど秋樹は楽観的ではなかった。


「ほんとに大丈夫、どこか痛くない?この指何本に見える」


秋樹はどうにか少女の容態を確認しようとする。


「もう、大丈夫ですよ。」

少女はそう言いながら立ち上がり、秋樹に手を差し伸べる。


…………少女に怪我は確かになかった。しかし、服はそうではなかった。

少女のワンピースの袖、それも右の袖が肩の部分から盛大に破けていた。


『OT―0059』


少女の肩には文字が刻まれていた。

それを見た秋樹は無意識に呟いてしまう。


「……型式番号?」


そして、咄嗟に少女の顔を見る。


少女の顔は今にも泣きだしそうになっていた。

そして、型式番号が刻まれていた右肩を左手で隠すと階段の柵に背中を預ける。


「……秋樹さんには私が何に見えますか?」


少女は秋樹に問いかける。

しかし、秋樹は混乱していてそれどころではなかった。

少女が自分を庇って頭を打ってしまい。実は自動人形(オートマトン)だった。


そのことが全く整理できずに少女の問いに答えることが出来なかった。

少女は秋樹が言葉を発さないのを見ると一度目を閉じて深呼吸する。


目を開けたときには何かを決めたような顔をし、マフラーを外し、手に持つダッフルコートと共に秋樹に押し付ける


「…すいません。一人にして貰っても良いですか?」


秋樹はその言葉にようやく少しだけ冷静になる。


「え、いや」


しかし、少女はそんな秋樹の声を打ち消すように声を張り上げる。


「一人にしてくださいッ‼」


少女が発した予想外に大きな声に秋樹はびくりと体を震わす。

それでも、何か、何か、話さないと、秋樹はそう思い必死に頭を回す。


それなのに言葉は何も出てこず、その間にも少女は秋樹に背中を見せるとその場から立ち去ってしまう。


☆☆☆


「はあ」


秋樹は自分のベットの上で携帯を眺めていた。


(……何も言えなかったな)


秋樹は結局何も伝えることが出来ずトボトボと帰ってきたことに対し、不甲斐なさを感じていた。


それと同時に授業で聞いた内容でもある『自動人形(オートマトン)を見つけ次第、警察への通報の義務化』という言葉が頭をぐるぐる回っていた。


…………本来であればこのまま、警察に通報し、自動人形(オートマトン)として回収してもらうのが良いのだろう。


ただ、秋樹の頭には少女と出会ってからの日々と少女に庇われた先ほどの出来事が頭をよぎる。


……仮に、警察に通報した場合彼女はどうなってしまうのだろうか?

秋樹は携帯の検索機能を使い、通報された後の自動人形(オートマトン)の処遇について検索する。


そして、『自動人形(オートマトン)を発見した時の対応について』と書かれたホームページに飛ぶ。


そこには自動人形(オートマトン)が起こした事件である自動人形(オートマトン)反乱事件についてと自動人形(オートマトン)の凶暴性、そして、自動人形(オートマトン)が警察に回収された後の対応について書かれていた。


自動人形(オートマトン)は警察に回収された後、専門業者へ受け渡され、解体後、内部に埋め込まれたレアメタル、外装に使われる形状記憶合金等はリサイクルされ、皆さんの家電などに使われます。か」


ページを読み終え、秋樹は息を吐く。

誰かに弔われる訳でも無く、ただの機械として処分される

秋樹が電話を一本入れるだけでその未来が確定する。


(………それでいいのか?)


秋樹は瞳を閉じながら考える

脳裏にはやはり少女との思い出がよぎる。

少女が凶暴で凶悪な機械だとは秋樹には到底思えなかった。

それでも義務感と「もしかしたら」という思いから再度携帯を手に取る。


ただ、電話機能を使うことは出来なかった。指が途中で止まってしまう。


心が、秋樹の想いがブレーキを踏む。


彼女と別れたくない。


彼女の尊厳が踏みにじられるのなんて、考えたくもない。


「…別に連絡しなくたって何かあるわけじゃない」

結局連絡を入れることが出来なかった秋樹は、自分にそう言い聞かせることで彼女を見逃す事に対する罪悪感から目を背ける。


「これから、どうしよう」


秋樹はそう言いながら何気なく自分の机に目を向ける。

そこには少女が秋樹に返したダッフルコートとマフラーが置かれていた。


「取り敢えず、クリーニングにでも出すか」


それは少女がオートマトンで帰る家もクリーニングに出すお金もないだろうという配慮からだったのか、それとも、自分の内にある複雑な思いを一度リセットしたくて出た言葉なのか、秋樹自身にも分からなかった。


☆☆☆


秋樹はあれから少女と会うこともなく、鬱々とした日々を過ごしていた。

自分はこれから何をすればいいのか、彼女とどう向き合えばいいのか、それが分からなかったのだ。


いや、敢えてそのことから目を背けていたのだろう。


そういった現状が変わる転機は部活中の秋樹の様子を心配する春斗の一言であった。


「なあ秋樹、最近何かあったか?」

「いえ、別に、何もありませんよ」


秋樹は春斗と目を合わせないようにしながらそう答えた。


「いや、絶対何かあっただろ?」

「いえ、本当に何も…………」


春斗が追及してくるが秋樹は口を割る気が無いのか何もないと言い張る。

その様子に春斗は更に追及するか、それともそっとしておくべきかで悩むが一部始終を見ていた夏男が別の切り口から話しかけてきた。


「秋樹、俺らじゃ、力になれないのか?」


予想外の言葉に秋樹は口をつぐむ。


「…言えることだけでいい、教えてくれないか」

秋樹が口を閉じたタイミングで春斗が畳みかけに来る。


その二人の連係プレイに秋樹は観念したとばかりに肩を落とし、下を向く。


「その、友達と上手くいってなくて………。どうすればいいのかな~って思って、ます」


秋樹がそう言うと春斗は考え込んだように顎に手を当てるが夏男はキョトンとした顔をして首を傾げる。


「別に会いに行って話し合えばいいじゃん。」


その言葉に秋樹は呆けた顔をするが春斗名案だと手と手を合わせる。


「確かにそうだな、深く考えず会って話せ!」


春斗はそう言うと秋樹の鞄を取ると秋樹に押し付けるように渡す。

それに対し、秋樹は首を横に振る。


「いやいや、いきなり話せって言われても困りますって!心の準備も出来てないですし、まだ、部活中ですよ⁉」


急に自分が少女の所へ行くことになり、秋樹は混乱しながらも反抗する。

その秋樹の肩をガシッっと掴むと春斗は近距離で秋樹と視線を合わせる。


「いいか、何もせずに後悔するのだけは絶対にやめろ」


春斗は何時もとは違う少し低い声で秋樹にそう告げる。

そして、秋樹の体を半回転させると思いっきり尻を蹴り部室から追い出す。


「その子と話すまでは部室出禁な」


春斗はそう言うと部室の戸を閉めてしまう。


春斗の言葉を受けた秋樹は尻をさすりながら立ち上がると、トボトボという擬音が似合いそうな足取りで学校を後にした。


☆☆☆


学校から出た秋樹は初めにクリーニング店にダッフルコートとマフラーを取りに行った。


(これは彼女にダッフルコートとマフラーを返すために必要な手順だから、時間稼ぎではない)

ちなみにクリーニング店によった際秋樹は心の中でこう呟いていた。


そんな一幕もありながら、秋樹は無事に少女のいる廃墟につく。

そこでも


(あと五分したら中に入ろうかな?)


と、いう思いがあったが、秋樹は今自分が部活を抜け出してここにいることを思い出し、覚悟を決めて中に入る。


中に入ったら直ぐに彼女の歌声が聞こえてきた。

ただ、それもすぐに止んでしまう。

恐らく秋樹が来たことに向こうが気付いたのだろう。


実際その予想が的中したのか柱の影から彼女が姿を現す。


「…通報しなかったんですね」


先に声をかけたのは少女の方だった。


「うん…」

「今日は何をしに?」


少女は俯きながらそう問いかけてきた。

秋樹はなんと言えばいいのか言葉に迷う。


ただ、何かを言わなければ、何か行動を起こさなければと思いダッフルコートとマフラーを少女に渡す。


「まだ、寒いと思って」


少女はそれを受け取ると俯きながらも大切そうにぎゅっと胸に抱える


「……ありがとうございます。」


その一連の流れで場の空気が少しばかり弛緩する。それにより秋樹の次の言葉は思ったよりもするりと出てきた


「そう言えば、君は何でここに?」

「……それは、ここが安全だと感じたからです。ここなら最後まで、稼働可能時間一杯まで生きれると思ったから…………」


少女は顔を上げ秋樹と目を合わせるとそう答えた。


「……そっか、稼働時間って、何時までなの?」

「再来年の春までです」


予想がけない少女の言葉に秋樹は目を大きく見開く。

もっと、先だと思っていた。


今は元気そうか…………は分からないがそれでも、どこも異常なく動いている彼女が、たった一年と少しで動かなくなる。


それが秋樹には信じられなかった。

そして、震える声で問いかける。


「……死ぬのは、怖くはないの?」


少女は一度目を閉じ、深呼吸をする。

その動作はきっとそう長いものではなかったと思うが、秋樹の感覚だとまるで何十分という長さに感じられた。


目を開けた少女は秋樹を見ると穏やかに笑う。


「怖く、ないですよ。……それでも、限界まで生きてみたいとは思ってるんですけどね」

少女の表情と言葉に秋樹は不覚にも見惚れてしまう。

それと同時に彼女に何もしてあげられない自分を不甲斐なくも思う。

「……そっか」

「…はい、そうです。」


二人の間に沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは少女の方であった。


「今日はありがとうございました。このコートとマフラー今度こそ大切にしますね」

少女はそれだけ告げると秋樹に背を向け歩き出す。


ただ、その背中に秋樹は大きな声で語りかける


「また、また会いに来ても良いかい‼」


すると、少女はその場で足を止める。

そして振り返ると笑顔でこう告げた。


「はい、いつでも来ていいです。来てください‼」


そう言うと二人は別れた、また会う約束をして


☆☆☆


あれから、また、二人はちょくちょく会うようになった。

そして、秋樹は少女の衝撃の事実を知ることになった。


「名前がない⁉」


秋樹が大きな声で驚きを露わにする。


「はい、元々自動人形(オートマトン)、しかも買い手が見つかる前に処分が決定されていたので…………」


秋樹はその言葉に合点が言った。


「ああ、確か、自動人形(オートマトン)が人に危害を加えるようになったって事件。」

「はい、それです。まあ、私は中期型の自動人形(オートマトン)ですので、人に危害を加えるという思考は出来ないんですけどね。……仮にそんなことをすれば止まっちゃいますし。」


少女の言葉に秋樹は首を傾げる。


「その、中期型の自動人形(オートマトン)だったのに誰にも買われなかったの?販売停止するまで5年くらいあると思うけど…………」


秋樹の純粋な疑問は思いのほか少女にきいたのか胸をおさえながら秋樹の疑問に答えてくれる。


「…私は家政婦用の自動人形(オートマトン)として開発されたんです。この見た目も子供に警

戒心を与えず、それでいて家事をするにあたって不便でない背格好というコンセプトで作られました。


……ただ、なまじ子供と年齢が近い見た目のせいで子供が自動人形(オートマトン)に恋をしちゃうみたいな事例があったそうで、開発費用と苦情の内容から20090年までは処分はされず、ただ不人気で買い手のあまりいない……俗に言う倉庫の肥やしになっていました。」


少女の語るその内容に秋樹はなんと言葉を返していいのか分からず、話題をずらす。


「そっか、家政婦用ってことはご飯作ったり料理とか掃除とかが出来るのかな?そう言えばワンピースもいつの間にか直ってるね」

「ああ、ワンピースは形状記憶繊維を使ってるから直ってるだけですね。自動人形(オートマトン)に無駄なお金をかけないようにするための措置です。ただ勿論、料理、掃除、洗濯、裁縫、子守この辺りは一通り出来ますよ。」


胸を張り、自慢げに告げる少女に秋樹は何となく暖かい気持ちになった。

そして、その後も日が暮れるまで二人の会話は続くことになる。


☆☆☆


この日、秋樹は少女のいる廃墟にパソコンを持ってきていた。

理由は単純で、ずっと人から逃げるように生きてきた少女に演劇というものを見せたかったのだ。

ただ、それを正直に言うのは恥ずかしく思い、つい誤魔化してしまう。勿論全く本音が混じってないという訳ではなかったが、


「その、前に名前がないって言ってたし、何か自分でつける時の参考になればと思って」


そう言うと少女の了承を得てから、パソコンを起動し、秋樹が特に面白いと思うプロの劇団の演劇を再生する。


その演劇に少女は終始キラキラと目を輝かせていた。

その姿はまるで初めて劇を見る子供のようで、劇の中の登場人物たちと一緒に

喜び、怒り、悲しみ、笑う。


少女のその姿を横目で見て、これだけ楽しんでもらえたなら持ってきた甲斐があったと少しだけ口角を緩めた。



観終わった少女は興奮冷めやらぬという表情のまま、秋樹に今回の劇で特にどこが面白かったか、どのキャラが好きだったか、どのセリフが心に響いたかという内容を語った。


秋樹がそれに穏やかな表情で相槌を返していると少女は最後にこの言葉で占めた。


「その、凄く、すごく、面白かったです。」


それに対し、秋樹は笑顔で返す。


「そっか、それは良かった。」

「それで、その、また見せて頂いても、よろしいですか?」

もじもじしながら少女は秋樹に尋ねる。

「勿論‼」


それからは二人で劇を見ることが増えた。


☆☆☆


雪が溶け、花が咲き始める季節。


秋樹は何時ものように少女と演劇を見るためにパソコンを開いていると、少女が問いかけてくる。


「そう言えば秋樹さんのパソコンの画面っていつも違いますね?」

「うん?ああ、舞台のセットとか小道具とか作るのに役に立てばなって色々写真を撮ってて特に気に入ったのを画面に使ってるからね。もし良ければだけど、見る?」


少女の何気ない質問に秋樹がそう告げると少女は嬉しそうな顔で頷く。


「はい是非見せてください。」


そうして、少女は秋樹の撮った写真を見始める。

少女は秋樹の写真を見ながら「これはどこで撮ったんですか?」や「凄い、綺麗。」、「写真を撮るのってコツとかいるんですか?」という風に感想呟きながら一枚一枚じっくりと見て行っていた。


しかし、写真を見ていた少女が急に固まる。


秋樹は不思議に思い少女の顔を見ながら問いかける。


「どうしたの?」

「秋樹さん、この花の名前ってなんていうんですか?」

「え?」


少女がじっと一枚の写真を眺める。

その写真は去年の夏に秋樹が撮った川辺に咲く芹の花の写真だった。


「芹だけど……春の七草ってやつじゃなかったかな?」


秋樹の言葉を聞きながら少女は小さな声で「せり、せり」と口ずさむ


「秋樹さん、決めました。」

「え、何を?」


こちらを見て何かを決めた様子の少女に秋樹は首を傾げながら問いかける。

そんな秋樹に少女は笑顔を浮かべ、胸を張る。


「私の名前は芹にします。」


…………


「え、あ、うん、おめでとう!」


混乱しつつも秋樹は少女を祝福する。


「ありがとうございます。」


この日少女の名前は芹に決まった。


流石に後日、「勢いで決めすぎじゃない?」と秋樹が告げたが、少女の意思が変わることはなかった。


☆☆☆


蝉が姿を変え、大地を覆いつくさんばかりの合唱を奏でる季節。


秋樹が芹に会いに廃墟へ向かうと誰かの話声が聞こえた。

秋樹はその声に耳を澄ませる。


「ああ王子様。では私も連れて行ってください」


この声は芹のもの。そして、その内容は以前二人で見た劇のセリフ、だろうか?


「いいや、駄目だ。君を連れていく事はできない」


これも芹の声。


「何故でッ」


芹は次のセリフを言う途中で急に演技を辞めてしまう。

その代わりにこちらに駆け寄る足音が響き、柱の影から姿を現す。


「あ、あの、聞いてましたか?」


芹が頬を赤らめて俯きながら問いかけてくる。


「うん、ばっちり聞こえてたよ。」

「やっぱり…………」

少女は恥ずかしそうに体を縮こまらせる。

「すごく良かったと思う。演劇、やってみたいの?」

秋樹がそう問いかけると少女は俯いてしまう

「勿論、やってみたくはあります。でも、私は自動人形(オートマトン)で、身分を証明できるものもないので。」


少女は更に小さな声で「どこの劇団も入れてはくれないでしょう」と哀しそうに、それでいて自分を納得させるように告げた。


「……そっか」


秋樹はそう言いつつも頭の中では別のことを考えていた。


(………公式戦はもう終わってる。残すは学園祭だけ、みんなに話を通しておけば一人くらいなら何とかなるか?)


秋樹は心の中である相談をすることを決意する。


…………出来るかは分からない。


本来なら変な期待は持たせない方がいいのだろう。


…それでも、それでも


彼女の心に幸せな思い出を残せるのなら


少しだけ、勇気を出そう。


「あのさ―――」


☆☆☆


太陽が照りつけ、肌を焼く感覚を煩わしく思いながらも秋樹は芹の花を片手に自動人形(オートマトン)の少女、芹がいる廃墟に足を踏み入れる。


すると、芹も秋樹が入ってきたことに気づいたのか、柱の影から少女が姿を現す。


「秋樹さん、こんにちは」

「うん、こんにちは」


少女は秋樹の方に走り寄ってきたがその足取りが途中で止まる。

そして、秋樹の手をじっと見る。


正確には手ではなく『手の中に』」あるもの、だが…………


「あの、秋樹さん…手に持ってるものって?」


秋樹はそう聞かれ自分が手に持つものを芹に見せる。


「ああ、これは芹の花だよ。川辺で摘んできたんだ」

「やっぱり! 初めて見ます」

「そっか、なら良かったよ」


芹がキラキラした目で秋樹から芹の花を受け取る。


暫くは花弁を触ってみたり、匂いを確かめてみたりなどしていた芹だったがはっとした様子で秋に問いかける。


「この子は何時まで咲いていられるんですか?」

「え?う~ん、多分一日もしたら萎れちゃうんじゃないかな?」


少女は秋樹の答えを聞き、嬉しいけど、悲しい、そんな複雑そうな表情を浮かべる。


秋樹は少女のその表情を見てもしかしたら自分は何かを仕出かしてしまったのではないか内心で焦り、背中から冷たい汗を流す。


「あの……、迷惑、だったかな?」

「え?全然迷惑じゃないです!芹の花を自分の目で見れるとは思っていなかったのでむしろ嬉しいです。」


不安そうな様子で秋樹に問われた少女は秋樹の問いを全力で否定し、芹の花を大事そうに胸元まで持っていき、ぎゅっと握る。


「……ただ、ただ、そうですね。この子がすぐにいなくなってしまうのはその、寂しいというか、申し訳なく感じてしまったんです。」

「…そっか、ごめん」


その言葉にようやく秋樹は少女が何を感じていたのかに思い至る。


(………自分のために枯れなくちゃいけない花と人の都合で処分された自動人形(オートマトン)、か)


「その、本当に、ごめん」

「いえいえ、全然、そうだ‼ この花植えたら、生えてきませんかね?」


本当に気にしていないというように穏やかな表情をする少女はする。


そして、空気を換えるためか、名案だと言わんばかりに大きな声で不思議な質問をする。

秋樹はそれを少女の気づかいと感じたためそれ以上は謝らず、少女の話に合わせることにした。


「…それは難しいんじゃないかな?根ごと持ってきたわけではないし」

「そうですか、……残念です。芹の花のお花畑が見れると思ったんですが………」


そう言って落ち込む姿は少しだけ本当に落ち込んでいるように秋樹には見えた。


☆☆☆


部活中、秋樹は今来ているメンバーを一度集めてある提案をすることにした。


「みんなに相談したいことがあるんだ」


秋樹がそう言うとみんなが首を傾げる


「改まってどうしたん?」


その中で副部長である夏男が代表して秋樹に問いかける。


「その、助っ人というか…………もう一人キャストを入れることって出来ないか?」


部員たちはお互いに顔を合わせると部員の一人が手を上げる


「別に公式戦じゃないですから、一人くらいなら僕たちは良いですけど……性格面とかって、どんな感じですか?」


他の部員もうんうんと頷く。

それに秋樹は率直に答える。


「真面目でいい子」

その言葉を聞き部員たちはそれぞれの感想を零す。


「会うのが楽しみになってきますねぇ~」

「学校の子かな?」

「むしろ学校の子じゃない方が熱いな」

「…………それで私たちの劇が良くなるならどっちでも良い」

「ま、今より下があるとは思いたくないな」


部員たちは次々賛成してくれる。

ただ、そこで春斗が待ったをかける。


「今いる奴らだけじゃなく、キャストの奴にも聞いておけよ?後、顧問の七野先生にもな」

「はい、ただ、そもそも話を聞いてくれるかどうか………」

秋樹が不安げにそうこぼす。

「それなら、プリントとか作ればいいんじゃないか?そのくらいの労力も費やしたくなくてそんな提案したわけでも無いだろう?」


春斗が挑発するように問いかける


「勿論です。」


「よろしい。じゃあ作ったプリントは俺が添削してやろう」

秋樹が頷くと春斗は心底楽しそうにそう告げた。


それからは顧問の先生に話した結果、〈部員全員が納得すれば〉という条件で許可を貰えた。


次に作成していたプリントに関しても春斗から合格を貰えるほどのものを作れた。


そして、キャストの子たちは案の定話を聞いてくれなかったが、「大切な提案だから絶対呼んでくれ」と言うと面倒くさそうにプリントを受け取ってくれた。


プリントにはもしこの提案に反対の場合は八月十四日までに顧問の七野信一、もしくは部長の明菊秋樹、副部長である才情夏男の下に申し出ることと書いていた。


そのため、今のところは順調に進んでいたが、秋樹は気を緩めることは出来なかった。…………


ただ、裏方の子たちは芹に興味を持ってくれたことで既に顔合わせも済ませている。


みんな芹の存在を好意的に受け止めているようでその点からも順調と言えるだろう。

特に女生徒の一人とは非常に良好でよく一緒にいる姿を見たほどだ。


…………後は八月十四日まで何事もないことを祈るだけ。



それから更に日々はすぎ八月十四日、夏男と共に七野先生のもとまで行く。


「…………あの、反対意見とか出ましたか?」


秋樹が不安げに七野に問いかけると、七野は何のことだろうと視線を天井に向ける。

ただ、秋樹が「キャストの話です」と告げると合点が言ったのか、秋樹に視線を戻す。


「…ああ、誰も来なかったな」


秋樹はその言葉を聞くと小さく、ただ確かにガッツポーズをした。

そしてそれを隣で見ていた夏男も「良かったな」と秋樹の肩を叩くのだった。


☆☆☆


八月十五日は誰が何の役をやるか決める日だ。


この日だけはいつも顔を出さないキャストの子たちも顔を出す。

秋樹たちの演劇部では全員に一度全ての役を演じてもらってから誰に何の役をやってもらうか裏方の子たちに決めてもらうという方法を取っていた。


そのため、芹について軽く紹介したのちいつも通り、一役ずつ演じてもらおうとした。


「初めにこの子が芹、プリントに書いた助っ人の子です。」


そう言うと芹がペコリと会釈し、自己紹介を始める。


「芹です。今回は拙いながらも皆さんと頑張れたらと思っています」


そう言うと、キャストの子が足を組みながら発言する。


「いや、誰?」


その言葉に「え」という声が漏れる。


それは誰の声だったのだろう。秋樹の声だったのか、芹の声だったのか、他の部員の声だったのか、もしかしたら全員の声だったのかもしれない。


「いや、前にプリント渡しただろう?」


秋樹が直ぐに冷静になりそう問いかける


「あ~、見てないっすね」


キャストの部員の一人がへらへらとしながらそう告げる。

その言葉を聞き裏方の生徒たちは絶句する。


発言したキャストの生徒はそれに気が付いていないのか更に言葉を続ける。


「いや~、私らほんとすげー忙しってのに、暇人で冴えない先輩が作ったクソださプリント受け取ってあげるとかめっちゃ優しいと思わないっすか?」


その言葉に同調するようにキャストの生徒たちはクスクスと笑いだす。

それに対し、夏男の隣に立っていた女性徒が声を荒げる。


「あんッたね‼プリントには大きな赤字で重要だから読むようにって書いてたでしょうが‼」

女生徒の声にそれでもなおへらへらとした態度を崩さない。

「いや~、だ~か~ら~、うちら先輩たちと違って暇じゃないんですよ~」

「なら、あんた達が放課後何してるか教えなさいよ!それに、部長があのプリント作るのにどれだけ労力割いたか知ってんの⁉」


(白浪さん…………)


優柔不断であり、秋樹自身もよく苦言を呈されることがある部員がわざわざ自分のために言葉を尽くしてくれていることに場違いではあるが多少の感慨深さを感じる。ただそれはそれとしてこの状況は不味い。


「へ~、そんな時間あるとかやっぱ暇人なんすね。」

「このッ‼」


女生徒が我慢の限界にきて手を上げそうになったところで秋樹はパンっと手を叩き、会話の主導権を奪う。


「まあ、助っ人が一人来てくれてね。そういうわけで彼女も一緒にやることになるから、みんな仲良くしてあげてね」


その言葉にキャストの生徒たちは顔を見合わせるとゲラゲラと笑う


「いや、あり得ないわ。急にそんなこと言われても」

「だから急じゃないって‼」


又もやキャストの子たちと夏男の隣にいた女生徒が一触即発になりそうになる。

ただ、今度動いたのは秋樹ではなかった。


「あのッ‼」


その声に全員が注目する。

そこにいたのは芹だった。


「すいません。部外者が勝手に出しゃばって…………私、帰りますね」

そう言うと芹は走り去ってしまう。それを秋樹は急いで追いかける。


芹は校舎を出た所でようやく秋樹に気づいたのか、驚いたように振り返る。

秋樹は息も絶え絶えになりながらも彼女に謝罪をする。


「ごめん、俺のせいで…………」


呼吸を整えるのも一苦労な状態で、それでも頭を下げてくる秋樹を見た少女は、クスリと笑う。


「いえ、良いんですよ。少しの間だけでも、夢が見れて良かったです。白浪さんとか演劇部の方たちと仲良くなれたことが嬉しかったんです。」



「だから、もう大丈夫。」そう言う彼女の顔は笑顔だというのに何故だか、小さくて泣きじゃくる子供のようにも見えた。


☆☆☆


あれから、自分に出来ることはないかそれを必死に考えた。

彼女は笑顔で「もう、大丈夫」と言っていたが秋樹はそれでも彼女に何かをしてあげたかった。


そして、秋樹は少女に対して出来ることを四六時中考え続けた結果、一つの案を思いつく。

ただ、その案はお世辞にもいい案ではなかった。


それこそ、前回の演劇の案と同じくらい。


だからこそ、少しだけ尻込みをしてしまいそうになり、「それではだめだ」と秋樹は自分を鼓舞した。


「中島君、君は三次元プロジェクターで三次元映像、作れたよね?」


秋樹は部員の一人である男子生徒に尋ねる。男子生徒は首を傾げながらも頷く。


「ええ、作れますよ。それがどうかしました?」

「この写真に写っている花を作って欲しいんだ」


秋樹は一枚の写真を男子生徒に見せる。


「え、これですか?劇で使うんだったら、普通にセットとして作った方が良くないですか?」

「いや、劇で使うわけじゃなくて…………」


その言葉に男子生徒は訝しげな顔をし、秋樹に探りを入れる。


「………先輩って三次元プロジェクター、持ってましたっけ?」


男子生徒に尋ねられた秋樹はさっと目を逸らす。


「………何に使うつもりですか?」


秋樹は男子生徒の言葉に押し黙る。それで男子生徒は察してしまったのかため息を吐いた。


「芹さんですか…………」

「頼む‼使うのは使われていない第二世代三次元プロジェクターにするから」


秋樹は土下座しながら頼み込む。


「いや、あれも一応学校の備品ですからね。まあ、確かに充電満タンにしても数分しか持たないし、無用の長物と化してますが。」

「頼む‼」


秋樹はその間も土下座を辞めず頼み込む。その様子に男子生徒は額に指を当てじっくりと考える。


当然だ。学校の備品を私用で使おうだなんて普通に考えれば褒められたことではないのは、ちょっと考えればわかることだろう。


ただ、男子生徒は、優柔不断ではあるがそれでも優しい部長が必至に頭を下げてきたことに何も思う所がなかったわけではない。


それに、男子生徒も本当なら芹も入れて劇をやりたかったと思っていた。


……何故ならあの時から部長が一生懸命だったことを知っているから……


「…………もし、先生に見つかったら全責任負ってくださいね?」

「勿論‼」


土下座した状態からバっと顔を上げた秋樹は大きな声で返事をした。

責任を負うのなど端から覚悟の上だ。


秋樹はそれほどまでに彼女に喜んで欲しいと願っているのだから。


☆☆☆


それから更に時は過ぎていき、秋樹の最後の学園祭は無事に終わった。



その中には芹の姿はなかったが…………


☆☆☆



学園祭が終わった後、秋樹は無用の長物とかした第二世代プロジェクターをこっそりと持ち出す。


だが、そこで後ろから来た車がクラクションを鳴らす。


「ユー、乗っていきなよ。何てな」


運転席の窓が開くとそこには春斗の姿があった。


「え、太刀風先輩?」


ただ、そこにいたのは春斗だけではなかった。

ドアが開くと中には他の部員の姿もあった。


その様子に秋樹は何が何だか分からず首を傾げる。


「え、いや、」


そんな秋樹の様子もお構いなしに戸惑っている内に腕をグッと引かれて車内に連れ込まれた。


そして秋樹にはなにも教えられぬまま車は進み、とある廃墟の前で止まる。


「ここって…………。」


そこは秋樹と芹が会っていた廃墟の前だった。

秋樹は戸惑いに他の部員や元部長である春斗の顔を見るが、彼ら彼女らはただ秋樹に笑みを浮かべるだけで何も言わない。


その様子につい口から疑問が漏れる。


「何でここを…………」


秋樹がそうこぼすと春斗が一人の女性徒を指さした


「白浪が教えてくれたぞ」


そこで合点がいく。確かにこの女生徒と芹は非常に仲が良かった。

秋樹は知らなかったが、確かに彼女なら芹が自分の居場所を教えたのも納得できると感じた。


実際、女生徒はどや顔でvサインをする。


「でも一体何をするために?」


秋樹が尋ねると春斗はにやりと笑う。


「そんなの決まってるだろ。劇をするためだよ」


そう言うと部員たちは後部座席の後ろに置いていたのだろう小道具や衣装を手に取り廃墟の中に入っていく。


廃墟では芹が沢山の人が一斉に押し寄せていたことに警戒していたようだが、来たのが部員たちだと知って目を白黒させながら柱の影から出てくる。


「あの、これは一体?」


「そんなの決まってるでしょ。劇、やりましょ?」


芹の疑問に女生徒(白波さん)が口を開く。

それに対し、芹は困惑を露わにした。


「で、でもキャストの人たちが…」

「ふふん、今日のキャストは…」


女生徒が言葉を溜めると


「「「「俺(私)達だ‼」」」」


他の部員たちが声を揃えて叫ぶ。


「ちょっと私の言葉とらないでよ!」


そのやり取りを後ろから見ていた春斗と美冬は秋樹に視線を向ける。


「今回は俺と美冬が裏方をやることになっているんだが……あんまり詳しくなくてな、手伝ってくれるか?」


「そもそも私はやりたくなかったのに、春斗が………」

「あれ?お前もノリノリだっただろ?むしろ白浪から提案を受けて一番張り切っていたのはお前じゃないか……」

「なっ‼」


秋樹に話しかけていたのに現在進行形で二人だけの世界を作っている部長と副部長に苦笑しながら、秋樹は…………


「勿論です。」


そう返事をした。



そんな一幕がありながらも劇が始まる。


その劇はお世辞にもいい出来ではなった。


芹を除いた他のキャストである部員たちの演技は本来のキャストの子たちと比べてお粗末

であり、裏方も素人同然の春斗と美冬、それと秋樹しかおらず、無いよりはまし程度。


それでもその劇は…………今までみたどの劇よりも心に刺さった。


☆☆☆


劇が終わると春斗と美冬と部員たちは撤収していく。

最後に春斗が秋樹に檄を飛ばして廃墟を離れる。


「秋樹、頑張れよ」


その言葉に頷くと秋樹は部室から拝借した第二世代プロジェクターを置いていく。

その数はなんと二十個

秋樹はそれを同時に起動する。

するとそこは


「綺麗」


芹が感嘆のため息と共にそう溢す。


「芹の花畑、まあ、全部映像だけの偽物だけど」


秋樹はそう言いながら頬を掻く。

それに対し、芹は首を横に振る。


「秋樹さんは私に色んなものをくれました」


芹はそう言いながら秋樹に近づく、それと同時に早くも一つのプロジェクターの電源が落ちる。


「あなたのお陰死ぬのが、少しだけ、怖くなくなった。」

「そっか…………」

その言葉と共に二つ目のプロジェクターの電源が落ちる。

「ただ、この熱が、思いが、消えていくのがすごく怖い。」

「だったら、もっと、もっと色んな思い出を作っていこう。残りの時間で」

「…………そうですね。きっと、すっごく素敵です。…だけど、死ぬ時まであなたが一緒にいてくれるとは限らない」

「そんな‼そんなことない。ずっと一緒だ‼」

「…ありがとうざいます。あなたにそう言ってもらえるだけで胸があったかくなります。心が芯からポカポカします。だけど、あなたにはあなたの生活があって、いつも一緒にはいられない」

「………………それは」


俯く秋樹に芹は優しく微笑み、更に近づく。


「だから、最後に魔法をかけて」


芹は秋樹の顔を優しく包むと秋樹の顔に自分の顔を近づける。


そして、重なり合うのと同時に全てのプロジェクターの電源が落ち、一面が真っ暗闇になった。


芹の顔が秋樹から離れていき、秋樹の胸元に移動する。


秋樹はあたふたしながら芹に話しかける


「芹。あの……、えっと、俺ずっと君のことが気になっていたというか、うん、すごく嬉しかった。だから…………」


そこまで言いかけて異変に気付く。


芹の体重が秋樹の全身にかかってきているのだ。これでは胸元に顔をうずめているというより………


「あの、芹、聞いてる? ……あれ、どう、したの?」


秋樹が芹を揺するが芹は秋樹に返事を返さない。

それどころか、その体は秋樹が揺するのに対し、一切の抵抗をせずに無防備なままだった。

秋樹は嫌な予感がしながらも震える手で携帯のライト機能をオンにする。


「……頼むから、目を開けてくれ」


そこには目を閉じて眠っているようにも見える芹がいた。

呼吸音がなく、心臓の音も聞こえない。

傷なども見当たらない。


「そう、そうだ‼きっと、寝てるだけなんだ。そうだろう芹?大丈夫、今起こすから」


そうして、秋樹は反応の無い芹を起こすため、自動人形(オートマトン)の起し方について調べ、実践した。


肩を叩いたが駄目だった。


起きてくれと耳元で呟いたが駄目だった。


朝だから起きてと呟いたが駄目だった。


彼女の名前を呼びながら肩を叩いたが駄目だった。


………秋樹も本当は気づいている。

彼女がもうこの世にいないことなんて。


『仮に手を出した場合は強制的に停止する。』


授業でオートマトンについて習った際に聞いた言葉だ。

仮に芹が危害を加えるという意図が無くとも、手を出したという事実で彼女は死んでしまう。


きっと、芹も分かっていたのだろう。


『だから、最後に魔法をかけて』


分かっていたからこそ、あんな言葉を残したのだろう。


「………こんな、こんなのが、魔法なのか?」


秋樹はポツリとそうこぼすと芹を抱きしめ、泣き崩れた。


☆☆☆


あの後、芹の遺体は彼女と過ごした廃墟の近くに埋めた。


芹の体が心無い業者の手によってバラバラにされて、ただの道具として扱われるのだけは嫌だったのだ。


例え、それによって、自分が人ではなく自動人形(オートマトン)と過ごしていたという事実が公になった際に言い逃れが出来なくなったとしても…………


それと、彼女が眠る土地には芹の苗を植えた。


甲斐甲斐しく世話をすれば、きっと夏になれば花をつけてくれるだろう。


そう信じて。



あとは、あとは、そう、もう一つだけやらなければいけないこと、いややりたいことがあったのだ。


『演劇は総合芸術って言いますよね。だったら裏方だって大切な仕事じゃないですか。私は秋樹さんたちが作る劇を見てみたいですよ?』


結局、彼女に劇を見せてあげることは出来なかった。

だけど、せめて、彼女に胸を張れる劇を作れるようになりたい。


この部活で、みんなで、だから…………


「太刀風先輩。俺も、もう少しだけ残ろうと思います。」

「そうか…」


太刀風先輩は学校の屋上の柵に体を預けると空を見上げる


「きっと、とても大変だ。一朝一夕にはいかないだろう。…………だから、いつ辞めても良い

からな?」

「…大丈夫です。一歩一歩進んでいきましょう」


そうだ、安易な奇跡に頼っては行けなかった。


一歩一歩地道に歩くことでしか、望んだ結果にはたどり着けないのだから。


だから、僕は歩いていくよ。


どれだけ時間がかかっても


君が笑っている未来まで…………




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