EP2:聴取と不信感
調査一日目。
先ず俺とルカは二人でマリアと仲の良い令嬢達から事情聴取を行う。
とは言っても尋問のようなものではなく、当たり障りの無い程度の世間話であった。
「マリアベル様が?それは流石にありえない事でしょう」
「そうよねぇ……そもそもフランシス男爵令嬢とは受けている授業が全く違いますもの。お二人が学園で顔を合わせる事なんて無いですわ」
「だよなぁ……」
まぁ予想通り、マリアがフランシス嬢と接触したという事実は無い。
今、会話をしているこの二人は常にマリアと共に行動しているのでその話に嘘は無いだろう。
「そもそもエドワード殿下とマリアベル様の仲睦まじさは私達貴族令嬢の間では有名ですし」
「マリアベル様のような高貴なお方が、そのような下賎な行いをするなど考えられませんわ。まさかお二人はマリアベル様をお疑いなされているのでしょうか?」
「いや、僕達もマリアの事は心から信じているよ。だからフランシス嬢の話が事実無根の嘘である証明をしなければならないんだ」
「この嘘が広まりゃ、マリアが不利な状況に陥る可能性があるからな。それとフランシス嬢についても話を聞かせてくれると助かる」
すると二人の令嬢は互いに顔を見合わせた後、酷く苦い顔をしながらフランシス嬢の事について話し始めた。
「あの方は男爵家令嬢ですが、正直に申しまして私どもと同じく見られたくないですわ」
「あの方と同一視されるのは甚だ不本意というものですので」
「そこまでか?」
「勿論でしょう?何せ宰相閣下のご子息や騎士団長様のご子息、また枢機卿様や魔法師団長様のご子息とも馴れ馴れしく接しているのですよ」
「しかもですよ!同じクラスの方はフランシス嬢が毎日いずれかのご子息と共に王都で並んでいる所を見たと言っておりますのよ!あの方達にもちゃんとしたお相手がいるというのに……」
「メアリー様なんて最近はアレス様と合わない日々が増えて不信感を募らせておりますし……」
「ユナ様に関しては婚約破棄も視野に入れているとお聞きしました!」
「おいおいおい……こいつぁ予想以上に深刻な所まで来てやがんな」
「そうだね……彼らのお父上達がどう思っているのか、知るのが怖いよ」
宰相であるマクスウェル公爵の子息ヴィルヘルム、騎士団長子息アレス、枢機卿子息レオナルド、魔法師団長子息ローガン……彼らは全員、エドと仲の良い友人達だ。
この国の未来を背負って立つ存在でもある為、彼らがそんな不貞行為を働いているのはとても不味い状況であった。
「エドがこれを知ったら頭を抱えそうだな」
「まるでエドワード殿下の周囲すらも引き込もうとしているようだね」
ルカの言葉は言い得て妙である。
確かに彼らを籠絡したのならば、エドを我が物にするのは容易い事となるだろう。
しかしそれは、暴かれてしまえばかなりの重罪として裁かれることになるとは思わないのだろうか?
思わないだろうな……思っていたのならば今頃こうして不貞行為を働かないのだから。
「ともかく事は急を要するようだ。とりあえず一旦この事をエドに報告しよう」
「そうだね」
そう言ってエドの所へと向かおうとする俺とルカだったが、それを二人の令嬢が待ったをかけた。
「申し訳ありませんがシェイド様。ルカ様を少しお借り出来ますか?」
「ん?まぁ、ルカが良ければ……」
「僕は別に構わないよ。イドは先に殿下の所へ向かっててくれ」
「分かった。それじゃあまた後で」
俺はルカととりあえず別れを告げた後、直ぐにエドの元へと向かったのだった。
◆
殿下の元へと向かうイドを見送った後、僕はルナ嬢とエリカ嬢へと顔を向けた。
「それで……何か用かな?」
「ルカ様にご忠告を申し上げたいのです」
「忠告?」
ルナ嬢の言葉に思わず訝しげな表情をしてしまう。
いったいどのような忠告なのだろうか?
ルナ嬢はエリカ嬢と顔を見合せたあと、意を決した表情でこんな事を言い始めた。
「実は……フランシス嬢と同じクラスの友人から、彼女がシェイド様を狙っていると聞かされました」
「なのでルカ様にご報告をと……」
「彼女がイドを?それはまたどうして?」
「シェイド様はこの国で最もエドワード殿下に近しい存在ですから、もしかしたらあの方を自分の味方につけたいのでしょう」
「でも、流石にイドを好きに出来る可能性はないだろう?心配のし過ぎだよ」
「私どももそう思っておりました……しかしアレス様のあの姿を見てしまったら……」
「曲がったことがお嫌いなアレス様でさえフランシス嬢に籠絡されてしまったのです……シェイド様といえど例外ではないでしょう」
「それに私どもは見てしまったのです!フランシス嬢がシェイド様に抱きついている所を……」
「え……」
そんな事はありえないと思った。
だって、イドはずっとエドワード殿下や僕、そしてマリアと共にいる事が多いから……。
しかし、確かにイドは単独で行動することもあった。
けれどそれはエドワード殿下に何か頼まれたからであって、自ら単独行動をする事は無かった。
でも……その時にフランシス嬢に……。
(あり……えない……)
そう思いつつも、〝もしかしたら〟という疑念が脳内で渦巻き始め、僕はこの時初めてイドに不信感を抱いてしまった。
そうこうしているうちに、イドが大慌てでこちらへと戻ってきた。
「ルカ!今すぐ俺と来てくれ!」
「ど、どうしたの?」
「運悪くエドとマリアがフランシス嬢と出くわしっちまった!今まさに一触即発って状況────って……どうした?何かあったのか?」
「い、いや……何でもないよ。それよりも殿下のところに向かうんだよね?なら早く行かないと」
「お、おぅ……そうだな」
正直、イドの事は真偽が定かではないけれど、ともかく僕はイドと共に急いでエドワード殿下の元へと向かうことになった。
けれど、この些細な不信感がこの後、イドとの軋轢を生むことになるなど、この時の僕は思いもしなかったのだった。