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これも、ある意味ハッピーエンド


「ほんっっっと、ふざけてるな」


 眼を座らせた家族一同に、エカテリーナは冷や汗を垂らす。

 

 ここは辺境伯家別邸。王都にありはするが殆ど使われない屋敷だった。

 新年晩餐会か舞踏会くらいにしか辺境伯一家は王都へやってこないので、こんな大きな屋敷は宝の持ち腐れなのだ。

 が、元々、現国王陛下と御学友だった辺境伯に、少しでも王都に滞在してもらおうと、陛下が下された屋敷なので疎かにも出来ない。

 幸いな事に丁度子供らが就学年齢な事もあり、貴族学園に通わせるには好立地で重宝していた。

 以降も次男のラルフレートが宮仕えや騎士になるのならば、そのまま譲られる予定だが、ラルフレートは王宮に興味がないらしく、辺境伯領地で騎士団長になる予定なため、再び、この屋敷が宝の持ち腐れになるのも近いだろう。


 そんな屋敷の応接室に居並ぶ面々の顔には言い知れない怒気が宿っている。

 それを一瞥して、エカテリーナは扇の下で微かに嘆息した。


 まあ、ふざけてるとは私も思うわよ。でも、これって逆に好機なんじゃないかしら。


 そんな事を考えたからこそ、彼女は国王陛下に即答せず、案件を家に持ち帰ったのだ。

 しかしその思惑を話す前に、逆鱗を撫でられまくった家族から不穏な気配が漂い始める。


「じゃあ何ですか? 可愛いエカテリーナを御飾りの王妃として寄越せと、そう、あちらはおっしゃるんですね?」


 父に良く似た面差しの長兄アドリシアは、眼をふっくりとさせて微笑んだ。その瞳は全く笑っていないが。

 エカテリーナと五つ違いの兄は既に学園を卒業し、父上の補佐として領地管理を手伝っている。

 父親譲りの赤い髪に紫の瞳。無造作に束ねた髪を靡かせて馬で駆ける姿は野性味に溢れ、近隣の御令嬢から熱い秋波の絶えない美丈夫だ。

 その兄が本気で怒っている。整った顔立ちな分、凄みが半端ない。

 思わず王太子のフォローを入れようと口を開いたエカテリーナより早く、今度は次兄のラルフレートから低い呟きが聞こえた。


「正妃としての地位と生活を保証するですか。なめられたものですね、我が家も。そんな暮らしにエカテリーナの心が傾ぐとでも思っているのか? .....俗物が」


 ラルフレートは怨嗟を隠さず顔を歪め、辛辣極まりない毒を吐く。

 憤懣やるかたないと、その全身で物語っており溢れる怒気が立ち上る周囲は、母上譲りな黒髪が、業火の如く揺らめいている錯覚すら見せた。

 憤怒に燃える深紅の瞳も母上譲り。一つ上の兄は王太子の御学友でもある。が、容赦する気は全く無さげだった。


 ひいぃぃ、御兄様方の本気が怖いっ!!


 思わず戦くエカテリーナを、母親が優しく抱き締めた。限りなく優しい手つきで頭を撫でられ、一瞬、気を抜いたエカテリーナ。

 だが、こちらも男性陣に勝るとも劣らない辛辣な怒りが醸し出されている。


「貴女は何も心配しなくて良いのよ。あちらから断って頂こうなんて穏便な事を考えたばかりに、貴女の貴重な娘時代を棒に振らせてしまったわ。....百倍返しで後悔させましょう」


 ひゃあぁぁあっ、御母様も本気だっ!!


 うっそりと眼を細める家族らからは狂気染みた怒りの波動しか感じられない。

 それに肝を冷やし、慌ててエカテリーナは自分の思惑を口にした。


 このままでは家族が闇落ちしてしまうではないか。冗談ではない。


「わたくし、思いますのっ、これは利用出来るのではないかと!」


 首を傾げる両親や兄に、エカテリーナは大前提が崩れたのだと説明した。


「元々、自由が失われ陰謀渦巻く王宮へ嫁ぐ事を厭うて、わたくしは王太子様に嫌われるべく悪役令嬢を演じてまいりましたわ」


 エカテリーナの言葉に、揃って家族は頷く。


「そうだね。政略結婚が貴族の倣いだとしても、せめて穏やかな暮らしをエカテリーナにはして欲しいものだよね。王宮なんてもっての他だ」


「あんな汚ならしい野心家だらけの場所に大事な娘をやりたくなんてないわ」


「王太子妃になんてなったら、終始勉強や仕事で休まる暇なんかないからな。一生酷使される籠の鳥だ。ぞっとする」


 各々の正しい見解に頷きながらエカテリーナは指を立てて、自分に彼等の視線を集めた。


「それらが全て無くなったのです」


 疑問符を浮かべる家族に、彼女は王宮での話を詳しく説明した。


 御飾りの妃で、後宮に隔離し仕事も公務もさせない。夫婦の営みを持つ気はなく、側室を持ちエカテリーナは名ばかりの正妃になる。

 これだけを聞いたら確かに憤慨ものだ。しかし、エカテリーナには都合の良すぎる話だった。


「この話は裏を返せば、お妃教育も仕事もなく、子を為す義務もなく、後宮に引きこもり王宮の貴族らと社交をする必要もない」


 彼女の説明に、家族は思わず瞠目して御互いの顔を見合せた。

 言われてみれば危惧していた事柄の殆どが解消されている。


「しかし....だからと言って名ばかりの妃だぞ? 私としては、幸せな結婚をして孫の顔を見せて欲しいのだが」


 諭すような口調の父親に、エカテリーナは無邪気な笑みを見せた。


「幸い心を寄せる殿方もおりませんし、慰謝料がわりに後宮で自由な暮らしを満喫するのも良いかと思っていますの。わたくしの評判が地に落ちているのも確かですし、王太子有責であっても奇異の眼は避けられませんわ。それならいっその事、条件つきで王室に恩を売るのも宜しいかと」


「条件?」


 ニヤリとほくそ笑み、エカテリーナは斯々然々と話をする。それを聞いて、両親も兄らも満面の笑みを浮かべた。

 その笑みに含まれる陰惨な愉悦を、才あるものなら感じ取れただろう。悪意の塊。そうとしか表現出来ない微笑みである。


「それなら良いだろう。思い切り贅沢を満喫してこいっ!!」


「はい、御父様♪」


 人の悪い笑みを見合せ、辺境伯爵親子は再び王宮を訪れた。




「婚約を受け入れる?」


 バッサリ両断されるとでも思っていたのか、国王陛下は辺境伯の答えに思わず身を乗り出した。


「ただし、幾つかの条件をつけます。それを呑んで頂けたらの話です」


「うむ、出来うる限り受け入れよう。元々こちらの不手際だ。王太子に文句は言わせん」


「ならば、これを」


 国王陛下と王妃様に挟まれて座る王太子殿下は、先日と違って意気消沈し、些か顔色が悪い。


 あ~、御両親から現状が崖っぷちである事を聞いたのかしらね。まあ、若気の至りだろうけど、失敗が許されないのが王族だものねぇ。


 出された用紙に書かれている条件を確認し、国王陛下は暫し無言だった。

 そして探るかのような瞳でエカテリーナを見つめる。


「本当にこれで良いのか? これでは王太子の思い通りになってしまうぞ?」


「それで宜しゅうございましてよ? 王太子様は、わたくしが大嫌いなのでありましょう? そんな殿方と目線も合わせたくはありませんの」


 エカテリーナは唾棄するような眼差しで王太子を見据え、扇の下で嘆息する。

 それに息を呑んだのは王太子その人であった。目の前の少女を信じられないような眼差しで凝視する。


 何が起こった? こいつは自分に好意を寄せていたのではなかったのか?


 今まで散々、王太子に媚を売り、しなだれかかってきていたエカテリーナの豹変ぶりに、国王夫妻すらも言葉を失っていた。


「わたくしを大嫌いだと公言なさる方に、何時までも情が寄せられると思っておられますの? 王太子の体面を慮って形だけの妃を引き受けるだけですわ。あんな悪し様に言われては、わたくしだって思慕も情も尽き果てるというものです」


 然もありなん。


 呆れたようなエカテリーナの眼差しに、国王夫妻は得心顔で眉を寄せる。


「エカテリーナ嬢の温情に感謝する。では、この条件で婚姻を結ぶ事としよう」


 国王陛下により婚姻条件の証書が作成され、正式に二人の婚約が交わされた。


 出された条件は七つ。


 一、婚姻は契約であり、白の婚姻を守る事。


 二、後宮に離宮を賜り、御互いに相手の居室へ近寄らぬ事。


 三、一切の政務、公務、社交に関わらせぬ事。


 四、正妃としての待遇をもって敬う事。


 五、辺境伯家、王家、当事者共に御互い一切干渉を持たぬ事。


 六、エカテリーナの離宮には辺境伯家の家令のみを置く事。


 七、これらが遵守されなかった場合、速やかにエカテリーナを辺境伯家に返す事。


 出された条件を読み、王太子は不審気にエカテリーナを見据えた。

 これは王太子の出した条件を準えたような物ばかりだ。エカテリーナの利になる項目は何もない。

 エカテリーナは名ばかりの妃として後宮に閉じ籠り、いないも同然な扱いになる。それを肯定する証書だ。


「そなた、本当にこれで良いのか?」


 さすがに幾らかの罪悪感が芽生えたのか、訝る王太子に、エカテリーナは優美な微笑みで応えた。

 今まで見たこともない極上な笑み。その屈託のない笑顔に、少しだけ王太子の鼓動が高鳴る。


 こいつ、こんな笑いかたも出来るんだな。


 そんな益体もないことを考えていた王太子の耳に、さも楽しげなエカテリーナの声が聞こえた。


「ご自分が言い出された事ではないですか。むしろ、これだけやっても不安は残りましてよ?」


「不安?」


 意味が分からないといった感じの王太子に、エカテリーナは再び心底呆れたように嘆息する。


「側妃を迎えられるとの事ですが、よほど出来た御令嬢でない限り、必ず不満を持たれます。何もしない正妃にね」


 疑問符を浮かべる王太子と違い、国王夫妻はエカテリーナの言葉を理解したのだろう。 

 ザーっと血の気を引かせ、二人で何やら話し込んでいる。


 跡継ぎを生み育て、正妃の代わりに社交や政務に明け暮れる側室は、いずれ理不尽な地位に不満を持つだろう。


 正妃であるべきは自分だと。


 予想にかたくはない。いずれ来るべき未来には、さっくり実家へ帰るつもりだ。そのための白の婚姻である。

 基本、名のある貴族階級は、跡継ぎ関係などから離婚は出来ない。子供の相続権が複雑になるのを防ぐために。

 だが例外もある。それが白の婚姻だ。

 一切の夫婦関係を持たないなら、身籠っている可能性もなく離婚が成立する。


 近い未来、側妃の不満が爆発するまで、王宮でまったりのんびり贅沢な自由を満喫するつもりのエカテリーナであった。


 八年もやりたくない悪役令嬢演じてきたのだもの。失敗したとはいえ、これくらいの見返りはあっても良いよね?


 婚期は逃すかもしれないが、御父様が良い方を探して下さるだろう。往き遅れでも構わないという、おおらかな方を。


 婚姻が終われば後は自由だ。悪役令嬢もここで終わり。


 ようやく肩の荷がおりるわ。終わったら日がな一日本を読み耽ったり、土にまみれて畑を作ったり。

 そうだ、パッチワークや刺繍に没頭するのも良いわね。

 離宮には実家の使用人しかおかないから、気楽に自由な事が出来るわ。


 婚約回避には失敗したが、お馬鹿な王太子のおかげで、ある意味思い通りの人生になったかもしれない。


 悪役令嬢をやめたエカテリーナは、今、誰よりも輝いていた。


 事は思い通りに運ばなかったが、ほぼ満足のいく結果に、心の中で祝杯をあげる辺境伯一家を、王太子側一同は誰も知らない。


 知る人ぞ知る、稀代の悪女エカテリーナ。


 明るいはずの彼女の人生に乾杯♪



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