追放の理由と今後の相談
いきなりの爆弾発言。その意味を聞くと、
「そのままの意味だよ。最初は俺の通ってた小学校にいたんだ。避難所だったから。でも俺が原因で追放されて、巻き添えで母ちゃんと姉ちゃんも追い出されて、それで次に着いたのが今のグループ。前に言ったと思うけど、そこは基本的に来る人は拒まないから」
「だからって、いやそもそも追放の理由は?」
「……俺が、学校でモンスターを飼ってたからだよ」
「……モンスターって、飼えるの?」
少し迷った挙句、口から出たのはそんな言葉だった。
そして聞いた話をまとめると、
1.光の学校にはウサギ小屋があり、通常は飼育委員が世話をしていた。
2.しかしモンスターが出て、学校は避難所になり、ウサギの世話どころではなくなった。
3.光は放置されていたウサギ達がかわいそうだと思い、自主的に世話を始めた。
4.光が飼っていたというモンスターは、いつの間にかウサギに紛れ込んでいた。
5.モンスターの姿は毛がなくて筋肉モリモリ、それ以外は他のウサギと同じ。
6.他のウサギと喧嘩することもなく、とても大人しかったので、光はストレスか何かの病気だと思っていた。
7.そしてある日、避難所内にモンスターがいたと騒動になり、気づくと大人達に病気のウサギが殺されていた。ここで光は病気のウサギが実はモンスターだったと知る。
8.あっという間にウサギ小屋にモンスターがいたという話が避難所全体に、注意喚起の意味もあって公表され、芋づる式に光が世話をしていたことも発覚した。
9.さらに大人から事情聴取を受けた際に職について確認され、自分が“従魔術師”という職になっていたことに気づき、動揺を見抜かれ、隠し切れずに話してしまった。
10.その後、周囲から忌避され、嫌がらせや圧力をかけられるようになったので、家族と一緒に逃げるように避難所を脱出。実質的な追放処分。
つまりこういうことらしい。そしてこれを聞いた俺の感想だが、
「別に悪くなくない?」
この一言に尽きる。なんだったら普通に優しい子と言ってもいいくらいじゃないか。
「そう言ってくれる人もいたけどさ、避難所には家族をモンスターに殺された人も沢山いたし、いくら知らなかったからって、人に被害が出ていたらどうするんだとか、不謹慎だとか……」
彼女の声はどんどんと平坦に、何もかも諦めたように力なく、か細い呟きになっていく。
瞳からも光が消えて、虚ろになったように感じる。
「だからもう、いいよ。兄ちゃんだって、モンスターの力を使う奴なんて気持ち悪いだろ?」
……世間一般のモンスターの認識は”未知の脅威“であり“忌避すべき存在”。
避難生活によるストレス、モンスターへの恐怖で人々も追い詰められていたんだとは思う。
そんな時に彼女は運悪く、不満の捌け口として格好の材料になってしまったんだろう。
今の彼女は見ていて痛々しい……これなら素直に泣かれた方がまだ何倍も気が楽だ。
でも、それはそれとして、
「八木光さん?」
「なんだよ兄ちゃ、ん゛!?」
俺はこちらを向いた彼女の頭に、軽くチョップを落とした。
「ってぇな! 何すんだよ!」
「殴った」
「んなことは分かってんだよ! 何で殴ったんだよ!」
「俺は、八木さんがどんな仕打ちを受けたか知らない。けど今のはちょっとムカついた」
「……だろうな」
「勝手に納得すんな。そっちが思ってる理由とは違うぞ」
「違うって、何がさ?」
「今の状況じゃモンスターの力を使う奴への風当たりが強い、ってのは予想できた。実際の苦しみまでは分からないけど、お前が相当嫌な思いをしたのも想像できる。ただ、それで勝手に俺を他の連中と一緒にすんな」
「……」
「職業が従魔術師って言うくらいだからまだ十分“人間”の職だろ。お前でそれなら俺は何なんだ、って言っても分かるわけないか。説明してないもんな……まぁ、あれだ。ぶっちゃけると俺の職とスキルも似たようなものなんだよ」
「似たようなって……嘘だろ? モンスターを使う職やスキルなんて他に誰も」
「なら見せよう。俺の職は“異端者”で、スキルは“スライム化”……簡単に言うと、自分自身をスライムに変える能力だ。こんな風に」
「っ!!」
掲げた右手を実際にスライム化して見せてやると、彼女は大きく目を見開いて、口を僅かに開け閉めする。
「やっぱり驚くよな」
「! ご、ごめん」
「いや、これ見て驚かないほうがおかしいだろ。常識的に考えて」
冷静にそうなんだな、とか返事してきたらそっちの方が信じらない。
「……どうしてそんな」
職とスキルを得た経緯を知りたそうだったので説明。とはいえ、ほとんどの事情は事前に説明してあったので、核心部分を追加するだけですぐに終わる。
「腹が減って、スライムを食おうって、マジで?」
「飲まず食わずで意識が朦朧としてたからな。普通の状態なら絶対にやらなかったよ。でもこの能力があったから俺は助かったし、もうなってしまった以上はこの体で生きていくしかない。幸い生きるにはめちゃくちゃ便利な能力だしな……明らかに人間から外れてるけど、心は変わらない人間のつもりだ。そっちだって別に、モンスターを操って人を傷つけたりしたいわけじゃないだろ?」
「そりゃ、当たり前だろ」
「なら、俺は別に気持ち悪いとか怖いとは思わないな。他の人が嫌がる気持ちも分からなくはないけど……俺の職もスキルも、あとその影響で体自体がコレだし」
スライム化させた右腕を意識して掲げてみせると、さすがに説得力は抜群だったようだ。
「俺、勝手に兄ちゃんも知ったら嫌がるだろうと思ってた。兄ちゃんの事情も考えずに色々言い過ぎたし、本当にごめん」
「ん、分かってくれればいいさ。実際、そっちは職のせいで大変な思いをしたんだろうし、俺みたいなのはかなりのレアケースだろうから。予想できなくても仕方ないし。
あと途中から話がそれていたけど、帰らなくていい、ってのは俺の安全のことも考えてのことだったんだろ?」
「そりゃ、助けてもらった上に飯まで貰ったし……」
素直じゃないが、一応認めるらしい。
「とりあえずもう一度、今度はお互いに落ち着いて、今後のことを話し合おう」
俺がそう言うと、彼女は分かったと頷いた。
■ ■ ■
もう野菜ジュースしかないけど、落ち着くために飲みながら話すことにした。
「さて、今後どうするかを話し合おうって言ったそばからなんだけど……せっかくお互いの職について暴露しあったんだし、そこを詳しく話してみないか? 互いにできる事がわかれば、なにか対策もできるんじゃないかと思うんだけど」
「別に話すのは構わないぜ。もう“従魔術師”っていう一番隠したかった部分はさらけ出しちゃったし。ただ、俺モンスター倒したことないし、できることってほとんどないぜ。ステータス、ほら」
彼女がそう口にした瞬間、見覚えのある画面が空中に現れた。
普段ならここに自分の情報が書かれているが、
――
名前:八木光
職業ジョブ:従魔術師
スキル:契約・絆の証
称号:嫌われ者
――
これは彼女のステータス。
「さっき言ってたやつか。本当に他人に見せられるんだな……? 前に聞いた“脚力強化”がないけど」
「“絆の証”ってのがそれだよ。心を許したモンスターが死ぬと、そのモンスターの特徴的なスキルを1つ遺してくれる、っていうユニークスキルらしくて」
「そういうことか……っていうか、八木さんもユニークスキル持ちだったんだな」
「も、ってことは兄ちゃんも?」
「ああ、スライム化がそれなんだけど、こっちもステータスを見せようか。どうしたらいい?」
「ステータスを出してから、見せる相手を見て、見せる!って思えばいいんだよ」
「そんなんでいいのか。ステータス」
――
名前:佐藤浩二
職業ジョブ:異端者
スキル:スライム化・喧嘩殺法Lv2・投擲Lv3・隠密行動Lv2・気配察知Lv2
称号:幸運・卑怯者・外道・暗殺者の才・虐殺者・狂戦士の素養
――
「で、見せる。どうだ?」
「見えた見えた、ってか兄ちゃんスゲーな! スキルも称号もいっぱいあるじゃん! ……でもなんか……よく見たら超悪者っぽい……」
「俺も改めて見て、社会的信用が著しくマイナスになりそうだと思ってる。しかもまた物騒な称号が増えてるし!」
一応確認するか、
“虐殺者”
短時間の間に同種の生き物を3桁以上、単独で屠った者に与えられる称号。
多数の敵と戦う際に、わずかな補正がかかる。
“狂戦士の素養”
自分の意思で休息をほとんどとらず、長時間戦い続けた者に与えられる称号。
近接戦闘時に限り、身体能力にわずかな補正がかかる。
「あー」
「心当たりあるのか?」
「ついさっき大暴れしてきた」
「さっき……ま、いいんじゃね? 俺は兄ちゃんが悪い奴だとは思わないし」
「それはありがたいな」
「あ、それと俺のことは光でいいぜ。さっきまで八木さんとか呼んでたろ」
「一応今日が初対面だし、なれなれしいかと思ったんだけど」
「別にいいよ。俺のが年下だし、八木さんだと動物のヤギみたいじゃんか」
「それじゃこれからは光と呼ばせてもらうよ」
「おう!」
どうやらだいぶ心を開いてくれたみたいだ。きっと職のことが重荷になってたんだな。
「兄ちゃん? どうした?」
「いや、なんでもない。それより従魔術師のスキルだけど、ユニークスキルを除くと“契約”だけか」
「そうなんだよ。使ったことないけど、モンスターと契約したら意思疎通ができるらしい」
「……言っちゃ悪いけど、それだけか? モンスターを操るって話は?」
「契約したら意思疎通ができるから、それでモンスターに頼むらしい」
「頼む、ってことは魔法で無理やり従わせるわけじゃないのか」
「だからここで置いてかれても使わなかったんだよ。ゴブリンの言葉が分かっても助けちゃくれないだろうし。そもそも敵意があると契約が成功しないんだ」
「つまり、一度なだめるか倒すかして、捕まえたり手を貸すことを認めさせる必要がある感じ?」
「そう。戦闘はモンスター頼みだし、頼るモンスターを捕まえるのも1人じゃ捕獲できそうになくて……最初の避難所の連中には“寄生プレイ専門職”だとか、ストレートに“使えねぇ”って馬鹿した奴もいた。せめて戦力になるなら誰も下手な事言えなかっただろうし、母ちゃんや姉ちゃんにも苦労させなかったのにな」
確かに。光本人は良い子そうだし、人のために活躍できるような力があれば、避難所での扱いもまた違ってきただろうな……
でも、そうか。従魔術師っていうのが魔法で無理やりモンスターを従える職じゃないのなら、
「光。提案なんだけどその契約、俺に使ってみないか?」
「兄ちゃんに?」
「俺は人間だけど、スライム化のおかげでスライムにもなれる。俺には光に対する敵意はないし、この学校にいる普通のゴブリン相手に暴れられるくらいの力もある。だからもし契約ができれば、俺が戦うことで光を強化できるかもしれない」
いわゆる“パワーレベリング”というやつだ。光はモンスターと戦ったことがないという話だから、スキルの少なさもそのせいかもしれないし、ステータス持ちとして少し運動能力が向上するだけでも今後のためにはなると思う。
「どうだ?」
「やってみて損はないと思う。少なくとも俺には得しかない。けど兄ちゃんには負担ばっかじゃん」
「そこを気にするか」
「兄ちゃんが気にしなさすぎなんだよ。遠慮してるとかじゃなくて、ここは滅茶苦茶危険なの、本当に分かってるのか? そもそも俺にとってはあの武山とその仲間ですら戦ったらヤバイのに、その武山達もここは数が多すぎてヤバイって、俺を囮にしてまで逃げたんだぞ? 俺のためにゴブリンと戦うって、そこに飛び込むってことだろ。あいつらから身を守るために、あいつら以上に危険なところに飛び込んでどうすんだよ」
「……」
言われてみたら、確かに。
この学校はあいつらが逃げるほどの危険地帯。
あいつらが警戒したのは“数”で、俺の場合は突出した1人の“強さ”。
方向性の違いや相性はあるけれど、危険なことには変わりない。
卑怯者の称号で“ゴブリン単体は格下”と判断し、十分に安全策を考えてのこととはいえ……
・人であることへのこだわり
・安全性の高い戦い方の習得
これらが重なって少し気が大きくなっていたかもしれない。いや、なっていたんだろう。
新しく習得していた称号の“狂戦士の素養”がそれを物語っている。
主観だけど、その前から習得していた“暗殺者の才”とは対極にあるような称号だ。
「悪い、今気づいた」
「マジかよ」
信じられないという表情の光。
自己確認もかねてスライムの能力と事情も説明しておこう。
「――という感じだな」
ぶっちゃけ光を送って行くってのは自分のためでもあるから、気にしなくていい。
というよりも、俺のための行動を押し付けていたのかもしれない。
今考えると、光が言ったように“帰らない”というのも確かに1つの手ではある。
もちろん自棄になるのは良くないけれど、どこか別の場所に隠れて、敵対や戦闘を避けるというのは悪くない。以前の俺なら間違いなく戦闘回避を考えたり選んでいたはず。可能な限り鍛えておくのはまだしも、“交戦覚悟で送っていく”というのはらしくない。
ある程度の情報は聞いたとはいえ、相手の戦力が正確に分かったわけでもない。
デュラハンモードにも弱点はあるし、無敵ではない。
そんな状態で平気で人を殺そうとする危険人物に喧嘩を売りに行くような真似をするなんて、光の言う通り自殺行為に等しい。おまけに他人を巻き込んでなんて……最悪だ。
「これで“冷静に”とか、どの口がそんな偉そうなこと言うんだか」
なんか、自己嫌悪……だめだ、切り替えよう。
「そうだな……そういえばちゃんと聞いてもいなかった気がする。光はこれからどうしたい?」
「そりゃ、もちろん母ちゃんと姉ちゃんのとこに帰りたいさ。2人も心配してるだろうし……でも、そのまま帰ったらヤバイってのは分かる」
「なるほど。ならとりあえず“家族と一緒に生活できるように頑張る”って方向で考えるか」
「うん。俺もそうしたい」
「よし。じゃあ……」
こうして俺達は1つずつ、やりたいこと、できればやりたいこと、必要のないことを確かめ、今後の方針を考えていくことにした……