行動開始、そして覚醒
さて、俺は彼女を親元まで送っていくと決めたわけだが、そうなると“彼女の分の食料”に、自分と彼女の身を守れるだけの“力”が最低限必要になる。
そして幸いにも、どちらも見当はついている。
これまで積極的に危険を冒す必要性がなかったが、ステータス持ちはモンスターを殺すことで徐々にだが強くなる事が確認されていた。
保存の利く食品などの物資は、まだ生き残りがいた頃に皆で必死に掻き集め、拠点としていた本校舎に運び込んだ記憶がある。
そしてその本校舎は今現在、ゴブリンの巣窟……つまり、本校舎のゴブリンを殺しまくるついでに物資を回収すれば一石二鳥というわけだ。
しかし、いきなり連中の巣に飛び込むのは流石に無謀が過ぎる。
というわけで――
「グヒッ!?」
「ギャギャッ!!」
「グァーッ!」
「そらっ! セイッ! もう一発!」
俺は光の進入による警戒で、外をうろついていたゴブリンに対し、部室棟3階の窓から大きめの石や適当な重いものを投げつけている。
この位置からの投擲攻撃は重力+スキルの補正で、容易にゴブリンの命を奪える。
そして向こうからの攻撃はほぼ届かず、威嚇するのが精々だ。
称号曰く、俺は卑怯者らしいし、卑怯者には卑怯者の戦い方があるのさ!
「おっと」
だけど一方的に攻撃することばかりに集中していてはいけない。
外で威嚇する奴らとは別のゴブリン達がやってくるので、その前に身を隠すか移動する。
今度は2階へいくかな……
スライムの体も慣れると人間はもちろん、ゴブリンでも入れない狭い隙間に入れるので実に便利。具体的にはピンポン玉くらいの核が通れる場所なら通れる。そんなスライムの体を駆使して隠れ、敵をやり過ごしながら気配の動きを感じ、次の場所へ移動。
ついでにこうして戦いながら逃げ隠れした結果、新たな発見もあった。
どうも同じ種類、同じ姿のゴブリンでも個体ごとに“気配の大きさ”が違い、さらに観察したところ、気配の大きさは“敵の強さ”、そして同時にゴブリンの装備や社会との関係も見えてきた。
大半のゴブリンは素手か、どこかで拾ったような石や棒切れなどを持って行動しているが、たまにちゃんとした剣や弓などの武器を持っている奴がいる。そしてそういう武器持ちのゴブリンは他の個体よりも強く、有象無象のゴブリン達を指揮する立場にいるようだ。
暫定的に武器持ちのゴブリンを武器によって、アーチャー、ランサー、ソードマンと呼ぶ。
「2階に到着、っと」
気配を察知しながら安全そうな方に来たら、美術部の部室だ。
椅子やイーゼル、石膏像も軽く砕けば手頃な石になりそう。
他にもデッサン用なのか、網や瓶など投げ落とすには丁度よさそうな物が沢山あった。
窓の外に敵がいるのを確認して、早速高所からの攻撃再開だ。
「ふっ! ふっ! そらっ!」
このやり方で50匹は軽く殺したおかげか、これまでになく自分が強くなったのを感じる。
殺す前と比べて明らかに体が軽く感じるし、石膏像のような重いものも軽々持てた。
「!」
頭上の気配を察知。3階に向かったゴブリンを率いるゴブリンランサーが、上の窓から身を乗り出して俺を狙っているようだ。
分かってしまえば当然避ける。
さらに槍を掴んで、ぶら下がるように全体重を乗せて引いてみた。
「ギャアアァ――グゲッ!」
……武器を奪いたかっただけなのだけれど、穂先を届かせるために身を乗り出していたのが悪かったんだろう。柄の先を持っていたランサーが窓の外を落ちていった……あ、しかも下にいた奴を1匹巻き込んでる。
ま、まあラッキーだ。幸運の称号の効果かもしれない。
とりあえずここはもう移動するとしよう。
せっかく奪った槍は金属製で使えそうなので持ったまま、再びゴブリン達の包囲を掻い潜る……
■ ■ ■
場所を移して、とうとう本校舎に侵入成功。
ここまで来たのは本当に久しぶりだ。
だけど、危険を冒すだけの利益はあった。
まだ目的を達成したわけではないけれど……ひとまず休憩しよう。
だいぶゴブリンを殺したことだし、スキルの成長を願ってステータスを開いてみる。
「おっ?」
――
名前:佐藤浩二
職業:異端者
スキル:スライム化・喧嘩殺法Lv2・投擲Lv3・隠密行動Lv2・気配察知Lv2
称号:幸運・卑怯者・外道・暗殺者の才
――
喧嘩殺法が1、投擲が2上がってるし、隠密行動やら気配察知を覚えて、これももう2になっている。さらに称号も酷いのが増えてるな……
“外道”
卑怯者という言葉ではもはや足りない卑劣漢。
自分より弱い相手ばかり、常に有利な状況で、一方的に葬り続けた者に与えられる称号。
格上、対等、またはそれに近い相手と戦い続ければ消失する。
“暗殺者の才”
目的のために手段を選ばず、また自らの手を汚すことも厭わない者に与えられる称号。
隠密行動や気配察知など、斥候系スキルの習得・成長に補正がかかる。
与えられる力は力でしかなく、その正邪を定めるは汝の心向き也。
「ん、ん~……?」
なんか、違和感がある。
新たな称号の内、外道は卑怯者の上位互換っぽい。
そして俺の行動を非難というか、罵倒されているように感じる。
追加の恩恵もなし。
それに比べて暗殺者の才の説明文は、手段を選ばないとは言っているけど、そこに非難や罵倒の意思を感じない。それはそれで認められているというか、最後の一文で俺の心次第と言ってるみたいだし、そもそも書き方が違う?
誰が書いてるか知らないが、まるで別人が書いたみたいだ。
……まぁ、どうでもいいか。
とりあえず、使えるものは使わせてもらうしかない。
「さて、もう一頑張りしよう」
スライム化して詳しく気配を探る。
部活棟で暴れたために、敵は向こうを重点的に探しているようだ。
しかし、さすが本拠地。今もかなりの数が校舎内に跋扈している。
3階より上には跳びぬけて強い気配もある。おそらくそれがボスだろう。
だが、目的はかつて集めた食料の保存場所。
その大半は上ではなく、廊下を突き当たった先にある。
現在地である理科準備室から、廊下を通ればほぼ一直線。
そこが“調理室”だ。
ここから先は……おそらく敵との遭遇は避けられない。
だが、そのために外道と呼ばれるほど一方的にゴブリンを殺した。
大騒ぎになって追われるリスクを覚悟してまで、力をつけた。
だけど、この理科準備室に隠れたのは何かの運命かもしれない。
ただの体力頼みでなく、もっと効率的かつ有効にスライム化を活かす方法。
そしてゴブリンと戦うための策が、ここに来た瞬間に閃いていた。
■ ■ ■
10分後
(おらああああああああっ!!!!!)
「ギャー!?」
「グワァー!!?」
「ギッ! ギィイッ!?」
(そらそらぁあああああああ!!!!!)
俺は完全に包囲されないよう、校舎内を駆け回りながら、ゴブリン達を蹂躙していた。
(ははは! 思った以上にデュラハンモードはいいな! 我ながらよく思いついたと自画自賛したい! って思ってる時点でしてるな!)
これまでにないほど暴れまくったせいか、少々テンションがおかしい自覚はある。
しかし無理もないだろう。デュラハンモードと名づけた今の状態の俺は、スライムの長所と人間の長所を上手く合わせることに成功している。以前の実験もあったからこそだと思うけれど、いわゆるチート状態だ。
普段の探索スタイルは、片腕の肘から先をスライム化して気配察知の精度を上げる。
だが、今は体の支えとなる骨と体を動かすための筋肉に、それを保護する皮膚以外。
つまり頭部、内臓、血管、神経、ついでに男の象徴とも言われる部分をスライム化。
こうすることで四肢の運動能力、スライムの感知能力はそのまま据え置き!
脳や心臓、みぞおちや動脈といった多数の人体急所を核の一箇所に集約!
さらに肺や血管をスライム化したことで常に無呼吸での全力行動が可能!
おまけになくなった内臓の分、ちょっとだけ体内に収納スペースができた!
これも理科準備室の骨格標本と人体解剖図のおかげだね!
ちなみにまともに戦ってから気づいたけれど、怪我をしてもスライム化すればその部分はすぐに修復できるし、スライム化した部分や体に痛覚はない。再生能力万歳だ。体内の核を破壊されなければ即死はしないし、他の部位を失ったとしても、核さえ守れれば元に戻るだろう。
正直、かなり人間の枠から外れた戦い方だと思うけど、心が人間なら問題なし!
肉体の変化なら既に覚悟完了! いくらでもやってやるさ!
「ギシャア!!!」
(っ! やりやがったな!!)
決死の覚悟? で飛び込んできたソードマンの一太刀が右肩を掠める。
咄嗟に蹴り倒して、残った左腕で槍を振り、頭蓋を叩き割る。
ソードマンは動かなくなり、俺の傷はスライム化して元通り。
今のところ大した問題ではないけど、俺には技量が伴ってないな。
こればかりは一朝一夕ではどうにもならないと思うけど、少し考えて戦おう。
「ギッ……」
「ギ、ギィ……」
多数の仲間と実力者が目の前でやられたからか、明らかな怯えを見せる有象無象のゴブリン達。
そろそろ頃合いかな……上の方も気配がざわついてるし、食料を盗ったら一旦外に逃げたように見せかけてプールに戻ろう。