侵入者の少女と外の状況
プールの機材室にたどり着いたので、ノックをして、警戒しながら扉を開く。
「入るよ」
気配があるので、先ほどの女の子が中にいるはず。
そう思って部屋に入り、見えたのは……男の子?
……いや、髪を雑に短く切っているから、そう見えるだけか。
見たところ小学生、もしかしたら第二次性徴期も来ていないくらいだ。
服装もTシャツ、短パンにジャケットと男の子っぽい格好だから、外見じゃ分かりにくい。
よく日に焼けた肌はモンスターが現れてから苦労したのか、元からか知らないけど、活発そうな印象を受ける。
「兄ちゃんがさっきの放送の人?」
「あ、ああ、悪い。自己紹介がまだだったな。俺は佐藤浩二。この学校に通ってて……まぁ、色々とあってここに隠れ住んでる」
「は? ここに住んでる? マジで言ってんの? ここはだいぶ前からあのモンスターの巣窟だって聞いてるけど」
口調は荒いというか、生意気そうな感じだけど、こんな状況で見知らぬ男と2人きり。
しかも彼女はつい先ほど、仲間に裏切られたばかり。
俺も“幸運”や“スライム化”がなければ、住み続けるのは無理だっただろうし、不審に思われるのも無理はない。あまりこちらの手札は晒したくないけれど、下手な嘘をつくと面倒になりそうだ。
仕方なくここで起こった生き残り同士の争いと、その結果俺がこの部屋に取り残されたこと。そしてゴブリンの生態とプール付近に近づかないことを説明。
「そこのパイプに手錠が残ってるだろ? そこに繋がれてたんだよ。スキルのおかげで、数の減る夜だけなら見つからずに動けるしな」
「……俺やゴブリンの居場所も分かってたし、探知系のスキルか……」
「こっちからも聞きたいんだけど、君の名前は? あとどうしてここに来たんだ? さっき“ここはだいぶ前からあのモンスターの巣窟だって聞いてる”って言ってたし、危ないのは知ってたんだろ?」
「俺は、八木光。薬を探しに来た」
「薬?」
「姉ちゃんが倒れたんだ。熱が高くて、でも薬がもらえなくて」
「どういうこと? いや、お姉さんのために薬を探すってのは分かるんだけど、それならこんなモンスターの巣に入ってこなくても薬屋とかに行った方が、っていうかそもそも薬が手に入らないって、外の状況はどうなってんだ?」
「……兄ちゃん、なにも知らないんだな」
「ここに引き篭もって長いからな。まだ生き残りが多かった時は、避難物資のラジオとかで情報収集もできたんだけど、その頃は世間も混乱してて、モンスターが出たとか、ステータスのことしか分からなかったし」
「よりによって“穴”の近くの学校だし、そういうこともあるか……」
「穴?」
「俺もそんなに詳しくないけど、できるだけ最初から説明してやるよ。じゃなきゃ余計に時間かかりそうだし」
「助かる」
こうして彼女から外の情報を聞くことができた。
しかし、内容をまとめると“外の状況も今の俺とあまり差はなさそう”という結論に至る。
事件発生当時……数が多すぎたり、猛毒をもっていたり、種類によっては警官隊の拳銃も効果がない。そんな相手がなんの予兆もなく、突然日本各地に現れて無差別に人を襲い始めるという事態に、警察は被害状況の把握と避難誘導で手一杯。
電線や水道といったインフラの維持も作業員が襲われてしまってはままならず、テレビ局やラジオ局、国会や首相官邸など場所を選ばず、あたりまえのように姿を現しては暴れ回るモンスター達に、政府の対応も後手後手になってしまった。
最善を尽くそうと行動する間にも被害は増え続ける一方で、新たに未知の力であるステータスやスキル、それを持つステータス持ちが現れたことにより、社会はさらに混乱。
そこで生き残った人々はひとまずモンスターに対抗できる戦闘力があり、なおかつ身近にいた“ステータス持ち”を頼り、コミュニティを形成して生き残ろうとしているのだとか。
そしてそんな生活の中、見つかったモンスターの発生源。それが先ほど出てきた“穴”。
“穴”には洞窟のようなタイプが多いけれど、稀に建造物のような物も確認されている。
“穴”から近いほどモンスターに遭遇しやすく、被害も大きくなる傾向にある。
ちなみにこの学校から徒歩5分ほどで着く公園にも1つあるらしい。
発見当初は“ダンジョン”とも呼ばれていたけれど、生きるので精一杯の人々には探索や攻略をする余裕も力もなく、現状ではただモンスターが出てくる穴でしかない。ということで“穴”とよばれるようになったとか。
「俺達のグループは大きい方だと思う。避難所だし、今は警察の人が主導で運営してるって聞いてる。だけどリーダーが警察の人だから、生き残った人は見捨てられないらしくて、よっぽどのことがない限り来た人は受け入れて、その分日に日に食料や物の管理と分配が厳しくなるし、喧嘩もどんどん増えてる。大人がそんな文句を言ってた。
それに探索は危険だから子供のすることじゃない、危険な探索に子供を行かせるなんて大人のすることじゃない、だから子供は大人の言うことを聞いておとなしくしてろ、って感じ。
そのくせ姉ちゃんのために薬が欲しいって相談窓口の人に言ったら、ステータス持ちでもない、何の役にも立たないガキにやる薬の余裕はない! って言われて追い返された。何もさせてくれねーのは大人なのにさ……」
「……酷いな」
大人が子供をできるだけ危険に晒さないようにするのは分かる。子供に危険な役を押し付けて、安全なところでのほほんとしてる大人がいたら、見ていて気分が悪いだろうし、進んでそんな人間になりたいとは思わないだろう。
だけど、それで大人しくしている子供を役立たず扱いするのはどうなのか。
まぁ、多くの人が集まれば多くの意見が出てくる。
子供を守るのが多数派の意見、彼女に暴言を吐いたのは少数派……であって欲しい。
それに外もそういう状況なら薬や物資、処置のできる人手が足りない、または将来足りなくなることを考えて、確保と節約に走る事は十分に考えられる。
とにかく彼女が薬を求めて、捜索に来たことに嘘はなさそうだ。
しかし、
「聞かれたくない事だとおもうけど、一緒にいた大人は?」
「あいつらは……ダメ元で薬を分けてくれる人を探してたら、声をかけてきたんだ。物資探しを手伝ったら分け前をやるって。もしかしたら薬が回収できるかもしれないし、そうでなくても俺達の手伝いをした、役に立ったってことで、薬を回してくれるように大人同士で話し合ってくれるって」
「……質問が戻るけど、どうして街の薬屋とかじゃなくて、この学校に?」
「最初はもっと安全なところにいたんだけど……"モンスターが少なくて比較的安全な店はもうほとんど荒らされてるから、危険な場所の方が物が残ってる可能性が高い。それに学校の保健室なら、確実に子供用の薬も用意してるはずだ”って言われて」
なるほど……
「あまり言いたくないけど、そいつらはたぶん」
「分かってるよ。嘘だったんだ。あいつら逃げる時に“やっぱりここはダメだな”、“餌を用意しといてよかった”って言ってたし。最初っから逃げる時間を稼ぐために俺をつれて来たんだろ」
自分で言って、悔しげに顔を伏せる彼女。
俺は俺でどうしていいか分からず、無言になってしまう。
必要なことだと思ったけど、やっぱり余計なことを言っただろうか?
置き去りにされてるんだし、俺が言わなくても分かってるよな……
俺から見ても、大人達が彼女を置き去りにした時の一連の行動はスムーズすぎたし。
……まだクラスメイトの生き残りと行動していた頃、ゴブリンに対して女子は特に気をつけるように、男はできる限り女子を守るようにと言われていた。
それはもちろん、男のプライド的なこともあったと思うけど、最大の理由は“ゴブリンは女子を性的な意味で襲う”という噂があったからだ。
こういう状況を題材にして書かれたライトノベルでは定番の設定だそうで、当然ながら検証されたわけではないけど、まさにライトノベルのような状況になっている最中では無視できなかった。
尤も、そんな設定がなくても命の危機ではあるのだけど、
「考えれば考えるほど下種だな。女の子をゴブリンの囮にするなんて」
「ッ!」
「え?」
唐突にうつむいた顔が跳ね上がる。
「っ! ごめん! 今のは配慮に欠けた発言だった」
「そうじゃねぇよ! 何でお前、俺が女だって分かったんだ!?」
はい?
「……あー、もしかしてその格好とか喋り方、わざとだったの?」
「……こんな状況だし、変なこと考える野郎が出てきてもおかしくないから。姉ちゃんが男のフリしとけって……じゃなくて、何で分かったんだよ!」
「スキルで様子を見てたときから、女の子と分かってたんだよ。俺も上手く説明できないけど、男とは明らかに気配が違うんだ。」
「スキル、スキルか。スキルじゃあ、仕方ねぇか……」
「なんか、申し訳ない」
「いいよ別に。服や髪はともかく、喋り方は元々こんなんだし。学校では男女とか呼ばれてたからな。見破られると思わなくて驚いただけさ。
それに兄ちゃんは俺を助けてくれたわけだし、あいつらみてーに俺をゴブリンの餌にしようとは思ってないことくらいは分かる。あの放送ができる場所に行くだけでも危なかったんだろ?」
「なんというか、察してくれてありがたい」
「分かるっつの。俺はゴブリンの群れの中を走って逃げてきたんだぞ。兄ちゃんの案内がなかったら、捕まって死んでるよ」
そう言って大げさに笑顔を浮かべてみせる。どうやら思ったよりも心が強い子のようだ。
あのままでは正直、いたたまれなかったので助かった。
しかし、これからどうするか? 本人に聞いてみると、
「え? 普通に帰りたいけど……そっか、ゴブリンがいるか」
「いや、そっちは騒ぎが落ち着けば外に出るチャンスはある。それより学校の敷地外に出てから帰り着くまでの間と、帰ってからが問題だ。逃げた大人達と同じグループなんだろ?」
「あっ! そっか、あいつらが生きて帰ってたら」
「俺が放送機材を使う直前には、連中の気配はもう校内から消えていたから、たぶん生きてるだろうね」
もしあの放送が耳に届いていたら、どこかで様子を見ているかもしれないな……
まぁ、彼らの気配は覚えているから、それは調べれば分かる。
それより問題なのはさっきの2つ。
あいつら人格はクズだけど、全員それなりに戦い慣れていそうだった。
中でも指示を出していた1人はなんというか、気配が別格だったような気がする。
「あいつらと戦うことになったとして、勝つ自信あるか?」
「……ない。兄ちゃんにはもうバレてると思うから言うけど、俺はステータス持ちで、スキルは“脚力増強”。走る速さや跳んだ時の距離、あとは蹴りの威力が上がるだけだから……不意を突いて急所蹴りができれば1人は、ってとこかな……」
ああ、再び悔しそうな顔になってしまった。
「俺も似たようなもんだよ。ここに引き篭もって、出歩くときは逃げ隠れしてばっかりだし。おかげで“卑怯者”なんて称号までついたくらいだからさ」
「そっか……その称号、うちのグループの大人も大勢持ってるから、あんま気にすんなよ。うちの母ちゃんは……」
母ちゃんは、の続きが出てこない。
「どうした?」
「母ちゃんは、安全が第一だって言ってた。けど俺、こんなとこ来ちまったから、帰ったらマジ怒られる」
「ああ……っていうか、お母さんいたのか!?」
ぜんぜん話に出てこないし、1人でこんな無茶してるからてっきり亡くなったと思ってた。
「死んだとか一言も言ってねぇし。ただステータス持ちじゃないから立場が弱いんだよ。朝から晩まで仕事して、見下されて、毎日必死で俺らの分の食料を確保してくれてる。それだけで限界なんだよ」
「なるほど」
もうそのグループ自体が限界なんじゃないか?
1人の話で色々決め付けるのもどうかと思うけど、崩壊しそうな気がしてならない。
近いうちにうちの学校の二の舞になっていそう。
「……どの道すぐには出られそうにねーし、少し休んでもいいか?」
「ああ、何もないけど遠慮もしなくていいから」
ちょうどいい、俺も休もう。
情報量もそれなりにあったし、頭を整理する時間が欲しい。
「あ、そうだ兄ちゃん、これやるよ。助けてくれたお礼。こんなものしかなくて悪いけど」
そう言って彼女が投げてきたのは、コンビニなどでよく10円で売られていた、小さな四角のチョコレートだった。