侵入者
翌日
帰宅? から一眠りして、目覚めた明け方。 昨夜の成果を確認する。
「えーと……まず、手芸部の部室から拝借した“手提げカバン”だろ? それに漫研から“漫画”が数冊。それから……あった!」
それは土台となる板や機械の配線に説明書がセットになったビニールの袋。
表面には、“簡単!鉱石ラジオ作成キット”と書かれている。
他に必要そうな工具も持ってきた。
「これを組み立てればラジオが聞ける」
実際にこういう工作はやったことがないけど、説明書があれば何とかなるよな?
……欲を言えば、パソコンが使いたかった。
一応見つけはしたけれど、ネットに繋がらないものばかり。
電気はあっても、それではほとんど意味がない。
ただ今の時代、PCがネットに繋がらないなんて……外の状況は思ったよりも悪そうだ。
最低でもモンスターが現れて一ヶ月以上経ってるわけだしなぁ……
とにかく、これで聞けるならラジオが聞きたい。
暇つぶしがてら、やってみよう。
■ ■ ■
休憩を挟みつつ、鉱石ラジオを作ってみた。
……しかし動かない。
「おかしいな。これでいいはずなのに」
セットの説明書通りに組み上げたはずだし、足りない部品もなかったはず。
だけど実際はうんともすんとも言わない。こうなると何が問題なのか。
分からないことが分からない状態になってしまった。……ちょっと気分転換するか。
「1,2,3,4」
気分転換には筋トレだ。漫画も持ってきたが、先は長いので早々に読んでしまいたくない。
それにスライム化を得てから筋トレをした結果、急速かつ健康的に体が絞れた気がする。
これはもしかすると、気配察知と同じく再生能力の効果があったのかも?
人間の体では本来の10分の1かそれ以下の僅かな効果だとしても、筋トレで壊れた筋繊維が再生能力ですばやく修復されるとしたら、いわゆる“超回復”に近い効果が得られるかもしれない。そうでなくても、こんな状況なら鍛えておいて損はない。
せっかくなら効果があってほしいと願いながら、さらに筋肉をいじめ抜く。
この辺は毎日の部活でもやっていることなので、慣れたものだ。
プールが使えるとなおいいんだけどな……?
「何だ?」
スライム化もしてないのに、外から感じる気配が急に強くなった。
こちらに近づいてきている様子はなさそうだけど、それが理解できるくらいに。
何があったのか、とりあえず完全スライム化で様子を――!!
(なるほど。本校舎の昇降口にゴブリン以外の気配が6。大人5人と女の子が1人? 変な組み合わせだけど、人間の侵入者がゴブリンに追われてる)
何が目的か知らないが、彼等の侵入に気づいたゴブリン達の気が立っているんだな……そのせいというか、おかげというか、状況がよく分かる……ッ!?
幾重もの壁で阻まれた遠方の光景を、まるで直に見ているように感じるほどのスライムの感知能力に脱帽。と同時に、その感知能力の高さが恨めしくなるような光景を感じ取る。
(嘘だろ!? 子供を囮にしやがった!!)
殴られた上に、おそらく魔法? で足に何かが絡まり動けない様子の女の子は、大人達と自分の足を交互に見ては叫んでいる。しかし殴り飛ばした男は彼女に目もくれず、仲間に指示を出す。
そして校舎内の廊下にいた大人達は外へ一目散に。ゴブリンが目前まで迫ってきたところで、女の子は暴れた末に足の拘束が外れ、別方向に猛スピードで疾走。その速さは俺の知る陸上部のエースよりも速く、あっという間に追手を振り切った。
(ほっ……ひとまずは大丈夫そう、でもないな)
猛スピードで移動する彼女は、足は速くても場当たり的に逃げているだけだ。多くの敵を見かけたら方向を変えて、少数ならスピードに任せて強引に突破している。おかげでどんどん騒ぎが大きくなっているし、ゴブリンも本校舎に集まっていく。
あのスピード、それに世界がこんな状況の中、大人に混ざって出歩いている時点で間違いなく“ステータス持ち”だろうけど、このままじゃいつか包囲されるか、体力の限界が来る。そうなったら十中八九アウトだ。
(どうする? 助けようにも本校舎にはゴブリンの群れがいる。それに完全人間状態でも、あのスピードには追いつける気がしない。でもこうして考えているうちに、刻一刻と……刻一刻? 時間、時計……!!)
ここで普段、授業を受けていた教室が思い浮かぶ。
学校の教室はどこのクラスも学年も同じ構造で、時計があるのは常に黒板の右上。
そんな時計の隣には、校内放送用のスピーカーがある。
そこにたどり着いた瞬間。俺は人間に戻り、武器のみを携えて。全速力で部活棟を目指した。
■ ■ ■
「っしゃあ!」
本校舎にゴブリンが引き寄せられているおかげで、無事に目的地の“放送室”に到着。
複雑な機材のことはよく分からないけれど、日常的に放送部が使っているから基本的なセッティングはされているはず。
ご丁寧に放送で頻繁に使うボタンには間違えないように小さな付箋が張ってあるようだし、電源とマイクくらいなら、マニュアルがなくても見れば分かる!
あとは適当な椅子に適当な本か何かを積んで、完全スライム化。
さっきの子は、まだ生きている。敵が多くて囲まれかけているけど――
「あー、あー。校内に侵入した女の子! 聞こえるか!?」
声帯から口まで。発声に関わる器官だけをイメージしてスライム化を解き、声を放送。
するとちゃんと放送できたようで、女の子が隠れていた部屋のスピーカーに目を向けるのが感じられた。
「時間がないので自己紹介は省くけど、こちらは君と一緒に来た仲間じゃない人間だ! 君の位置と敵の位置が分かるから、この放送を通して安全な場所に誘導する! 移動速度は君の方が圧倒的に速いから、上手くやれば逃げられるはずだ!
信じてくれるならその部屋を出て左! そしてすぐ見える角を右に曲がってくれ! 敵はこの放送を理解していないから、突然の声に動揺している! 今なら抜けられるから急いで!」
ついさっき仲間に裏切られたばかりの子に、信じろというのも酷かもしれない。
でも俺にはこうして呼びかけるしか方法がないので、とにかく呼びかける。
……! 動いた! 少し迷ったようだけど、彼女は俺の指示に従ってくれた。
「ありがとう。ゆっくりでいいから、そのまま進んで。敵は今、その数をどんどん校舎の外に出して、学校の敷地内から逃がさないように動いているみたいだ。その分、校舎の中は敵が減っている」
敵の分布。移動ルートの選択。手近な部屋に隠れる。出るタイミング。
体の各部位を連動させて、抵抗のある水中を泳ぐように。
些細な状況の変化に神経を配り、指示を出し続ける。
道中、何度か危ない場面もあった。しかし、
「今だ! 一気に走り抜けろ!」
物陰から飛び出した女の子は、事前に指示したルートを通りプール、そして俺が使っている準備室へと駆け込んだ。
「そこまで行けば、他より安全だ。俺もそちらへ向かうので、少し待っていて欲しい」
機材の電源を切り、再び俺は部屋を出て、元いたプールの機材室へ。
さぁ、もうひと頑張りだ!