襲撃者
まずいな……駅のホームに現れ、こちらを取り囲む10人。何者かなんて聞くまでもない。
彼らは明らかな敵。そして気配からして全員がステータス持ち。
しかもそれぞれが鉄パイプやバットにナイフなどの近接装備だけでなく、クロスボウを所持。
逃げ道は完全にふさがれている上に、包囲を突破できたとしても狙い撃たれそうだ。
それに装填された一部の矢から妙な気配を感じる……何か塗ってある? 毒?
スライムの体でも受けるとまずい、そんな気がする。
人数的にも戦力的にも、状況はあちらが圧倒的有利。
それを自覚しているからか、ほとんどはニヤついた顔で線路に下りた俺達を見ているだけ。
「お前、今のよく避けたなぁ」
「!」
ガラの悪い男が声をかけてきた。
先ほどの矢は咄嗟に体が動かなければ、頭を打ち抜かれていた。
普通の人間なら即死だ。
仲間がそんな攻撃を放った相手に対して、軽い調子で問いかけられる神経がわからない。
けど、現状では他に選択肢もないので質問に応じる。
「勘は鋭い方だからな……って、ここまで囲まれていることに気づけなかったようじゃ、偉そうに言えないか」
「いやいや、自分を卑下することはないと思うぜ? なぁ?」
ここで男が目を向けたのは、見覚えのある高校生の1人。
彼はバットを抱きしめるように持って、怯えた様子で返事をした。
「はい! 間違いありません! “認識阻害”はちゃんと利いていたはずです!」
すると男は舌打ち。
「テメェの能力バラせとまでは言ってないんだが」
「オイコラ馬鹿かテメェは!! ヤキ入れんぞ!」
「すっ、すみません!」
「あーもういい、やめろ!」
男が言った言葉に追従して不良少年が動き、それを鬱陶しそうに止める男。
どうやら彼らの力関係は、
ガラの悪い男>不良少年達>高校生3人という感じで、上に下は服従のようだ。
高校生の3人は無理矢理言うことを聞かされているみたいだから、隙を作ってやれば反乱を起こすかもしれない、けど頼りにはできそうにない。
不良少年達は短気なようだけど、男は落ち着いているというか、まだ話ができる?
尤も、本当に話して分かる相手なら襲撃なんてしてこないだろうけど……
「言っちまったものは仕方ない。聞いての通り、そいつがお前の気配察知とか探知系のスキルを妨害して、自分だけじゃなくて仲間の存在も隠してくれる。クッソ便利なスキルを持ってるわけだ」
「だから囲まれてるのにも気づかなかったわけか」
「そうそう。俺らがずっと待ち伏せしてたのに、気づかなかったろ? だからスキルの効果はあったはずだし、狙われてるのにも気づいてなかったはず。それでよく避けられたもんだって、本気で感心してるんだぜ?」
本当に自然体という感じで語りかけてくるのは、余裕だからか?
「わざわざ俺達を待ち伏せして、あんたらはここからどうするつもり?」
「男は殺して女は連れてく、って予定だったんだけどな……ちょっと気が変わったわ。お前さ、俺らの仲間にならねぇ?」
「は?」
「兄貴!?」
不良少年達まで驚いている。
本当に男の気が変わって、予定にない提案なんだろう。
「ぶっちゃけると俺個人は、お前らがどこへ行こうと知ったこっちゃないんだ。ただそこの中坊6人が、そこの女の子にご執心でさぁ」
『へへへ……』
「ッ!」
にやける男子達を、娘の真夜さんは気丈に睨みつけ、
「だ、だったらぁ痛っ!? ちょっと何すんの!?」
おそらく自己犠牲的なことを言おうとして、母親の朝美さんにぶん殴られた。
「なに勝手で馬鹿なこと言おうとしてんのよ。あんた1人で犠牲になるなんて許さないからね」
「俺も朝美さんに同意。そんなことより、連中と知り合い?」
「そんなこと……うちの学校の不良グループで、以前何度か言い争いになったことがあります。避難所にもいたので一時期は仕方なく顔を合わせていましたが、彼らが人目を避けて暴行や恐喝をしていたことが露見して姿を消したので、それっきり。まさか狙われていたなんて」
「ついでにその男は、物資回収班のエース級で、プロボクサーだったはずよ……気をつけて」
なるほどね。
「その子の言った通り、こいつらは避難所で馬鹿正直に悪さをして避難所にいられなくなった連中でな。ルールに縛られず動ける奴がいると便利なんで、腕づくで従わせた。ただ勘違いしないで欲しいのは、寝床や生活の世話もできる限りはしてやってるし、役に立てばその分しっかり甘い汁を吸わせてやるのが俺のやり方だ。
今回だってこいつらが“あの滅茶苦茶ヤバイって噂の穴の近くから逃げてきた奴が女に協力してる。自分らだけじゃ戦力に不安がある”って言うから呼ばれて来てやったわけだし、いわゆるwin-winの関係ってやつ?」
win-winかどうかは知らないが、男の目的は部下への飴と鞭の飴っぽいな。しかし、そこの不良少年らはイキがってる癖に“自分らだけの力じゃヤバイかも”って泣きついたのか? 女性を力づくで、ってのがそもそもどうかと思うが、他人の力でってのはさらにどうなのよ……
「ま、そっちも納得できないことはあるだろうけどさ、よく考えてくれよ。せっかく無事なら、無駄に暴れてお互い怪我することもないだろ? それにこいつらは女目当てだし、俺も協力してるわけだが、節度は守らせる。ちょっと遊んでポイとか、死ぬような荒い使い方はもったいないし無駄だからな。なんだったら、お前がそのへん管理してもいいぜ?」
「……確かに、現状こちらが不利なのは誰が見ても明らか」
不良少年達が愉悦の表情を浮かべる。そして背後で2人の緊張が高まるのを感じる。
「――“だが断る”」
こういうときの返事は、これに決まってるよな?
信用できないし、はいそうですか、と受け入れられるわけがない。
瞬時に不良少年、そして後ろの2人の反応が変わる。
だが、目の前の男だけは気にした様子もなく、なぜか大声で笑い始めた。
「あっはは、ああ、うん、まぁそうなるよなぁ? そこですぐに手のひら返すような奴だったら、逆に信用できないところだ。そういう奴は結局、自分の身がヤバくなったらまた裏切るに決まってる」
男はそう言いながら、駅のホームから飛び降りて線路へ。
そして俺の正面へと立ち、足場や両手のバンデージを確かめている。
俺が断った以上、やることは1つ……もう少し時間稼ぎをすべきだったか?
「2人とも、下がって」
槍を構えて伝えると、2人は少し迷った様子だけど、ゆっくりと距離を開けた。
「俺が言うのも変だけど、なるべく死ぬなよ? “気に入った”ってのは嘘じゃねぇし、使えそうな奴を殺すなんてもったいないだろ?
あ、ちなみに戦うのは俺だけだから安心しな。決着がつくまで後ろの女にも手出しはしねぇし、こいつらにもさせない。まぁ、女が逃げようとしたり手を出してきたら別だけどな」
……まさかの1対1? 数の利を活かさないのか? 本当に何を考えてるのか分からないな。
「全員でくれば確実だし早く終わると思うけど?」
「ただの喧嘩ならそうかもしれないが、世の中変わっちまったからな。例えばうちの中坊の1人。職が“ストーカー”でさ、条件を満たすと対象者の居場所を常に把握できて、対象の様子を覗き見たり、対象の周りの音を聞いたり……つまり盗撮と盗聴ができるんだわ。道具なしで」
「うっわ、キモっ!」
朝美さんが超ストレートに思ったことを口にした。分からなくはないけど、その一言で密かに気配を変えた奴がいる。ストーカーはそいつだろうな……こちらの情報が漏れていた理由が分かった。
「マジでわけわかんねーよな、スキルって。でもそういうわけわからんスキルがあって、運がよければただの中坊にも使えちまうのが“今の世の中”だ。
そう考えたら、一斉にかかって妙なスキルで一網打尽にされる可能性だってあるだろ? だったら大人で一番強い俺が1人で様子見をする。間違ってないだろ?」
確かにそうかもしれない。が、
「大人とか言うなら、そもそもこんな襲撃とか子供の凶行を止めろと言いたい」
「ははっ、そりゃそうだ! ……んじゃ、そろそろやるか。周りの奴らは短気だからな……最後まで死ななかったら、たっぷり話そうぜ!」
そう聞こえた次の瞬間、男の姿が視界から消えた。




