避難所脱出
翌朝
再び避難所を訪れるタイミングを図るため、昨夜は必要な準備を終えた後、敷地外の少し離れた場所で完全ストーンスライム化。文字通り路傍の石となって夜を明かした。
そして現在、避難所の気配を観察していると、まだだいぶ早い時間にも拘らず、避難所の門の内側。建物に入る八木家の2人らしき気配を確認。
事前の打ち合わせでは、俺が毎日のように確認に行くと怪しまれる恐れがあるので、スライム化による感知範囲の広さを活用し、出発可能なら2人が門で待機するという話になっていた。
そんな彼女らの気配が門に近づいていると言うことは、出発できると判断したんだろう。
早速合流しよう、と思ったら……2人は建物の裏口から正面入り口へと移動する途中で止まり、動かなくなってしまった。どうも誰か……この気配は小池巡査か。何か話しているらしい。
とりあえず急ごう。ストーンスライム化を解除して、一気に避難所へ。
門の前には昨日とは違う男2人が立っていたが、
「知り合いがここにいるので会いに来た者です。入れていただけませんか?」
と言うと、ふたつ返事で通してくれた。
昨日のような対応をされたいわけではないけれど、これはこれで無用心過ぎないだろうか?
若干の違和感を覚えつつ、避難所の建物に入る。
「あら」
真っ先に俺に気づいたのは、2人と話していた小池巡査だった。
そして彼女は、朝美さんと真夜さんをこちらへ押し出すようにしながら近づいてくる。
「おはようございます。佐藤君、話は2人から聞きました。ここを出て行くと……道中、気をつけてくださいね」
その視線は質問を許さず、早く行けと言っているようで、
「……ありがとうございます。2人は」
「準備はできています」
「行きましょう」
2人もすぐに出発できるというので、そのまま建物を出て、門も出る。
こうして俺たちはあっさりと避難所の敷地外に出ることができた。
……けど、
「気づかれて、っていうか、聞かれてましたか? 昨日の話」
「そうっぽいわ。彼女、小声で謝ってたから」
「小池巡査がこっそりと教えてくれましたが、彼女は“聞き耳”というスキルを持っているそうです。詳細までは聞いていませんが、スキル名から想像するに……」
「まず間違いなく盗み聞きとか聴力の強化ですね」
やっぱり防音の甘いあそこで話したのは不味かったか。
しかし他に良い場所を知ってるわけでもないし、わざわざ外に連れ出したりしたらそれはそれでおかしいと思われただろうけど……
「でも、聞かれたのが小池巡査で良かったと思います。私達を引き止めるフリをして、先輩を待っている間、私達が絡まれないようにしてくれました」
「そうそう、面倒なやり取りもいらなかったしね」
確かに。聞かれたのが彼女だったのは不幸中の幸いだろう。
今のところ、心配していた不審な追跡者の気配もない。
彼女が何かしてくれているのだろうか?
そうだとしたら、2人を送ったらあの避難所にはもう関わるまいと思っていたけど、彼女にはお礼の一言を言いに行ってもいいかもしれない。
でも、まずはこの2人を無事に送り届けることが最優先だな。
「それで、道は大丈夫なの?」
「昨夜のうちに何度か行き来して、確認しました。ひとまず最寄り駅に自転車を用意しています。そこから一部線路か線路沿いの一般道を通って目的地へ向かいます」
線路上には枕木や砂利があり、自転車で走れなくはないが、適しているとは言いがたい。そこで自転車は専門店からオフロードタイプのものを調達した。
さらに線路にも俺のスキルを活用して少々手も加えてある……といっても大したことではない。家でやった防犯対策の要領で、線路の間をセメント化した体で覆って、舗装された道を作ったというだけのこと。
ちなみにそのための養分は元々線路上にあった砂利、つまり小石を吸収して都合をつけたので養分的にはプラマイゼロ。
ストーンスライムへと進化した事による変化は石化だけかと思っていたけれど、実は吸収能力にも影響があったようで、進化前なら飴玉を舐めて溶かすくらいの時間がかかっていた石を、スナック菓子くらいの感覚でサクサク吸収できることに気づけたのが、ちょっとしたプラスかな。
ただ、残念ながら全体を舗装するには時間が足りなかったので、踏切などから通れる一般道に出たり、逆に一般道から線路に入れるスロープを作ったりと部分的に、要所にだけ手を入れた。俺はこれでさほど問題なく行き来ができた。
念のために少々迂回をすることになるけど、基本は一般道のルートも用意はしてある。
とにかく様子を見ながら柔軟に、安全第一で進む予定。
「っと、ストップ……こっちへ」
避難所から一歩出れば、既にモンスターの徘徊する町の中。
いつも通り、モンスターを避けながら最寄り駅まで向かう。
追跡されてる様子は……ない。
ここ数日で慣れてきたのか、だいぶスムーズに案内ができて、特に問題なく駅へ到着。
駅の構内に入り、乗り場から線路へ。
営業していないのをいいことに、自転車はもう運び込んである。
ホームの下、通常は人が線路に落下した場合の緊急退避スペースに――
「っ!!」
スライディングをするように体が動いた。
それを自覚したのは、全ての行動が終わってから。
隠した自転車を回収すべく、隠し場所に近づいた瞬間。
気配察知よりももっと、“本能的なナニカ”が強く警鐘を鳴らし、体を動かした。
そして、直前まで俺がいた場所には、1本の矢が突き刺さっている。
――襲撃!?
「先輩!?」
「大丈夫!?」
「……嘘だろ」
人の気配が10、既に囲まれている。
モンスターのこともあるし、追跡にも注意していたのに。
「すみません。気づけませんでした」
俺がそう口にすると、もう身を隠す意味はないと思ったのか
「おい下手糞、なに外してんだよ」
「すっ、すいません!」
「まぁ、許してやれよ。今のはそいつらのヘマってだけじゃなさそうだぜ」
ガラの悪そうな男が1人。不良っぽい少年が6人。そして、
「! お前、もしかして佐藤……」
見覚えのある男子高校生が3人、駅のホームに姿を現した。




