環境と能力の詳細確認
翌朝
自室と言っていいほどに馴染んだプールの制御室内。
スライム状態での睡眠中に、プールに近づくゴブリン数匹の気配を感じ目を覚ます。
(ああ、もう補充の日か……)
ゴブリンはプールの消毒に使われる塩素の匂いが嫌いなようで、普段は近づいてこない。
だけどプールの塩素は紫外線で分解されてしまうため、放っておくと奴らの嫌う匂いも薄れて、奴らが普通に近づけるようになってしまう。一応、うちの学校は屋内プールなのだけれど、普通に窓から日光も入ってくるし、誤差程度にしかならないのだろう。
そして匂いが薄くなってくると、こうして数匹がまとまって様子を見に来たりする。これを防ぐには……人間の体に戻り、備え付けの薬品保管庫から取り出した塩素の錠剤を、空になった自動投与装置に補充するだけでいい。
「ギ?」
「ギッ、ギギ?」
「ギイ!? ギガッ!」
「ギッギイ! ギッギイ!」
おー、ゴブリン達の悲鳴が聞こえる……早くも効果が出てきたらしい。
プールの制御に関する機材がまとめて置かれたこの部屋もそうだけど、この学校はちょうど俺の入学直前に、数年かけた大規模な改装工事が終わったとかで、色々と機材が充実していてなにかと便利だ。
何よりも、そんな機材を動かすための“電気”がこの学校はまだ生きているのがありがたい。改装工事の際、屋上に太陽光発電パネルを設置したという話があったので、そのおかげだろう。
あの当時は他にも高性能の浄水機器を導入したとか、やたらとエコや環境への配慮をアピールしていた覚えがある。
今では使う人間は俺1人だし、本来の目的とは違うだろうけど、これにはひたすら感謝。
明かりがつくというのは精神的に大きなプラスだし、ここで隠れてゴブリンと同居? するというリスクを負うことを選んだ理由の1つでもある。
「さて」
これからどうするか……ゴブリンは追い払えても日中は出歩けないし、もう一眠りするか?
と、思ったけどもう眠くない。というか、スライムの体はよっぽど燃費がいいらしく、睡眠も必要ないっぽい。
スライム化すれば取り込んだ栄養が一気に体を癒すというか、もしくは人間の体に溜まった疲労物質までも養分として取り込んでいるのか……よくわからないが肉体的な疲れは吹っ飛ぶ。元気になる、とまでは行かないまでも、疲れてはいない状態になってしまう。
だからといって活動し続けていると、休みたい……とか、そういう精神的な疲労は残るようなので睡眠はとる。だけど、熟睡するというよりは、少しうとうとする感じでぼーっとする程度。おまけに一度目が覚めたら、もう一度寝ようとは思えない。
娯楽になる様な物もないし……
仕方なく、時間つぶしにステータスを開いてみる。
――
名前:佐藤浩二
職業:異端者
スキル:スライム化・喧嘩殺法Lv1・投擲Lv1
称号:幸運・卑怯者
――
……なんか増えてた。とりあえず詳細を見よう。
“喧嘩殺法Lv1”
特定の武器や戦い方にこだわらず、勝つことのみを追求した者の技。
素手、武器、または流派など、あらゆるものに縛られることがない。
ただし特定武器のスキルと比較した場合……
・成長が遅い。
・戦闘補正が小さくなる。
・戦闘補正の対象が戦闘行為全般になる。
・付属するアーツの習得はスキル所有者の才能や努力に依存する。
“投擲Lv1”
物を投げる行為に伴う命中率、飛距離、威力に補正がかかる。
“卑怯者”
自分よりも弱い相手ばかりと、しかも常に有利な状況で戦い続けた者に与えられる称号。
格上、対等、またはそれに近い相手と戦い続ければ消失する。
……色々言いたいけど、とりあえずこれだな。卑怯者。
常に有利な状況で戦い続けて何が悪いのか。
おまけに“格上、対等、またはそれに近い相手と戦い続ければ消失する”っていう一文。
これがあるせいで、もっと強い奴と戦えと煽られている気がする……誰にかは知らんけど。
あと喧嘩殺法と投擲は、なんか納得。俺は格闘技とか武術とか習ったことないし、モンスターが現れてからはとにかく勝って生き延びることだけ考えていた。
……もしかすると、俺がステータスを身につけるのが遅かったのも喧嘩殺法、というか特定の武器を決めなかったせいなのか?
俺はステータス持ちに協力してもらって、モンスターを倒していた時も、特定の武器にこだわらなかった。というか武器自体、良さそうなものは戦力になるステータス持ちへ、優先的に分配されていたので、ステータスに目覚めてない人の武器は共有で、その時あるものを使っていた。
協力的なステータス持ちの数も限られていたし、彼らは拠点の防衛が最優先。手の空いた人が面倒を見てくれる形だったので、同時に面倒を見られる人数には限りもある。そんな状況では、とにかく一緒に来てもらえるだけで大助かりだったから、それ以上の贅沢は言えなかったと言うべきか……それは置いておこう。
でも考えてみたら、仲のいいステータス持ちを頼って、特定の相手とモンスター狩りをしていた人の方が、早いうちにステータスに目覚めていたような気がする……あとそんな彼らの多くは、一緒に活動していた仲間と同じジョブとスキルが多かったかも?
剣道部とか空手部に所属していたステータス持ちは“剣士”とか“格闘家”が多かったし、“それまでの経験”と“職業”についての関係は元々噂されていたんだよな……
「俺の経験を生かしていたら、もっと別の職業に就けたんだろうか?」
まぁ、下手に戦うことしかできないよりも、異端者とスライム化の方が便利だけど。
“水泳選手”とかで、泳ぐことしかできないとかだともっと困る。
“水魔法使い”とかならまだ便利だろうけど、魔法使いの経験って何だ?
魔法使い……確か科学部の人だったかな……文化系の知り合い少ないんだよな……
いまさら言っても仕方ない。
これも置いておいて、次に気になるのは“補正”、“戦闘補正”という単語。
これは間違いなく、人間がモンスターに対抗できるようになった原因であり理由だろう。
職業やスキルを得ると、この補正がかかり、所有者を強くする。
さらに喧嘩殺法の説明文から推察するに、スキルによって補正の対象となる行動やその範囲、そして補正の大小も変わってくるみたいだ。
“戦闘補正”は戦闘限定、“補正”は状況に関係なく対象の行動をとればかかるっぽい。
……何度かモンスター狩りに付き合ってくれた空手部の主将が、ゴブリンを素手で一撃だったのを思い出した。
ステータス持ちの時点で、目覚めてない人間とは雲泥の差だったけど、その圧倒的な戦闘能力の理由が分かる。
その上で俺のスキルを見直すと……器用貧乏な感じだな。
何かに特化しない代わりに、何でもある程度の補正がかかると思えばいいか。
少なくとも卑怯者の称号が、“自分よりも弱い相手ばかりと、しかも常に有利な状況で戦い続けた”と言ってるってことは、俺の実力はゴブリン1匹以上なのは確定だ。対等な条件でも油断しなければ負けないな。
威張れるほどでもないけれど、別に威張りたいわけじゃないし。
てか威張る相手もいないし。安全に暮らせれば恩の字だと思うくらいがちょうどいいだろ。
……
…………
………………
「結論、でちゃったな」
思考が1つの終わりを迎えた途端、急激に暇を感じる。
夜の敵はゴブリンだけど、昼の敵は退屈だ。
退屈だからと安易に外に出て、ゴブリンの群れに見つかればアウト。
さらに校外では犬や狼、身長2メートル程度の赤鬼みたいなモンスターの目撃例もあった。
気晴らし、散歩、そんな理由で出歩いて、遭遇したら目も当てられない。
夜になれば出歩けるのだから、我慢するに限る。
……とはいえ、やっぱり娯楽の1つくらいは用意したほうが、精神的にいいかもしれない。
そういや外はどんなことになってんだろ?
つーか、生き残りの人間ってまだ俺以外にいるんだろうか? 情報が欲しい……
適当な考え事や、生き残るための要である“スライム化”の練習、または各種トレーニングで時間を潰し、ゴブリン達が寝静まるのを待つ……こうしてまた1日が終わっていく……
…
■ ■ ■
その日の夜。
ゴブリンが寝静まるのを待って、行動開始。
今日は娯楽になりそうなものを目標に定めて、制御室を出る。
辺りは当然、真っ暗で何も見えないが……今の俺には関係ない。暇つぶしがてら“スライム化”のスキルを使って練習した結果、この1ヶ月で俺は自分の体を“部分的に”スライム化させることに成功。そしてスライム化によって得られる能力は、肉体がより完全なスライムに近い方が効果を発揮するようだ。
たとえば今は右手の肘から先をスライム化させているが、それ以外は人間。足が無事なので機動力は人間のまま、スライム化によって向上する気配察知能力は、完全スライムを100%として大体20%程度。この程度でもただ歩くには支障がないし、腕全体をスライム化すれば30%程度まで上げられる。
四肢の1本につき20%、あと頭と胴体でもう10%という感じだ。体積的には頭と胴体の方が多いけど、機能的にいえば頭や胴体よりも手足の役割が大きい。
スライム化すれば視覚や聴覚の意味がなくなる。そう言っていいほど周囲の様子が手に取るように分かるし、内臓機能がなくても吸収できるので、“人間としての肉体の機能”を犠牲にする代わりに“スライムの能力”を手に入れるのだと、個人的には考えている。
ただ……スライム化した腕は骨がなくなり、ダランダランのブランブラン。動かせるけど意識を向けていないといけないので、ちょっと邪魔。だから基本的に移動時はスライム化した肘から先を、胸元から服の中へ入れている状態。すぐに片手が使えず、骨折してギブスをつけた腕を吊り下げているような感じになってしまうのが難点である。
しかし、現状ではこれが一番マシで、色々な状況に対応しやすい状態だと俺は考える。
……最悪だったのは以前、良かれと思って手足の機能性はそのまま、無駄な頭と胴体をスライム化した時。あれは酷かった……肩関節や股関節がないから指先はまだしも手足はさほど上手く動かせない上に、引き出せるスライムの能力は肘から先と同じ20%程度。
そして何よりも、切り落とされたような人間の腕や足だけが、ゼリー状の体から生えて蠢いているという、どう見てもおぞましい姿。四つん這いになるとそれなりに早く移動できたが、暗い校舎の中でのそれはホラー映像でしかない。
スライムの気配察知の優秀さ故に、自分の姿を客観視すると余計に気持ち悪かった。あれは人間としてやりたくないし、意味もない。おそらくもう二度とあの姿になることはないだろう……
と、考えているうちに、目的地の“部室棟”に到着だ。
(さてと、どこから回るかね……)
うちの学校は大きく分けて、3つの校舎に分けられる。
1つは教室や各移動教室、職員室や図書室など、普段の授業で使われる“本校舎”。
1つは資料や緊急時の物資などの倉庫に、文化系の部活動が使う部屋のある“部室棟”。
そして最後に、俺が住むプールや体育館に格技場、運動部の部室や更衣室のある“体育棟”。
この3つはそのまま敷地内に、“本校舎”、“部室棟”、“体育棟”の順で横並びになっていて、ゴブリンの群れが寝床にしているのは、最も敷地が広い“本校舎”。プールのある“体育棟”とはちょうどこの“部室棟”を挟んで反対側になる。本校舎、そしてゴブリンの群れがより近い場所なので注意が必要だ。
ちなみに以前、まだそれなりに生き残りがいた頃の生活拠点も“本校舎”。当時、生活に使えそうなものや食料は大体“本校舎”の方に運ばれたけれど、娯楽用品なら生徒の誰かが持ち込んだ物が部室にまだ転がっているかもしれない。
(でも、見つけたとしても持っていくものは考えなきゃな……)
残念ながら、俺には“アイテムボックス”のような能力はないので、適当な袋やカバンに詰め込んで持っていくしかない。そしてバッグなどの持ち物はスライム化の対象外だ。よく考えないと、逃げるときに邪魔になってしまう。おかげで武器もその辺に転がる石や、先を削って尖らせた掃除用具の柄だ。あとは格闘か敵の武器を奪うか……
スライムの能力には“進化”というのもあるらしいが、どうすれば進化できるのか?
また、進化すれば何が変わるのか?
……まだまだ分からないことだらけだし、必要なものが多いな……