ステータス教
「なんだ、この声」
気配を探ると、外にいる大勢の避難民とは別に、普通の人よりも気配の強い人間が5人。
中心の女性1人を他の4人が守るように立っているのが分かる。
そしてこの中心の女性が声の主らしい。
「ステータスは、神が人に与えた祝福なのです!」
は? 突然何を?
「ああいう連中を見るの、初めて?」
「はい……あ、いえ、そういえば学校でも今みたいな話が出たことはありましたけど」
ライトノベルではそういうのが定番だとかなんとか。
学校ではそうだとも違うとも言えないって感じで議論は止まってたけど。
「それなら話は早いわ。要はそういう可能性を考えてた連中が、マジになっちゃったみたいなの。“ステータス教”って名乗ってるわ。今聞いた通り、ステータスを“神の祝福”とか言って、それを与えた誰だかわかんない存在を“神”として崇めるんだって」
「他にも“これからの人類の生活にはステータス持ちの力が必要だ”とか……確かにそうかもしれませんが、それを理由にステータス持ちを“祝福を受けた者”として“上級信徒”。ステータスのない我々のような人を“下級信徒”と呼び始め、排斥こそしないものの、身分に差をつけ始めたんです。
人の社会を支えるステータス持ちが、そうでない人々の勝手な要求に、多数からの声という理由で押しきられ、不当に酷使されないためにとか、それらしい名目を立てて」
「それが本当にステータス持ちを守るためだけならいいんだけど……怪しいって言うか、ステータス教の連中もステータス持ちなわけだからねぇ。
教義の内容はほとんどステータス持ちに感謝して称えて優遇しろって感じだから、ステータス持ちからはウケが良いらしいわ。避難所の運営を支えているのもステータス持ちの人達だし、いつの間にか避難所運営の上の方に食い込んでるの」
「光から身分差があるとは聞いてたけど、それを後押しする連中がいたのか……」
「内容が内容だからこの辺に住んでる人はまだ受け入れてないけど、それだけね。少なくとも戦力では勝ち目がないわ。
尤も力づくで従わせるのはイメージが悪いし、“皆、自分から教えを受け入れた”って形にしたいらしくて、たまにああやって説教しに来るのよ」
あくまでも向こうは、望まれたから受け入れるというスタンス。
だけど実際、ここの人達には選択肢なんてないようなもの……か。
その上で説法って、もう“諦めて従え”って言ってるようなものじゃないかな?
「ステータスは神々から授けられた神聖な物であり絶対! ステータスを見ればその者の所業が一目瞭然! 善行も悪行も等しく、相応の称号となってステータスに現れるのです! ステータスを持ち、人格的にも優れた者が上に立ち人々を導く! これからの社会はより清く! 正しいものとなるでしょう!
祝福を受けた者は自らのステータスを開示なさい! それが他の何よりも正しく自らを証明します! 開示できない者は自らの行いを恥ずべきです! そして悔い改めなさい! 自らの行いを悔いて正せば、それを必ず神は見ています! ステータスは人が人を裁くような不完全なシステムではないのです! 罪を負う者が全ての罪を償った時、必ずや神は悪しき称号を取り除いてくださいます!」
……耳を傾けてみたら、いつの間にか称号の話になっていた。
これは俺も他人事じゃないな。称号への懸念が現実になった。
ここで誰にも見せるつもりがなかったけれど、あの連中の頭の中では、
“自分のステータスを教えられない=隠さなければいけないことがある=悪人”
こんな方程式が成り立っていそうだ……
「あー、これじゃ今日もまた始まるわね」
「え?」
「聞いてたらすぐにわかりますよ」
2人が辟易とした顔をしているので、何かと思えば、
「ステ――」
「ちょっと待った!」
説教をしていた女の声に割り込むように、今度は若い男の声が轟いた。
「騙されてはいけません! 称号は確かに人々の行いを記録しますが、それだけで行為の善悪は測れません! 例えば“窃盗犯”! 我々が命をつなぐために物資を回収してくれた方の窃盗行為と! ただ私利私欲を満たすだけの個人的な窃盗が等しく罪だと思いますか!?」
おおっ? こうやって反論する人もいるのか。
しかも気配の大きさからして、ステータス持ちっぽい。
「大切なのは“カルマ値”です!」
……は?
「同じ“窃盗犯”の称号でも、カルマ値は違います! “罪深き窃盗”と“罪なき窃盗”があるのです! 称号はただの記録に過ぎません! 称号だけを見て人を判断するなど愚の骨頂! 見るべきはその人の“カルマ値”なのです!」
「嘘をつかないでください! そんなものは存在しません!」
「いいえ存在します! カルマ値を見れば“殺人者”の称号を持つ人でも! それが他人に襲われ身を守るために犯した殺人、つまり正当防衛か! 己が利益のために他者を殺害したのかがハッキリと分かります!」
「そんなもの! 人を殺したという意味では同じでしょう! そもそも――」
……なんか、言い合いに発展した……
「なんですか、これ」
「ステータス教の人同士で争ってるのよ」
「同じステータスと神を信仰していても、解釈が違うらしいです」
「既に内部で分裂してんのかよ」
面倒くさそうなことこの上ない。
「ちなみに、嫌な予感がすることはもう1つあってね」
「まだ何かあるんですか?」
「最後のは単純な話よ。アタシらって2人ともステータス持ってない。おまけに夫とか守ってくれる男の気配もないからさ、いるんだよね……俺の女になれば楽させてやるぞ、って遠まわしに言ってくるステータス持ちの男が」
「ああ……」
確かに、この2人は本当に美人だしな。
「ま、私は夜の仕事してたっつーか、ここでもやってるし。私は自業自得の面もあるからいいんだけど、娘は違うからさ」
朝美さんは“娘は違う”という部分を強調したいようだ。
自分で言っていたように、自業自得だと俺が見捨てるんじゃないかと気にしているのだろうか?
初対面の相手だし、信用しろと言われてもいきなりは難しいのかもしれない。
しかし、
「光が言ってましたよ。母ちゃんは朝から晩まで仕事して、見下されて、毎日必死で俺らの分の食料を確保してくれてるんだ、って。
……俺が言うことじゃないかもしれませんけど、“客がいる”、“需要がある”って事は、“必要とされている”ってことですし、それも立派な仕事でしょ。何の苦労もなくお金や物をもらってるわけでもないでしょう」
親になった経験はないけれど、母子家庭の息子として、母を見て負担を考えたことはある。
俺1人でも人を養うと考えたら大変なのに、子供が2人となったら?
負担は単純に倍ではないだろうけれど、多くなることは間違いないと思う。
そう考えたら、負担を見せないように頑張って養ってくれた母には頭が下がるし、朝美さんが夜の仕事をしていようと、悪いとは思わない。
それに人として、1人の男としては、状況や立場を利用して女性に関係を迫る男の方がどうかと思うし。
「……ありがとね。仕事自体はもう割り切ってるんだけどね。ヤるのはいいのよ。ヤるのは」
「あの、そう直球にヤるとか言われるのも困るんですが」
「なに、浩二君は童貞? なんならお礼はソッチでも゛っ!?」
あ、娘にぶん殴られた。
「こんな母ですみません。気を使う必要ないですから」
「いっ、たいじゃない。真夜、あんた何すんのよ」
「先輩がせっかく気を使ってくれたのに、突然ふざけないでくれる?」
「アタシは真面目よ。アンタ、今のアタシらに他のお礼ができるって言うの?」
「それは……」
な、なんか話がヤバイ方向に。
「あの! お礼の話は全部終わるまでとりあえず置いておきましょう。まずは脱出が先決ですから、ね?」
「そ、そうですね」
「本人がそういうならいいけど」
よかった、なんとか強引にでも話を戻せた。
「気になることは把握できましたね。
では、次に……ここから出た後の目的地はご存知、マダムの店です。距離はおよそ10キロ。モンスターは出てくるでしょうけど、気配を察知できる俺ができるだけ安全なルートを探して案内。基本的に戦闘は避けますが、どうしてもという場合は戦って排除する方向で考えています。
そこで何か意見や、モンスター以外で障害になりそうなことなど、思い当たることがあれば遠慮なく言っていただきたい」
そう言うと2人はしばらく考え込み、先に口を開いたのは娘の真夜さん。
「私自身の体力に懸念があります。なるべく足手まといにはならないようにしたいですが、今の体調と移動に必要な体力を考えると……」
申し訳なさそうだが、2日前は高熱で起き上がれない状態だったと聞いているし、当然だろう。黙って無理をされるよりも、正直に申告してもらえた方が助かる。
「気にしないでください。それも含めて今後の行動を決めるわけですから。むしろ聞いていたより体調が良さそうで良かった」
「……光を死なせたと謝ってきた人が置いていった薬を飲みました。“光の最後の願い”とか言ってたので……今思えば好感度上げの一環だったのかもしれませんが、薬はちゃんとした薬でしたから」
「なるほど。ではまず体力の回復、あるいは楽な移動方法が必要か……」
「車が使えればいいんだけど、物資回収班も使えないって話だったわよね?」
「燃料や道の問題もあるし、エンジン音でモンスターを引き寄せてしまうそうだから」
「……車は無理でも、自転車ならどうでしょうか?」
自転車ならエンジン音は鳴らないし、車よりは小回りが利くはず。なにより自転車屋や違法駐輪、道端に乗り捨てられた物を街中で何度も見た覚えがあるので、手に入れるのも容易だろう。モンスターの襲撃を考えるとしっかり地に足をつけておきたいけど、徒歩より楽だしスピードも出せる。
事前に調べたところ、地上、地下、共に電車の線路上は障害物が少なかった。
線路上に物があったら電車は走れないだろうし、元々何かの対策はあったのだろう。
地下鉄には吸血コウモリのモンスターがいたので、俺はともかく2人は通れないが、地上ならまだ通れる。線路上は多少走りにくいと思うけど、一気に最寄り駅まで走り抜ければ……どうだろうか?
2人に意見を求めると、
「それで行きましょう。向こうがここより安全なら、着いてからいくらでも休めます」
「私もいいと思うよ。真夜が大丈夫なら、早くここから出るべきだと思う」
という感じで話し合いは進み……最終的に、
・念のためにもう一晩、2人はこの避難所に滞在。
・真夜さんは体力回復に努め、俺は使える自転車や移動ルートの確保。
・明日の朝、真夜さんの体調を見て、よほど悪くなければ出発。
・おそらく、2人が出て行くことを強く止められることはない。
・ただし一部のステータス持ちの男性に絡まれる可能性はある。
以上のことが決定。
明朝まで2人を置いて行くのは少々不安もあったけれど、2人はここで生活してきた人。
俺がいる方が余計に絡まれる可能性も高くなると言うので、話が終わり次第、別行動となる。




