拠点の状況
「いきなり申し訳ありませんが、少し同行してもらえますか? ここであったことや事情を詳しく聞きたいですし、敵意がない方を悪いようにはしませんから」
正直、元からあまり高くなかったこの拠点の個人的な評価は、今回の件でさらに下がった。
しかし、彼女は話ができそうな人間のように感じたので、とりあえず従うことにしよう。
光の家族と会うまでは、なるべく問題を起こすべきではない。
そう考えて小池巡査についていくと、スポーツセンター本館の入り口から入ってすぐ。
“管理人室”という札のかかった部屋に案内された。
「そちらの椅子にどうぞ」
小池巡査はそう言って、筆記用具を取りに行ったが……
このコミュニティは雰囲気が悪い。
先ほど見張りをしていた男達のことだけでなく、門から入り口、そして部屋まで。
時間にしてほんの1分もなかったが、付近にいた人々が向けてきた視線。
それは明らかに迷惑そうで、歓迎されていないということが分かるものだった。
「おまたせしました」
「いえ、大丈夫です」
「……先に謝らせてもらいますね。先ほどは申し訳ありませんでした」
突然、小池巡査は頭を下げた。
「規則として“話を聞かせていただきます”と言いましたが、表での件は全て私が見ていたので、どちらに非があるかは分かっています」
「……ここも余裕がないんですね」
俺がそう言うと、彼女は少し迷うそぶりを見せて、肯定。
「その通りです」
「“新しい人に来て欲しくない”。“ここに留まらないで欲しい”。理由はそんなところでしょうか? ああやって威圧的な態度を取ったり、それを見て見ぬフリをする人が出てきたんでしょう」
なんか分かる。ここの雰囲気にすごく覚えがある。
「基本は助けを求める人をできるだけ受け入れる方針ですが、最近では、気に入らない相手に嫌がらせをして追い出そう、という動きもあるくらいで……貴方に絡んだ男性は警戒対象だったのです」
「彼らは今後、どうなるのですか?」
俺がそう聞くと、彼女は暗い表情を見せた。
「現状では逮捕や拘留も負担になるため、仕方なく我々警察官の監視下で、奉仕活動を行い罪を償うと言うことになっていますが……彼らは一応ステータス持ちでしたので、危険度の高い外部での活動。おそらく物資回収にまわされるでしょう」
「それは、素直に受け入れるんですか? あと監視する警察官の人の負担になったり、危険だったり色々と」
「奉仕活動を申し渡す際は今回のように現場を押さえるか、十分な証拠を用意しますし、不満があっても逃げ場はありません。奉仕活動を拒否してしまえば、いわゆる村八分になってしまいます。一歩間違えれば私刑の対象にもなりかねませんし、最悪の場合は追放にもなるので、奉仕活動で罪を償うことを選ぶ人がほとんどです」
そう語る小池巡査は苦い顔をしている。
俺は法律とか政治に詳しいわけではない。
だけど、今のここが健全な状態ではない、というのは分かる。
というか、誰もが理解しているけど、現状ではそれ以上の対応ができないんだろう。
……本格的に崩壊寸前じゃないか。
これは光の家族は連れ出した方がいいな。
たぶん、ここはもう、そう長くは持たない。
「安心してください。俺はそんなに長居をするつもりはないです」
「そうでしたか! あ……すみません。私ったら、長居しないと聞いてホッとしてしまうなんて」
「この様子じゃ無理もない。問題も起こしたくはないので、十分に気をつけるつもりです」
「そう言っていただけると、気持ちが楽になります。そうでした、私、まだ名前も名乗ってませんね。警察官でこの避難所の警備や応対などを担当している“小池アリス”と申します」
「佐藤浩二です」
「佐藤浩二君。先ほど長居するつもりはないと仰っていたので、避難所に保護を求めて来たのではありませんよね? ここに来た目的を教えてください。可能であれば、避難所に保護を求めない理由も」
「ここに来た理由は、家族や友人を探しに。保護を求めない理由は」
学校のことを軽く話しておけばいいか。
「――ということがありまして」
「それは大変でしたね……」
「幸いステータスに目覚めて生き延びることができましたが、そうでなかったら……もう味方から刺されそうになるのは嫌です。それに責めるつもりはないのですが、やっぱり表の彼らみたいなのがいるのなら、とても安心なんてできないな、と」
「ですよね……本音を言うと、佐藤君みたいな人には避難所に来てもらって、協力をお願いしたいんですけど」
「何故ですか?」
つい先ほど、ここには余裕がないと言っていたが、
「余裕がないのはその通りですが、それ以上に実力のある協力者は欲しいんです。防衛や物資の回収で、ステータス持ちの人手は常に足りていない状態ですから」
「すみません、学校の件からずっと1人だったので、実力者の基準がわからないのですが、教えていただけませんか?」
「お1人で外を出歩くことができる力と行動力があれば、十分に実力者と言えると思いますよ?
ここの物資回収班は安全のため、最低でも3人以上で行動することが義務付けられていますし、単独で安全に行動するとなると、トップ5のチームの人くらいじゃないと……って、言われても分かりませんよね」
「とりあえず上位の一握りだとは分かりました。でも正直、自分がそんな実力者になっていたとは思わなかったです」
俺がそう言うと、小池巡査は納得したように笑った。
「えっと、別に答えなくていいんですけど、佐藤君は斥候系のスキルを習得する職業ですよね?」
「どうしてですか?」
「佐藤君、さっき門の所で彼らに近づく私に気づいてたみたいだったので。私も一応“下忍”という職を持っていて、隠密行動のスキルを使っていたんですけど」
そういえば小池巡査の気配はかなり小さかった。
やっぱりあれは隠密行動スキルのせいなのか。
「隠密行動の効果は同じ隠密行動や気配察知とかのスキルを持ってる相手には薄くなるらしいので、私の隠密行動を見破れる。そういうスキルを覚えてるなら、斥候系かな? と推理しました。
私も斥候系の職だから分かりますが、他の職と比べて正面切っての戦いは分が悪いんですよね。もちろんステータスが無いよりは強いですし、自覚もありますけど、他の職と比べてしまうと……特に私は荒事が苦手で、それでこうして受付や雑務を担当している訳なんですよ」
「そういう理由があったんですね。情報には疎いので、教えていただけて助かります」
「この程度なら全然構いませんよ。今の世の中、生きていくためにはステータスのことを知っておくべきです」
小池巡査がそう断言すると、彼女の小柄な体格が少し大きく見えた気がする。
「ところで……」
「何でしょう?」
「さきほど“ずっと1人”、と言っていましたが、どのくらいお1人で? あと、本当に避難所に来なくて大丈夫なのかと、個人的に懸念が。
さっきも言いましたが、お1人で活動できる力と行動力をお持ちなら、この避難所でも十分重宝されますし、新しく来た人でもさっきのように邪険に扱われることはないと思いますよ。悲しいことですが、迷惑だと思われるのは“力のない避難者”ですので……」
どうやら彼女は初対面の俺を心配してくれているようだ。
おそらくこの人はマダムと同じで、悪い人ではないんだろう。
ただ、非常に残念なことに環境が悪い。
彼女は良い人だとしても、この避難所には極力関わりたくない。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。これでも1ヶ月くらい1人で生き抜けたんですから」
「……意志が固いようなのでこれ以上は止めませんが、どうしてもダメだと感じたら、ここでなくてもいいので、どこかの避難所に行くことをお勧めします」
「ありがとうございます」
「これも仕事ですから。それで話は戻りますが、ここに来たのは家族やお友達を探すためでしたね?」
肯定する。
「ここでは避難者の名簿も管理しているので、よければ探すお手伝いをさせてもらえませんか?」
「いいんですか?」
「もちろんです! それに見慣れない人が1人で歩いていると、絡まれる可能性もなくはないので」
親切心だけでなく、問題を未然に防ぐ意味もあるのだと説明する際、若干小池巡査の目が虚ろになる。献身的というかなんというか、本当にお疲れ様です。
そういうことなら、と、まずは俺の両親を調べてもらった。
当然見つかるはずもないが、一応家族を探すフリ。
「こちらにはいらっしゃらないようですね」
「そうですか。ありがとうございます。では」
次に光とその家族の名前を出した。
途端に目を大きく見開く小池巡査。
「どうしたんですか?」
「いえ、その、今のお名前、お知り合いですか?」
「厳密には知り合いの知り合いですね。別の避難所にいて、先ほどの小池さんのように引き止めてくれたんですが、俺が親を探すと聞かなかったので。それならもし会えたらでいいから、と手紙を預かっているんです」
「そうでしたか……」
この反応、光のことを知っているのか?
それとも光の家族に何かが?
「もしかして何かご存知なんですか?」
「実は2日前に――」
語られたのは、やはり光の事だった。
しかし驚いたのは、“武山達が光を置き去りにした”という部分こそ“力不足で攫われてしまい、助け出せなかった”という形に変わっていたものの、それ以外は完全と言っていいほどに、光の話と一致していたこと。
そして何より、武山達の評判が落ちていないことだった。
武山のチームは光の姉が病気だと聞き、2人を“助けるため”に光を連れ出した。
物資の回収班は、危険手当代わりに僅かだが、他よりも優遇されているから。
手伝いをさせて薬を融通できるようにしようとしたのだと。
確かに、ここだけなら良い人に聞こえるけれど、
「立派な方、なんですね」
「ええ、それだけに残念でした……善意があんな結果になってしまうなんて……」
聞けばリーダーの武山は、大勢が見ている中でも構わず土下座をし、自分が光を連れて行ったことや、光を守れず、助けられずにそのまま戻ってきてしまったと自ら暴露した上で、地面に頭をこすり付けて謝罪をしたそうだ。
その結果、
自らの不祥事を隠さず、遺族に誠心誠意謝っていた。
こんな状況なのだから仕方のないことだ、運が悪かった。
武山は避難所の皆、特に子供達のために貢献してきた。見過ごせなかったんだろう。
必要な人の手に必要な物が届かない、物資の配給体制に問題があるのではないか?
これまでの信用の積み重ねもあったのか、そんな風に武山を擁護する声が周囲から多く出ているらしく、武山はほとんどお咎めなし。本人は力不足を嘆き、鍛え直すことも目的に、これまで以上に物資回収に精を出し始めた。これも周囲の人々にとっては僅かでも物資の充足、安定に近づくわけで……むしろ武山の評判は上がっているとか。外面が良いというのは本当の話だったらしい。
だけど賞賛の言葉が出るたびに、事実を知る俺は腹が立って仕方がない。
今の俺は、この怒りを顔に出さずにいられているのだろうか?




