到着
考えている時間がもったいなかったので、敵には気をつけながら、とりあえず下水道に入ってみることにした。
近くにあったマンホールから降りると、細いがちゃんと人のための道があるようだ。
すぐ隣を人が歩く程度の速さで、異臭を放つ水が流れている……その中には魚だろうか?
無責任な飼い主によって、下水に捨てられてしまう魚もいると聞いたことがある。
だけど、生活排水も混ざってそうなこの中で生きられるのか? モンスター?
他にも気配はあるけど……どれも虫や小動物のような小さなもの。特に強い気配はない。
この調子なら、襲撃という意味では地上より安全そうだ。
けどやっぱり臭い。
そういえば下水道には有毒なガスが発生することもあるんだっけ?
ゾンビ系のゲームとかでは当たり前に出てくるけど。
っていうか、地下といえば下水だけでなく、地下鉄もあるのでは?
……人間ならむしろそっちを先に思いつけよ、俺。
今だと電車は動いてないだろうけど……そう考えると地上を線路伝いにいくのもありか?
モンスターは出るかもしれないけど、障害物は少ないかも。
……とりあえず俺は下水道でも平気だし、障害になりそうなものもない。
ここを使って、目的地の近くへ、可能なら他も見て回るとしよう。
■ ■ ■
(兄ちゃん、聞こえるか?)
! びっくりした、光からの連絡か。
(聞こえる。どうした?)
(特に問題はないけど、日も暮れたから、どうしてるかなと思って。今、大丈夫か?)
(ああ、もう夜なのか)
周囲に敵の反応なし。
その場に腰掛けて、下水道にいるため時間が分からなかった事を伝える。
(なるほどな……とにかく無事でよかったよ。で、下水道って安全なのか?)
(普通の人はやっぱりやめといたほうがいいと思う。ただ俺は問題なく活動できてるし、移動は極めて順調。1人で通るには悪くないな。
暗くて外が見えないし、同じような道が続くから方向感覚に少し不安があったけど、そこは地図化と道案内でカバーできてる。あと水中にいる魚がモンスターだったけど、脅威でもない)
奴らは基本的に大人しいけれど、水路に生き物が落ちてくると、途端に獰猛になる。
集団でピラニアのように襲い掛かり、あっという間に食い尽くすのだ。
学校のゴブリンと同じで、1匹1匹は弱いけど、数で攻めるタイプだろう。
あとは水中という地の利を活かす感じ?
だけど奴らの歯は動物の肉を食い千切れても、石は食い千切れない。
つまり俺の皮膚には文字通り、歯が立たないのだ。
(地上にいた牛のモンスターみたいに、石でも砕く歯とか持ってたらどうしようかと思ったけどな)
(シャレになんねーよ)
ちなみに槍を竿代わりに、適当な虫を餌にしたら、釣ることもできた。
形は大半がブラックバスっぽく、ボスみたいなちょっと強い大型の魚はナマズっぽい。
かなり簡単に釣れたので、貴重な食料資源になるかと思ったけど……
実際に食べてみると、臭くてとても食えたものじゃなかった。せめて火を通したい。
あとなんか吸収すると違和感というか、食べ続けたら毒とか病気に強くなりそう。
養分的にはゴブリン以下だけど、そういう意味ではちょっと吸収しておこうかと思ってる。
(あ、これもマダムの魔法で浄化ってできるのかな? 身は白身魚だったし、普通のブラックバスやナマズは食べられるらしいから、浄化とちゃんとした処理をしたらどうだろう?)
(ゴンちゃんに聞いてみるけど……下水にいる魚はあんまり食いたくないな……)
(あー、普通はそうだよな……)
俺もスライムの能力がなかったら、きっと食おうとは思わなかっただろう。
(まぁ、いつまでも保存食にばかり頼れないのも分かるし、安全に食べられるなら食材にするしかないよな)
(一度試すくらいはいいだろう。食料にはならなくても、ステータスの習得や強化に使えるかもしれないし)
(そっか、陸に上がった魚のモンスターなら、母ちゃんたちにも簡単に倒せそうだしな)
そんな話をした後、今度試そうという結論になり、今夜の会話は終了。
現在位置は大体、半分を越えたあたりだろう。
明日の朝までかければ、向こうの拠点には余裕で着ける。
この時間と夜の暗闇を使って、地上の探索と帰りのルート探しを行おう。
■ ■ ■
翌朝
無事に夜を過ごし、現在は光のいたグループの拠点から2キロの地点。この辺じゃ有名な市営のスポーツセンターで、テニスコートや格技場、プール等も完備。普段は市民向けのスポーツクラスや大会などによく利用されていて、俺も何度かお世話になったことがある。
だから道は分かるし、このまま進めばそう時間はかからない。
ここからは人間から逸脱した行為は謹んで進む。
そのために武器の投石器も、落ちていたタオルで代用。
基本的に外から見て分かるスライム化は奥の手とする。
あとは、
(もしもし。もしもし。光?)
……連絡できればいいなと思ったが、呼びかけても反応がない。
朝は朝でも早朝というほどではないし、距離の問題かな?
それならそれで仕方ない。出発しよう。
身を隠していた郵便局を出て、拠点へ向かう。
■ ■ ■
そして30分後。
無事に拠点に到着したのだけれど……
「動くなッ! そこで止まれ!」
スポーツセンターの門から視認できる範囲に入ったのだろう。
見張りに立っていた大学生ぐらいの男性が怒鳴りつけてきた。
でもちょっと過剰ではないだろうか? こんな状態だし、警戒していることは当然だろうけど、刺々し過ぎると言うか……あんな声で叫んだら――
「チッ!」
「おいこら何やってる! 動くなって言っただろ! あと武器を捨てろ!」
「無茶言うな!! あんたの声でモンスターが寄ってきてるんだよ!」
お前は門の中で安全なんだろうけどな! と、言うが早いか、駆けてきた狼のようなモンスターに槍を向ける。
「グルルッ!!」
「オラッ!」
穂先を避けて、わずかに体勢を崩したモンスターを蹴り倒し、改めて喉に突き刺す。
我ながら慣れたものだ。
槍での牽制、蹴り倒し、とどめ。この連続動作はシンプルだが使える。
「おい! 武器を捨てて! 手を頭の後ろで組んで! 地面に伏せろ!」
……うぜぇ……なんなんだあいつ……
俺がモンスターに襲われてたのを見てなかったのかよ?
てか見張りはもう1人いるけど、止めるとかしないのか?
ただ黙って立ってるだけじゃなくて、何とかしろよ!
「聞いてるのか!?」
凄くムカつくけど、光の家族に会うため。
短気になってはいけないと自分に言い聞かせ、仕方なく指示に従おうか……と思った直後。
スポーツセンターの建物入り口から、門へ近づく1つの気配を感じた。
その気配はとても小さく、警戒していなければ気づかないかもしれない。
実際に、俺に注意している男達は気づいていないようで、
「何をしているんですか?」
「ひっ!! ああっ!?」
「なっ!? 小池巡査!?」
気配の主。小池巡査と呼ばれた小柄な婦警さんに背後から突然声をかけられたようで、男たちは超慌てている。
「ふっ、不審者を発見しましたっ! しかも武器を所持していますっ!」
不審者とは言ってくれるなぁ。
武器はお前も鉄パイプみたいなの持ってるし、平時なら十分不審者認定される格好だぞ。
「不審者? ……確かに見ない顔ですけど、高校生くらいの男の子じゃないですか。仕方なくとはいえ、回収班の人にも武装を認めている状況ですし、避難民が武装していても仕方ないと思いますが」
「で、ですが! あいつは反抗的で、武器を捨てろと言ってもこちらの指示に従わないんです!」
「……あの子の足元にモンスターが倒れてますが、襲われていたのでは? そんな状況で指示に従うとか、ましてや武器を捨てるなんてできるわけないでしょう」
「付け加えるとー! そいつの武器を捨てろ! って大声にモンスターが反応したと思いますよー!」
「!」
こちらからも事実を主張してやると、余計なことを言うな!
と口に出したくても出せないような、凄い目で睨まれた。
だがその直後。男達は小池巡査に何か通告されたらしく、がっくりと肩を落とす。
そして俺には、
「失礼しました! こちらに来ていただいて大丈夫ですよ!」
小池巡査自ら門を開け、手招きされた。
拠点へ近づく許可が出たので、敵意がないことを示しながら近づいていくと、こう言われる。
「いきなり申し訳ありませんが、少し同行してもらえますか? ここであったことや事情を詳しく聞きたいですし、敵意がない方を悪いようにはしませんから」




