保護された女子生徒
マダムに俺がいた学校も○○高校であることや、かつて学校で何があったかを説明すると、一度彼女に会ってみてくれないかという話になった。
どうやらここで保護されている女子生徒は、ほとんど食事もせず塞ぎ込んでいるらしい。
「肉体的な傷は私の魔法で癒すことができたけれど、心の傷は手の打ちようがなくて……でも、同じ場所で生活していた浩二ちゃんになら、何か反応してくれるかもしれない」
「俺もカウンセラーじゃないですし、どっちかといえば無神経な方らしいですが」
「それでもお願いしたいの。このままじゃ私もどうしてあげるのがいいのか分からないし。もちろん、どうなっても責めたりしないわ」
「分かりました」
こうして俺は、マダムに案内されて2階へ。
その人がいると言う部屋の前でマダムが声をかけるが、無反応。
だが、同じ学校の人がいたと伝えられると、
「!!」
「……音がしたわね」
「ええ、明らかに反応しました」
「警戒させちゃったかしら? 事前に言っておいた方がいいかと思ったんだけど」
「マダムの判断は間違ってないと思います」
学校の状況がトラウマになっているなら、どうやっても警戒されるだろう。
念のために急所をスライム化で核の1つに収束。
危害を加える意思がないことを宣言して、扉を開ける。
そして一言、失礼しますと声をかけようとして、
「…………もしかして、七々扇先輩?」
「ひっ!!」
暗くてお世辞にも広いとはいえない部屋の中。
長い髪を振り乱した幽霊のような女性が、簡素な折り畳みベッドの上で体育座り。
その上で掛け布団を鎧のように。唯一の防具に縋るように身に纏っている。
そんな彼女の顔には確かに見覚えがあった。そして呼びかけにも反応した。
だが、今の彼女とかつての彼女は、いろいろな意味で同一人物に思えない。
それほどの変化に愕然として、何も言えずにいると……
「……君は、佐藤君、だったかな……」
驚いたことに、向こうから名前を呼ばれた。
七々扇という古風な苗字に長い黒髪。大和撫子という表現が良く似合う凛とした美人であり、成績も優秀。女子剣道部の主将や生徒会の副会長も勤め、文武両道を体現していて人望にも厚い。どこぞの漫画にでも出てきそうな完璧超人。締めるべきところは締めるけれど、お堅いタイプではないということもあり、男女を問わずに人気のあった先輩。
彼女はハッキリ言って、何事にもパッとしない俺とは対極の存在だ。
生き残りの共同生活中も、彼女は中核的存在で俺は末端。関わることはほとんどなかった。
「覚えてたんですか、俺の苗字」
「佐藤先生の息子さん、だろう? それに、一度だけど一緒にモンスターと戦った」
「あの時はお世話になりました」
「礼など……私は何もしていない」
「そんな、あの時の俺はステータスには目覚めませんでしたけど、先輩――」
「やめろ!!」
突然、悲鳴のように叫ぶ先輩。
だがその後は、
「やめろ、やめてくれ。私は、何もしていない、できなかったんだ」
布団を掻き抱いて、おびえるようにそれを繰り返し始める。
「先――」
「うああああ!!!」
今度は大声で俺の言葉をかき消そうとする。
これでは会話も……いや、さっきまで少しは話せていた。
……もしかして、
「七々扇さん?」
「!」
ビクリと体を震わせるけど、先ほどのように悲鳴を上げたり叫んだりはしなかった。
やっぱり、“先輩”という単語が怖いのか。
「七々扇さん、落ち着いてください。深呼吸です」
「あ、ああ……」
向こうのペースで、呼吸が整うまで待ってみる。
「……すまない、取り乱した」
「大丈夫です」
「君は、生きていたんだな……他の皆、学校はどうなった?」
そう聞かれたので、俺は今の学校の様子を説明した。
「そうか、学校はゴブリンの巣に……」
「俺は閉じ込められていたことが逆に幸いして、ステータスに目覚めるまでゴブリンに襲われずにすみました」
「何が幸いするか、分からないものだな……でもそうか、やはり、負けたのか……」
負けたのか、というのは学校の反乱だろう。しかし、“やはり”とはどういうことか? まるであの反乱の結末を知らなかったみたいだけど、先輩はあの時、最前線で戦っていたはず……
そんな事を考えていると、先輩は俺の視線から逃げるように顔を背けた。
「七々扇さん?」
「……どうして私がここにいるのかと考えたんだろう。皆を守るべく戦っていた私が、どうしてのうのうと生きているのかと」
顔に出ていたのかもしれない。素直に答える。
「少し疑問には思いましたが、そこまでは」
「気を使わなくていい……私には、そんな価値はない……」
“のうのうと生きている”、“私にはそんな価値はない”。
以前の彼女は、そんな後ろ向きなことを言う人ではなかったはず。
真面目で責任感の強い人だったし、1人で生き残ったことを悔いているのか……
これでは埒が明かない。思い切って踏み込んでみる。
「何があったんですか?」
「私は……」
彼女はそれっきり黙り込んでしまう。
マダムを見ると、穏やかな笑顔で首を振る。
今はもういい、そっとしておこう、ということだろう。
「失礼しました」
俺はそれだけ言って、部屋を出る。
「浩二ちゃん、ありがとね」
「何かできたとは思えませんが」
「いいえ、少なくとも彼女が七々扇さん、ってことは分かったわ。今はそれで十分よ」
「……ありがとうございます」
話しながら下に降りると、退屈そうにしていた光がこちらに気づいたようだ。
「あっ、兄ちゃんどうだった? 知ってる人?」
「ああ、七々扇さんっていってな。親しくしてたわけじゃないけど、良い人で有名だった。学校では皆を守っていたし、武山みたいな奴でもないはずだ」
「でも、今はちょっと疲れてるみたいだから。そっとしておいてあげましょうね」
「分かった」
さて……七々扇先輩については気になるけれど、時間がかかりそうだし、
「俺はそろそろ、光のいたグループに向かおうと思うんだけど」
「ええっ!? もう行くの? せめて明日の朝にしたら? 電気が通ってないし、暗くなる前に人のいる所に着かないと危ないわよ」
マダムが引きとめようとしてくれているが、
「心配はありがたいですが、スライムの能力を使えば暗い中でも問題なく活動できます。それになるべく早く光の無事をご家族に伝えた方がいいと思うので。今は、何が起こるかわかりませんし」
「……そう。確かに可能なら急いだ方がいいわね。でも、もうちょっとでいいから待ってもらえる? 2人に手紙を書くから。その方が信憑性も出るでしょ」
「あっ! そうしてもらえると助かります」
「いいのよ。ちょっと待っててね」
マダムは再び2階へ戻っていく。
そして俺は、カウンターの光の所へ。
「兄ちゃん、色々とお願いな」
「任せとけ。それから光にこれを渡しとく」
俺は腹のあたりをスライム化して、中からあるものを取り出す。
「なにこれ、鍵? 石でできてるけど」
「俺の家の鍵だよ。家を出る前に防犯対策してただろ? あの時に思いついて、俺の能力で作ったんだ」
スライムの体を鍵穴に流し込んで構造を把握したら、鍵穴に合うように石化して形を調整。
それだけで簡単にピッキング、というよりもスペアキーを作ることができた。
「マダムのことは初対面だけど、信用できそうな人だと思ってる。だけど今の世の中、絶対安全って事はないと思う。だからもしものことがあれば、これで家に入っていいし、食料も持っていっていい。
契約での連絡もどこまで届くか分からないし、もし俺が戻ってきてここにいなかった場合。合流できる場所も必要だしな。保険として持っといてくれ」
「分かった。でも必ず返すからな」
「お待たせ~。書けたわよ、お手紙」
丁度いいところでマダムが戻ってきた。
「簡単にだけど浩二ちゃんのこと、書いておいたから。これを見せれば信用してもらえると思うわ」
「本当に助かります」
「お互い様よ。2人によろしくね」
こうして俺は、渡した鍵の代わりに薬と手紙を腹に入れてバーを出た。




