目的地到着
(もう少しだな)
(うん! ここまで来れば道も分かるよ)
できる限りの防犯対策をした後、家を出た俺達は途中で置いてきた荷物も回収し、目的地最寄りの駅前まで来ていた。
しかし、
(この辺は酷いな……車がひっくり返って潰れるとか、何があったんだ……)
(建物はトラックが突っ込んだみたいになってるし、道路は踏み荒らされた花壇みたいだし、このまま進んで大丈夫か?)
(大丈夫。この辺のモンスターはいても小さいから。とても、こんな大破壊を招いたようには思えない気配しかない)
(なら、一気に行くぞ!)
こうして向かったのは、駅前からすぐの商店街……かと思ったら、通り抜けて裏路地へ入ろうとする。
(ストップ!)
(! モンスターか?)
(違う。もっと別の、丸いバリアみたいなものがこの先にある)
(バリア!? 俺にはそんなの見えないけど)
(たぶん、魔法的なものだと思う。武山の仲間が光を置き去りにするとき、何か使ってただろ? あれと似た感じがするから)
(……どうする? ゴンちゃんの店はすぐそこなんだけど。つーか、バリアなら基本的に防御目的だろ? それなら誰か、そういうことのできる生き残りがいるんじゃね?)
(だとしても、どういう人間か分からないからな……能力と人格は別だって、光も武山の件で知ってるだろ)
(それは確かに)
(注意して、ゆっくり進もう。近くにモンスターの気配はないし、バリアも不思議と嫌な感じはしないから)
そうしてゆっくり進み、バリアの内部に侵入。特に何もなく入れてしまった、その瞬間、
(ストップ! 20メートルほど先の、右の建物に人の気配を感じる。2人だ)
バリアの外から察知できないようにする効果があったのだろう。
突然現れたかの如く、気配を感じるようになった 。
しかしそれを光に伝えると、
(20メートル先の右? 本当か?)
驚いたように聞き返された。
(間違いない、それが――)
(ゴンちゃんの店だ)
(――あ? ちょ)
次の瞬間に急加速。そして人の気配を感じる建物の前で急停止。
さらに光は思いっきり扉を叩き始め、さらに何か叫んでいる。
当然のように、中にいた人間も光に気づいたようだ。
中にいたのは男? かなり鍛えられた、筋骨隆々な体つきをしている。
それが困惑した様子でそっと扉に近づいて、扉を開けた瞬間にまた急加速を感じた。
光が猛スピードで相手に飛びついたせいで、相手は転びかけるがしっかりと光をキャッチ。
そして――
(うぉおおおおおおっ! あっぶねぇ!)
太くて硬い2本の腕が、光ごと俺の入ったリュックを強く抱き締めた。
(核が、核が潰れるとこだった……シュークリームを食べる時に押し出されるクリームの気持ちが分かった気がする……)
気配からして2人は泣きながら再会を喜んでいるようだけれど、俺はここ1ヶ月で最も死を感じた……
(光ー! 頼むから気づいてくれー!)
(あっ! 兄ちゃんごめん!)
(とりあえず、抱きしめるのだけ先にやめてもらってもいいかな……? あと、俺がいきなり出て警戒されても困るから、その人に事情説明して)
それからすぐに、光の体と俺の入ったリュックは開放されて一安心。
さらにしばらく待つと、
(兄ちゃん、ゴンちゃんに説明終わったから、床に下ろすね。出てきていいよ)
(了解。じゃあ失礼して……初めまし、て……」
リュックから這い出して人に戻り、まず挨拶をと思って見た先には、筋骨隆々で化粧の濃い、明らかにオネェ系だと分かる人物が立っていた。
「貴方が浩二兄ちゃんね」
「はい、佐藤浩二です」
体格に見合った野太い声と迫力! そして、
「光ちゃんを助けてくれてありがとうっ!」
ものすごい勢いで手を取られた。
「外に出たら怪物だらけの世界になっちゃって! 電話も何も通じなくなって! もー本当に心配してたのよッ!」
「お、おお……」
「ゴンちゃん、兄ちゃんも戸惑ってるから落ち着いてくれよ」
「そうだったわ、挨拶もせずいきなりごめんなさいね、とりあえず座って!」
言われるがままカウンター席に座る。
どうやらここはバーだったらしい。
「改めまして、私はここのオーナー兼店長のマダム・ゴンザレスよ。マダムとかゴンちゃん、って呼んでね」
語尾にハートが付いていそうな声とウインクで言われた……
「ちなみにゴンザレスは本名だから、それでもいいわ」
「ええと……では、マダムと呼ばせていただきます」
本名は渋々といった感じで言われたので、そう答えると、思い切り笑顔を向けられた。
「あら! ありがとう、浩二ちゃんは良い子ねっ! よかったら飲んでって」
マダムはそう言って、カウンターのボトルの中身をグラスに注ぎ始める。
「すみません、酒はちょっと」
「大丈夫よ、これお水だから」
……確かに、嗅いでみたけど酒の匂いはしない。
「こんな状況でしょう? 飲める水はできるだけ確保しておきたくって、空いてたボトルに雨水を貯めてるの。あっ、雨水と言ってもちゃんと私の魔法で浄化してあるから、心配しないで。私も飲むし」
浄化の魔法とは気になる言葉が出てきた。
「ゴンちゃん、魔法使えるのか? なんて職になったの?」
俺じゃ聞きにくいことを、光がズバッと聞いてくれる。
「私の職? ふふっ、“聖女”よ」
「マジで!? なんか凄そう!」
「……」
まさかの職だ……
「モンスターと戦うのはちょっと無理だけど、浄化の魔法はお水や体を綺麗にできるし、ちょっとした怪我なら治せるの。この職に目覚めてからだいぶ生活が楽になったし、助かってるわ」
「そっか。じゃあここのバリアも?」
「え? ええ、そうだけど分かるの?」
「うん、兄ちゃんが気づいたんだ」
……今、一瞬動揺しなかったか?
「そう」
「気づかなかったことにしましょうか?」
俺がそう言うと、マダムは諦めたように笑って首を振る。
「たった2人、それに1人は光ちゃんだからいいわ。吹聴はしないでほしいけどね。
ここに張ってあるバリアは私の魔法“サンクチュアリ”。魔力の大半を持っていかれるけれど、外からのスキルを防いだり、モンスターを追い払う効果があるの」
「!!」
「マジ!? すっげえ!」
「マジもマジ、大マジよ」
「だからこの辺にモンスターの気配がなかったんですね」
「浩二ちゃんはそういうのが分かるのね」
さっき明確に見せてしまったし、隠す意味もないだろう。
「ちょっと特殊な職についていて、モンスターのスライムに変身したり、その能力を使えるんです。気配察知能力はその1つです。あとは人の食べられない、ゴミのような物でも食べられるとか」
「光ちゃんから軽く事情は聞いたけど、貴方達も苦労しそうな職に就いてるわね」
「マダムも俺達とは別方向で苦労しそうですね」
「ふふっ、だから私はこんな所にいるのよ」
なるほどな。と納得していると、不機嫌そうな光が目に入る。
「どうした?」
「なんか、2人だけで理解してる感じじゃん。俺にも教えろって」
そういうことか。
「マダムのスキルは俺達と逆で、人に必要とされすぎるんだよ。光もマダムの話聞いて、スゲーって思ったろ?」
「そりゃそうだろ! モンスターだらけで危ないって皆困ってるんだから、ゴンちゃんのスキルがあれば、って、そうか……」
分かったようだ。
「ごめんなさいね、光ちゃん。できれば立派な大人の姿を見せてあげたかったけど、私ってこんな体してるくせに、臆病でわがままな女なのよ……聖女の力を使えばきっと大勢の人を助けられる。でもそれ以上に争いの種になってしまう……そういう可能性を考えた時、私は大勢の人の命を背負う覚悟はなかった。それに私自身の自由がなくなってしまうのも嫌だったの。情けないわね」
「情けないとか、そんなことないって! だよな、兄ちゃん」
「ああ。こんなジョブとスキル、今の状況で公表してたら、それこそ血で血を洗うような争いになってもおかしくない。そうでなくても人が集まる所には色々と問題がありそうなんだから」
俺はこの人と会ったばかりでよく知らないが、今となっては美辞麗句よりも、自分のためと言われる方が信じられる気がしてくる。
「ありがとう。そう言ってもらえて、少し気持ちが楽になったわ」
「良かった。ところで、今後のことなのですが……」
俺達は元々、光の隠れる場所を探して、光が挙げたここに来た。
それを伝えると、
「な、何でそれを早く言わないのよォ! 困ってる子供を誘い出して、自分が逃げるためにモンスターの巣に置き去りにするなんて、酷すぎるわッ!」
ものすごい勢いで憤ってらっしゃる。
「光、さっき説明してなかったの?」
「したと思ったけど……俺もちょっと慌ててたし、抜けてたかも?」
ここでマダムを見ると、荒ぶりながらも話は聞いていたようで、
「浩二ちゃんには危ないところを助けてもらって、ここまで連れて来てもらったって。具体的にどういう状況で助けられたかは言ってなかったわよ。浩二ちゃん、本当に、本当にありがとね」
「俺も俺のために、光に付き添ってるようなものなので」
「それでもよ。話を中断させちゃってごめんなさい、続けて?」
「あ、はい。それでですね、その連中にとっては光が帰ってくると都合が悪い。そのためうかつに帰ると光が危ない。学校に死亡確認に来ないとも限らない、ということでここに来たわけなんですが……」
「俺、しばらくここにいてもいいかな?」
「もちろんよ! 大勢の命を背負う覚悟はないと言ったけれど、やっぱり寂しくもあったし、光ちゃんなら大歓迎よ!」
マダムはそう言っているが、気になることが1つ。
「失礼ですが、上にもう1人いらっしゃるのでは? 気配を感じますが」
「ええ、確かにいるけど大丈夫。文句は言わせないから。っていうか、あの子はほとんど何も話してくれないのよね……名前くらいは教えて欲しいんだけど」
「名前も名乗らない人を置いているんですか?」
「雨の日にすぐそこの軒下でね。心身ともにボロボロになってるみたいで、放っておけなかったのよ。“聖女”の職に就いたのも彼女に声をかけた後だったし、職業のことも彼女から聞いたの。だから何かの縁と思ってるわ」
それが本当なら、随分と人が良いというかなんというか……
「浩二ちゃんが何を考えてるか、分からなくもないけど、浩二ちゃんも他人のことはいえないと思うわよぉ?」
マダムは水を飲む光をさりげなく見ながらそんなことを言ってくる。
「俺は俺のために、せめて心は人間でいたいだけです。こんな体になってしまったんで」
「ふふっ。そうなのね。悪くないと思うわ、そういうの」
柔らかい笑顔を見せたマダムは、次にそっと視線を俺の服へ。
「ところでずっと気になってたんだけど、その服は趣味なの?」
「あ……いや、これは隠れ住んでいた学校で制服がダメになったので、演劇部の衣装を代わりに」
言われてみれば、ずっと着流しに安全靴。普通の格好ではない。
一度家に帰ったんだから、着替えてくれば良かった! と考えていると、
「そっか、そうよね」
と随分納得した様子だが、視線は上に向いている。
そんな自分を俺が見ていることに気付いたようで、
「あら、ごめんなさい。上の子がボロボロの制服を着続けてるものだから、つい」
「ふーん。ならその上にいる人ってうちの姉ちゃんか、兄ちゃんぐらいか」
「そうね、浩二ちゃんくらいだと思うわ。だって○○高校の制服だったから」
「えっ!?」
突然、何気ない会話に出てきた高校名は、俺が通い、隠れていた高校の名前だった……




