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行動開始の朝

 翌朝


 まだ空が明るくなり始めたあたりで、光が目を覚ます。


「おはよう」

「……ああ、兄ちゃんおはよう。準備はどうなった?」

「問題ない。詳しくは朝食を食べながら説明しよう。とりあえず顔、拭くか?」


 濡らしたタオルを差し出すと、光はそれを受け取り、豪快に顔を拭き始めた。

 それを横目に、俺は朝食を準備する。といっても缶詰と水だけしかないけど。


「このくらいでいいかな?」

「あっ、このパンおいしいやつじゃん。また持ってきてくれたんだ。2つもあれば十分だって。兄ちゃんは……」


 俺の手元にあるのが缶入りの乾パン(昨日の食べ残し)だけなことが気になるようだけど、


「心配するな。昨日は夜中、ほとんど休みなく食べてたようなもんだから……この話すると食欲がなくなるからやめよう」

「いや、昨日の夜の話をするんじゃなかったのかよ」

「そういえばそうだった」


 気分の良い話ではないので、食後にするかと提案したが、光は時間がもったいないと言うので話すことに。


「じゃあ話す。まぁ、昨日最後に連絡した通り、俺はゴブリンの死体が集められている場所に向かったんだ。そこには夜中でも数匹のゴブリンがいたから、墓か何かで見張りか遺族みたいなものかと思ったんだけど……」

「違ったのか?」

「……あいつら共食いしてたんだよ」

「うわ、あいつら人とか襲うのに仲間も食うのかよ」

「俺もマジかと思って気配を探ってみたら、ちゃんとした食料とか狩ってきた獲物はボスらしき奴の部屋にあるみたいなんだ。その食べ残しをその下の奴が食べて、その残りをさらに下の奴が貰って、って感じ。共食いしてたのは身分が下の奴っぽい」

「ひっでぇな……」

「まぁその分、その場にいたゴブリンを倒すのも楽だったけどな。あとはそのまま新しい死体を古い死体で隠して、吸収。たまに食事に来るゴブリンは待ち伏せからの奇襲で仕留めて吸収に戻る。この繰り返しだった」


 数にすると100匹は吸収したな。それだけ養分も蓄えられた。


「それで“進化”と“分裂”についてなんだけど、あの後、俺のステータスにも情報が更新されたんだ。光との契約の効果か、必要量の養分を蓄えるのが条件だったのかは分からないけど」

「へー、良かったじゃん。で、どうだった?」

「簡単に言うと、“進化”はスライムが環境に適応するための能力で、“分裂”はスライムが繁殖するための能力らしい。どっちも俺の任意で、すぐにでも使用は可能な状態だ」

「環境に適応?ってのは良くわかんないけど、繁殖って子供生むのか?」

「いや、アメーバみたいな単細胞生物の分裂……つまり1匹が2匹に分かれるんだ。だから、分裂を使うと俺が2人になるんだと思う。ただ進化より低コストで使えるみたいだし、特に回数制限もなかった。だからエネルギーさえあればどこまでも増えることが可能だと思う」

「それ、全部生きてるんだよな? 分身の術とかじゃなくて?」

「当然だ。自分のコピーを作る、クローンって言った方が良かったかな……とにかく、分裂がそもそも人間のできることじゃないし、後の事も考えると正直、使う勇気がない」

「……だよな。うちの母ちゃんも、命には責任があるって言ってるし。兄ちゃんが増えたら頼りにはなると思うけど、気軽に使っちゃいけない気がする」

「そう言ってくれて助かるよ」


 自主的にうさぎの世話をしていたこともあるし、そういうところは本当に真面目で優しい子だ。


「進化はどうなんだ? 環境に適応する能力って言ってたけど」

「そもそも“進化”っていうのは、生物が代を重ねるうちに変化していく現象のことなんだけど、スライムの場合は蓄えた養分を利用して体を急激に変化させ、取り込んだ物に似せることで環境に適応するらしい」

「つまり?」

「極端な話だけど、最初からそこで生きてる生き物になれば、その環境でも生きられるだろ?」

「納得。ってそれかなり便利じゃねーの? 鳥とか食ったら飛べるようになりそうだけど」


 残念ながら、そう簡単にはいかない。


「人間とか動物は骨があって、筋肉があって、関節があって、神経があって……って感じでかなり複雑な構造になるから、不可能ではないけど困難なんだと。何度も進化を繰り返せば飛べるようになるかもしれないけど、すぐには無理そうだ。

 しかもゲームみたいに進化先が決まってるわけじゃないみたいで、これまで食べてきたものの内の何の影響を受けるかが分からない。ゴブリンじゃないことを祈るよ」

「そうなのか……祈るってことは進化するんだな」

「これまで持ってた能力は維持されるらしいから、弱くなることはないだろう」


 進化したことで新しい能力が手に入ったとして、すぐに使い方が分かるとも限らないし、


「進化そのものは5分から10分ぐらいで済むらしいけど、その間は完全に無防備になるとも書いてあったし、今のうちにやっておくのが吉だと思う。光がよければ今からやりたいんだけど、いいか?」

「いいけど、俺が見ていてもいいのか? 無防備なんだろ」


 確かに、光とはまだ会って間もないけど、無防備になった俺を狙うような子ではないと思う。そんなことをする利益もないだろうし、それが分からないほど頭が悪くもない。なんてことは言わなくていいだろう。


「契約もしたし、これからしばらくは一緒に行動するんだ。そのくらい信用できないようじゃやってられないよ」

「そ、そっか! じゃあ、俺らはあれだな!」

「あれ?」

「ほら、ドラマとかでたまに聞く。バデーってやつ」

「バデー? ……ああ! バディー(相棒)か」


 そういえばこんなことになる直前まで、再放送でやってたっけ?

 海難救助の現場と救助隊員の人間関係を描いた、だいぶ昔のドラマが。


「好きなのか、あのドラマ」


 光は無言で目を輝かせている。


「OK、相棒。10分ぐらい身動きもできなくなるから、その間に何かあったら頼むぞ」

「おう! 任せとけ!」


 彼女の頼もしい返事を聞いて、完全スライム化。

 そして進化をと望むと、変化はすぐに現れた。


(熱い)


 体の奥底に蓄えられていたエネルギーが、瞬く間に開放されていく。

 熱が激流となって溢れ出しては、体の中に戻っていくような。

 脳裏に浮かぶのは、社会化見学だっただろうか……いつの日にか見た溶鉱炉。

 全身が溶かされていくような熱、崩壊していく苦しみ。

 同時に癒されるような感覚に、漲る活力も感じる。


 不思議な感覚に意識が飲み込まれ、薄れていく中……今度は唐突に色が見えた。


 赤、白、黄色、黒、青、緑、紫……色鮮やかな無数の粒子。

 人も、地面も、モンスターも、それらが複雑に絡み合っている。

 複雑に絡み合ったモノ同士がさらに複雑に絡み合い、世界が構築されている。

 それはまるで、世界を形作る遺伝子。その全●●が遠●に●●●●●●――


 ■ ■ ■


(っ!)

「おっ? 兄ちゃん? 終わったんだな」


 意識が飛んでいた……

 感じていた熱が失われている。

 なんとなく、体に溜まっていた何かがなくなった感じもある。

 ……


(兄ちゃん? 大丈夫か?)

(あ、ああ。光か。大丈夫。なんか、不思議な夢を見ていた気がする……)

(へー、進化ってそんなんなんだ。俺が見てた感じだと、途中までプルプル震えてるようにしか見えなかったけど。あと、動きが止まったと思ったら姿が変わったし)

(姿が変わった?)


 特に変化は感じないけど……


(どうなってる?)

(でっかいゼリーみたいだったのが、漬物石みたいになってるな。今日は兄ちゃんを持って運ぶ予定だったけど、俺じゃちょっと持てそうにないぞ……)


 漬物石……あっ!


(言われて分かった! 今の俺の体! 石ころと同じ気配がする!)

(俺も診断してみた。状態が“ストーンスライム・擬態中”になってる)


 ストーンスライム、名前からして石のスライム。

 武器としてよく石は使っていたし、暇な時に飴玉代わりにもしていた。

 そのせいだろうか?


 自分でもステータスを開いてみると、


 ――

 名前:佐藤浩二

 職業ジョブ:異端者

 スキル:スライム化(現在2種)・喧嘩殺法Lv2・投擲Lv3・隠密行動Lv3・気配察知Lv2

 称号:幸運・卑怯者・外道・暗殺者の才・虐殺者・狂戦士の素養・●●●●●●●

 ――


 スライム化に“現在2種”と付いている。再確認してみると、


 “スライム化”

 ユニークスキル。スライムへの変身が可能になり、“スライムの種族特性や能力”を得る。

 人間の体でも一部の力は使用できるが、十全に発揮するにはスライムへの変身が必要。

 使用法の研究、習熟により、部分的な変化を可能にした。

 スライムの種族特性、“進化”によって上位種の能力も使用可能となった。

 現在使用可能な種類は、“スライム”と“ストーンスライム”の2種類。


 さらにストーンスライムの詳細を見てみると、


 “ストーンスライムの種族特性と能力”

 スライムの上位種。スライムが長期間かけて養分を蓄え、石を模して進化した種。

 基本的な能力は通常のスライムと変わらないが、石の体は硬くて頑丈。そして鈍重。

 石への擬態を得意とする。


(なるほど)

(何か分かったのか?)

(おそらくスライムには基本となるスライムが進化した“上位種”ってのが複数いる。そして俺のスキルであるスライム化は、初期状態はスライムのみ。俺が養分を蓄えて進化を使うことで、上位種の能力が開放されていくみたいだ。つまり)


 進化前、普通のスライムの体を意識してみると――


「あっ、元に戻ってく!」

(やっぱりな。使えなかったら2種って表記がおかしくなるから、戻れると思ったよ)


 完全に元のスライムの体になったのを確認してから、人間に戻る。

 そして今度は、いつもの部分変身の要領で――


「今度は手が石になった!」

「……なるほど」


 人間状態から拳をストーンスライムにしてみれば、石の拳のできあがり。

 スライム的に言えば“擬態”なんだろうけど、人間として見れば“石化”かな?

 なんだか状態異常っぽいけど、個人的にはそっちの方がしっくりくる。


 石なら生身よりも防御力はあるだろうし、このまま殴っても威力はありそう。

 変形もこれまでとはまた使用感が違って慣れが必要そうだけど、組み合わせれば使えるな。

 使いこなせれば戦い方の幅も広がりそうだ。


「悪くない」


 これで、やれることはやった。

 あとは、行動するだけだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現在学校にコロニーを形成しているゴブリンの総数って何匹程度なのでしょうね。死体置き場で100以上食べたみたいですが、一つのコロニーとしてはかなりの数を削られたはず。でも、とどめを刺そうとしな…
[良い点] ふぉ〜‾͟͟͞(((ꎤ >口<)̂ꎤ⁾⁾⁾⁾バディー! [気になる点] ⚫って…まさか(・□・;)ピー音的な称号が? [一言] 石を摂取?じゃあ『そこら辺の草でも…』的な進化かな。くぅ、こ…
[一言] なるほど、これアレだ スライム目線で見た進化のイメージって、ある種の『爆速超回復』だ 瞬間的に自壊と回復を繰り返すことで強化する…それを『環境に適応する』とか『種として上位の存在になる』って…
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