転移
1
六月の終わり、梅雨の日だった。いつもと何一つ変わりない一日。生きるためだけに仕事に行き、上司の機嫌に振り回されながらも定時を迎える。ただ、一つ違ったとすれば珍しく残業がなかったこと。最近流行りの業務改革とやらなのか、ホッと胸を撫で下ろす。雑然とした職場の反対側で同僚たちが夜飯の話をしている。なんでも近くに安い居酒屋ができたとか。「幸い今日は金も持ち合わせている。」向こうも話がついたらしい、さっさと荷物を整理して扉へと駆け寄る。
「〜〜さん。お疲れ様でーす。」
「お先、失礼しまーす。」
「ねえ、誘わなくていいの?」
「来たきゃ来るっしょ。それよりさー...」
「お疲れ様!また明日!」
やはりいつもと変わりない一日だ。
電車に揺られ、ようやくわが家に辿りつく。家と言っても安アパートの二階の一室。近所とのお付き合いも何もない、東京にある陸の孤島。出迎えの声のない閑散とした部屋にコンビニの袋をぶちまけて、洗面所に手を洗いに行く。ひどい顔。別に負け組と認めるつもりはないが、10と1じゃ気分は悪い。...別に、誘われなかったこと自体は気にしていないが。
でも、負けg、疎外感を感じていたって、物事は移ろいゆくもの。こんな生活もオレの人生の前座でしかなかった。そう、「持ち帰り資料」のメッセージが送られてきたあの携帯をテレビに投げつけた瞬間、チャンネルはたしかにオレにかわった。
気がつくと温かいベッドの上にいた。「イテテ、、、何が改革だよ、あのクソ上司。余計迷惑なだけじゃねーか。」体は痛いし、携帯は、まーダメだろう。込み上げてくる苛立ちを忌々しい(想像の)上司へとぶつける。見上げると、見慣れない木の天井、部屋の壁も整っているとは言い難いレンガ造り。「まあ、そんなことどーだっていいさ。なにせこれであの浮き足だってた同僚たちも絶望の淵へと送られただろう。」そう思うだけでもニヤけが止まらない。実際にその場で見たいくらいである。...あれ?何かおかしくないか?いや、たしかに呼ばれてもないオレがその場でことの顛末を見届けるなんてまず無理な話だろう。でも、何かが引っかかる。何処かに見落としが「...なんて少し探偵気取っている自分を客観視してみてみる」ような場合ではなかった。
全く知らない場所にいる。ようやく頭が現実に追いついてきた。夢ならこんな愚痴をこぼしているはずなんてなかろう。ましてや、自分でも今になってちょっと恥ずかしくなってくるような達観もどきなんて認識できるはずもないだろう。すぐに起き上がる。