村人全員家族理論
徐々に遅くなっていく投稿時間……!皆、不甲斐ない私でスマンっ!
腹ごしらえを終えた一行はサシャとの話し合いで今後どうするかを話し合った。
「で、どうする三人とも。3馬鹿クンらと同じようにうちの村民になっちゃう?うちは来る者拒まず、が売りなんだけど」
3馬鹿はもともとここに移住するためにさまよっていたので念願叶った形になったらしい。サシャの言葉のとおり来るものを拒まない独特な村の特性の関係で村にはいくつか空き家が常設されている。いつでも誰でも移住できるように、という計らいである。まさにさまよい人の安住の地である。
ただし、このトリトナの村は国の最西端にあり、国境に隣接している。近隣に国で一番大きく、危険な森のニバナの森と流れの早いシシモ川があるため生活は普通の村よりも危険な点がいくつかある。さらに、長年隣国と戦争状態にあるため割と近場で戦端が開かれることもある。
幸いなことにニバナの森とシシモ川に囲まれるように存在するトリトナの村自体に戦火が及んだことはない。好奇心で戦争を見に行って帰ってこなかった者なら大昔にいたが。
このトリトナの村の住民の一部は、実はそうした戦争から落ち延びた元兵士などもいる。当時ひっそりと村を構えていた村長がそういった人々をしのびなく思ったことが「来るもの拒まず」の風習の始まりだった。
もちろん、他国の兵士や逃亡した自国の兵を助けて村民にしていると知れれば問題になるのでその辺は村人達が結束して隠蔽している。他に知っているのはこの村を治めている領主くらいである。この領主とは代々の付き合いで、関係は良好である。トリトナの村は一見面倒しかない地方の村であるが、ニバナの森で採れる果物や獣は他所よりも品質が良いものや珍しいものが多いため、領主もその恩恵に預かっているというわけである。
その代償として塩や必需品を融通してもらうのだが、最西端の辺境故に商人から足元を見られて必要最低限の物しか買い付けられないという悩みの種はあるものの、意外にこの村はうまく回っているのだった。
「まぁ、僕とイサムは行く当てもないし。ここでお世話になっていいのならそうしたい、かな?もちろん住まわせてもらう分は働かせてもらうよ。イサムはどう考えてる?」
「そうさな。厄介にならせてもらうか。おう、身を粉にして働くぜ!ん?俺ひょっとして今、就職できた?」
「んー、多分?そうかな」
「っしゃコラァ!今まで俺に不採用通知送ってきた企業ども、俺はやったぞ!ざまぁみろ!」
「何度もカツ食べさせた甲斐が、あったのかなぁ?」
厳密にこれは就職になるのか?とミチフミはのどに小骨が引っ掛かったかのような違和感を覚えたが、イサム本人が心底いい表情をしていたので気にしないことにした。
「わかった。イサムクンとミチフミクンは移住ね。じゃあ、えっとアンリちゃん……だっけ?君はどうする?」
「わ、私も行く当てもないのでできれば村に置いていただきたいんですが……その、私、皆さんのようにお役に立てるかどうか……」
自信なさげにアンリはそう言った。表情からは謙遜でもなんでもなく本当にできることがあるのか心配だという感情が読み取れた。
(貴人、つまりいいとこのお嬢様だしなぁ。偏見かもしれないけど着替えすら一人でできない可能性があるもんなぁ。多分農作業とか未知の体験だろうし)
事情を知るミチフミはそんなことを考えたが、これからのアンリの頑張りに期待するほかない。
「アンリの嬢ちゃんは病み上がりなんだし、あんまりキツイ仕事は遠慮してやってくれよ。俺とミチフミが嬢ちゃんの分も働くからよ」
「男前なこと言うじゃない。イサムのそういうことをなんのためらいもなく言えちゃうところ、僕はすげー尊敬してるぜ」
「ば、ちょ、ミチフミぃ、照れくせーだろぉ!?お前だってサラッと言葉の中で巻き込んでたのに嫌な顔一つしねーじゃんよ」
「そりゃあ、女性に頼りにされるのが男の本懐ってやつじゃない?」
「かあっくいぃー!そこに痺れる憧れるぅ!」
楽しそうにイサムとミチフミはハイタッチを交わした。
「あの、私、何ができるかはわかりませんが、精一杯頑張ります!」
二人にフォローされたアンリが両手にこぶしを作って意気込みをあらわにすると場がさらに和やんだ雰囲気になった。
ちなみにアンリは事情が事情なので川に落ちるまでの経緯は適当にごまかしている。商人の娘で父との行商の途中、事故に見舞われさまよい、川に落ちたという話をミチフミがでっち上げてアンリに吹き込んだ。
着ていた豪奢な衣服はもともと商品で、事故時に着ていた衣類がダメになったため仕方なく着ていたということにしておいた。こちらはイサムのでっち上げである。
アンリはそれをそっくりそのままサシャに説明したが、なかなか苦しい言い訳だっただろう。何よりアンリが嘘を吐くのに抵抗があったのか説明は終始ぎこちなかった。
しかし、ここは落人がさまよって大きくなった側面のあるトリトナの村である。大なり小なり事情のある者は少なからずいる。そう言った背景があったため、アンリの説明もサシャは寛容に受け入れたのだった。
「いよっし、分かった!じゃあみんな、改めてよろしくね!あたしは村民のことはみんな家族だと思ってるから。ミチフミクンもイサムクンもアンリちゃんも今から家族ね!」
「わわわ、家族ですかっ?」
「そう、家族っ!だから、村のみんなで辛いことも、楽しいことも共有して、力を合わせて生きていくのっ!素敵でしょ?」
近くにいたアンリを抱き寄せたサシャが花が咲くような笑みでそう言った。アンリは勢いについていけないのかしきりに目をしばたかせている。
「家族、だってよ」
「家族、だってね」
そんなサシャの言葉をどこか含みのある口調で反芻したイサムとミチフミはサシャの見せた表情と同じような感情をにじませた顔を見合わせた。
☆☆☆
そんなわけで村に住まわせてもらう代わりに3馬鹿含め、昨日ここに来たミチフミたちは基本的に農作業や水くみ、狩りや家事などの雑務を人手が足りてない所から穴を埋めるように仕事をすることとなった。そのうちに適性を見定めて専門的な作業を任せることになる、という方向で話はまとまった。
「というかサシャ、こういうのって村長が決めたりするもんじゃないの?」
「じい様から人事は全部あたしに任されてるんだ。それにじいさまは今朝から、領主様のところに向かっちゃったから帰ってくるまでしばらく村の運営とかもあたしの預かりになってるよ」
ミチフミの質問にサシャは胸を張って答えた。こうして村長の留守を任されるのも初めてではないのだろう。その態度の節々に「何が起きても対処してみせる」という自信がにじみ出ている。
「はー、すっげぇなサシャちゃん。こんなにリーダーシップがあってしっかりしてるのが俺より年下とか、なんか自信なくしちゃうぜ」
サシャは現代日本でいうところのJK2くらいの年齢である。卒業を控えていたミチフミとイサムより年下だったのだ。
「そう?ふふん、尊敬してもいいよ!」
「するするぅ!サシャちゃんマジソンケー!」
「ふっふっふ、……ひょっとして馬鹿にしてる?」
イサムの軽いノリにサシャがジト目を向けたところでドタドタと慌ただしい音が近づいてきて、乱暴に引き戸が開けられた。そこには額に大粒の汗を浮かべたチュウがいた。早速農作業を手伝っていたのか服や肌に泥がぽつぽつはねている。
そしてその後ろには全身汗まみれで激しく呼吸をしていて、どう見ても尋常ではない雰囲気の男がアルに支えられて連れられていた。いっしょにトリーもいる。そして疲れた様子の男はアルから離れるとその場に座り込み、肩で大きく息をしながらトリーが手渡した竹筒を、おそらく水筒と思しきもの逆さにしてむさぼるように呷った。青年よりも薄汚れていて衣服の隙間から除く皮膚にはいくつかの切り傷が目につく。今も少量出血している傷すらある。
「サシャさん大変だっ!ニバナの森の『狩場』ってところでクマが出たらしい!」
「なんだって!?」
青年の言葉にサシャの目つきが一瞬で変わる。
「詳しく教えて」
「狩りに出ていた猟師二人がニバナの森の狩場と『奥地』?ってのの境界手前まで入ったらしいんだが、そこでいつもはテリトリーから出ないクマが出たらしい」
「クマ……ね。はぐれかな」
「いや、二頭出たって話だ」
「二頭!?」
「しかも逃げてる最中に何回か大きい影も見たらしい。追ってくるクマもさらに一頭増えたって話だ」
「っ!森で何かあったね……」
想定外が多すぎるのかサシャの表情は険しい。それはそうだろう。仮に日本で、自分の住まいの近くで散歩をしているとして、その最中に三頭もクマと出くわしたらどう思うだろう。家と村とではその規模は違うかもしれないが、だれかの命の危険と隣り合わせなのは間違いない。そしてその危険は自分か、あるいは自分の身近な人に降りかかるかもしれないのだ。サシャは村の設備や、常備している資材のことを考える。一頭ならともかく、複数の大型の獣とわたりあえるか?死人を出さずに撃退する方法は……!?
「待った。その情報は誰が持ってきたんだ?ひょっとして、そこにいるあんちゃんか?」
「イサムの兄貴のおっしゃるとおり、こちらの旦那が息も絶えだえに教えてくれました」
イサムの問いかけにチュウには答えた。逡巡してうつむいていたサシャはハッとして顔を上げた。情報がもたらされたということは当事者が帰ってきているということで、すなわちその者を追ってきていたであろうクマをも既にこの村へと誘っている可能性すらあるのだ。
イサムの言葉に答えたのはようやく息が整いはじめた青年の後ろにいた男の方だった。彼の表情には後悔、焦燥、無念、疲れといった負の感情が浮かんでいる。彼こそが今回の事態を報告しに戻ってきた者であり狩りに出ていた二人のうちの片割れ、名をギルという。一緒に行動していた猟師、ウソンのことを「先輩」と呼び慕っていた男だ。
「先輩が、ウソン先輩がうまく三頭ともクマを引き付けてくれて、今も森を逃げ回っているっす。先輩は……先輩は、村にこの事態を一刻も早く知らせるようにと、俺を逃がしてっ……!」
「おちついてくれ、ギルの旦那!なぁどうするサシャさん。村の防衛強化が先か?それともウソンの旦那を助けに行くのが先か?村の連中はもう柵の増設に動き出してるぜ」
ギルとチュウの言葉にサシャは複雑な気分になった。まず、村に今すぐクマが来るという最悪の事態はさけられたであろうという安堵と、今もクマから逃げ回っている村民、ウソンの安否の心配。焦燥感。
サシャは同じ村に住まうならたとえ血がつながらなくとも村民はみんな家族だと思っている。誰一人不幸になってほしくない。
しかし村長代理としての彼女の判断はウソンが時を稼いでいる間に村人総出で村を囲む柵を一つでも増やすべきだと答えが出ている。だが、彼女の感情としては今すぐに何人かを伴ってウソンを助けに行きたい。
先ほどまで確かにあった自信が今のサシャからは失せており、苦悩の表情を見せている。だが、判断が遅れれば遅れるほど状況は悪化するだろう。ウソンが助からず、設備不足の村にクマがやってくるのである。では、どうすればいい?じい様ならどうする?
「おし、状況はわかった。ミチフミ」
「うん。僕らでそのウソンさんって人を迎えに行くよ」
「え?」
サシャはイサムとミチフミが言っている意味がわからなかった。なんだ?クマに、それも3頭に追われているウソンを助けに行く?二人で?一頭を複数人で連携してなんとか倒せる獣が相手なのに?
「なあ、そこのあんちゃん……ギルって言ったっけ?そのウソンって人の大まかな位置とかわかったりするか?」
「あ?ああ。普段俺たち狩人が狩場にしている辺りで、万が一大型の獣と鉢合わせた時に凌げるポイントがいくつかあるからその内のどこかだと思うっすけど……あんた誰っすか?」
ようやく息が整って乾いたのどが潤されたギルは突然の質問にギョッとしながら答えた。
「新しく村民になったイサムだ。こっちの線の細いイケメンが頼れる相棒のミチフミだ」
「イサムの頼れる相棒のミチフミです。じゃあ早速案内してください。疲れてるとこ申し訳ないけど、できればあなたも先輩は助かってほしいでしょう?僕も助けたい」
「いや、それはそうっすけど、え?えぇ?」
「それじゃあ僕らは行ってくるよ。3馬鹿、君らはサシャと村の人たちで村の防衛設備の強化をするのを手伝って。柵もいいんだけど大きな音のする鳴子とかも並行して用意して。もしクマが姿を現したら遠めからみんなで声を合わせて大声で威嚇してみて。ダメだったら三三五五に逃げて。もちろん森の方には近づかないこと。徹底させて」
「「「了解です(でやんす)(ですだ)」」」
「アンリの嬢ちゃんは病み上がりだし、無茶せずに確実にできることをやってくれ。手の離せないやつに水を飲ませてやるだけでいい」
「は、はい!精一杯頑張ります!その、危なかったらちゃんと逃げてきてくださいね?」
「任せなって。俺らはドラゴンから逃げおおせた男だぜ?逃げ足には定評がある」
「いつか覆したい定評だよね」
「だよなぁ。『逃げました』より『倒しました』って方が絶対かっこいいもんな」
「龍殺しってやつ?小田倉君の中二病を笑えなくなっちゃうよね」
「ちげえねぇ」
自分が決断を下す前に次々と対策を決めていくミチフミとイサムにフリーズしていたサシャがようやく我に返った。なんだ?この新しい住民たちはいったい何の話をしている?
「ま、待ってよ!そんな、クマが三頭も出てるんだよ?ううん、ウソンが逃げている間にもっと増えてるかもしれない。君らが二人で行って一体何ができるっていうのさ!?それにもしかしたらもう、ウソンの兄さんは……」
サシャはもう、ミチフミもイサムも村の一員として認めている。つまり、家族だ。生存が絶望的な場所へ好んで行かせようとは思わない。ウソンだって本当は助けたいが、そのためにさらに命を落とす村人が出ては元の木阿弥だ。しっかりしなければ、と心で思うのだがみるみるうちに視界がうるんでいくのがわかる。何が正しいのか、わからない。心細い。
しかし、ミチフミとイサムは頼もしい笑顔をサシャにみせつけてくるのだ。まるで何もかも俺たちに任せろ!と勇気づけられるような自信満々の笑みだ。
「それは俺らを止める理由にならねぇな」
「そんな、どうして!?」
「サシャにとって村人は全員家族、なんでしょ?サシャは僕らの恩人だし、恩人の家族のピンチならかけつけるのが男ってものさ」
「それにサシャの理屈だと俺もミチフミももうサシャの家族なんだろ?じゃあウソンも家族じゃねぇか。なら助けにいかない手はねーぜ。顔も知らんけど家族だ」
カラカラ笑いながらイサムは背を向けるとギルを肩で担いで出て行く。ミチフミも後ろ手に手を振ってそれについて出て行った。
サシャはそんな二人の出て行った戸口を熱にあてられたようにしばらくぽーっと見つめ続けるのであった。
筆のノリやキリのよさにもよりますが、毎日5000字を心掛けて励んでいこうと思います。
応援してくれると、うれしいなぁ(笑)