情けは○○のため××
本日も投稿です。
異世界生活一日目の夜が明けて体内時計で起きる時間が定まっているミチフミは目を覚ました。地球時間ではおそらく6時頃だろう。そして目を開けるとそこには目の覚めるような美少女の顔がのぞき込んでいた。というか幾ばくかのまどろみも吹き飛んで目が覚めた。
「んんっ……!?」
「あ、よかった。目を覚ましたね!」
まつげの長さ、瞳の大きさ、鼻の高さ、口元、顔のサイズに至るまで全てがミチフミの中の平均値を凌駕していた。お茶目に少しだけ垂れた目尻がまた彼女の魅力を引き上げている。少し日に焼けた肌が活発さをも印象づける。日常的に畑仕事にでも出ているのかも知れない。
そこまで考えた時ミチフミははっとして身体を起こした。自分は河原で気を失うように眠っていたはずなのだから。起きた拍子に肩まで掛かっていた薄手のブランケットだと思われるものが重力に引かれて形を変える。
「ええっと、君は?それと、ここはどこ?あと、僕より身長が高くてがっしりした体つきの男を知らないかな?髪がトッキントッキンしてるやつ」
とりあえず思いついた疑問を少女に矢継ぎ早に伝えた。最悪イサムが今どういう状況なのかだけでも把握しておきたい。
「落ち着いて。全部答えるから。ここはトリトナの村の村長の家で、あたしはその村長の孫娘のサシャ。君のお連れさん達は別々の部屋で眠ってるよ」
サシャと名乗った少女はとりあえずミチフミの質問すべてに答えてくれた。どうやらイサムは無事らしい。ミチフミはとりあえず安堵のため息をつくと、サシャはそれを見て微笑んだ。
ミチフミは改めてサシャを見る。腰まで伸びる長い亜麻色の髪は三つ編みで一本に束ねているのがまず印象的である。あとは3馬鹿とそう変わらない素朴な質感の衣服をなんとかすれば男から引く手数多の魔性の女となるだろう。ミチフミの評価としては端的に言って美少女であった。ゲキマブである。
だがそんな彼女にいつまでも見とれているわけにもいかない。まだどうしてここに自分が連れてこられたのかも聞かされていないし、マブダチの起きている顔を見なければ心底安心はできない。そう、そういえばイサムは昨晩、ドラゴンに不意打ちをもらっていたはず。ミチフミはぶり返した焦燥を燃料に立ち上がった。
「サシャさん」
「サシャでいいよ」
「ならサシャ、まずは僕の連れに会わせてくれないかな。容態が気になるんだ」
「まかせて。こっちだよ」
言われたサシャはすぐにミチフミをイサムの部屋に導いた。イサムの部屋はミチフミの隣だった。
「イサム、起きてる?というか起きて」
そう言いながら引き戸を開けると、そこには満面の笑みのイサムと3馬鹿が笑い合っていた。和気藹々と談笑していた。どう見てもイサムは無事だった。
「んお?起きたのかミチフミ。おはや!」
「いや、おはや!じゃなくてなんかもっと言うことあるでしょ……というかなんで3馬鹿がここにいるの?」
ミチフミは脱力してその場に座り込んだ。
成り行きはこうである。ドラゴンから命からがら逃げ出した3馬鹿は強行軍で俺たちの目的地であったトリトナの村へと深夜にかかる前にたどり着いた。そこで血相を変えた3馬鹿を見つけた寝ず番に拘束された上で今、ミチフミ達のいる村長宅で事情聴取をされることとなった。
ドラゴンに襲われたという事実は与太話にとらえられたがとても恐ろしい目に遭ったのは確かだと判断され、一定の信頼を得た3馬鹿はなんとかミチフミとイサムを助けようと、最悪死体だけでも供養しようと思い、村長に救出のための人員を貸してもらうための直談判を行ったらしい。
急遽組まれた捜索隊は深夜だったにもかかわらず、村の男手全員が一丸となって編成された。そして野営をしていた、ドラゴンに襲われた位置から下流の川原で眠っていた一同は発見され、現在に至るという訳だった。
3馬鹿の顔は寝不足で疲労がにじみ出ていたがそれよりも再会の喜びが強いのかそう悪い表情ではなかった。
「獅子奮迅の大活躍じゃん!?」
思わずミチフミはそう言ってのけぞった。
「だろ!?めっちゃもりあがるじゃんな!あれよ、『情けは俺のためになる』ってやつ」
「『情けは人のためならず』な。いや状況は不思議とことわざどおりだけど。それにしたって3馬鹿、君たちよくやってくれたね!正直命拾いしたよ!」
「それな!すげーよお前らは!さすがは俺らの弟分よ」
実際3馬鹿の活躍は凄まじい。深夜に訪れたならず者の風体であるにもかかわらず村長に掛け合って一食しか世話をしていない二人をまたドラゴンに襲われる危険を冒してまで捜索隊を出させ、二人を救出して見せたのだ。
文字に起こせばたった三行であるがこれはよほどの運と彼らの人柄がなければ尋常なことではなかっただろう。彼らが捜索隊を用意してくれなければ火を恐れない獣に襲われていた可能性もあったし、ドラゴンが来れば今度はどうなるかわからなかった。というより十中八九死んでいただろう。
ひとえにこれは外道に身をやつしかけた3馬鹿らをすんでの所で情けがけたミチフミとイサムの二人の成果だったといえるだろう。
狩猟の技術も調理の技術もなかった彼らは日々朝露を食み霞を喰らう毎日を送っていた3馬鹿は、命を狙ったのにもかかわらずそれを許した上で温かい食事を自分たちの拘束を解いてまでごちそうしてくれた二人に対して人生で最高の尊敬の念を抱いていた。だからこそ現在があるのであった。
だが当の本人達は偉業をなした3馬鹿達に賞賛の言葉をかけ続けるだけだった。イサムに至ってはもう勝手に弟分扱いまでしている。
3馬鹿は二人の手放しの賞賛に終始照れた様子だった。
「みんな無事に会えて良かったね!」
そんな様子を見ていたサシャがはにかんだ。
「誰このゲキマブ美少女!?」
「村長の娘のサシャだってさ」
「マジか。お近づきになりたい。どうしようミチフミ。というかもうお前呼び捨てOKされてるのか妬ましい」
「ならまず自己紹介だね……そういえば僕、サシャに名前聞いておいてしっかり自分のことしっかり紹介してなかったわ」
起き抜けで軽いパニック状態にあったとはいえ、無礼は無礼であった。師匠が側にいればお目玉を食らうところである。ミチフミは己の無礼を恥じた。
「いよしっ、自己紹介だ!『己を知り、相手を知らば百戦危うい』の第一歩だな!」
「危ういんだ……。というかドラゴンに一発もらった割にはピンピンしてるよね、イサム」
「3馬鹿から取り上げた剣でとっさに防いだおかげだな。今頃あの河原で砂利になってるだろうぜ」
ミチフミはイサムがドラゴンの尻尾による奇襲をとっさに防いだ持ち前の瞬発力に舌を巻く思いだった。なんにせよ自分の心配が杞憂に終わって良かったという思いでいっぱいだった。
「初めまして、俺の名はイサム。特技は片手逆立ち腕立て伏せです。こっちが相棒のミチフミ。彼の特技も片手逆立ち腕立て伏せだ」
「改めましてミチフミです。一番の特技は料理です。イサムをよしなにお願いします」
「あはは、二人とも仲がいいんだね。サシャだよ。村長の孫娘」
「これはバッチリ好印象だろ!」とイサムが内心ガッツポーズをとったところで、サシャは思いもよらないことを口にした。
「ところで、もう一人のお連れさんの方はいいの?濡れたり汚れたりしてたから豪奢な着物は脱がせて普通の服を着せてるんだけど、大丈夫だった?」
イサムはなんのこっちゃという表情になって首を傾げたが、ミチフミは心当たりがあった様子で「あいつも連れてきちゃったのかよ」と微妙な表情をした。川に浮いていた、どう見てもワケアリの貴人の美少女、今は誰もその名すらも知らないアンリのことである。