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チュートリアル

この季節は本当に眠気が酷くて嫌になりますよねw

 道文と武は積極的に名乗ってはいないが、武闘家に教えを授かった本御流と呼ばれる流派の拳士であった。道場で寝食をともにする2人はその界隈では有名で腕に覚えのある、というかとにかく粋がりたい町の不良に絡まれることが多かった。道文の容姿がいいのもやっかみの原因のひとつだった。武が嬉々として売られた喧嘩を買う主義なのも原因の一つだった。


 不良達は最初は数で囲めば相手が武道を習っていようが勝てる自信があった。大勢で囲んで少人数の相手に勝つのが格好いいのかどうかは置いておくとして、実際頭数の差というのはどんな場面でも単純に驚異ではある。


 しかし、この2人が習っていた武術は少々特殊だった。他武術の多対一を想定した構えや技を内包している本御流古武術を使う2人を何人で囲んでも不良達は歯が立たなかった。本御流は空手や合気道といった多対一を想定した武術の技も使うのだ。


 何度囲んでも勝てない不良達の中で頭が一際キレた一部の連中がバットや鉄パイプ、ナイフといった不良御用達のアイテムを持ち出してくるのにそう時間はかからなかったが、本御流は対武器持ち相手の構えや技もある。先程道文達が賊達と戦ったときの構えがその一部であり、たとえ複数人で囲まれても素人程度には遅れをとることはなかった。


 二人がこうして異世界で剣を持って殺す気満々の賊相手に余裕を持って対処出来たのは、本御流武闘術を師匠によってたたき込まれていたことと、街での喧嘩という実戦などが幸いしたのだった。これから卒業して社会や大学に進出していく高校三年生だった身としてはそれが幸いだったかは微妙なところだが、異世界では間違いなく幸いだった。


「これでよし」

「お前すでにその能力を使いこなしつつあるな」


 道文の言葉に武がそう言いこぼしたのは二人によって気絶させられ『金の鵞鳥ゴールデングース』によって改めて拘束された賊達をまじまじと見たからであった。賊達は3人で手を繫ぎあうように輪にされてそれぞれの衣服の袖と袖が道文の能力でくっつけられ、地べたに気絶させられたまま座らされていた。


「なんで袖?手と手をくっつけた方が拘束力あるくね」

「なんか人間はくっつけられないっぽいんだよ」


 道文は武に指摘されるまでもなく手と手をくっつけようと『金の鵞鳥ゴールデングース』を使用しようとしたが、発動しなかったのだ。ロキアのギフトボックスからインストールされたおおまかな使用方法の中にその点についての情報も入っていたが念のために試しておいたのである。


 とはいえ、手首から先が自由だったとしても基本的に動作は制限されているし、服とズボンも腰回りの重なった部分をくっつけておいたので、構造上服を脱ぎ捨てて逃げることは正攻法では不可能である。チャックのない着ぐるみを着ているようなものだ。


 さらに内向きの輪になるように拘束しているので、例え何らかの方法で拘束を解除されても逃走の際に一度振り返るなり仲間とすれ違うなりのタイムラグが発生するように計算されて賊達は拘束されていた。

 

 こうなると足を拘束されていないにしても全員の息がある程度合わなければまっすぐ歩くのも一苦労である。そしてこの状態では小柄な賊の背丈と歩幅が他の2人と差があるので更に動きに負担がかかる。逃走など夢のまた夢であった。


 最後に学生カバンに附属されている肩紐をリーダーの首に閉まらないように道文が器用にくくりつけると道文と武は賊達の頬を軽くビンタして文字どおり叩き起こした。


「うう、嫌な夢を見たぜ。身なりのいい丸腰の相手にワケの分からない攻撃をされて身動きが取れなくされて絞め殺される夢だ」

「あっしもでやんす」

「お、お、おらは体当たりされたと思ったら周りが真っ暗になる夢だっただ。な、な、なんだったんだべさなぁ、あれ」


 ノッポ、チビ、デブが目を覚まし、先程のことを夢だったことにして心の平穏を保とうとしている。しかし、それを許すような手ぬるい道文と武ではなかった。彼らは襲いかかってきた町の不良共の全裸撮影会などの屈辱的な制裁を笑顔で執行する程度には手厳しい。


「ところがどっこい、夢じゃありません」

「現実、これが現実なんだよなぁ!」

「「「ひいいっ出たぁぁぁぁぁ!?」」」


 100年以上地下で無償労働させられそうな奴が言いそうなセリフを道文と武が息を合わせて言うと幽霊でも見たかのような反応で3人組の賊は絶叫した。一目散に逃げだそうとしたが3人の服の袖がくっつきあって離れず、思うように動けない。3人は完全にパニック状態になってその場でがくがくと震えていた。


「だから言ったじゃねーか。喧嘩は相手見て売らないとって」

「ひいいいい、ど、どうか命だけはお助けを!俺たちは口減らしで村から追い出されたヘボ農民だったんだ!食うために仕方なく賊みたいなことをしたが、どうしようもなかったんだ!頼む!」


 道文と武は口減らしという単語でなんとなくこの辺りの治世レベルを察した。同時に彼らの薄汚れた粗末な衣服を見て文明レベルが江戸時代初期の日本に似たものであることが分かった。


(そういえばロキアは中世レベルの文明とは言ってたけどヨーロッパ辺りに飛ばすとは言ってなかったな。顔も日本人らしく平たいし何より黒髪に黒瞳。どうも昔の日本の片田舎に連れて来られた感がある)


 自分の生活圏もどちらかと言えば田舎であったが、それを棚に上げて道文はそう分籍した。同時にこれからの生活について懸念材料も見つける。


(しかし口減らしが発生するような地域で僕は満足に料理研究に打ち込めるのかな?食料の供給が上手く行き渡っていないとすれば僕の料理道が滞ってしまうんだけども)


 自らの料理道についての危惧を皮切りにそんな困窮する農村で自分たちがどのくらいの期間滞在が許されるかなどを考え始めた道文だったが、やがて実際に人々の生活圏へ訪れなければ結局のところ判断がつかないことに思い至った。


「仕方なく、で殺されちゃ俺らとしちゃたまんないんだがな」

「すいやせん!すいやせん!あっしはどうなってもかまいやせん。でも兄貴と弟分の二人は助けてやっちゃくれやせんか!?」

「そ、そ、それならおらを好きにするといいだ!す、す、すっとろいけど力だけはあるだ。奴隷にでもしてくれれば役にたつだよ!だから兄貴達はたすけてくんろ!」

「馬鹿野郎、お前ら何言ってやがる!責任は頭がとるって決まってんだ!旦那がた、俺を好きにしていい。だから弟分共は見逃してやってくれ!」


 武が賊から口減らし農民へとジョブチェンジした3人を見て毒気を抜かれたかのように頭をぼりぼりと掻く。現代日本人の感性としては、こうした劣悪な治世から出る貧乏くじを引かされた者に同情的な心情を抱きやすいのかもしれない。少なくとも武は同情的だった。


 町の不良のように見栄のために襲ってくるような娯楽的襲撃ではなく、やむにやまれずという理由なら手段は決して褒められたものではないが同情の余地はあるのだ。


 しかもこの3人、お互いをかばい合いながら自分を差し出してくる。どこぞのダチョウなクラブのお家芸とは色が違うらしい。道文と武にはそれが演技だとは思えなかった。これが事前の仕込みで演技をやっているならたいした役者だが、そうでないならこの3人の絆は非常に強いと言えるだろう。


 自分たちに逆らうような感情は今の所感じないし、そもそも現代日本から多少は情操教育と道徳を学ばされて直輸入されてきた道文と武である。この場でこの三人を取りあげたブロードソードで撫で切りに、とは思わなかった。


 その気ならそもそも拘束などまだるっこしいことはしない。そして二人は殺人に忌避感がないわけではない。なんなら食事のため、もしくは生存闘争以外では動物も殺したくないくらいには常識人である。襲ってきた不良の全裸撮影会はやるが。


「わかったわかった。俺らの負けだ。お前らをこの場でどうにかしようとは思わねぇよ。な、道文?」

「そうだね。あ、じゃあ代わりに僕たちの質問に色々答えてくれないかな。僕たちは遠くから旅してきてこの辺のことに疎いんだよ」

「だ、旦那がた……!恩に着ます!俺らに何がどれだけ出来るかは分かりませんが精一杯お力になります!」


 そう言って口減らし3人組はその場で平伏して見せた。袖を繫いで輪になっているので傍目からは何かを喚び出す儀式のようにも見えて滑稽である。道文と武は吹き出しそうになったがなんとかこらえた。


「お前らの誠意は伝わったよ。日が傾いてきてるし、とりあえず近くの町村か川辺に向かいたい。道案内を頼むぜ3馬鹿」

「「「さ、3馬鹿?」」」

「三羽カラスの略だよ。これからお前らのことそう呼ぶから」


 武がへらへらとそう言うと3馬鹿はよくわからないといった顔をしながら繋がった手をそれぞれ不自由に使いながらもたもた立ち上がった。


「で、お前らの名前は?俺はイサム。こっちのイケメンがミチフミだ」

「ちょ、イケメンとか照れるでしょ。イサムだって最近お髭がダンディよ?」

「マジで?大人な雰囲気出てる?渋みとかワイルドな感じ、醸し出しちゃってるゥ?」

「出てる出てる。ドバドバ出てる」


 ミチフミとイサムのじゃれ合いを見て3馬鹿はポカンとしていた。


「おっと、脱線したな。まぁ俺とミチフミは見てのとおりの仲良しさんだ。よろしく」

「それでは3馬鹿の皆さんも自己紹介をどうぞ」


 何とも言えないノリで自己紹介を促されて妙な気分になった3馬鹿だったが気を取り直して自己紹介を始めた。


「俺はチュウといいます。先の隣国『ミルティナ』との国境での小競り合いの時に徴兵されたしがない農民でした。今は敗残兵、いや盗賊ですかね……。故郷はここからずっと北にあります。自慢にならないですが火事場泥棒と死んだフリはお手のもんです。一応あとの二人の兄貴分みたいなことをやってます。よろしくお願いします」

「あっしはトリー。ここから二里ほど離れた村で小柄で力仕事に向かないと判断されて口減らしに追い出されたくちでありやす。身軽さには自信がありやす。よろしくお願いしやす」

「お、お、おらはアル。おらも村から口減らしで追い出されただ。ち、ち、力自慢だけど、よくドジを踏むし、頭もあまり良くないし、飯も沢山食べてたのが駄目だっただ……。けど、がんばって役にたつ。よろしくお願いしますだ」


((最初の雑魚敵のくせに妙にドラマティックな面子だな))


 ミチフミとイサムは二人同時に思い、彼らの過去のことが気になったが、それに触れると本当に日が暮れる予感がしたので一旦置いておくことにした。


「ん?こいつらの名前……」

「どうかしたかミチフミ」


 眉間にしわを寄せて考えるそぶりを見せたミチフミにイサムが声をかけた。

「いや、チュウ、トリー、アル……、チュートリアル?」

「あっ?」


 3人の名前をつなげて読むと、ゲームの最初などに行われる説明のときのような単語となった。先程の戦闘も能力の試し打ちには丁度いい『チュートリアル』だったかもしれない。単なる偶然かもしれないが。


 二人は何者かの、具体的には自分たちを拉致して異世界に放り込んだとあるはた迷惑な自称神の意志を感じずにはいられなかった。

本日中にもう一本投稿する予定です。

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