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クマ狩り②

クマ好きの方、すみません。

 足早に、だがはやる気持ちを抑えるように慎重にミチフミとイサム、案内役のギルは指笛の音のする方へと進む。周囲は茂みが多く、身を隠すにはもってこいである。三人は固まるようにして移動を続ける。遭遇した獣は先ほどのイノシシ一頭だけだったので、ミチフミの魔力もある程度余裕がある。やがて三人は異様な緊張感が漂う場所の近くまで来た。広場というには狭すぎるが、周囲が鬱蒼としているため憩いの場に見える、そんな場所。


 そこでその光景を見た。


 大きく太く育っている一本の木の幹に一心に刃物を研ぐようにして木の幹を削りにかかっているクマが一頭。そのすぐ側では同じ幹に鋭い牙を立てて噛みえぐっているクマが一頭。そして、時折鈍い音を立てながら助走をつけて二頭が攻略している大木に突進を繰り返すクマが一頭。


 三人は明確な目的をもって大木を倒そうとする三頭のクマを見た。大木は太く育っているとはいえ、三頭のクマの攻撃が徐々に成果を上げているらしく、遠からず倒壊する予兆を見せ始めている。


 次いで三人は視線を上げる。それは三頭が攻め立てる木の上の方、先ほどまで指笛が鳴っていたであろう場所。もうそんな余裕がないのか、すでに音は止んでいる。


 注意深く目を凝らすと、幹には不思議な紋様が刻まれており、それは目印を刻んでいるかのように見える。そしてその紋様の上に、まるで植物が血を流したのかと錯覚する赤い線が幹を伝い落ちている。それをたどると……。


「いたっす……!ウソン先輩はあの木の上にいるっす」


 ギルは目がいい。薄暗い森にもかかわらず遠くのことがわかるし、視野も広い。それを見込まれてウソンから猟師を勧められたのだ。ギルの小声を聴いて、その視線をミチフミとイサムが追うとそこそこ大柄で髪を刈りこんでいる男がもがくように揺れる大木に、額と肩から血を流しながら必死の形相でしがみついている。ウソンである。


「くっつけ」


 どう見ても余裕が無さそうなその姿を見てミチフミはすぐに『金の鵞鳥(ゴールデン・グース)』を使用した。タイミングを計りながら複数回行使する。ミチフミの魔力総量は今のところ低い。大木の幹をまるまる能力の対象にするほどの魔力を保持していないのが現状である。


 ゆえに、クマどもと大木の接面のみにピンポイントで能力を発動することでなるべく魔力を節約する。それでもごっそりと力が抜ける感覚がした。しかし、どうやら効果は覿面(てきめん)らしい。


 噛り付いていたクマは急に顎に力を入れても抜いてもびくともしなくなった大木に困惑した。なんとか引きはがそうと突っ張るように両前足で大木を突っ張るようにしたが、今度はその両手が離れなくなった。


 爪を立てていたクマは爪が抜けなくなった押しても引いてもどうにもならない。隣のクマと同じようになんとか爪を抜こうともう片方の腕で突っ張ろうとしたら、やはりその手もくっついた。


 突進を繰り返していたクマは右肩が幹にぶつかった後、一歩も後ろに下がることができなくなった。もがいている間に木に触れた両腕もまったく動かなくなった。


 三頭ともミチフミが絶妙なタイミングで木にくっつけたため、全員両足が伸びきっており、もはや踏ん張ることもできない。ミチフミは連続で八回能力を行使したことにより顔色が悪い。


(一回の能力の行使に、イノシシに使った分だけの魔力を意識して込めたから、あと一回は能力を使える計算になるけど、すっごい気分悪い。たばこヤニまみれの車に乗せられて無茶苦茶に運転されたみたいな気分だ。吐きそう)


 フラフラになったミチフミはウソンの救出をイサムに任せることにした。


「イサム、手早く頼むよ」

「おうよ!」 


 ミチフミの今発動している能力はあくまで『接面と接面』を絶対に剥がれないようにしてるだけである。つまり第三者の協力など外的要因によって幹ごと抉り出すことができれば拘束が解けてしまう可能性があるのである。


 まず、そんな可能性はないに等しいが、少しでも『あるかもしれない』ということは、『起こってもおかしくない』ということである。ミチフミに油断はなかった。そんな油断を許すような教えは本御流にない。「他の武術よりも『残心』を心掛ける流派である」とはミチフミとイサムの師匠が常日頃から言って聞かせていた言葉である。


 ミチフミの言葉に呼応したイサムは『社畜一式(フォーマルセット)』を起動し、リクルートカバンだけを出現させた。スーツの着用などは、能力の範囲内で自由にオンオフにできるのである。そして、使用法に制限があるものの、亜空間に繋がっている不思議なカバンから昨日、3馬鹿から取り上げた最後の無事なブロードソードを取り出した。


解体(..)向きの武器じゃねーんだよな……西洋系の長物も触ったことねーし。ま、贅沢は言えねーよな」


 そうイサムがつぶやいたあと、ビュンっという風切り音が周囲を薙いだ。同時に噛り付いていたクマが一切の動作を止めた。ついで、どさりという土嚢を落としたような音。そこには噛り付いていたクマの(むくろ)があった。


 ミチフミの能力が作動し続けているため、気の幹にはクマの頭と両腕が残っており、非常にスプラッターである。周囲にむせる様な濃厚な血の匂いが漂い始める。


「自分より体格が大きく力も強い獣が相手にゃ、不意打ちかこうして動きを止めて首をさぱっと落とすに限るよな。よし、次」


 死の香りが残りの二頭のクマの鼻腔に届いた、そして今起きている何事かを理解して、思い出したかのように激しくもがく。しかし、ろくに踏ん張れず、一向に幹はクマたちを離そうとはしない。されるがままに傷つけられた大木の怨念を感じるような光景だった。そしてイサムの凶刃がまたクマの首を正確にはねた。爪を立てていた方である。数秒びくびくと痙攣して木に寄り掛かるようにしてくず折れた。


 最後のクマが威嚇か、それとも命乞いか、ぐるるると激しく唸っているがそれも首が繋がっている間だけだった。最後にイサムはビュンっとブロードソードに付いた血のりを振り払ってカバンの亜空間にしまい込んだ。 


 ギルは一体この二人は何者なんだ?と当然の疑問を持った。魔法、そう、魔法のようなものを使ってクマの動きを止めたのは間違いない。内心丸腰でどうやってクマとわたりあうつもりなのか、と疑問に思っていたがこのような不思議な力が使えるのなら話は別だろう。自分の身を守るための武器を貸し与える心配をしていたギルはそれが杞憂に終わってホッとしていた。


(それにあんな見るからに数打ち物の剣で分厚いクマの毛皮を断ち切る芸当、ただものじゃないっすよ)


 狩りの経験があり、人並み以上くらいには刃物を扱ったことのあるギルだが、イサムのような芸当は全くできる気がしなかった。


「いよっし。血の匂いで他の獣が来る前に撤収するぜ。おーい、ウソン……だっけ?クマは対処したから降りてこいよ!」


 イサムが頭上に向けてそう言ったが、降りてくる気配がない。訝しんだイサムが木にくっついたクマの破片を足場にしてするすると登っていく。ギルの話のとおりひときわ大きい枝の何本かにかかるように、筏のように丸太を組んで補強した足場があった。ウソンはその端で幹に寄り掛かっており、額と左肩からじくじくとあふれ出した血だまりに座り込んでいる。どうやら意識を失っているらしい。


「失血で失神、やべーかもな」


 すぐさまイサムは『社畜一式(フォーマルセット)』を行使し、リクルートスーツを着装し、そしてその両袖を肩口から破いて一本をウソンの額に当ててもう一本を当て布の固定のために巻き付ける。続いてネクタイを外して止血のため、肩にしっかりと縛った。


 いつでもどこでも仕事ができる、がウリの能力であるため、スーツやそれに付随する小物類含めてすべてが清潔な状態で召喚される。そのため応急手当てに向く、というのが最近イサムが自分の能力に見出した利点だった。すべての回復系の能力の下位互換だと気づくのにもそう時間はかからなかったが、そんな考えが脳裏にあったからこそ、今、最適な対処ができたと考えると何が役に立つのか世の中わからないものである。


 応急処置を終えたイサムはリクルートズボンとジャケットの残骸を使って器用にウソンを背に括り付けると木から下りた。簡単に聞こえるかもしれないが、成人で、それも意識のない身長180cmは超えているであろう大柄の男、を背負って下りるというのはなかなか大したことなのである。脱力している人というのは本当に重量通りの重さで、運搬者への無意識の気遣いがない分、非常に重く感じるものなのだ。


 だが、イサムは汗もかかずに、重いそぶりもせずに下りてきた。それもそのはずだろう。サシャに自己紹介をした時の言葉に全く嘘偽り誇張なく毎日片手で逆立ちをした上にそのまま腕立伏せを気力が続く限り行っているのだから。最近は指三本で倒立したままそれができるようになった。ミチフミにはそこまでできないのでちょっとした優越感である。


「出血が多かったのか気を失ってた。とりあえず応急処置はしておいた」

「そんな、先輩!?しっかりしてくださいっすよ先輩!」


 下りてきたイサムに背負われるウソンを見てギルは軽いパニック状態になった。結果的に自分が見捨てようとした同胞が命を落とそうとしているのだ。気が気でないのも当然のことかもしれない。


「落ち着けギル。ウソンは見てのとおりだ。一刻も早く村に帰るぞ、間に合わなくなる」

「それに血の匂いで獣がやってくるかもしれないしね」


 イサムの言葉にミチフミがそう付け加えて指を鳴らした。そうして『金の鵞鳥(ゴールデン・グース)』を解除するとミチフミは手早く胴体から別れを告げたクマの頭と腕を回収すると、イサムの『カバン』に入るだけ収納してもらった。途中でクマの残骸を捨てて、匂いで追ってくるかもしれない獣の注意と食欲を刺激して少しでも時間を稼ぐ魂胆である。


 どこまでも冷静な行動をし続ける二人の様子を見て、ギルも落ち着きを取り戻した。


(っていうか普通、獣が狩れたら血が昂ったり、逆に血の気が引くもんっすよね?いくら猟師歴が浅いってったって俺も猟師の端くれっす。そんな俺でも狩りの直後にこんなに冷静ではいられないっす)


 この二人は本当に何者だ?今日何度目かの自問自答をギルは行ったが、今はそんなことを聞いている場合ではない。先輩の命が危ないのだ。一心に、一刻も早く村に帰ってウソンに治療を施さなくてはならない。


「ミチフミ、気分はどうだ」

「ちょっと調子が戻ってきたかな。遭遇があっても一回は『金の鵞鳥(ゴールデン・グース)』を使えそうだよ」

「上等。強行軍にしちゃ、割と順調じゃねーか?救出もできた、想定してた敵も倒せた」

「そうっすね。あとは急いで無事に帰るだけだっす!」


 ミチフミとウソンを背負ったイサム、そしてギルはうなずきあった。そしてどうしても重量の関係で遅くなってしまうイサムに合わせたスピードで、だが足早に村に向けて駆け出した。












なお、もうちょっとクマさんには活躍していただきます(´・ω・`)

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