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クマ狩り①

金の鵞鳥(ゴールデン・グース)』の詳細説明回です。

「サシャさん、サシャさん!」


 呆けていたサシャはアンリの呼びかけで現実に引き戻された。一気に今の状況を再度把握して、やはり困惑した。すでに視界にはミチフミとイサム、そしてギルの姿は見えない。


「じ、自殺行為だよ!クマだよ!?その辺のちっこい魔物よりよっぽど怖い獣だよ!?それも三頭いっぺんに。魔法使いでも不意打ちで一頭討ったあとは蹂躙されたなんて話だってあるのに!それなのにせっかく助かったギルを、連れて行っちゃった!何、私はどうすればいいの!?」

「お、落ち着くでやんす、アンリさん!」


 サシャは気が動転しているのか、背が低いため彼女の手ごろな位置に襟首があったトリーがひっつかまれてガクガクと揺さぶられる。それをチュウとアルが「どうどう」と言いながら引き離す。


「旦那たちが心配なのはわかりやすが、きっと大丈夫でやんすよ」

「そうさ。旦那たちはすごいんですよ?比喩とか誇張でもなくドラゴンと真正面から向き合って、それなのに五体満足で逃げ切ったんですから」

「そ、そだ。それもおら達を逃がす時間まで作ってくれただ。並みの男じゃ、な、ないと思うだよ」

「その逃げてる最中に私は助けられたそうです。ミチフミさんもイサムさんも、きっと連れて行ったギルさんも森で頑張ってるウソンさんも無事に連れて帰ってきてくれますよ」


 3馬鹿とアンリの勢いにサシャは気圧(けお)された。同時に困惑もした。3馬鹿とアンリの話を信じるならここにいる全員が昨日知り合ったばかりだという。だというのに、何故ここまで信用できるのか?


 ここでサシャの脳裏にひらめきがあった。信用させる出来事があったなら?ドラゴンが出た、というのはにわかには信じがたいが、そう誤解するほどの強い存在が出現したとすれば?その出現によって森の生態系、獣の分布図に変化があったとしたら。今回の件とつじつまが、合う。


(なんでもっとしっかり話を聞かなかったかな!?あたし!)


 サシャは己の迂闊さを呪う思いだった。正しい判断ができていれば、他の猟師に狩りに出かけたウソンとギルを追わせて戻ってくるように伝えることもできたというのに。


(いや、もう終わってしまったことを考えてもしょうがない。今どうするか、だよね)


 サシャは一度己の両手で頬をパンッ!と思い切り叩いて自分を叱咤激励した。うった頬がほんのり赤らみ、膨らんでいる。なかなか思い切り叩いたようだ。


「行っちゃったものは仕方ない。ミチフミクンとイサムクンを信じて、あたしたちは村の設備を強化するよ!」

「任せてください。俺の住んでいたとこでも同じような経験があったので勝手は分かってますぜ!」

「合点でやんす!あっしは自慢の足を活かして村の周囲をぐるりと見てくるでやんす。柵の薄い場所とかもわかると思うでやんすし」

「お、おらは力仕事だけが取り柄だあ。今こそおらの出番ってやつだあ!」


 サシャの吹っ切れたような号令に勇ましく3馬鹿が意気込む。目には闘志とやる気が揺れている。


「アンリちゃんはミチフミクンとイサムクンが言ってたとおり、みんなに水をあげて!」

「わ、わかりました!微力を尽くしますっ!」


 アンリが早速とばかりに部屋の隅にあった(かめ)から木茶碗で水をすくってサシャに渡した。サシャは一瞬「えっ?」と思ったが、そういえば緊張していたからかのどが渇いていることに気づいた。


「ありがと、アンリちゃん」

「いえ、頑張りますね!」


 その言葉を残すと、すぐさままた瓶から水をすくい出して外へと駆け出して行った。


「……いちいちウチまで往復して水を配るのかなぁ?」

「外に井戸があるんですけどね」

「使い方、知ってるでやんすかね?」

「お、おら、落ちないか心配だ」


 張り切るアンリを3馬鹿とサシャはほほえましさ半分、心配半分で見送った。


(こっちは精一杯やるんだから、絶対、ぜーったい無事で帰ってきてよね?ミチフミクン、イサムクン!)


☆☆☆


 一方、ミチフミとイサムはギルと共にニバナの森に入っていた。ギルが言っていたポイントに向けて二人は足場の悪い森を快速で進んでいる。イサムはギルを抱えて走っているというのに足取りは軽やかで足場の選び方も的確である。先行するミチフミもイサムに負けず劣らずスムーズに、それでいて素早く身をこなし、周囲を警戒しながらズンズンと奥へ奥へと進んでいく。


(明らかに森を歩きなれた足取り……しかも二人とも全然息を切らしている様子がないっすよ!?)


 熟練の貫禄すら見せつけるイサムとミチフミにギルは舌を巻く思いであった。 


「ストップ、イサム。なんかいる(・・)」 


 しばらく進んでいる内に前を歩いていたミチフミが立ち止まりイサムに警告をした。イサムはそれに無言で頷いて抱えていたギルを降ろす。そして唇の前に人差し指を立てるジェスチャーでギルに静かに行動しろ、と伝える。


 ギルも猟師の端くれ、無音行動にはそれなりに心得がある。疲労感が一周回ってハイになっているのか、動くのが億劫だった体はしっかり言うことを聞いてくれるようだった。続いてギルはイサムが木の影に身を隠したのを見て、それに倣って自分も身を隠した。


 ミチフミが制服のポケットに入れていた折り畳み式手鏡を太陽の反射に気を付けて開け、木を背にしながら背後を確認すると、そこにはイノシシがいた。サイズは、大きい。木の実でも食べているのか、単にぼーっとしているのかはわからないがその場から動かない。


 イサムとギルは木の影からそっと片目分だけ顔を出して、ミチフミとイノシシの様子をうかがっていた。


(つ、ついてねぇっす。急いでるときに……!)


 ギルは不運にも現れた障害に歯がゆい気持ちになった。だが、隣の木の影に身をひそめるイサムは落ち着いており、ギルに笑いかけながらさっきと同じように「静かに」のジェスチャーをする。ギルはその様子を見て、毒気を抜かれたような気持になり、少しだけ落ち着いた。


(いや、でもどうするっすか?できれば穏便に通りたいっすけど、イノシシ(あちらさん)がすんなり通してくれるか……)


 ギルが思慮している間、ミチフミは考えた。様子を見てやり過ごすのが安パイではある。しかし、それではウソンの救出は遅れるだろう。間に合わないかもしれない。それは、ダメである。サシャに大見えを切ってきたのだ。カッコつけたからには最高の結果を持ち帰るのが男の生きざまである生き様である。他の誰かがどうかは知らないが、少なくともミチフミとイサムはそう考えているし、今までそうして生きてきた。


(ここは、無理押しでも行く。幸い僕はイサムと違って汎用性の高い能力を持っている)


 ミチフミは鏡の中でなおもじっとしているイノシシをにらみつけて一言小さくつぶやいた。


「くっつけ」


 鏡の中のイノシシは不意に違和感を感じたのかびくっと体を震わせる。やがて焦ったように、見る者によっては狂ったようにその場で体をゆすり始めたが、まるで足の裏だけが地面と一体化したかのようにぴったり引っ付いてびくともしない。


 ミチフミの『金の鵞鳥(ゴールデン・グース)』が発動したのである。視認さえしていれば間接的でも能力は発動し、そしてヒト以外、すなわちイノシシの足は問題なく引っ付く。つまり、ミチフミは完全にイノシシの意識圏外から無力化したのである。


 それを俯瞰するように見ていたイサムはニヤリと笑い、ギルは何が起こっているのかわからない様子である。


「よし、脅威は排除した。行こう!」

「よし来た。ギル、もう自分で歩けるか?さっきくらいスピード出すけど」

「え?や、歩けるっすけど、……あのイノシシは何がどうなってるんっすか?」

「説明はあと。急ごう」


 ギルの疑問は急かすミチフミによって封殺された。


 ミチフミの能力は一度発動するとミチフミ本人が能力を解除しない限り、例えミチフミが死んでも(・・・・・・・・・)能力は持続する。当初与えられるはずだった『万物万象(ワールドフラグメント)』にはどうしても見劣りするものの、十分に汎用性があり、『くっつける』というシンプルな効果が非常に使いやすい。


 本当に昨日は喪失感、というか損した感が酷くて憂鬱な気分になったものだが、決して悪い能力ではない。


(便利だけどネックは魔力?なんだよね。なんかこう、能力を使うたびに把握していないエネルギーが抜けるような感じ。早く慣れとかないと、いざって時にマズいことになる)


 『金の鵞鳥(ゴールデン・グース)』は自信の魔力を消費して発動する能力(ギフト)である。その消費量は物と物とをくっつける規模、正確に言えば物体と物体との接面の面積によって決定される。


 今回ミチフミがイノシシを足を地面に縫い付けただけでも、今のミチフミの総魔力量の一割は使用している。端的に言って燃費がすこぶる悪いのである。多用はできない。これから少なくとも三頭のクマとやりあわなくてはならないのだから。


「ギル、まだか?言われた道をずいぶんと進んだはずだぜ?それともこのポイントじゃなさそうか?」

「そうっすね。ここの退避ポイントは大きめの木の上に丸太で組んだ土台を乗せてるってやつなんすよ。だから印のついた木を探してほしいっす。俺はここのポイント、使ったことがないんで正確な場所はわからないんす」


 イサムの問いかけにギルは焦りをにじませた声でそう言った。それを聞いていたミチフミも印とやらを探しにキョロキョロと見まわしていた。


 ピィーッ、ピッピッピーッ、ピピッ!


 そんな折、不意に鳥の鳴き声のような、それにしては何か違和感があるような音が響いた。


「指笛、かな?」

「そうっす!これは自分の居場所を他の猟師に伝えるっていう俺ら猟師が使う指笛の音信号っす!先輩が先にこっちを見つけたみたいっす!」


 ミチフミの疑問はギルの言葉で氷解した。数秒ほどするとまたさっきと同じように指笛が響いた。それは何度も続く。


「急ごうぜ。向こうがこっちを見つけたってのにこっちに向かってこないってことは、動けない(・・・・)のかもしれねぇ」 


 イサムの顔が険しくなり、進む一歩が速くなった。



 



前話でアンリがサシャに川に落ちた経緯を説明した、という描写を追加しました。

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